[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第41話 帰還〜最終回

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第41話 帰還〜最終回
スティーブ・ジョブズはこれまでになく混乱していた。自身が哀願しCEOの座に座らせたジョン・スカリーに裏切られたと心底から思っていたようだ。自分に落ち度がなかったかを反省するのも人の常だが、彼にはそうした常人の感覚はなかった。私らからみれば、現在のAppleの混乱と低迷全ての原因はスティーブ・ジョブズその人にあるのは明白だったのだが。

しかしAppleは1984年1月24日にMacintoshを発表したが、この前後の状況は勢いに任せてやりたい放題を続けてきたというのが現状だったといえる。
例えば予算の概念はあったが「ここまで…」というブレーキをかける機運はなかったし、財務や経理業務が正確迅速に把握されず在庫管理も疎かだった。したがって経営状態が良いときはともかく一度問題が生じても一体自分たちのどこが…何がいけないのか、どう改善すべきかもすぐには把握できなかったと思われる。
もともと閃きで行動を決める類のスティーブは歯車が噛み合わなくなるとどうしたらよいのか分からないはめとなる。その上でスカリーからはきちんと仕事をして欲しいと要求されるとジョブズはMacintoshの失敗をすべてスカリーのせいにした。

私のオフィスでスティーブは涙ながらに、
「トモ、俺はいったいどうなるんだ。どうすればいいんだ。未来を知っている君ならわかるはずだ」
とはじめて自分の未来を教えろと迫った。
1976年末にスティーブ・ジョブズ宅のガレージ前にタイムスリップして以来、私が記憶していた範囲ではすべて歴史が刻んだ結果どおりにことが運んでいた。
2016年から来た私にとって、多くの結果はすでに知っていたが、なぜそうなったのか、どのような紆余曲折があったのかは資料や関係者の証言があっても正直不明なことがほとんどだったから、自分がAppleの社内に置かれてはじめて知るあれこれも多かった。しかし結果は結末はすでに知っていたとおりだった。

Apple II は発売され大成功を収め、Apple III は失敗、ウォズは飛行機事故を起こし、スティーブ・ジョブズはクリスアン・ブレナンとの間にリサという娘をもうけた。その娘の名をつけたLisaもスティーブはいま自分の手で葬り去ろうとしていた。そしてジョン・スカリーという男がCEOとなり、1984年1月24日に華々しくMacintoshが発表され、そしていまスティーブとジョンの間に大きな亀裂が入ってしまった。
すべては歴史のとおりだった。違ったことがあるとすれば、加賀谷友彦という私の存在だけだ。
私は歴史、Appleの歴史にとってはまさしく異物なのだ。
とはいえ、その異物である私も意識的に歴史を変えようとは思わなかったしそうした行動は控えたつもりだが、私という存在はまるでいなかったように歴史は歩んでいる。だとすればスティーブ・ジョブズの運命も変えられるとは思えない。

「分かったよスティーブ。他ならぬ君の頼みだ。タイムスリップ後の私という存在は君無しではあり得なかったことも事実だと思っているし君が望むならスティーブ・ジョブズという男のこれからを話してもいいよ。ただし、君の人生はこれからも栄光と挫折の波の中にいることになる。それでも聞たいかい」
私は涙が乾いたスティーブの顔を直視しながらいった。
スティーブは無言で頷いた。

私はオフィスのドアが閉まっていることを確認し鍵をかけて自分の椅子に座り直した。
スティーブが生唾を飲み込む音が聞こえた。
私は意識して静かな口調で話し出した。まるで目の前にいる青年のことではなく他人の物語を聞かせるような感じで。

まずは近々スティーブ・ジョブズの側近であるジェイ・エリオットの気配りで疎遠になったスティーブ・ジョブズとジョン・スカリーが直接会談する機会がお膳立てされること。
その場でジョン・スカリーの放つ言葉はスティーブを一層怒らせるに違いないこと。しかし君はことの核心はジョンにあると思っているしそう反論するだろう。
「売上げは急激に落ち続け、費用は削減しなければならず、経営側として決断し始末をつけなければならないことは山ほどあった。しかしスカリーはなにもしていないではないか。まるで昨年末から休暇を取ってでもいたように閉じこもっていただけではないか…」と。

スティーブが静かに頷きながら、
「その通りだ、トモ。ジョン・スカリーこそ問題の核心なんだ。彼の役目は俺に協力し、上手に俺を管理し指導することのはずなのだ」
吐き捨てるようにいった。
私は続けた。
その後、ジョン・スカリーが外国へ出張する機会が生まれるが、その機会を得て君はスカリーをCEOの座から引き下ろそうと考え画策する。しかしその策はある人物によりスカリーに漏れてしまい作戦は失敗すること。
結局、ジョン・スカリーは取締役会に、君を取るか自分を取るかを迫ることになると話した。

