絶妙なサイズのiPadは昔の文具「石板」の大きさに酷似

iPadを日々膝の上に置き使っていてつくづく感じること、それはそのタッチインターフェースでもなく液晶の美しさでもない。膝の上に置き、時折片手で持ち上げ置き場所を変える...といった一連の動作にも邪魔にならずかつコンテンツの認識やタップなどをするにも絶妙とも思えるそのサイズの妙に驚かされるのだ。


iPadを手にしてあれこれと新しい体験を続けている。そしてiPadに特化したアプリケーションやコンテンツに魅惑されている毎日だ。しかしよくよく考えてみるにiPadをiPadたらしめているのは機能やタッチインターフェースといったものだけでなくその扱いやすい絶妙なサイズにあるように思う。
個人的にはiPadという名称に正直いまだ「どうだかなあ...」といった感じもするが、発表前の噂のひとに「iSlate」という名称になるのでは...といった時期があった。「スレート」とは申し上げるまでもないと思うが「石板(せきばん)」あるいは「石盤」と訳され文字通り “”石製の板” を意味する。

この「スレート」という言葉を聞いて古参のマックユーザーの中にはMacintosh最初期に登場した「MagicSlate」というアプリケーションを思い出す方もいるかも知れないしビル・アトキンソンが1983年に起案した同名のプロダクトの存在を知っている人もいるかも知れない。
まさしくアトキンソンが考えた「マジックスレート」はシンキングパッドであり電子石盤をイメージしたものであり一部コンセプトが違うもののiPadに驚くほど近いものだったといえよう。
蛇足ではあるが当時なぜこの「マジックスレート」が実現しなかったかといえば必要な技術がまだ存在しなかったからだ。

さて、では「石板」(Slate)という名がこうした名称に使われるのかといえば、それは「石板」が100年ほど前の文具・学用品だったからである。
ところで「石板」という名前を見聞きすると私はすぐ思い浮かぶひとつのシーンがある。
それはL.M.モンゴメリ女史の名作「赤毛のアン」のあのシーンであり、同じ思いをする方も多いのではないだろうか...。

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※新完訳「赤毛のアン」松本侑子訳/集英社文庫


それはアンが通っていたクラスでのこと、アンの気を引きたかったギルバート・ブライスはアンの長く赤いお下げ髪を引っ張り「ニンジン、ニンジン」とからかう...。赤毛であることを大変気にしているアンは涙を浮かべながらギルバートをにらみつけ「卑怯者、意地悪...」と叫びながら石板を彼の頭に打ち下ろすあのシーンである。無論石板は真っ二つに割れてしまうのだが...。

この名シーンは知っていても、では石板とは何か?と深く考えたことのない読者は多いかも知れないが、それは日本でも明治初期の小学校教育で使われていた過去の筆記具なのだ。また一部では昭和初期まで使われていたケースもあるというが...。

石板はスレート(珪酸質粘板岩)製で、これに滑石(かっせき)またはロウ石を棒状にした石筆(せきひつ)というもので字や絵を書いた。消すには布で拭くが、それが面倒な子供たちは服の袖で拭き、母親や教師に叱られることが多かったという。
無論現在のように紙類が豊富に消費できる時代ではなかったから書いては消せる石板は無くてはならない学用品だったわけだ。

それからもう一つ私が「石板」で思い起こすのは旧約聖書の申命記などに登場するモーゼが神から授かったという契約の板だ。これは石に神の言葉が刻まれていたというがまさしく石の板であった。

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※映画「十戒」より。神から授かった契約の板(十戒が刻まれている)を示すモーゼ(チャールトン・ヘストン)


ここで取り上げる石板はスレートを板状にしたものに扱いやすくすることを目的として木製のフレームが付けられていた。この部分を持てば手も汚れないからでもある。
ではこの石板のサイズはどの程度の大きさだったのだろうか...。とはいえサイズの問題だけでなく石板という名はご存じでも実際にその実物をご覧になった方は...特に若い方はこれまたほとんどいないに違いない。

当研究所が所有しているのはイギリスで使われていたものらしいが、詳しい年代は不明なもののやはり1800年代後半から1900年代初頭に使われていたものと思われる。

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※実際にイギリスで使われていた石板。アン・シャーリー嬢もこの種の石板を使っていた(一番最後の写真参照)


作りを見てみると前記した構成とまったく同じ作りであり、スレートを木製のフレームで覆い、スレート片面には文章を曲がることなく大きさを均一に書くガイドとなるグリッドが描かれている。そして興味深いのはそのサイズなのだ...。
それは縦横が26.0cm × 18.3 cmで厚みは0.7cmであり重さは274g。したがって厚みは石板の方が薄いし無論重さもiPadの1/4程度である。

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※iPadと石板のサイズ比較(上)と厚みの比較(下)。ちなみに石板は両面が使える


ちなみにiPadのサイズをあらためて記すと、242.8mm × 189.7mm、厚さは最大箇所で13.4mmと公表されている。したがって細かなことに目をつむるならiPadのサイズはかつて実用品として使われていた石盤とほぼ同一なサイズだったということになる。そしてiPadの液晶まわりのあの黒いフレーム部分は石板の木製フレームそのものだということになる。

anne_slate.jpg

※1985年制作ドラマ「Anne of Green Gables」に登場する石板。木製の枠左に紐などで吊せるようにと穴が空いているがまるでiPadのホームボタンのようだ(笑)


要するにこの程度のサイズはあるときには手に持ち、机上に置くとしても読み書きするには適当なサイズだということなのだろう。
勿論iPadの方は写真や動画をフルスクリーンで見るという使命もあるわけだからそのサイズの縦横比はいい加減ではまずい訳だが...。そしてiPadは一般的な石板のサイズを参考にした証拠はないが、そもそも個人が手にして読み書きすることを考えると自然にこのようなサイズになるのかも知れない。

ともあれ私の年代の祖父母は石板を使っていたに違いない。その時代はそれで特に不便は感じていなかったのだろうが、iPadの存在を考えるとき、我々は実に素晴らしく希有な時代に生きているように思えてならない。


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員