リュート・ハープシコードってご存じですか?

リュートを始めてから、関連する様々な情報にアクセスしてきた。大人しくリュートの練習に精を出せばもう少し上手になるのだろうが、新しい情報を得るそのことが楽しくて仕方がないのである。それらの一環として今回はリュート・ハープシコードのLPレコードやCDなどを手に入れながら、バッハが愛したというその楽器について調べてみた。


過日「『アンナ・マグダレーナ~バッハの思い出』英語原著入手」のアーティクルでも触れたが、J・S・バッハの遺品には複数のハープシコードとは別に二台のリュート・ハープシコードがあったことは資料として残されているという。しかし山下肇氏訳の日本語版「バッハの思い出」には「クラヴィチェムバロを二つ」とあるからしてリュート・ハープシコード、 ”Lauten Wercke”(ラウテン・ヴェルク)の存在自体をあやふやにしてしまっているのは残念だ。
ここで重要なのはバッハが一般のハープシコードはもとより、リュート・ハープシコードを大変好んでいたという事実である。

無論バッハは鍵盤楽器のみを対象として作曲していたわけではないが、扱いやすさもあったのだろう…バッハの遺品には大型小型を合わせてハープシコード類が8台もあった。その内の2台がリュート・ハープシコードだったわけである。
周知のようにバッハはリュートの響を好んだらしく生涯に7つのリュート作品を残している。ただしそのうちの4曲は既作からの編曲であるが…。そして当時有名なリュート奏者であったS・L・ヴァイスらと親交もあり、バッハ家において何度か音楽会を催したことが知られている。

リュート好きな私などはバッハとヴァイスがリュートの重奏している様を想像するだけで嬉しくなるが、実際にはバッハ自身はリュート演奏は堪能ではなかったようで、もっぱらハープシコードのストップ操作によりリュート風の響を楽しんだらしい。さらに記録によれば1740年頃、バッハはヒルデブラントという製作家に自分の設計したリュート・チェンバロを製作させたというから、リュート曲として現存する曲の中にはリュート・チェンバロを想定して書かれたものもあるに違いないし、事実BWV996は元々リュートチェンバロ用に書かれたものらしい。

ちなみにバッハは新しい楽器にも目を向け、例えばフォルテピアノのような当時として新しい鍵盤楽器も試用のためにバッハ家に置かれていたという。それは単に興味の対象というより、バッハは新しい楽器の試奏を含めて改良などへのアドバイスも行っており、一種の楽器斡旋業やコンサルタント業をもビジネスにしていたからだ。

さて、ではリュート・ハープシコードとはどんな楽器なのだろうか。その名前から想像すれば「リュートのような音を出すハープシコード」ということになる。
実はこのリュート・ハープシコードという楽器は残念ながら1台もオリジナルが現存していないばかりか、それらに関する資料も多くなくその全容はいまだに不明という。
一般的には金属弦が張られているハープシコードだが、金属弦の代わりにリュートと同様ガット弦を張ったものと考えられる。しかし一説には楽器の形状はまさしくその名の通り大きなリュート型ボディに鍵盤が付いたような楽器であったという説もあるようで、少ない資料を基に近代になって複弦されたものもある。

リュート型であるか、ハープシコード型であるかは微妙に音色に関係してくるはずだが、古楽器復興の風を受けてこのリュート・ハープシコードによる演奏も少しずつ増えてきたようでCDもいくつか販売されている。
その代表的なものは2008年リリースのエリザベス・ファー(Elizabeth Farr)演奏の「J・S・BACH Music for Lute-Harpsichord」だろうか。2枚組のCDだが BWV 995, BWV 996, BWV 997などが収録されている魅力的な演奏だ。

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※エリザベス・ファー演奏のCD2枚組「J・S・BACH Music for Lute-Harpsichord」


使用楽器はバッハが所有していたという楽器の情報を元に米国のキース・ヒル(Keith Hill)が復元製作したものだという。なおCDジャケットのデザインはこの楽器のロゼッタ部分だ。

一方ユニークなレコードも手に入れた。それは1985年にハンガリーでリリースされた「BACH」というLPレコードだが、ゲルゲリー・サルコジ (GERGELY SÁRKÖZY) という演奏家によるもので自身が復元したというリュート・ハープシコードによる録音だ。まだ詳しい事は私も理解していないが、彼の弾くリュート・ハープシコードはまさしくリュート型のようだ。

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※まさしくボディは大きなリュートのようなリュート・ハープシコード(復元された楽器)


LPレコードのうち一曲はリュート、一部はモダン・ハープシコードを使った演奏という不思議な1枚だ。そしてこのバッハの演奏はかなり癖があるもののリュート・ハープシコードの音は不思議な世界に聴く者を誘う…。

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※ゲルゲリー・サルコジ演奏のリュート・ハープシコードLP 「BACH」ジャケットとLPレコード


ではリュート・ハープシコードによる演奏とリュートの演奏とはどれほど似ていて、あるいはどれほど違うのだろうか。弦をガットにしたからといってそれだけでリュートそっくりの音になるはずもない。
まず音それ自体はリュート・ハープシコードの方が明瞭だ。そして特に低音はまさしくバロックリュートっぽいが全体的に線が太い印象を受ける。

ちなみにYouTubeを検索していたら実に面白いデータに行き当たった。それはリュート・ハープシコード(チェンバロ)でギター曲の定番である「禁じられた遊び」を演奏するという素敵な映像である。実際にお聞きいただければお分かりだろうが、もし何の予備知識もなくこの演奏だけを聴かされたら、ギターと思うかも知れない。何か少し変だな…と思いながらも(笑)。



※リュート・ハープシコードによる「禁じられた遊び」


両楽器1番の違いはやはり撥弦の仕組みが違うことによる。リュートもリュート・ハープシコードも同じく弦を引っ掻いて音を出す撥弦楽器ではあるものの、ハープシコードの特長は弦を鳥の羽やプラスチックなどで出来たいわゆるプレクトラムで弦を引っ掻くことで発音させる。演奏の多くはその引っ掻く際のノイズが聞き取れるが、そもそもハープシコードは強弱を付けにくい構造なのが特長だ。したがってストップ(リュート・ストップなどともいう)という装置を考案し、弦をフェルトや皮革などで押さえることで音色や音量を変える仕組みを持っているハープシコードも多いが強弱を含めた微妙な表現は難しい。

対してリュートは当然のことだが奏者の指で直接弦を弛ませてはじく。この違いは楽器のサイズや弦長といった差以上に大きな違い生じることになる。指で弦を弾くわけだから強弱のニュアンスは出しやすい。ただしリュートは音量には限界があるし、指で撥弦することでこれまたプレクトラムとは違ったノイズを発生させる可能性もあるが、ハープシコードにしろリュートにしろある種のノイズはそのまま音楽の味付けとして素敵なものなのだ。

ということで、奏し方にもよるが確かにリュート・ハープシコードはリュートやテオルボなどの演奏かと聞き耳を立てるほど似ているが、実際のリュートの音…演奏を知ってる者からすればやはり明らかに違うニュアンスを持っている。リュートの方が繊細でデリケート、そして優しい音ではないだろうか。そして私はといえば前記したエリザベス・ファーの演奏などは好きではあるものの、やはりリュートで弾くバッハの方が好みだ。
まあ十分なスペースと資金があれば、優雅なスタイルのハープシコード1台は欲しいけど…(笑)。

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員