スティーブは顔を上げ、聞いた。
「取締役会は当然俺を支持するんだろうな」
私は静かに首を横に振った。
「嘘だ!そんなことはあり得ない。Appleは俺が、俺たちが作った会社だ。マークラだってデル・ヨーカム、ジェイ・エリオットだって俺の腹心だぜ、トモ。それはいくらなんでもないだろう」
先ほどまで泣いていたスティーブだったが今度は闘争本能丸出しの表情で私に迫った。
「いいかいスティーブ。これは君が是非にも聞かせろというから2016年の未来からタイムスリップした私が歴史の事実として知っていることを話しているんだ。残念ながら間違いはないんだよ」

「ちょっと待て、トモ。俺の未来は命がある限り続くんだ。この機会に俺の未来すべて聞かせてくれないか。ただしこのオフィスでは気が滅入る。ドライブしながら聞かせてくれ」
私の都合など聞きもせず、スティーブ・ジョブズは私の袖をひくように私のオフィスを出てエントランスに向かった。駐車場に行くためだ。
受付にいたシェリーがただならぬ我々2人の様子に心配そうな視線を送ってくれたが、私は笑顔で軽く手を上げ「大丈夫だ」という意を示した。

スティーブが向かった先はロス・アルトスのスティーブ・ジョブズの実家だった。
車の運転に支障が出てはと心配しながらも私はスティーブがApple退社を余儀なくされること、新しいコンピュータ会社を起業しかつデジタル映像会社を買収し苦労はするものの成功すること、そして1996年末にAppleに復職し大成功を収めることなどを大まかに話した。ただし話しはまだ彼の寿命や病気との闘いのところまでには至らなかった。

スティーブは、
「トモ、君の話はわかった。どうやら君の話ではいまの俺は分が悪いようだ。しかし俺は自分の運命が100%決まっているなどどうしても信じられんよ。生き方、考え方、行動次第で違う未来を切り開くことだってできるに違いないよ。そう思わなかったら人生なんて面白くもなんともないぜ。まあ久しぶりにママの料理でも食べて、ジョンとの戦いの作戦を練ろうよ」
そういいながら我々は車を降り久しぶりにスティーブ・ジョブズの実家のガレージ前に立った。

そのとき、ジャケットのポケットに入れてあったiPhone 6s Plusがいきなり「ジ~ッ」とバイブレーションした。
「電池は完全に切れているはずなのにおかしいな」
と思いながら私は先に歩くスティーブの背を眺めながらポケットから iPhoneを取りだした。
不思議なことに画面は久しく見ていなかったロック画面が表示していたので思わずホームボタンを押した。
瞬間私は目眩を起こしたのか光に包まれ体が大きく揺れた。そして意識を失いそうになり思わず「スティーブ!」と叫んだが、刹那スティーブ・ジョブズの悲鳴が聞こえた。
「嗚呼、どうしたトモ。おい、変だぞ。君の体が透き通っている。嘘だろう、頼むトモ、行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ。トモ!」
そう叫ぶ声が遠ざかった。

頭を抱えるようにして蹲ったまま私はゆっくりと目を開けた。不思議に自分がどこにいるのかがわかるような気がした。
その耳に今度は、
「大丈夫ですか」
「救急車呼ぼうかしら」
という慌てる人たちの声が聞こえた。
「申し訳ありません。大丈夫です。ありがとうございます」
そういいながらゆっくり立ち上がった私の目の前にApple銀座の眩いばかりの照明があった。廻りを見渡すとまだ昼間ではあったがクリスマス・デコレーションに飾られた銀座の街並みは美しかった。

さすがに心臓はバクバクだったが、思わず手にしたiPhoneを見るとその日付は2016年12月6日の午後2時を示していた。
タイプスリップし、約9年間もAppleで働いたというのに戻った現在の時間はタイムスリップしたその時とほとんど変わっていなかった。
「戻れたのだ! いや一瞬の夢だったのかも知れない!」
そう思ったが、写真アプリの中には数十枚、私が1970年代のAppleにいたときの写真が残っていたし、着ていたジャケットも9年前とは違い、先ほどまでスティーブ・ジョブズと一緒にいたときに身につけていた淡いブルーのジャケットだった。
緊張が一気に取れた気がして私は恥ずかしさも忘れ、Apple銀座のエントランス前で泣き出していた。それは感極まったうれしい涙だったのは間違いないが、反面スティーブをあのまま置き去りにしたように思えて後ろめたくもあった。

そもそも私はここ、Apple銀座に新しいiMacを、そして女房にiPhoneケースでもクリスマスプレゼントしようとやってきたのだ。
手に持っていたiPhone 6s Plusをポケットに突っ込み、私は涙を拭き姿勢を正して店内に入った。
ふと視線を感じて振り向くと今買ったばかりなのだろう、iPhone 7のパッケージを大切そうにバッグに入れようとしてる女性と眼が合った。
思わず「シェリー!」と叫んでしまいそうになったが、年齢から考えても彼女がシェリー・リビングストンであるはずもなかった。しかし呆然と立ちすくんでいる私に素敵な笑顔を見せてくれつつ彼女は銀座の街に溶け込んでいった。

(完)



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員