ジョブズの人生で最も奇蹟的なシーン、Apple復帰のきっかけを探る

波瀾万丈の人生を送ったスティーブ・ジョブズだったが、彼の成功を支えた生涯で重要なシーンがいくつかある。その最もエキサイティングでドラマチックなシーンは何かと問われれば私は「AppleによるNeXT買収のきっかけ」と答えるだろう。ジョブズの人生にとってこれ以上の奇蹟はない…。


1996年当時のAppleのCEOはギルバート・アメリオだった。同年2月にスピンドラーの後任としてAppleのCEOに就任した彼に問題は山積みだった。在庫圧縮や人員整理といった当然のあれこれをやったもののAppleで一番の大問題は次期OSをどうするかだった。
無論自社内でオブジェクト指向の次世代OSとしてのコープランドの開発が進められていたが一向に開発の目処がたっていなかった。
アメリオに請われてAppleの最高技術責任者に就任したエレン・ハンコックが最初に決断したことは皮肉にも次世代OS開発を自社で行うことは無理だという結論を出すことだった。

ギルバート・アメリオは最終的にそれまで一番有利だと考えられていたジャン・ルイ・ガセー率いるBeOSを廃してスティーブ・ジョブズのNeXT社を買収することになったのはご承知のとおりだが、私が知りたいのはそのきっかけである。
多くの情報によれば、ガセーがリークしたと考えられているがAppleが次世代OSを他社から調達しようと画策している噂をNeXT社の社員が知り、ジョブズに内緒でエレン・ハンコックに接触したのがそもそものきっかけだと信じられている。

もう少し具体的な話しとしてはNeXT社の製品マーケティング担当の中間管理職、ギャレット・ライスという人物がジョブズに無断でエレン・ハンコックに電話をかけたというものだ。その話にハンコックが乗りNeXT社のOSを調べ始めたということになっている。しかし確証はないもののこの話はどうにも上手すぎる…。

スティーブ・ジョブズはそんな重要なことを不用意に社員たちにさせるとはどうにも思えないのだ。製品開発はもとよりだが会社の隅から隅まで自分の意志を行き届かせなければ気が済まないそのジョブズに内緒でそんな重大な行動を社員一存で行うものだろうか…と考える。
やはりそこにはスティーブ・ジョブズの意志が働いており、自分の知らないうちに社員が勝手にAppleに接触を図ったということにしておきたいという筋書きがあったと考えても不自然ではないだろう。なにしろ交渉事だから上手くいかないこともあり得るし、そのときジョブズ自らが乗り出して断られたというイメージは残したくないと考えるだろう。

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※スティーブ・ジョブズの生涯は実に強運に恵まれていたことは確かだ


実はアメリオがAppleのCEOになった直後、ジョブズと面談する機会があったのだ。そのときにはジョブズから「会いに行きたいのだが」という電話が直接アメリオにあり会談が実現した。その時驚いたことにジョブズは自身がAppleのCEOに返り咲くための手助けをして欲しいとアメリオに訴えたのである。
アメリオの具体的なApple再建策の質問にジョブズはかんばしい答えを発しなかったこともありアメリオはぞんざいに追い払ったという。しかし是非はともかくCEOに就任したばかりのアメリオ本人を前にしてジョブズは自分がCEOになるべきだから手助けしてくれというのはいかにも凄すぎる。アメリオがムッとしたとしても責められまい…。

そんなことがあったからアメリオにすればBeOSしか選択肢がないという状況下でNeXT社に当たってみたいと考えていたものの自身で電話をする気にはならなかったらしい。したがって「誰か、この件で電話できるくらいスティーブと親しい者はいないか?」とアメリオはスタッフらにたずねたという。
そんな絶妙なタイミングのとき、NeXT社の方から接触があったのだからアメリオが驚喜した姿が思い浮かぶ。
スティーブ・ジョブズとしても前記したように、以前けんもほろろに追い返された経緯もあったから、プライドとしても自分から再度アメリオに直接電話をかけるのをはばかったのではないだろうか。

ジョブスとしてはNeXT社が困窮しているという直接の現実があり、良い条件でNeXT社を売却したいと考えていたことも事実のようなのだ。さらにAppleをBeOSのガセーに渡すのは是が非でも避けたかったという気持ちも強かった。ジョブズはスカリーとの確執時にそれを打ち明けたガゼーがスカリーにご注進と裏切ったことを許してはいなかった。ジョブズにとってガセーはスカリーより恨み重なる人物だったのである。
ともかく当時のスティーブ・ジョブズは機会があればAppleに戻りたいと考えていたし、それを知っていた友人のオラクル社CEOのラリー・エリソンは一時期自身が公開買い付けでAppleを買収してスティーブ・ジョブズをCEOの座に据えるという提案をしたくらいだ。しかし敵対的買収はしたくないというジョブズの希望でその計画は反故となった。事実ラリー・エリソンがAppleを買収するのでは...という情報は当時何回も我々の耳に入ってきたのだ...。

AppleがNeXT社を買収しスティーブ・ジョブズを顧問として迎え入れ、新OS戦略を語った1997年1月のMacWorldExpo/SFから1ヶ月後の2月、私は第7回MacWorldExpo/Tokyoのために来日したエレン・ハンコックから新OS戦略についての話しを直接聞く機会を得た。

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※1997年2月にエレン・ハンコックが来日際、筆者は新OSについてハンコックと話しができる機会を得た。中央の女性がエレン・ハンコックで向かって右が筆者


ともかくスティーブ・ジョブズがAppleに戻るというきっかけは偶然に起こったことではなく私にはジョブズが強くその意思を持ち裏で指示を出した結果だと思えるのだ。
そして長い間、暫定CEOとして市場やユーザーをヤキモキさせたがそれもある意味で彼の計算済みの行動だったと思わざるを得ない。だとすれば形としてはAppleから請われた形になっているがスティーブ・ジョブズは自分の意志でAppleに戻ったのだ。
しかしどんなにジョブズがAppleに戻りたいと考えたにせよAppleの業績が良ければまず無理だったろうし、現実にいつ倒産するか分からないほど脆弱な企業になっていたAppleだとしてもジョブズが復帰するためのファクターは針の穴のように小さく思える。

そもそも当時のApple CEOがギルバート・アメリオでなかったらAppleは早々に売却されていたかも知れないし、ジョブズを呼び戻そうなどと考えもしなかったに違いない。そしてもしスティーブ・ジョブズがAppleに戻っていなかったらAppleは無くなっていたか別の形の企業になっていただろうし、ジョブズ本人もPIXARのCEOという立場はともかく、コンピュータ業界では過去の人という位置づけて話題に上ることもなかったに違いない。
スティーブ・ジョブズという人物はこの一点に限ってもどれほど幸運な男であったかが伺い知れるのではないだろうか。

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ 偶像復活」東洋経済新報社刊
・「ジョブズ伝説」三五館刊
・「スティーブ・ジョブズ」講談社刊
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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員