ラテ飼育格闘日記(233)

もうすぐ満5歳になるラテはオトーサンたちにとって何ものにも代え難い大切な娘である。少々マズルが長く鋭い牙を持ち言葉を話さないもののオトーサンに叱られ、あるときにはに抱っこされ、チューを浴びながら元気に暮らしいている。そしてそれなりに意思疎通もできていると思っているが、窓の外をじっと眺めているその目を見ると「こいつは一体何を考えているのか」を知りたくなる。                                                                                  

ワンコは状況判断力に優れている。自分の欲求を飼い主の言動に照らし合わせ、上手に意思表示するそのタイミングは絶妙なものだ。
例えばオトーサンが玄関で上着をはおり、キャップをかぶるその音を聞くとそれまで出窓のたたきでウトウトしていたのにのそのそと降りきて一緒に行くよとアイコンタクトする。
オトーサン1人で玄関のドアを開ければ出窓のたたきに上がってその下を通るだろうと準備をする。無論ラテのオヤツを置いてある棚で袋をガサガサすれば飛んでくる(笑)。
またラテが自分の足をかみかみしているところに顔を出すと繕うように止め、さも申し訳ないといった表情をする。無論それはこれまでかみかみ現場を見たオトーサンがうるさく「ダメ!」を繰り返してきたからだ。
こんな毎日を体験しているとワンコの知能の高さと優れた学習能力に感心することになる...。

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※珍しくカメラ目線が笑顔です


しかし本当のところ、ラテはオトーサンが考えているそのままに行動し学習しているのか...といえば、それはどうやら違うらしいのだ。
なぜなら、例えば床を散らかし、あるいはウンチなどしたとき私たちは当然のことながら大騒ぎをしてそれを片付ける。そして場合によっては散らかしたあるいは粗相をしたワンコに対して強い言葉を発するに違いない。だから次にまたひっちゃかめっちゃかの現場に飼い主が戻ってきたとき、ワンコは申し訳なさそうな表情と態度で私たちに接するだろうが、問題はワンコたちがいわゆる罪の意識に苛まれているわけではないことを理解しなければならない。

「いや、あの態度はさも自分が悪かったといった態度だよ」といわれるかも知れない。しかしそれは飼い主に叱られるであろうことに反応しているのであって「自分が散らかして」あるいは「床にウンチをしてしまって」「悪かったです...ごめんなさい...」と考えているのではないらしい。
オトーサンは実験したことはないが幾多の実験でこのことは確認できているという。
それは...ワンコがその場にいないとき、飼い主自身で例えばリビングにダンボールや新聞紙などを散らかして於き、その部屋にワンコを入れる。そしてすぐに飼い主本人がさも現場を発見したぞといった感じでリビングに入るとワンコはどのような行動を取るか...。
それは自分が散らかしたときと同様にすまなそうな顔をし、すごすごと部屋から出ていくに違いないという。ワンコは「これは自分がやったことではない」ことを弁解しない(笑)。そもそも散らかすことに罪の意識があるわけではなく、単に大好きな飼い主が怒ったり不快な言動をすることを学習しているから服従的態度を取るだけなのだ。

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※この娘はいったい何を訴えているのか(笑)


そもそもワンコが「私が悪うございました」と態度で示していると我々が感じるのは錯覚であり思い込みなのだ。それは人間社会の観念をワンコに投影してしまう人間側の思考や要求がいかに強いかを示す恒例でもある。しかしそれは明らかにワンコの行動の真の意味ではなく我々の大いなる勘違い...錯覚なのだ。
もうひとつオトーサンにとって衝撃的な実験を知った。
それは、離乳前の子犬を母親や兄弟姉妹から離すと、高い声で不安の悲鳴をあげる。この声を聞くと、母犬はかけよって子犬を咥えあげて巣に運び戻す...。なんとも微笑ましい光景であり母親が子を心配する気持ちは我々と同じなのだと感激してしまう。
しかし...である。レイ・コピンジャーという人の実験によれば、子犬の悲鳴をテープに録音しておき、それを巣の外に置いたテープレコーダで再生し母犬に聞かせたところ母犬は子犬にしたとおりのこと、すなわちテープレコーダを咥え上げて巣に運んだという。ちょっとショックではあるまいか...。ただしオトーサンはラテを見るに付け、まさかテープレコーダーを子犬と間違えるとは思えない...。生き物と非生物を見分けることくらいワンコにもできるはずで、これは「子供の声を出す変なモノ」として一応かたづけるだけなのではないかとも考えるが、こればかりは確かめようがない。

ともかくこうした実験が確かだとすれば、ワンコが我々人間と似たような行動を示したとき我々がワンコの心を安易に推量してしまうことを戒めるのには十分だ。ただこうしたことはワンコが思考し、感情を持っていること、周りの人や生き物の行動に絶えず気を配っていることを否定するものではない。
ワンコは、あるがままに我々人間世界に共存し、自分の生態系に適応した生き方をしているだけなのだ。
オトーサンがラテの行動をまるで人間と同じだと勝手に思い込んだとしても、それはラテの知ったことではないのだ。

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※散歩中、ラテが好きな猫に遭遇!


大切なのはワンコが思考と感情を持てること、そして他の人間や他のワンコの行動と社会的シグナルを知る能力を持っていることは確かとしてもそれは必ずしも他者(犬も含め)も同じように何かを感じて考えているという認識を持っていることを意味しないのだ。
例えば2,3歳以下の幼児は、オモチャを隠したときに、その場にいなかった人はオモチャの隠し場所を知らない...という事実が理解できないという。他人が心を持っていることがわかるのは、幼児・児童期になって初めて発達してくる人間固有の特性らしい。

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※遭遇といえば、たまにはこんな鴨にも出会います


ということはオトーサンが日々ラテのことを考え、愛情を注いでいることをラテがどれだけ認識しているかは疑わしいことになる。ラテはオトーサンたちの庇護の元であれば安全だという認識はあるに違いないし上位の仲間か家族あるいはボスといった感覚で接しているのかも知れない。
しかしまあ、そもそも我々人間同士だっで大いなる錯覚、思い込み、思い違いでこそ毎日を何とか無事に楽しく過ごしているのかも知れないし、ワンコが我々人間と同じような思考を持っていなかったとしてもワンコはあるがままで愛しい存在なのである。

【参考資料】スティーブン・ブディアンスキー著「犬の科学」(築地書館刊)

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員