Macの開発チームのひとり、ビュレル・スミスについての考察

ビュレル・スミス(Burrell Smith)はMacintosh開発チームの一員として主にロジックボードの設計を担当した人物である。彼はスティーブ・ウォズニアックのApple IIの設計を崇拝し、Macのロジックボード設計においてウォズニアックのスタイルをさらに突きつめ、独自の設計スタイルを編み出した...。


アンディ・ハーツフェルド著「REVOLUTION in The Valley」の表紙で前列左側、キーボードを抱えて左手で頬杖ついているのがビュレル・スミスである。
同著でアンディ・ハーツフェルドはビュレル・スミスについて…スティーブ・ウォズニアックに触発されてAppleに入社し、MacをはじめLaserWriterのロジックボードなどを製作した技術者として紹介している。またビュレルはAppleを退社後はRadius社の共同設立者として成功し、1988年に業界から足を洗ったとある。

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※アンディ・ハーツフェルド著「REVOLUTION in The Valley」表紙。前列左がビュレル・スミス


「REVOLUTION in The Valley」にはこのビュレル・スミスとのエピソードが多いが、事実アンディ・ハーツフェルドは2004年にWIREDのインタビューの中で「 (ビュレル・スミスとの友情が) この本の核心だ。マックの主な貢献者の中でも、ビュレルはおそらく最も世に知られていない人物だ。ビュレルの偉大さを世界に伝えることもこの本の目的だった。」といっているくらいビュレル・スミスの能力を買っていた。
反面「(ビュレルは)現在、興味の赴くままさまざまなことをやっている。今でもパロアルトに住んでいるが、人前には出てこない。実のところ、この本を気に入らないのではないかと少し心配している」と語っているだけでなく「ビュレルとの間には、公の場でも個人的にも気楽に話せないような出来事があった…」と発言をしている点が訝しく、私には二人の間に何があったのかとずっと心に引っかかっていた。

その謎がウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」で解けた…。
ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の日本語版第一巻、第20章「レギュラー・ガイ 凡夫を取り巻く人間模様」を読んでいて愕然となった。
そこにビュレル・スミスはアンディ・ハーツフェルドの相棒だったもじゃもじゃ頭の丸ぽちゃのソフトウェアエンジニアとして登場するが、精神疾患を患い裸で外をうろついたり、車や教会の窓を壊して歩いたりするようになったと書かれていたからである。

彼の病は強い薬でもコントロールできず、夜にスティーブ・ジョブズの家まで出かけては石を投げて窓ガラスを割ったり、とりとめのない手紙を残したり、かんしゃく玉を投げ込んで逮捕されたこともあったという。
そして2011年の時点でもパロアルトの街を徘徊し、親友だったアンディ・ハーツフェルドとも口を聞かないという。
ビュレル・スミスが自分の名前を名乗れず留置所に入れられたとき、ハーツフェルドはビュレルを釈放するためスティーブ・ジョブズの力を借りたこともあった..とも。

その章を開いたとき、それまで心に引っかかっていたアンディ・ハーツフェルドの言動の意味が理解できた。ただし私自身こうした文章を書きながらも一抹のわだかまりがある。それはアンディ・ハーツフェルドが気を遣って自著の中でも隠していたビュレル・スミスの悲しい現状をウォルター・アイザックソンが暴露してしまったことだ。
もしかしたら現地ではよく知られている事実なのかも知れないが、不明な点が理解できた反面、事が事だけにそっとしておくべきなのではないかとも思ったものの、ベストセラー本の「スティーブ・ジョブズ」で明らかにされたことでもあるからと今回こうして紹介することにした次第である…。なお以前ご紹介した「1983年製作のMac販促ビデオ『The Macintosh Story』再考」にはインタービューに応じている若きビュレル・スミスの姿を見ることが出来る。

ちなみにオーウェン・W・リンツメイヤー著「アップル・コンフィデンシャル」という本にはMacintoshのケース内部にサインを残している開発者たちのその後(21世紀初頭時点)が簡素に書かれている。それを見るとApple退社後ベンチャー投資家になった者もいれば、中には所在が不明という人もいて人生の悲哀を感じさせる。
ところでこうした事情に詳しい方はすでにお気づきかも知れないが、先のウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の記載だが、ビュレル・スミスについて間違っている点がある。それはアイザックソンはバレル・スミスを「ソフトウェアエンジニア」と書いていることだ。
念のため英語版原書も確認してみたがやはり "Macintosh Software engineer"と記されているし、人物紹介ページにも「1990年初頭から統合失調症に苦しんでいる元Macチームのプログラマ」と紹介されている。才能のある人だからプログラミングもこなしたのかも知れないものの実際のところ、ビュレル・スミスはデジタル基板設計の天才的技術者として評価されていたわけでハードウェア設計者ありソフトウェアエンジニアではなかった。こうした点においても伝記作家ウォルター・アイザックソンという人物の力量の限界が垣間見えるような気がするのだが…。

Macintoshが登場してからすでに28年間が過ぎた。したがってその開発に携わった人たちにとっても変化があってしかるべき長い年月に違いない。アンディ・ハーツフェルドの名は現在でも見聞きする機会があるものの、例えば写真家に転向したビル・アトキンソンの噂も最近はほとんど入ってこない。
そのMacintosh開発の立役者であったスティーブ・ジョブズ自身も鬼籍にはいってしまったし、時代は確実に進展し変化していく。それは仕方のないことではあるものの出来ることならビュレル・スミスの病気が一日も早く完治して欲しいし、多くのMac開発関係者の近況も知りたいと願っているのだが…。

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員