アップルを支えた猛者たちの物語「もうひとつのMacintosh物語」

いまスティーブ・ジョブズ氏をターゲットにした書籍が次々に出版され注目を浴びている。それはそれで結構なことだが、僭越ながら国内でAppleやMacintoshに夢をかけ悪戦苦闘してきた一人として「もうひとつのMacintosh物語」という一冊は是非お勧めしたいが個人的にはページを開く度にいささか胸が痛むのである。                                                                                     

ご承知の方も多いと思うがそもそも「もうひとつのMacintosh物語」は毎日コミュニケーションズ刊「Mac Fan」で1998年10月より始まった連載を一冊の書籍にしたものだ。
本連載はとびらにも紹介があるように、企業人として、技術者として、あるいは表現者としてMacintoshに深く関わった人たちの知られざる話しを紹介した連載だった。登場する人たちの中にはジェームス比嘉氏、手嶋雅夫氏、福島正也氏といったアップルの歴史に触れたことのあるユーザーならご承知の方々も登場するし、恩田フランシス英樹氏、矢野孝一氏、田中憲氏、荻野正昭氏といったいまも本書に登場した当時のまま事業を継続されている方々、そして幾多の別の道へと進まれた方々などが多々登場するがAppleやMacintoshにどのように関わったかはそれぞれだとしても皆ひとつの時代を担い成功を夢見て時代を変えようとした人たちの物語がそこにあるのだ...。

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※毎日コミュニケーションズ刊「もうひとつのMacintosh物語」表紙


まず最初にお断りしておきたいが、本書の発行は2002年3月13日であるがその後もMac Fan誌による「もうひとつのMacintosh物語」連載は続いた。そして2003年の3月号では遅ればせながら当時の私の会社コーシングラフィックシステムズも登場し私も取材を受けた。
初版の「もうひとつのMacintosh物語」は1998年から2001年にMac Fan誌に載ったものなのだが、もし書籍となった本書が増刷を重ねていればその第2弾として「もうひとつのMacintosh物語 Part.2」といった感じで私の会社の記事も書籍に載ったと思われる。しかし残念ながら本書の第2弾は出なかった...。

さてMac Fan誌での連載はその順序などはまったくのランダムだったようだが本書では「企業編」「ハードウェア編」「ショップ編」「ソフトウェア編」「コミュニティ編」そして「Expo/Tokyo編」と6つのカテゴリに分けた編集となっている。そして無論日本市場におけるアップル、あるいはMacintoshとの関わり合いの全てが分かるわけではないものの、例えばイーエスディラボラトリ社の水島敏雄氏と共にApple IIを日本にはじめて持ち込んだ曽田敦彦氏(当時東レ勤務)、初代アップルジャパン社長となった福島正也氏、日本初のPowerBook専門店をスタートさせた田中憲氏(企画室ゆう社長)・下栄次氏、Mac書道で知られている演算星組の井上弘文氏、Macworld Expo/Tokyoをを成功させた玉井節朗氏(IDGジャパン社長)といった方々自身の語りに触れることが出来る貴重な一冊なのである。

本書の取材をされたのはライターの安孫子竜也氏だが、すでに二次三次情報として伝わることが多い日本市場におけるMac黎明期の事実がご本人達から語られることは貴重である。
例えばすでに鬼籍に入られてしまったが、初代アップルジャパン社長の福島正也氏はアップルジャパン(株)が設立され赤坂ツインタワーに新たなオフィスを持ったとき、その社長室にはローズウッドの高価な家具をずらりとならべたがそれは虚勢であったと振り返っている点などは興味深い。なぜならほんの少し前まではたった四人のメンバーしかおらず、会社の体を成していなかった組織が業界内外へ効果的なアピールをし、イニシアティブをとっていかなければならなかったからだ。それには必要以上にAppleは成長しているという姿を関係者に見せなければならなかったのだ。

