人生何度目かの「五輪書」を読む

本好きの私は文字通りその時その時に巡り会ったあれこれを連想のキーとして様々な本を探して読んでいる。過日腰を痛めたその柔軟体操のつもりでこの十数年楽しんでいる居合の型をやってみたが腰が悪いとなかなか思うようには行かない。その居合いに刺激されたこともあり「五輪書」を再読してみようと思い立った...。

 
「五輪書(ごりんのしょ)」をご存じない方は少ないと思う。無論これは剣豪宮本武蔵が死の直前に書き上げたという自流、兵法二天一流の極意を記したといわれる兵法書である。
武蔵は江戸初期 (1584?~1645年)に実在した剣豪だが、一般に我々が持っているイメージは吉川英治などの小説あるいはそれらを元にした多くの映画やテレビドラマによるもので史実にはほど遠いものがあるという。またこの「五輪書」自体も武蔵直筆が残っていないこともあり、一部では弟子による創作ではないかという説もあるが現在大方の専門家によれば武蔵の著作というのが通説になっているらしい。

なぜ「五輪書」と命名したかについては各巻が仏教で説く宇宙の五大要素である地・水・火・風・空に倣ったからだ。したがって「五輪書」は五巻の巻物であったとされるが、地の巻きでは兵法の道に関する概要を説き、水の巻きは二天一流の剣の技を、火の巻きは勝負について、風の巻きは他流と自流との比較を、そして空の巻きでは兵法の極致ともいうべき事柄について記されている。
さて私自身、若い頃からこの「五輪書」は何度か手にして一応目を通してきた。無論現代語訳版だが、これまでは単に文章を読んだということであり残念ながらその言わんとする真意をくみ取れたとは思っていない。だからこそ毎回編者が違う「五輪書」を手にしてきたがその解説はどこか精神論とか哲学論的な話になってしまうことが不満であったし「五輪書」というものの持っている本当の価値を感じることはできないでいた。

ただし「五輪書」は日本のみならず海外でも翻訳され好評を博し多くの方々に読まれているという。無論それは兵法を究めるためではなく私たちの現実社会におけるビジネスや人生の生き方に対するひとつの指針・参考になると考えられているからだ。
私も若い頃に「五輪書」に取り込んだときにはそうした何らかの実益を得られるのではないか、悩みの解決に一役かってくれるのではないか...というある種の期待を持って読んだ。しかし能力がなかったと言われれば返す言葉もないが、前記したように何度か読んでもビジネスや実生活に活かすことなど出来得ない...どこか別世界のもの言いであると思うようになっていた。

この十数年、楽しみで居合いの真似事を始めそれまで刀といえば知識のうえでしか理解していなかったが実物と同じサイズ、同じ重さのいわゆる模造刀を手にした時、ほんの少しだが何かが分かったような気がした...。
分かったというより、これまで知識として知っていたつもりの刀を実際に腰に差してみると何にも知らなかったのだということが分かった(笑)。
それは居合いの型に則って大刀をすばやく抜ききる(抜刀)だけでもどれほど難しい事かを知ったからである。無論実戦の場なら、抜刀の早さが勝ち負けを分ける場合も多いし現代の私たちはなかなかわかり得ないことだがこの場合の負けは死ぬことなのだ。

