Walter Isaacson著「スティーブ・ジョブズ 」への批判について

ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ 」に関しては読了後も必要に応じてページを読み返している。しかし新鮮味が薄れたこともあるのだろうがどうにも物足りなさを感じる。そう感じるのは私だけではないようで事実本書の著者に対しての批判も目立つようになってきた...。


ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ 」の上下巻を読了した個人的な感想については「Walter Isaacson著『スティーブ・ジョブズ』2巻を読了した感想」で述べた通りである。ちなみにその中で私はいくつか著者であるウォルター・アイザックソンについての不満を述べた。

ひとつはどうやら彼はテクノロジーに詳しい人物ではないようだということ。そしてジョブズへのインタビューに関してジャーナリストとして鈍すぎると書いた…。さらに意図的に控えめな表現にしたつもりだが、本書は講談社の帯にあるように決してスティーブ・ジョブズの「最初で最後の決定版伝記」ではなく、ジョブズ伝説のほんの始まりに過ぎないことも示唆した。そして例えば「10年後に再び、”力ある著者” によりスティーブ・ジョブズの生涯を振り返って見るのもアリだと思うし是非そうすべきではないかと思う」と書いた。

これらから私の本著に対する不満を感じ取っていただければなによりだが、海外…というか米国ではもっとストレートにウォルター・アイザックソンに対する批判が強まっているようだ。
例えば「MACLALALA2」にJohn Siracusa(ジョン・シラキューサー)とJohn Gruber(ジョン・グルーバー)両氏の痛切な批判が取り上げられており大変興味深く拝見した。

シラキューサーはポッドキャストにおいて「伝記本作者の人選を誤った」と切り捨て「秘密主義のジョブズが、生涯にたった一度、何でも聞いてくれと与えた唯一無二、稀有のチャンスを(アイザックソンは)生かすことが出来なかった」と切歯扼腕する。
グルーバーはシラキューサーに全面的に賛同し「(アイザックソンは)一回限りのチャンスを永遠に逃してしまった」と嘆く。

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※ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」のUS版と講談社刊の日本語版


さて、一般的な小説ならその内容や著者が嫌いなら読まなければ済む。しかしスティーブ・ジョブズの伝記ともなれば例え誰が書いたものだとしても…ましてやウォルター・アイザックソンはジョブズが指名した筆者であるからしてアップルフリークの一人としては読まざるを得ないわけだが、要はウォルター・アイザックソンが最良の…ベストな伝記執筆者だったのかということなのだ。

他の方達がどう感じどのように思うかは別として、私にはウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ 」2巻を読み直してはいるもののどうにももの足りないだけでなく、売り文句の「最初で最後の決定版伝記」としてはどこか焦点がぼけているようにも感じるのだ。彼のベストセラーだという他の伝記本は読んでいないので分からないが、少なくとも本書からはスティーブ・ジョブズという希有な人物の人間性というものが浮き出てこないというか、希薄なのである。

ちなみにブリタニカ国際大百科事典で「伝記」を調べてみると「個人の生涯を、事績を中心に記録したもの。文学的な伝記は、主題となる人物をいきいきと描き、事実の記述も正確でなければならず、作者の個性、歴史観も要求される。」と解説が始まっている。

したがってその構成や表現の手法に決まりがあるわけでもなく例えば文学的な伝記もあれば逸話を集めた形式のものもあるわけだが史料の正確さおよび事実の記述も正確でなければならないことは当然だし、筆者の個性や歴史観も要求されるのが伝記作家としての使命であろう。
いずれにしても対象の人物を生き生きと描き出すというなかで伝記筆者の個性や立場を打ち出したものが好き嫌いは別として読むものに説得力と共感を与えるのではないだろうか。

こうした観点からウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ 」を見てみるといわゆる取材した材料をテーマ別に並べてはいるが伝記作家としての咀嚼が足りない…。別の言葉でいうなら食材をそのまま並べてはいるが調理・料理をしていないといった感覚を受けてしまうのである。そこにウォルター・アイザックソンという個性も見えてこない。

