Wikipediaとネットだけでは役に立たない情報検索の難しさ

時代小説を書いていると当然のことながら舞台となる江戸時代のあれこれの描写をせざるを得ない。というかそれが魅力でなければ少しも面白くないだろう。問題はストーリーはフィクションだとしても時代背景やそこに登場する様々な事象はほとんど現代の我々には無縁のものばかりだからリアリティを追求すればするほど資料集めに苦労することになる。


最近発刊された話題の書籍が実はWikipediaのコピペが多いと批判されている。ともあれ私もWikipediaは大いに利用させてもらっているが、こちらは娯楽向けのフィクション、小説であるから気が楽だが、記述の出典が明記されていない情報の扱いは要注意に違いない。

確かに分野によるものの思想やら歴史の一部には利害関係者らによって故意に書き直しをされたような部位もあるようだし、もともと裏を取らなければ100%信頼できる情報ではないことは肝に命じておく必要がある。
ただしGoogleにしろWikipediaにしろ、調べ物の第一段階の取っかかりとしてはこれほど便利なツールはないのも事実。
したがって時代小説「首巻き春貞」の各巻末の「主な参考資料」リスト最後にはWikipediaと明記してある。

しかしである。インターネットが全てのような時代ではあるが、必要な情報がすべてインターネットで検索できるかといえばそれは非である。検索で引っかかった情報が正しいか間違っているかはともかく、少々時代を遡りマイナーというか忘れ去られた感のある情報を探そうとしても見つからない場合も多いことも知っておくべきだ。
しかし物書きならインターネットでWikipediaにないから諦めるというのも褒められたことではないし必要な情報はできるだけ追ってみることも大切に違いない。
したがって私の書棚の一郭はそのほとんどがコンピュータ関連図書だったが毎月数冊の書籍が増え、ちょとした「江戸時代コーナー」が形成されつつあるほどだ。

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※書棚の一郭は江戸時代コーナーができている。別途大型本のコーナーも冊数が増えつつある


具体例をひとつご紹介してみると、今回小説で箱根から三島に至る旅をしているシーンがあり、雲助に「箱根駕籠舁唄」を歌わせることにしたまではよかった。
登場人物に「よい唄ですね」と言わしめたもののその歌詞はもとより音源も聞きたくなった。
「箱根駕籠舁唄」とはその名の通り、箱根辺りを行き交う雲助と呼ばれる籠舁き人足らが歌ういわば労働歌であり客を楽しませる唄でもある。

早速「箱根駕籠舁唄」をGoogleで調べてみるとそれがなんであるかは数少ないものの検索に引っかかったが歌詞はない。
自分の責任で執筆する小説なのだから、雲助が「箱根駕籠舁唄」を歌い上げながら…で済ませてしまうことも出来るがここはどうしても歌詞が欲しかった。
そう思って検索を続けたが私の調べた範囲では見つからない。
しばらく執拗に検索を続けた結果、米国で製作された二枚組CD「V.A. / TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN」という物を見つけた。ちなみにV.A.とはオムニバス盤の事だが「 伝統的な日本の民謡集」といったところか。

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※米国で製作された二枚組CD「V.A. / TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN」


目が点になったのはその販売サイトに英文のライナーノートから訳したであろう曲目リストが記載されており、その中になんと「箱根駕籠舁唄」もあったのだ。であれぱ唄の文句は勿論音源があるのだから曲調や歌い回しも判明するわけで喜び勇んで早速取り寄せた。
届いたCDを聞いてみたが「箱根八里は 馬でも越すが 越すに越されぬ 大井川~」という唄だった…。これは「箱根駕籠舁唄」ではなく「箱根馬子唄」であり別物だ。

どうやら「V.A. / TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN」の販売サイトの誤訳だったようである。CDに含まれていたPDFのライナーノートには "The hack-driver's song of Hakone - Hakone man" とあり、 "hack" は "(馬を)貸し出す" とか "老いぼれ馬" といった意味もあるようだから明らかに間違いに違いない。
これで「箱根駕籠舁唄」の調査は振り出しに戻ってしまった…。

ネット検索が駄目なら民謡集といった音源(レコード/カセットテープ/CD)を探しまくったが「箱根馬子唄」はあるものの「箱根駕籠舁唄」は見つからない。
それでは音源はともかくせめてその唄の文句が欲しいと出版されている書籍をターゲットにして調べて見た。

もともとダイレクトに「箱根駕籠舁唄」では引っかからないので「民謡集」といった文字列で出版されているものを片っ端から当たったが、古書扱いの「日本民謡集(ワイド版岩波文庫)町田嘉章/浅野健二編集」と「日本民謡集―ふるさとの詩と心 (現代教養文庫)服部竜太郎著 」が良さそうだと見当をつけた。

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※「日本民謡集(ワイド版岩波文庫)」町田嘉章/浅野健二編


見当というのは両者ともに収録されている楽曲リストの記載がないのだから目的の「箱根駕籠舁唄」が入っているのかどうかは手にして見るまではまったく分からない。ただし前者は「江戸時代から今日にいたるまで国民に愛唱されてきた郷土民謡の中から代表曲を集成、これに歌詞と曲の発生・由来・曲態・歌唱法などの詳細な解説ならびに注解を加え、曲譜の一部を掲載し『津軽山唄』『さんさ時雨』『最上川舟唄』『越中おわら節』『灘酒屋唄』『よさこい節』『刈干切唄』など225篇を収める」と登録情報に記されていたこと。
そして後者は著者が前記した「V.A. / TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN」の編者でもある服部竜太郎だったので期待を持ってオーダーした次第。

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※「日本民謡集―ふるさとの詩と心 (現代教養文庫)」服部竜太郎著


結果、服部竜太郎著の方は「V.A. / TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN」と同様に「箱根馬子唄」は収録されていたが「箱根駕籠舁唄」はなく、「日本民謡集(ワイド版岩波文庫)町田嘉章/浅野健二編集」の方にやっと「箱根駕籠舁唄」の詩と解説を見つけることが出来た。

早速その唄は雲助に歌わせるべく引用させてもらったが、ことほど然様に一見どうということもない語句を調べるだけで数日かかったり、いくばくかの金が掛かったりするのが現実なのだ。
Wikipediaの検索は無料で手早いが、くどいようだが完全ではないし、ましてやノンフィクション作品にそのまま引用するには適さない(笑)。プロフェッショナルな物書きなら当然周知の事実である。
ということで、もし「箱根駕籠舁唄」の音源をご存じの方がいらっしゃれば入手方法などを教えていただきたい m(_ _)m


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。ゆうMUG会員