1984年印刷「Apple 32 SuperMicros」と題するパンフレット考

Lisaに関する資料を集めている関係で米国Apple Computer, Inc.が1984年に印刷した「Apple 32 SuperMicros」ならびに「An introduction to the Macintosh and Lisa product family」と題するパンフレットを入手した。そこにはMac 128Kをはじめ、Lisa2, Lisa 2/5, Lisa 2/10という当時のファミリーが一堂に会した紹介がなされている。この種の資料は当時のAppleがどのような販売戦略を考えていたかの一端を示すものとして私にとっては貴重な資料なのだ。


これまでLisaの誕生にまつわること、その戦略やビジネス的不運に見舞われた要因や時代背景についていろいろと紹介してきたが、資料としてもLisa 2ファミリー一堂がビジュアルで載っているものはなかなか見ることができなかった。しかしこのパンフレットにはMacintosh 128Kをはじめ、Lisa2, Lisa 2/5, Lisa 2/10という当時のファミリーが一堂に会している。

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※「An introduction to the Macintosh and Lisa product family」と題された1984年プリントのパンフレット


このパンフレットが用意されたのは1984年の早い時期に違いない。なぜならその1月24日にMacintosh 128Kが発表されたからだ。そしてAppleはそれと同時に改訂版のLisa、すなわちLisa 2のシリーズを発表する...。
その基本モデルであるLisa 2はLisa 1のメモリの半分(512KB)しか搭載されていなかったが価格を大幅に引き下げて3,495ドルとした。しかし速度は倍速くなったという。

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※当該パンフレットの表面(上)と裏面(下)を開いたところ


Lisa 2の上位モデルはLisa 2/5と称され、5MBの外付けハードディスク「ProFile」が同梱されている。そしてハイエンドモデルのLisa 2/10はその名の通り10MBのハードディスクを内蔵したタイプとなっていた。
無論これらのラインナップは翌年1985年1月に製品ラインを整理することを目的としてLisa 2/10をMacintosh XLと改名しその他のモデルを廃止する間、たった一年間の短命に終わることになる。
このパンフレットにはさかんに「Apple 32 SuperMicros」という記述が目立つし、過日ご紹介した「MacWorks」のパッケージにもこのテキストがある。
実は1983年4月にスティーブ・ジョブズはペプシコーラからジョン・スカリーを引き抜きAppleの社長兼CEOに抜擢したが、その11月にスカリーはジョブズにそれまだ別個の部門だったMacintosh部門とLisa部門を統合し、その指揮権を与えてしまう。その新しい部門名が「Apple 32 SuperMicro」という部門だったのである。
その“32”という意味は勿論Macintoshらが使っている32ビット・マイクロプロセッサを誇る意味で名付けられたものに違いない。

このパンフレットのサイズは約95mm×218mmの縦長に折りたたまれているがそのまま開くと裏表共に4ページ仕様になっている。さらにその全体は二つ折りになっており全体に“Lisa Technology”の詳しい説明が載っている。

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※当該パンフレットの別の一面をすべて開いたところ


ともかくこの1984年1月に発表された当該ファミリーは「Apple 32 SuperMicro」部門の責任者であり、皮肉にも当初Lisa開発の推進役だったスティーブ・ジョブズ自身に息の根を止められ葬り去られることになった。
うがった見方には違いないだろうが、Lisa主幹設計者の一人だったリッチ・ペイジが「スティーブ・ジョブズは、自分でコントロールさせてもらえないから、Lisaをぶち壊したいんだ」とどなったのも無理からぬことだったと思う。Lisa開発の途中、当時の社長マイク・スコットの判断でLisaチームの責任者から外されたスティーブ・ジョブズはずっとマイク・スコットを恨んでいたというし、周知のようにその反動もあって当時ジェフ・ラスキンによるささやかな研究企画だったMacintoshプロダクトの方に目を移したことは間違いない。

確かにLisaはビジネス的に失策したがゼロックス社パロアルト研究所にスティーブ・ジョブズ自身が乗り込み、そこで暫定ダイナブックとして知られていたAltoならびにSmalltalkのデモに触発されLisaの仕様が決められていったことは事実である。しかし前記したように途中でプロジェクトから外されたためその製品化に至る部分にジョブズの意思は働いていなかったもののLisaの生みの親はその名称も含めて間違いなく誰あろうスティーブ・ジョブズその人であったことは間違いなく、いたずらに感傷的なもの言いをするつもりはないがLisaは生みの親に疎まれたのが短命に終わった直接の要因だったといってもよいのではないか。

「An introduction to the Macintosh and Lisa product family」と題されたこのパンフレットに登場するファミリーはMacintoshが早くも同年9月にメモリを4倍に増やしたMacintosh 512Kが発表され1985年1月にはLisaという名のコンピュータは無くなってしまうのだから何とも現実は厳しく目まぐるしい。
しかし当時Macintosh 128Kのユーザーだった私自身当然といえば当然なのだがLisaはまったく眼中になかった...。しかし有償ではあったもののMacintosh 512Kへのアップグレードは早期に行った記憶がある。
なぜ当時Lisaに興味が向かなかったのかは明白である。ひとつには価格が200万もしたわけで望むことさえ非現実的な価格だったこと、そしてなによりもLisa 1はもとよりLisa 2も販売側に大いに売ろうとする強い意思が感じられなかったことによる...。

この魅力的なパンフレット「An introduction to the Macintosh and Lisa product family」はそうしたAppleの一瞬の歴史を裏付け垣間見せてくれる貴重な資料なのである。
私はといえば当時見向きもしなかったLisa 2を25年も経って手に入れたのだから縁とは奇妙なものだ。そして毎朝メインマシンのMac Proと共に電源を入れ、Lisa 2が無事に立ち上がると心の中で「おはよう」と声をかけずにはいられない...。
特に調べ物があるわけでもない日でもLisa 2の電源は入れるようにしている。
しっかりとした根拠があるわけではないが、こうしたオールドMacは電源を落としたまま長い間使わないでいると動かなくなる確率が高くなるのを経験上知っているからである。
私のLisa 2には調べたいことが終わるまで少なくとも後2,3年はきちんと働いてもらわないとならないのだが...。

【主な参考資料】
・ 「アップル・コンフィデンシャル2.5J」(上巻)アスペクト刊
・ 「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリージャパン刊
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員