スティーブ・ジョブズの特異な性格を形作った要因を再考する

スティーブ・ジョブズへの評価はテクノロジーの世界に置いて揺るぎのないものであり間違いなく彼は「世界を変えた」。彼がいなかったら現在のパーソナルコンピュータは大きく違ったものになっていただろう。そのジョブズの原動力となった彼の強烈な個性と性格はどこから形作られたものなのだろうか…。


天はカリスマ性、天才的なショーマンシップ、人を魅惑するという天分をジョブズに与えた。反面、冷血で他人に対する思いやりに欠如し誠意がない行動をとることも多かった。
最近ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」や高木利弘著「ジョブズ伝説」をはじめ様々な史料を読み、かつ高木さんと対談をさせていただく課程で刺激を受け、私なりの思いが少しずつ見えてきたように思う。それはジョブズの性格は養父からの強い影響を受けながらも基本的には当然といえば当然だが生まれたときからすでに備わっていたものであり後天的なものではない…という思いである。無論これは現時点での個人的な見解であるが...。

スティーブ・ジョブズは3歳ころになるとすでに手に余るほどの子供になっていたという。
朝早くから遊び始め、コンセントにヘアピンをさしてひどい火傷を負ったり、殺虫剤を味見して病院に担ぎ込まれるなどトラブルメーカーだった。とにかく変な子供で友達も少なかった。
学校ではいたづら好きなガキどもを率いて教室にヘビを放ち、爆発を起こし、教師をこてんぱんにやっつけたりした。これらは放校になってもおかしくない行為だったしジョブズ自身後年になって「4年生の担任だったヒル先生に出会わなければ自分は犯罪者になっていたかも知れない」と言ったほど問題児だった。

ヒル先生に出会ったことで俄然勉強に興味を持ったジョブズだった。成績も優秀になり事実5年生を飛び越してミドルスクールに入学するが、この学校は大変柄が悪く警察沙汰もいつものことだったしジョブズが好んだいたづらなどお遊びに見えるような有様だった。
ジョブズは登校拒否を宣言する。両親も非行少年になりそうなジョブズを放っておくこともできず、1967年にロスアルトスに引っ越すことになる。
この地でジョブズはビル・フェルナンデスと出会い、彼の紹介でスティーブ・ウォズニアックと運命の出会いをすることになった。スティーブ・ジョブズの人生の歯車は噛み合い始めたのだ。

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※スティーブ・ジョブズの特異な性格はどのように形成されたのだろうか?


さて、本稿はジョブズの性格を形作った一番の要因は何かということを再考してみようというものだ。
公式伝記などを含め、現在有力視されている説として実の両親から捨てられたという喪失感が彼の性格に強く影響しているという話しは有名である。事実ジョブズの友人の1人、ダン・コトケは「欠落感があったのでしょう。母親に捨てられたという生い立ちが、我々には理解できない力となってスティーブを突き動かすんだと思う」と語っている。
しかしこの種の話しはそのまま信じてよいのだろうか…。

確かにオープンで隠し事が嫌いだったという養父らはジョブズが物心が付かないうちに養子であることを伝えていたという。それについて友達にからかわれたりすることもあったというし子供にとって自分の存在を揺るがせる辛い体験だったに違いない。
しかし、そういった養子の子供などいってみれぱ当時はごまんといた事実を忘れてはならない。

養子縁組は20世紀半ばには現在より一般的に行われていたことだという。なぜなら当時、未婚の母は恥だったし中絶は違法だっただけでなく母体の死亡率も高かった。無論ピルといった避妊薬も存在しなかったから妊娠した未婚女性に残された唯一のまともな道は、子供を出産し養子に出すことだったのである。そして需要があったのだろう、身ごもってしまった女性と子供を欲しがる夫婦を結ぶサービスがあちらこちらで提供されていたという。

だから養子縁組で新しい両親のもとで育った子供は決して少なくなかったはずだが、ジョブズだけが為に冷血で人を人と思わないような性格になったと共に世界一の企業を生み出す...だなんていう話しは上手すぎるのではないだろうか。
育ての両親は学歴こそなかったが実に立派な両親だった。そして特に父親であるポール・ジョブズの影響をスティーブ・ジョブズは色濃く受けているように思える。

