Apple カタログに見るジョブズとスカリーの拘りの違い

先日来、あらためてAppleの黎明期からの製品カタログを多々眺めていたとき、ふと閃いたことがあった。それは1983年4月にジョン・スカリーが社長兼CEOに就任したのをきっかけにして製品カタログの表紙にテキストが増えているのではないかという点だった…。                                                             

スティーブ・ジョブズはAppleの全てを統括したい…すべきと考えていた人間である。開発する製品の外観はもとより見えない基板にまで見栄えの良さを要求した。無論その美意識は製品だけではなくパッケージやカタログにまで及んだという。したがってスティーブ・ジョブズがAppleを退職する1985年9月までは何らかの形で彼の意志がカタログのデザインに及んでいたと考えて間違いないだろう。

さて、私とてApple創業時からのカタログをすべて持っているはずもないが、主要な製品に関するものはかなり揃えてきた。例えばApple II は勿論Apple III、Lisa、Macintosh 128K、Apple IIcおよび IIe、Macintosh Plus などなどだ。無論Appleはひとつの製品に関してカタログ類を1種類しか作らなかったというわけではないから私の手元にあるものは市場に出回ったほんの一握りだといえるが、何らかの傾向は推し量れると思う…。

ご承知のようにスティーブ・ジョブズの金言のひとつは “シンプル” ということに尽きる。
ジョブズはシンプルである事の重要さ大切さを禅から学んだともいわれるが、無駄な物をすべてそぎ落とした単純さ…といった意味よりもデザインを含む扱いやすさ、あるいは使いやすさといったユーザー体験を主とした考え方に違いない。
ところで写真やイラストを多用し詳細な説明を施した高級感あるパンフレットやカタログはbrochure(ブローシャー・ブローシュア)と呼ばれるが、ここでは言い慣れた “カタログ” という呼び名で話を続ける。しかしそもそも製品カタログの使命とは何だろうか?

それは申し上げるまでもなく対象となる製品を顧客へ正確に知らしめ、その魅力を伝えて購買意欲をそそるためのものだ。
例えばApple IIはどのようなコンピュータなのか、他のコンピュータと違った特筆すべき点は...どんなことができてこれを買う事でユーザーの生活やビジネスがどのように変わるのか…等々を限られたページで鼓舞するためのものだ。
またカタログは販売店の店頭に積まれる場合もあるし、展示会などで配布したりと様々な扱い方をされるものの重要なことはカタログ自体も魅力のあるものでなければ見て貰えない。そのカタログを手にした顧客にキャッチコピーよろしくページを開く気にさせるのが表紙の使命でもある。でなければ即ゴミ箱行きとなる。

第1パーソナルコンピュータは商品として説明し難いものだ。いまでこそ何の躊躇もなく私達はコンピュータを手にして使うが、1980年代にはマニアといった特別な連中ならともかく一般の学生やサラリーマン、家庭の主婦たちに製品の魅力を伝えることは至難の業だったに違いない。
私自身も1977年の暮れからワンボードマイコンを手にしてこの世界に入ったが、周りにユーザーがいないことは勿論、コンピュータを個人で手にする意味・意義・楽しさを他者に伝えることに難儀した経験がある。
したがってカタログにしても何らかの「説明」をすることを考えると当然のことながら言葉(テキスト)で記述したくなるものだ…。どんなコピーにするかはともかく、分かりやすく明記すれば読んでくれる人には伝わるだろうという至極安易な思いがわいてくる。

何故なら…渡されたカタログの表紙に6色アップルロゴをドーンと載せたとしても知らない人は何のカタログかも分からない。したがって制作者側はその脇に「これはパーソナルコンピュータのカタログだ」と知らしめる何らかの説明文を入れたくなるものなのだ(笑)。
しかし1978年7月に刷ったとされるApple IIの豪華なカタログは中身のページは2色刷だが表紙にはこれ以上は嫌みになると思われるほどの大きさで6色アップルロゴが配されている。後はその上部に "Apple II" と薄いカラーで製品名がデザインされているだけである。カラフルでポップなデザインではあるが確かにシンプルだ。

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続いて1980年に印刷されたApple IIIのカタログをご覧いただこう。
表紙には実際にApple IIIを使っているビジネスユーザーをイメージし、ネクタイを締めた男性がApple III をオペレーションしている写真が大きめに配されている。したがって現在の視点から見ればこれが何のカタログであるかは一目瞭然だが、表紙にあるテキストといえば上部に置かれた "Apple III Information Analyst - More Than A Worksaver" という2行だけだ。

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さらにその2年後に印刷されたApple IIIの同種のカタログも写真やテキストの内容は弱冠違うものの先のカタログデザインを踏襲している。

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また1983年1月に印刷されたLisaのカタログのひとつは中身もカラー印刷だが、表紙中央には抽象的なデザインが配され、Lisaのロゴと6色アップルロゴが上部左右に小さく置かれてその間に "Lisa, It works the way you do." とこれまた小さなフォントで印刷されている。

Applecatalog_1983_01.jpg


同じく1983年9月に印刷された見開きの比較的簡素なLisaカタログを見ると中央にはLisaに向かう男性ユーザーの写真が先の抽象的デザインに取って代わっているものの、後はほとんど変更はない。

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勿論カタログも配布のターゲットによりデザインやページ数を変えて作るのは定石だが、このLisaの場合は最初のカタログから半年強経った時点でAppleは売上げが伸びないLisaに関してより具体的な意味を伝える必要を感じたのではないかと推測される…。

