1983年製作のMac販促ビデオ「The Macintosh Story」再考

手元に1983年当時のApple Computer社がMac販促のために製作したビデオ「The Macintosh Story」がある。VHSのビデオテープケースにはビル・アトキンソンら7名の開発者が一堂に会し、誇らしげな表情をしている。映像自体はすでに以前からYouTubeにアップされていたようだが、あらためてオリジナルテープをデジタル化する機会を得たのでご紹介してみたい。                                                                                                        
当ビデオはMacintoshの販売促進のために1983年に製作されたようだが、映像には開発者らと共にスティーブ・ジョブズの若かりし姿やマイクロソフト社のビル・ゲイツのインタビューなども収録されている。

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※1983年AppleがMac販促のために製作したビデオ「The Macintosh Story」


特にビル・アトキンソンらは露出も多く来日もしているからその実像や話し方などに接した人も多いかも知れないが、ビュレル・スミスやジョージ・クロウなどの映像はあまりご覧になる機会がなかったのではないか...。

まずは映像を見ていただく前に、ビデオテープのケースにある写真についてお話ししてみたい...。

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※「The Macintosh Story」ケースに紹介されている7人のMac開発チームたち


取り急ぎ名前を列記すると、左からアンディ・ハーツフェルド、クリス・エスピノザ、ジョアンナ・ホフマン、ジョージ・クロウ、ビル・アトキンソン、ビュレル・スミス、そしてジェリー・マノックであり、当時彼らがどのようにMacintoshに関わっていたかの概略は以下の通りである。

・アンディ・ハーツフェルド
ソフトウェア・ウィーザード。MacintoshのTool Boxのほとんどを開発。
・クリス・エスピノザ
マニュアル及びドキュメントを監修
・ジョアンナ・ホフマン
マルチリンガルを推進しマーケティング担当
・ジョージ・クロウ
アナログ基板や電源を設計
・ビル・アトキンソン
QuickDrawやMacPaintを開発。アップルフェロー
・ビュレル・スミス
ハードウェア・ウィーザード。デジタル基板の設計
・ジェリー・マノック
工業デザイン、エンジニアの管理

この写真の他に中央の椅子に座っているジョージ・クロウがマックを膝に乗せた各人の並びが少し違うバージョンも他で見受けられるがいくつかのパターンがあるのだろう。
とはいえMacintoshの開発に関わった人たちは彼ら彼女たち7人だけではない。ご承知のように最初期のMacintosh内側に刻印された開発者の名前だけでも47名にものぼるし、サインを集めた時期にはまだチームに加わっていなかったスティーブ・キャプス、スーザン・ケアらを加えればさらに多くの人材が関わっていたはずだ。
ではなぜこの7名が主役というか表看板のように扱われたのだろうか...。
無論ビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドらは確かにチームの中でも特別な存在だったが、例えばファインダを開発したスティーブ・キャプスとブルース・ホーンだって重要な役割を果たしたはずである。

当時のApple...というかスティーブ・ジョブズはMacintoshを単なる大量生産された工業製品とは考えず、その内側にある制作者たちのサインが意味するように芸術作品と考えていたという。したがって作り手の顔が見えない作品では価値がないと考え、業界の伝統を破り彼らの名と顔を積極的にアピールしたのである。無論Macintoshをより売るために...。
ということで、今となっては推測するしかないがこの7名がこうした広告を作る時期に集まれる人材だったこともあるだろうし、もっと端的に言うならこれらの7名は特にスティーブ・ジョブズに気に入られていた人たちだったと思われる。

また映像にはこの7名すべてが登場しているわけだはなく逆に写真には写っていない マイク・マレー(マーケティング・マネージャ)やキット・プランク(A.C.I.技術者)も登場している。そして前半はこれら開発者らのインタビューのような映像が続き、中程はMacintoshがいかに優れ先進的で使いやすいパーソナルコンピュータなのかといったいわゆるコマーシャル映像である。続いてソフトウェア・サードパーティー企業ならびにその代表格だったマイクロソフト社のビル・ゲイツが登場し最後にスティーブ・ジョブズがスーツ姿でMacintoshをアピールする。

 


※「The Macintosh Story」を二つに分けてアップロードしてある


それらの映像は実物をご覧いただくとして細部に拘る私としては中盤の映像のいくつかが興味深い。
以前に「Macintosh 128K マニュアルの秘密!?」で紹介したが、この当時にマニュアルなどに登場するMacintoshは明らかに実際に出荷された製品とは違ういわゆるプロトタイプであった。
この「The Macintosh Story」に登場するMacintoshもよく観察するとマニュアルに掲載した写真と同じ時期に作られたのだろう...実際とは異質な点が見える。
例えばマウスコネクタの形状が違うし背面の“Macintosh”というネームプレートが無い点と6色アップルロゴとの位置が逆になっているなどの違いがある。

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※マウスのコネクタデザインが実際の製品とは違っている


また今回新たに気づいたこととして映像の中でMacintoshの利用者がそのユーザーズガイドを開く場面がある。しかし映像を止めて見る限り、この128K用のマニュアルもプロトタイプのようだ。この時期まだ実際のマニュアルは出来上がっていなかったのだろう。なぜなら本物と比較するとかなりページ数が薄すぎるし、ページをめくるシーンではどう見てもそれらは白紙ページのように思える(笑)。

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※開いているユーザーズガイドは実物と比較すると薄すぎる。またMac背面のアップルロゴの位置ならびに"Macintosh"のネームプレートが無いことにも注意


当時このプロモーションビデオ制作者たちは自身たちが撮影している機器などがまだプロトタイプであることを承知していたはずだが、まさか26年も後になって重箱の隅を突かれるとは夢にも思っていなかっただろう(笑)。それに完全主義者のスティーブ・ジョブズにしてもスケジュール的に出荷できる最終製品を待っていてはこの種の準備ができないことを知り容認するしかなかったに違いない。

この時代は前記したような目的もあり、開発者個人が前面に出てくることで製品にリアリティとか存在感が生まれた。しかし最近はAppleもご承知のように一部の例を除いて開発者らが顔を出すことはなくなってしまった。良し悪しではなくMacintosh 128Kが開発された時代は天才を必要とする特異な時代だったのかも知れない。
それと比較すれば最近は世の中に無かったものを生み出すのではなく、iPodを例にするまでもないがすでに存在するテクノロジーをいかに組み合わせ、洗練された形で新しいものを作り出す時代になったことと関係しているのかも知れない。
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員