その養父母、特に父からの影響について語る前にもっと根本的な事を考えなければならない。
以前のアーティクルにも記したことがあるが、スティーブ・ジョブズの言動…特に若い頃のそれをそのまま考察するなら病気とは言わないまでもどうにも病的な激しさを感じる。
彼の特異な言動は一説によると自己愛性人格障害の成せるわざだったという話もあり、ウィキペディアで「自己愛性人格障害」の項を見てみると「5つ以上が当てはまると自己愛性人格障害の可能性がある」として記されている9つの判断基準のほとんどがジョブズのことを言っているのではないかと思うほどマッチングしている。

ちなみに簡単に記してみると「自己の重要性に関する誇大な感覚」「限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている」「自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達にしか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている」「過剰な称賛を求める」「特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する」「人間関係で相手を不当に利用する。つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する」「共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気付こうとしない」「しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む」「尊大で不遜な行動、または態度」。
いかがだろうか、多くの症例はまるでジョブズのことを語っているようにも思えるほどだ。
ジョブズは最後まで愛車に正規なナンバープレートを付けず、駐車もきまって障害者用のスペースに行うという奇行を続けていた…。

またジョブズは欠陥多動性障害 (多動症)だったのではないか…という説もある。これまた著しい特徴として「人の話を最後まで聞くことが困難」「相手の立場やその場の状況を考えずに話す」「感情的・衝動的な行動」そして「順番を待つのが難しい」といった言動が目立つという。
無論程度の違いもさまざまなケースもあるだろうが、ジョブズの…特に若年期の特性はこうした症例に近いことは間違いない。ただし彼が成功したのは確かに明晰な頭脳を持っていたこと、そしてエレクトロニクスの革命の中でウォズニアックと出会い、常にCEOとか会長といったトップの地位に立っていたからだ。もし単なる平社員だったらすぐに首になるだろうし誰も相手にしてくれなかったに違いない…。
無論私はジョブズを自己愛性人格障害とか多動症といった症例を持って一刀両断に片付けようとは思っていないし、彼を貶めるつもりもないことははっきりと申し上げておきたい。

とはいえ実の両親に捨てられたためにひねくれた性格になったというのはあまりにも短絡的でお涙頂戴の物語過ぎる…ということを申し上げたいのだ。
それに養父のポール・ジョブズはスティーブほどではないにしろ体格も良く押し出しの利く立派な人物だったという。ジョブズは当然のこと、その父を尊敬し身近に育ったのだから影響を受けないわけはない。

ポールは大恐慌の時代、職を探して中西部を転々とするといった放浪に近い生活を数年続け、その後「ごろつきの海軍」と呼ばれていた沿岸警備隊に入隊し機関室で機械工としての技術を身につける。
腕には入れ墨、髪は短いクールカットと当時の沿岸警備隊らしいスタイルだったがポールは親切で快活、誇り高く、建設的と典型的なアメリカ人のプルーカラーらしさが全身からにじみ出ている人物だった。

後年隣に住んでいたジョブズの遊び相手の女性がポールのところに逃げてきたことがあった。酔うと隣の男は彼女を殴ることがあり、それを恐れた女性はポールに助けを求めたらしい。
怯えた彼女を追って男が来たときポールは「彼女はうちにいるが、おまえは家には入れない」と男の前に毅然と立ちはだかった。若い頃のポールはあのジェームス・ディーンにも似たよい男だったらしいし実に男らしい父親でもあったのだ。

そのポールは暇さえあれば機械いじりをしていた。そして一番の楽しみはポンコツ車を何週間もかけて修理し、それを売ってはまた次のポンコツ車を手に入れることで小遣い銭を稼いでいた。
1952年にポール一家はサンフランシスコに引っ越すが、ここでポールは信販会社に採用された。仕事は自動車ローンの回収だった。はやくいえば取り立て屋である。場合によっては若干の危険も伴う仕事だが、ポールは体格も良く押しが強かった。それにローン滞納で車を回収しなければならないとき、彼の機械好きが実利となった。なぜならドアロックを外したり、必要ならキーなしでもエンジンをかけることができたから適職だったのである。
ポールはレポマン(ローンが未払いになっている車の回収業のこと)のはしりとなった。