このあたりまでの時代はスティーブ・ジョブズの影響力が間違いなく強かったはずだから、これらのカタログデザインに彼の意志が加わっていることは間違いないだろう。
そうした点を頭に入れていただき、続いてMacintoshのカタログを数種ご覧いただきたい。

まずは1984年1月24日にお披露目された初代Macintoshだが、その代表的なカタログのひとつは1983年12月に刷られている。
ジョブズがプレゼンテーションの中で行ったバッグからMacintoshを取り出すシーンを彷彿とさせる表紙だが、そこには "Of the 235 million people in America, only a fraction can use a computer." とちょっと挑戦的で比較的まとまったテキストが配されている。

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これはあくまで私のお遊び的推測だが、スティーブ・ジョブズはカタログにテキストを多々配置するのを良しとしなかったのではないか…と考えている。それは先のApple IIのカタログにしっかりと現れているような気がする。しかし1983年4月にAppleの社長兼CEOに就任したジョン・スカリーはコンピュータには疎いとしてもマーケティングのプロとしての自負もあったに違いなく、製品をきちんと分かりやすく説明すべしとテキストを入れることを主張したのではないか…と考えてみた(笑)。
したがって前記のMacintoshカタログはジョブズが入社したばかりのスカリーの立場を考え譲歩した結果なのかも知れない。

1984年6月に夏の商戦用に印刷されたと思われる "Macintosh SOFTWARE SAMPLER" の表紙は私にはジョブズとスカリーの折衷案のように思えるのだ…。なぜなら表紙にあるテキストといえば右下に "Summer 1984" の他には前記した "Macintosh SOFTWARE SAMPLER" という文字がフロッピーディスクのラベルに印刷されているだけであり、他に説明らしきテキストは使われていない。

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スカリーは「何のカタログかを記さないと意味がないよ」という。
ジョブズは「なるべくテキストによる説明は避けシンプルにやりたいね」というその折衷案がこのカタログのような気がするのだ。この頃はまだ2人はダイナミック・デュオと称され仲が良かった…。

続けよう…

1985年1月に刷られたApple IIc のカタログはなかなかシンプルでテキストといえば"The Apple IIc Personal Computer." とあるだけだ。これはジョブズの意志が強かったのかも…。

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なおApple IIcといえばジョブズとスカリー、そしてウォズニックの3人が仲良く発表の場に介した写真が印象的だ。

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※1984年5月7日付NEWSWEEKより


そして翌月の2月に刷られたMacintosh Office、すなわちApple Talkによるネットワークをアピールするカタログではタイトルとして"The Macintosh Office"の他に "Apple introduces an alternative to business as usual." というテキストが3行で配されている。

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まあこじつけだが,手元にあるカタログの中でスティーブ・ジョブズの意志が…多少の妥協も含みながらも現れているのはこの辺までではないかと考えられる。

繰り返すがスティーブ・ジョブズがAppleを離れたのが1985年9月、そしてその前半年間あたりはスカリーとの間で様々な確執がありジョブズもさすがにカタログのデザインにまで気を回せなかったに違いない。
ではその後のカタログのいくつかを見てみよう…。

まずは1985年10月に印刷されたカタログはその1月に発表されたLaserWriterの威力を紹介する内容で、表紙にはかなり目立つ “You may never go back to the drawing board again.” というテキストが配されている。繰り返すがその前月にジョブズは退社しているわけで、デザイン企画のステップは知る由もないがすでにジョブズの眼は届いていないに違いない。

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そして1986年1月印刷のカタログは表示に大きくMacintosh Plusをデザインしたデスクトップ・パブリッシングの威力を示す内容で、表示には背景の黒に白抜きのテキストで “Did you ever image you could come into power so quickly ?” とある…。

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さらに1986年3月に印刷されたカタログだが、これまたLaserWriterを鼓舞するカタログでその表紙は先に紹介したテキストと同じく ”You may never go back to the drawing board again.” というテキストがフレームに飾られて配されている。

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また翌月4月に印刷のカタログだが表紙にMacintosh 128KとPlusが並んでデザインされているが中身はやはりLaserWriter、すなわちデスクトップ・パブリッシングの解説だ。そして肝心の表紙には多少控えめではあるものの “Now it’s twice as hard to do business without a Macintosh” のテキストが目立つ。

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最後にご紹介するのは印刷年度がはっきりしないが、記号 “A2L0087 300,000” と記されているので1987年に30万部印刷されたのではないかと推察されるApple IIeのカタログだ。またクレジットカードの勧めのページは先に「1985年 クリスマス商戦におけるAppleの動向」でご紹介カード名と同じく “JOHN APPLESEED” とある点からこれより以前のものではないと思われる。
ともかくその表紙は IIeというプレートの一部をデザインした他は “In the history of personal computers, only one has been around long enough to have a history.” と長ったらしいテキストが目立つデザインとなっている。

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まあまあこうした推察は手元にある限られた資料および先に結論ありきの視点で見たからこその論かも知れないし、この理屈に合わないカタログも存在するかも知れない。あくまでお遊びであり深刻に受け止められては困るが、3年間ほどの間にも大きな変化があったことは明白だし私にはスティーブ・ジョブズとジョン・スカリーの考え方の違いがひとつのカタログにも滲み出ているように思われてならない。
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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員