iPadはまさしくアラン・ケイの夢見たDynabookの実現か?

Appleのスペシャルイベント(米国1月27日)で噂通りのタブレットマシンが発表された。その名も「iPad」。正直その名前には違和感を覚えるがあらためてアラン・ケイが1972年に "A Personal Computer for Children of All Ages" で提唱したあのDynabookのコンセプトに到達したように思える。

 
ケイの論文によれば、Dynabook (ダイナブック) は形も大きさもノートと同じポータブルな入れ物に収まるものと定義されている。そしてこのマシンは人間の視覚、聴覚にまさる機能を持ち、何千ページもの参考資料、詩、手紙、レシピ、記録、絵、アニメーション、楽譜、音の波形、動的なシミュレーションなどをはじめ、記憶させることは勿論、編集可能。そして後でいつでも再表示できるものとされている。

ビジュアルな出力は少なくとも新聞の紙面より質が高くなければならず、オーディオ出力も同じ意味で基準をクリアしている必要がある。
そしてケイは例えばフルートのような「楽器を吹いてから音が聞こえるまでに1秒もかかったら、お話しにならない」という例を挙げ、処理スピードがリアルタイムでなければならないことを強調している。

詳細なことは是非ケイの論文を読むことをお勧めするが、前記 "A Personal Computer for Children of All Ages" は英文のため一般的ではないかも知れない。ただしその概要は1977年に公開された“Personal Dynamic Media” がアスキー出版局刊「アラン・ケイ」にて日本語訳されているのでまずはこちらがお勧めである。
ともかくDynabookの実現は、医者、作曲家、家庭、ビジネスマン、教育者などなどにとってどれほど大きな恩恵を受けることになるか...世界が変わるかを力説している。
また誰にでも使えるように、普通のユーザーが必要なツールを簡単に記述し使えるようにレディメイドのプログラム(アプリケーション)を大量に供給する必要があることも説いている。

こうした事を踏まえ、iPadがDynabookのスペック要件をクリアしているかをあらためて確認してみよう。
まずは「Portability (ポータビリティ)」だが、前記したようにDynabookはもともと本かノートといったサイズを想定しているのでiPadのサイズならびに約680gという重量はまさしく合格だ。
次に「Pointing (ポインティング)」。
すなわちDynabookは効果的で使いやすいポインティング機能が搭載されていることを前提にしているがiPadのマルチタッチインターフェースはその仮想キーボードと共に文句ない出来に違いない。
続けて「Grapgics (グラフィックス)」。
いまでは当然のことだがDynabookは解像度も高くテキストと画像が同一画面に表示できることが求められたがiPadの優れたグラフィック能力は当時のアラン・ケイが想定した仕様をはるかに超えている。
そして「Naturalness (ナチュラルネス)」。
すなわちディスプレイに表示されるものは日常生活において存在するものと同等に扱えることを意味し、人間の感覚機能に迫る量の情報を出し入れできること...。
例えばiPadで電子ブックを見ることを考えると、ページめくりひとつをとっても大変自然にアナログのそれをシミュレートしていることがわかる。そしてフォント変更が可能ことも含めて見やすさも問題ないだろう。無論情報の量はインターネットのインフラが整いすでに我々のキャパシティを遙かに超えた量が行き交っている。
そう...「Power (パワー)」も重要で高い演算能力を持つと共に良質のソフトウェアを備えていることも不可欠だがこれこそiTunes StoreやApp Storeなどが整備されているiPadの独壇場だ。
さらに8歳程度の子供でも使えること、そして個人が容易に買える価格であることもケイは重要視しているがそうした点においても iPadは合格に間違いないと思うのだが...。

Keynote_iPad.jpg

※AppleスペシャルイベントでiPadを誇らしげにかざすスティーブ・ジョブズ氏


一部ではiPadをジョン・スカリーが提唱したナレッジ・ナビゲータ(Knowledge Navigator)に比較しているケースもあるがこちらはスペックの根幹がエージェントとよばれるAI (人工知能)をベースにユーザーの知的作業を補佐する機能を実現しなければならないので並べて論ずるのは無理がある。
しかしこうしてiPadのコンセプトやスペックを見てみるとアラン・ケイが夢見たDynabookが33年後の今年、iPadとして実現できたような感慨を覚えるのは私だけではないだろう。

無論アラン・ケイがDynabookを夢見た時代の呪縛は完全には解かれていない。例えばiPadには現状でSmalltalkのような利用者側がプログラミングを含めて自由度を可能にする環境は兼ね備えていない。しかし極普通の利用者にとって高度な処理を最小のステップでかつ難しいことなく実践できることが求められているとすればプログラミングという行為による自由度はすべてのユーザーに開放される必要もなく、その能力あるいはそうした思考を好むユーザーが可能であれば良いのではないだろうか...。

そして批判することは簡単だし理想という前にはiPadとて完全ではあり得ない。しかし事は四の五の言っている以前に現時点で最良のものを作り出すことが重要だ。それさえも簡単ではないことは幾多のメーカーからリリースされたサブノートとかネットブックが成功しなかったことで証明できるだろう。ともかくiPadはDynabookそのものではないが、それに極力近づいた最初の製品なのではないか。

私自身もiPadの正式発表に至るまで様々なリーク情報と思われるものやガセネタの情報を多々見てきたこともあり、実際に発表されたiPadに大きな意外性を感じなかった。それはどこか「1,000曲を持ち運べるだけのMP3プレーヤー」と揶揄された初代 iPodに似た感覚という気もする。
しかしそれはAppleがまたしても優れた機能を何気ないあたりまえのような形で見せたからであり、このiPadが家庭や教育の現場は勿論、特に子供達の手に普及したときまたまた大きなパラダイムシフトを起こす要因になり得ると思っている。

【主な参考文献】
・アスキー出版局刊「アラン・ケイ
・翔泳社刊「林檎百科 - マッキントッシュクロニクル」
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員