ジョブズは10歳ころになるとはっきりとエレクトロニクスに興味を示していたという。そのころジョブズたちはマウンテンビューに住んでいたが、パロアルト周辺で次々と生まれていたエレクトロニクス企業のベッドタウンだったからそうした情報も得やすかった。あたりにはヒューレット・パッカード社などで働くエンジニアが多々住んでおり、週末にはそのガレージで作業している風景も見られた。ジョブズには最適の場所だった。そして父ポールはここでもレポマンとして働いていた。

結局ジョブズは父ポールとは違い、車いじりは好きではなかったが間違いないことはジョブズがエレクトロニクスに興味を持ったのは父親の車いじりを通してだった。ポールはジョブズを連れ週末になるとジャンクヤードで部品の買い物を楽しんだ。そして父の知識の正確さと交渉の見事さにますますジョブズは父に惹かれていった。
ジョブズは「スティーブ・ジョブズ」でいう。「両親はふたりとも僕を理解してくれていた。僕がふつうの子じゃないとわかって大きな責任を感じたんだ。新しいものに触れられるようにいろいろと工夫してくれたし、いい学校にいれる努力をしてくれた。僕のニーズを尊重しようとしてくれたんだ」と…。

この「ふつうの子ではない」というのは少々説明が必要だろう。ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」によれば自分が養子であったことから家族においても世界においても自分を異分子だと感じると共に次第に父より自分の方が頭が良いということを思うようになったという。しかしこの自己認識こそ前記した自己愛性人格障害の「自分が”特別”であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達にしか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている」といった感覚ではないだろうか。
ジョブズ自身、自分は捨てられたという感覚だけでなく、自分は特別だという感覚を持ち合わせながら成長したが自分の性格に対して後者の方が大きな影響を与えてたと話していることがそれを物語っているように思える。

ここまで彼の幼年時代から少年期をざっとおさらいしてみたが、私にはジョブズが自分は養子だったということを知り、為に自分勝手で短気、粗暴にして狭量といった性格に育ったとは思えない。彼は捨てられたという思いを持っていたにしろ例えば養護施設で育ったわけではない。ジョブズは当然のことながら父ポールらの愛情にはぐくまれ、父を尊敬して育ったのだ。したがって病的とも思えるその性格のいったんはやはり生まれつき…先天的なものだったと思うし、その上に父の交渉能力や押しの強さを体験的に学んだに違いない。さらに時代と生まれ育った環境に後押しされ、幸運にも恵まれスティーブ・ウォズニアックらと出会うわけだが、彼の病的な性向は後年多少は軽減されたように思うものの、禅を通しても一生変わりはなかった。それは生まれついてのものだったからではないか…。

だからこそスティーブ・ジョブズという特異な人物は真似れば近づける...といった単純なことで理解できるわけもない。良くも悪くもスティーブ・ジョブズはスティーブ・ジョブズであり他の誰でもない。
ただし面白いのはこうした問題児がビジネスで大成功を収め世界を変えた事実であろう。そう考えるならMacintoshをジョブズ自身 "知的自転車"などと称していたが、もしかすると...彼にとってMacintoshを始めとするプロダクトは "自己愛増幅装置" なのかも知れない…と気がついた(笑)。だからこそ徹底的に拘るのだ。
そしてそれを好んで使う我々Macユーザーも程度の違いこそあれMacintoshを「自己愛増幅装置」と感じていたのかも知れない。なぜなら当時「なぜMacなの?」と聞かれて明確な答えを出せなかったものの、それはステータスでありWinとは違うんだ…という特別な感覚がなかったとは言えまい。
またMacやAppleは宗教として揶揄されることもしばしばだったが、スティーブ・ジョブズの作るプロダクトは「自己愛増幅装置」だからこそ使ってハッピーになれるのだ。
20世紀はパーソナルコンピュータ誕生と共にスティーブ・ジョブズという偉人をも生み出したのだ。

【主な参考資料】
・ジェフリー・S・ヤング+ウィリアム・L・サイモン著「スティーブ・ジョブズ偶像復活」
・高木利弘著「ジョブズ伝説」
・ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」
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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員