我々が知りたいのはスティーブ・ジョブズ本人がどのように発言したか…ではない。その発言が正しいとか間違っているという以前に何故そういう発言をするのか...を考えるべきだし、インタビューの本質は「話したことより話さなかったこと」の方に真実が含まれていることが多いことなどジャーナリストなら初歩の初歩ではないだろうか。ただしインタビューした人たちの発言の裏を読み、物事の真意を探るには業界の...というかAppleの歴史とそのテクノロジーに詳しくなければ出来得ない相談であろう。

だからというべきか、ウォルター・アイザックソンにはその追究や洞察に目新しいものがあまり見えてこないから奥行きが感じられないのだ。
そもそもウォルター・アイザックソンがスティーブ・ジョブズに自身の伝記を書かないか…と言われたとき「どうして私(アイザックソン)に依頼したのか」を聞いたと「スティーブ・ジョブズ」の「はじめに」に書いてある。
それによれば、ジョブズは「話を聞き出すのが上手だろうと思ったからさ」と答えたという。
アイザックソン自身もこのような答えが返ってくるとは思ってもみなかったと書いているが、これは褒め言葉だろうか(笑)。

ジョン・グルーバーのポッドキャストによればスティーブ・ジョブズはアイザックソンの力量をはじめから計算の上で伝記執筆者として “敢えて” 選んだのでは…と読んでいる。アイザックソンなら業界に関しては素人だし、ジョブズ自身を含むジョブズ側が提供する情報を元に伝記を書かせることができる…すなわちコントロール可能と判断したのではないかと推測しているのだ。

私は正直そこまで勘ぐってはいなかったがこの「MACLALALA2」を読んで「スティーブ・ジョブズ」の物足りなさの原因が分かったような気がしたのだ。
スティーブ・ジョブズは自身の命が尽きる最後まで…計算づくでアイザックソンを選んだ。
ジョブズは「何でも聞いてくれ」といったというがアイザックソンならジョブズの話しを表面的でそれ以上掘り下げずに伝記として書くに違いないと考えたのだろうか…。

そう考えると前記した「話を聞き出すのが上手だろうと思ったからさ」というジョブズの答えは「君はお人好しだからさ」と言っているのと同義に思えてくる(笑)。
第一ジョブズが言った「何でも聞いてくれ」をそのまま受け取ってはならない。ジョブズあるいはAppleには現時点で当然のことながら隠さなければならないあれこれも多々存在したはずなのだ。それがアイザックソンの公式伝記のおかげであやふやになってしまった...。

またウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ 」上巻の「はじめに」では「ジョブズへの取材は40回ほどもおこなった」と記されているが、カバー折り返しには「…2年あまりにわたって50回ものインタビューに応じてくれたのか。…」と矛盾も見える。これが事実の記述も正確でなければならない伝記執筆者の記述とは思えないし本文中の記述を100%鵜呑みにできない気持ちになってくる。

もしかしたら40回ほどインタビューした後に入稿を済ませ、その後インタビュー回数が増えたのかとも考えたが、前後関係を考えると不自然だ。それにしてもこうした点は出版以前の最終チェックで修正可能だろう...。

無論インタビューの回数が問題なのではない。著者の記述のあやふやさが問題なのだ。
当然インタビューにはボイスレコーダー類が置かれていたのだろうし、毎回のインタビューはジョブズに限らず何年の何月何日にどこで行ったかという記録を整理しているはずだ。それなのに公式伝記に書く「40回ほど」と「50回もの」の違いはアイザックソンの単なる不注意というより怠慢から生じた差異のように思えてならない。なにしろ相手はスティーブ・ジョブズなのである。そして彼の病状を考えれば彼と会話できるのは時間の問題であることくらいは認識できるはずだ…。

アイザックソンのインタービューに費やした時間はジョブズの余命がいくばくかになった貴重な一瞬一瞬だったはずだ。「インタビューした回数くらい正確にカウントしろ」といいたい。

無論ウォルター・アイザックソン側にも言い分があるだろう。そもそもが頼まれ仕事だった(笑)。そして限られた時間というものがあったし、事実ジョブズの容態が急変したことを受けて出版自体も早まった経緯もある。しかしこれまで記したあれこれが多少なりとも真実なら千載一遇のチャンス、2度とあり得ないチャンスをウォルター・アイザックソンは “ジョブズの思惑通り” 活かせなかったのだ…。だとしたらその責は小さくないと思うのだが…。


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員