ただし私が申し上げるのも僭越だが、当事者本人が語っているからそれが真実であるか...といった点は多少バイアスをかけて読まなければならないと思っている。それは別に嘘を言っているというのではなく取材当時に当該企業や部署を離れていたとしても人間関係やら取引先あるいは業界内の付き合いはそれぞれあるわけで、特にトラブルや後ろ向きの話題において文字通りあった事実をそのまま話すことにはブレーキがかかっているに違いないからだ。

他人事でなく、前記した2003年初頭に取材を受けた私は本音を申し上げると大変微妙な立場にあった。なぜなら仲間だった三人のプログラマはすでに独立しコーシングラフィックシステムズを物理的には離れていたし正社員のスタッフとして残っていたのはたった二人の女性だけだった。そして当時プログラマとしてビジネスの矢面に立ってくれたのは外部の契約プログラマだったという非常に苦しい状況下にあったのだ。無論そうした結果を引き起こした責任は代表者であった私にあるわけだが、そこに至る様々な確執は心ある方々ならご推察いただけるものと思う。
人は集まるとき、頭を下げニコニコ顔の揉み手で集まって来るものだが去るときには良い思いをした事など忘れたかのように脱兎の如く離れていく人間もいるのである...。ま、人生...そんなものなのだろう。

そうした状況にあった私だからして当時安孫子竜也氏の取材に100%本音で語れたとは思っていない。まさか内輪のごたごた話しなどみっともなくてできようもないではないか(笑)。だからMac Fanのページは限られたスペースでもあるからして...まあ...はっきり言ってきれい事ばかりである(笑)。出来ることなら私の眼の黒いうちに「実録・コーシングラフィックシステムズ」といった電子ブックでも出版できたらいいなあと企んでいるのだが...。
というわけで、そうした類のことは本書に登場する多くの方々にも当然あったばすだ。出会いと別れ、成功と挫折などなど我々は素直に語れない複雑な人生を生きているのである。

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※私が取材を受けた記事が「Mac Fan」2003年3月号に見開きページで載った


したがって本書に登場する幾多の方々もその栄枯盛衰の歴史の中で語られたことはほんの一部であり僅かなことに違いない。しかし私は同じ時代、同じ業界で生きてきた一人としてそれぞれの方の語る行間に思いをはせそのご苦労に思わず頭を下げてしまうのである。

というわけで本書に私や私の会社は登場しないが、2カ所で間接的に名が記されている。
ひとつは(株)スリースカンパニーの社長、金子哲也氏の項でエプソンのイメージスキャナをMacで使う「ColorMagician」というソフトウェアに触れ、その販売はもともと客の持ち込みがきっかけだったとし、続けて「その客・小池氏は翌1989年に設立された(株)コーシングラフィックシステムズで働くようになる。」と紹介されている。
2つ目はニフティフォーラム設立に尽力された山川隆氏および松木英一氏の項で「そこで松木氏はアップルコンの中心メンバーを始めとして、7〜8名の人物を山川氏に紹介した。その中には(株)エルゴソフトの浅見雄一氏、(株)演算星組の井上弘文氏、エーアンドエー(株)の新庄宗昭氏、(株)コーシングラフィックシステムズの松田純一氏など、錚々たる面々が揃っていた。」という記述においてである。

申し上げるまでもないが現在のAppleあるいはアップルの躍進は一日で成ったわけではなく、多くの方々の夢に向かった努力そして挫折と成功の積み重ねの上に存在するのである。スティーブ・ジョブズ氏の伝記や動向に注目されるのも良いが、是非是非日本市場における先駆者達の努力の歴史にも目を向けていただければ幸いである。
本書はすでに絶版であり古書としてしか入手はできないと思うがまだAmazonなどでは入手可能なので機会があればご一読されることをお勧めしたい。

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もうひとつのMacintosh物語

2002年3月13日 初版第1刷発行

取材・文:安孫子竜也
編集  :Mac Fan編集部
発行所:株式会社毎日コミュニケーションズ
コード:ISBN4-8399-0694-7
価格:1,780円(税別)
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員