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※筆者愛用の居合刀


そもそも命のやりとりをする兵法書を厳しい時代とは言えビジネスに応用できるものなのか...という疑問がひとつある。そしてもしそれが可能ならいわゆる現代訳というものは単に平たく原本の文字面の意味を解説するだけではかえって意味がないのではないかとも考えてきた。
例えば水の巻に「太刀の持ちようのこと」という項がある。無論これは刀の持ち方を論じているものだが「敵を斬るための武器」だと言うことを意識せよとあり、続いて「居付く」ことのないように...とある。
「居付く」とは動きづらいく固まること、すなわち緊張も含めてガチガチになってしまうことの意だ。まあ、斬り合いに限らずこれまた言葉尻だけ読んで納得したところで実戦で平常心でいられるには訓練と鍛錬が必要なことは申し上げるまでもないことだ。
しかし例えばある「五輪書」のこの項の解説に「人も企業も国家も現状に満足していつき、変化や成長を止めれば、そこにあるのは死である。」とある。
私見ながらこの手の解説が続くこれまでの「五輪書」は分かったようで凡夫の自分にとって何の役にも立たないということにイライラしていたのである。
我々現代人は失敗したところで命までは取られないものの「現状に満足していること」が良いことではないことぐらい誰でも知っている。問題は...知りたいのはどうしたら現状打破できるのか、その具体的な心構えあるいは方策ではないか。
また「足つかひの事」として「ことによりて大小遅速はありとも、常に歩むがごとし。足に飛び足、浮足、ふみゆする足とて、是三ツきらふ足なり」とある。
意味はそのままだが、前書の解説で「無駄のないバランスのとれた歩き方のできる人間は、思考のバランスも仕事の手際もよい。普段から、すべての基本となる足、腰を鍛えておくことが大事である。」と解説されているが何か「五輪書」と現実とがかえって遠くなるような気がして釈然としない。

よくよく考えてみると多くの「五輪書」の解説書は学者や研究者らによるものだ。またある種の武道家の手になる本もあるものの、これまで剣を「敵を斬るための武器」「相手を斬り殺すための道具」として捉え筆者自身が剣法家であったものには巡り会っていなかったのである。
適切なもの言いではないかも知れないが、例えばサッカーの極意をバレーボールの選手が解説するのではやはりピンとこないだろうし確信に触れることは難しいと思うのだ。
そんなことを考えていたとき宮田和宏著「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」という「五輪書」を手にする機会があった。

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※宮田和宏著「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」文芸社刊表紙


筆者について門外漢の私はまったく予備知識がないが、プロフィールによれば細川家伝統兵法二天一流第11代継承者であり宮本武蔵研究家であるという。
早速むさぼり読む感じで読み始めたが、剣の持ち方ひとつにしても学者や小説家が描くのとは違い真剣を構えて相手を斬り殺そうとする気迫が感じられて好ましい...。無論殺し合いが好ましいというのではなく、これまでの「五輪書」にはない武蔵のリアリティに少しだが近づけたような気がするわけだ。

この「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」では前記の水の巻にある「太刀の持ちようのこと」はさすがに実践的な解説になっている。
例えば剣をただ単にしっかり握ればよいというレベルではないことを強調し、そもそも二天一流は二刀流であるからして片手で一刀を用いる難しさを説いている。
また「足つかひの事」についても重い日本刀を両手に持って操作しながら歩くことがいかに至難の技であるか想像に難くないとし、「常に歩むがごとし」も武術の鍛錬によってはじめて培われる歩みであり、安直に真似るだけではかえって脛を固めてそれこそ居付いた歩みを技化してしまうと諫めている。
武蔵はいちいち言及していないとしても「五輪書」は六十余年にわたる生涯のほとんどを命のやり取り、生死をくぐり抜けながら実戦の中で会得した心構えとノウハウが書かれているわけで単なるマニュアル本...エクササイズではないことを再認識すべきではないだろうか。そうでないと本当の意味で「五輪書」が「人生における指針の書」とはならないように思えるのだが...。

とはいえ、本書は筆者自身が書いているように大胆な意訳を含んでいることでもあり、どうしても筆者の思いが前へ前へと出て正直少々鼻につく部分もある。特に門外漢の私は筆者の人物たるを知らないから、果たして彼の主張する二天一流兵法が史実の武蔵が考えたものに合致するのかしないのか...は分かるべくもない。そして剣法家としての筆者がどれほどの達人なのかもまったく知らない。
とかく古武道に限らないが家伝を重んじるような奥義と呼ばれるものの中には型に拘りいたずらに精神論に入ってしまう傾向にありがちだし本来門外漢には分かりづらいものなのだ。結局は剣技に限らないものの物事の奥義は自得するしかないのだから他者への評価は難しい。
しかし少なくとも本書「五輪書」は私にとってこれまでのものとは違う側面を見せてくれたことは確かであり、いくつかのことに関し胸のつかえがおりたことも事実である。
他にも良い「五輪書」の解説書は多々あるのだろうが、まずは本書にきちんと向かい合ってみようと思っている。




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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員