「バッハの思い出」ドイツ語版入手で調査最終章

過日は「アンナ・マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出」英語版原著を入手し、講談社刊日本語版「アンナ・マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出」の一部に不備というか明らかに誤訳があることを指摘した。しつこい…と言われようと納得できない点は明らかにしないと気が済まない私はさらに…訳者である故山下肇氏が底本とされたドイツ語版まで手に入れるはめに…(笑)。


自分の好きな対象の情報をあれこれと見聞きするなかで気になることはできるだけ納得するまで突き詰めて調べる…という気性は良い点ばかりではない(笑)。他人から見たら、そんな些細なことなどどうでも良いと思われるかも知れないし、時には粗探しと疎まれるかも知れない。
しかし限られた時間と与えられた環境…そう、限られた能力という制約はあるものの、どのような偉い人の言葉や書き物でも鵜呑みにするだけでは進歩がないと思っている。いや、そんな格式張ったことではなく、不明な点や納得のいかない事をこつこつと調べ、なるべく一次資料にあたり、その本当のことを追求するのはまるで探偵や刑事がミステリーの証拠をかき集めて犯人を特定し、追い詰めていくようなスリルと楽しさを味わえるのだ(笑)。そしてその過程でそれまで知らなかった多くのことに触れ、知識欲が刺激される…。

ところで講談社刊「アンナ・マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出」の一部に納得出来なかった私は最初に出版された英語版原書を入手し、山下肇氏の日本語訳と照らし合わせ、おかしいと思う点を明らかにした。しかし山下肇氏はドイツ語版から和訳をされたはずだからして、ドイツ語版自体が英語版からの翻訳時にミスを犯したのか、あるいは僭越ながら山下氏の間違いなのかは不明であった。こればかりはそのドイツ語版を確認するしかない…。

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※疑問の発端となった講談社刊「アンナ・マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出」表紙


ドイツ文学のプロであった山下肇氏が和訳に際して使った底本は1936年にケーラー&アメラング書店(ライプツィヒ)刊行の第18版だと「バッハの思い出」後書きに記してある。さらにその文庫の扉に「本書は『バッハの思い出』(ダヴィッド社、1967年刊)を底本とした」とあったので念のためにとそのダヴィッド社刊の「バッハの思い出」も探し、15版重ねた1981年版ではあるが手にすることも出来た。無論訳者は山下肇氏である。

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※1981年に出版されたダヴィッド社刊「バッハの思い出」化粧ケース


同時に肝心のケーラー&アメラング書店(ライプツィヒ)刊行のドイツ語版を探してみたが、シンクロニシティというか…驚いたことに eBayに出品されているのに遭遇したのである。
戦前の本というだけでなくドイツ語版でなければ意味がないわけだから、いくら何でも簡単に探せるはずもないと思っていたが、不思議な物でまるで向こうが私に呼びかけるよう感じで出品されていたのだ(笑)。そしてドイツ語版を手にして分かったが、ダヴィッド社刊の化粧箱デザインはドイツ語版の表紙に合わせたものなのだ…。

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※1935年出版のケーラー&アメラング書店刊ドイツ語版(上)とその扉(下)


ともかく手に入れたドイツ語版はまさしく山下肇氏が和訳に際して使った底本とおなじくライプツィヒの出版社、ケーラー&アメラングのもので1935年に出たものだった。出版は山下氏が使った物より1年早いが常識的に考えて内容は同じものと考えてよいだろう。
ということで早速気になっていた当該箇所を照合してみた…。しかしドイツ語という点を横に置いておくとしても本書の活字は亀の子文字、亀甲文字、あるいはひげ文字などとも呼ばれるフラクトゥールなので慣れない私には実に判読しにくい…。

さて拘っている肝心の箇所だが、ちょっと英語と和訳のおさらいをしておきたい…。

【英語版】
「When he died he possessed a clavier and four clavecin, two lute-harpsichords and a little spinet, two violins, three violas, two violoncellos, one bass viol, one viol da gamba, one lute, and a piccolo」


【日本語版】
「彼が亡くなったとき、彼はチェムバロとクラヴィコードを合わせて五つ、クラヴィチェムバロを二つ、小さなスピネットを一つ、ヴァイオリンは小一に大二、ヴィオラが三つ、チェロ二つ、バスヴィオラ一つ、ピッコロひとつ、ギター一つを持っておりました。」


今般ドイツ語訳を手にしたことで解明できたこともあった訳だが私の疑問はさらに膨らんでしまったのである(笑)。
念のため繰り返すがこの「バッハの思い出」は英国の女流作家が書いた小説だからして最初の出版は英語による。したがってこのケーラー&アメラング刊はその英語版原書をドイツ語に翻訳したものということになる。

それを念頭に付き合わせて見ると、ドイツ語版にもギターではなくリュート(Laute)と記されていた。したがって日本語版がギターとなっていたのは明らかに翻訳者のミスということになる。そして英語版に “lute-harpsichords” とあった箇所のドイツ語版は “Lautenklavizimbels” となっている。

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※ドイツ語版の当該箇所の記述。活字がフラクトゥールなので実に判読しにくい


リュート・ハープシコードすなわちリュート・チェンバロはウィキペディアによるとドイツ語で “Lautenwer[c]k, Lautenklavier (ラウテンヴェルク)” と記すらしいから単純には一致しない。しかし“Lautenklavizimbels” の “Lauten” は明らかにリュートの意味だし “klavizimbels” がクラヴィーアと同義とすればリュート・クラヴィーアすなわちリュート・チェンバロと解釈できるだろう。

ではなぜ日本語版は…山下氏は「クラヴィチェムバロ」と訳したのだろうか?
ドイツ語の“Laute” を「ギター」と訳し、“Lautenklavizimbels” を「クラヴィチェムバロ」と訳した山下氏はもしかしたらリュートという楽器を知らなかったのかも知れない…。
また和訳には英語版原書にあるビオラ・ダ・ガンバが抜けているが、ドイツ語版には当然きちんと書かれている。したがって山下氏は意図的ではないとしてもバッハの遺品をひとつ記すのを忘れたことになる。
こうしてみると残念ながら英語版原書と和訳を比較して、結果日本語訳がおかしいのはドイツ語訳が間違っていたからではなく理由は不明ながら、明らかに山下氏の責任によるものと考えられる。

しかし可笑しな事にミステリーはこれで終わらないのだ…。
なぜなら前記した英語版の遺品リストを再度ご覧いただきたい。それは「…one viol da gamba, one lute, and a piccolo」とリュートとピッコロで終わっているが、ドイツ語版ではピッコロという記述は見当たらない。ただしこのピッコロは我々が思い描く小型の管楽器ではなく、礒山雅氏著「J・S・バッハ」(講談社現代新書刊)によれば小型の高音ヴァイオリンであるヴィオリーノ・ピッコロ(ピッコロ・ヴァイオリン)だという。
そうなれば辻褄は合う…。何故なら英語の「two violins (中略) and a piccolo」をドイツ誤訳では「1挺の小さな、そして2挺の大きいヴァイオリン」とピッコロをヴィオリーノ・ピッコロと解釈して訳されているからしてヴァイオリンは大小合わせて3挺ということだ。
ともあれ鍵盤楽器を除いたリュートやヴァイオリンを含む遺品の楽器数は英語原書で数えると11挺だが、ドイツ語訳でも同じく11挺だ。そして和訳も11挺だから辻褄は合う…と思うのは早計で、和訳には明らかにヴィオラ・ダ・ガンバ1挺が抜けているから…変なのだ(笑)。

結局、ドイツ語訳ではピッコロを高音を出すヴァイオリンと解し前記したように「1挺の小さな、そして2挺の大きいヴァイオリン」とまとめて記した。そして当然のことヴィオラ・ダ・ガンバ1挺の記述もある。だからドイツ語訳は間違ってはいない…。
いずれにしてもドイツ語訳にピッコロという表記の楽器は出てこないわけだが、では何故そのピッコロが記されていないドイツ語版を底本に和訳をした山下氏の日本語版にピッコロがきちんと記されているのだろうか…。謎である。

山下肇氏は…考えられることとして…ドイツ語版を底本としながらも英語版原書をも手にして…参考にしながら和訳をしたのではないだろうか。
ここで念のために再確認しておきたいが、そもそも「アンナ・マグダレーナ・バッハ~バッハの思い出」…原題「The Little Chronicle of Magdalena Bach」という著作はイギリスの女流作家エスター・メイネルという人が20世紀初頭に書いた小説である。山下肇氏訳の日本語版では当初その内容や装丁あるいは訳者あとがきなどから考察してもこの著作はアンナ・マグダレーナ・バッハ本人の真筆だという熱気が伝わってくるが、それは残念ながら間違いだった。
では私が拘っているバッハの遺品として記されている小説の内容は史実なのだろうか…。

そこでバッハ研究の最前線で活躍してこられた小林義武氏の著書「バッハとの対話~バッハ研究の最前線」の「バッハが持っていた楽器、好んだ楽器」の項を確認してみると、リュート・クラヴィアを含む鍵盤楽器が8台、ヴァイオリン2挺、ピッコロ・ヴァイオリン1挺、ヴィオラ3挺、チェロ2挺、小型チェロ1挺、ヴィオラ・ダ・ガンバ1挺そしてリュート1挺だったと記されている。ちなみに小林義武氏はさすがに山下肇氏とは違い楽器類を「ひとつ、ふたつ」とは数えていない(笑)。

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※小林義武氏の著書「バッハとの対話~バッハ研究の最前線」(小学館)表紙


この点を作家エスター・メイネルの小説(前記英文を参照)と比較して見ると…。
小型のスピネットを含めて確かに鍵盤楽器は合計8台、大型小型を含めてヴァイオリンが3挺(ピッコロはピッコロ・ヴァイオリン)、ヴィオラが3挺、チェロとバスヴィオラを合算すれば3挺(小林氏の記述では「チェロ2挺、小型チェロ1挺」)、ヴィオラ・ダ・ガンバ1挺とリュート1挺といった具合で多少苦しい点はあるものの、小説だとはいえエスター・メイネルは当時の資料を踏まえて書いたということがわかる。ともあれ私が拘るのは小説の内容を史実と受け取る…それも誤訳のために間違った情報として読者が受け取ることを危惧しているわけだ。

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※今回の調べ物に関連し積み上げた書籍類の山


ただし和訳の初版は1967年だからして情報確認も現在のようにスムーズにいかない時代だったからある意味仕方のない部分もあろうかと思うが、2007年に文庫「バッハの思い出」の新しいあとがきを載せた講談社刊がそのままなのは残念だし、本書がいまだにアンナ・マグダレーナ・バッハの真筆ではないことを明確にしていないことと共に早めに修正すべき点ではないだろうか。
そしてあらためて翻訳という仕事は難しいという思いを強くしたが、やはり原書の内容を正しく使えるという使命はなによりも優先するはずだから、現行で販売している本は是非手直しして欲しいと願う。
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員