ラテ飼育格闘日記(215)

早くも今年3度目の「ワンコの”ラテ”飼育格闘日記」である。ということで、何の感慨もなくラテとの5年目の年がスタートしてしまった...。さすがにこの時期の朝晩の散歩は寒いもののオトーサンは日々ラテとの散歩を楽しみにしているのだ。それは一緒に時間を過ごす毎にワンコの面白さ、素晴らしさが分かるような気がするからだ。


ネコ好きの方も多いだろうがそれ以上にワンコ好きの方も多いと思う。オトーサンも少年のころ家にはネコがいた時期があったが個人的にどうしてもワンコが飼いたかった。なぜワンコなのか、それは我々人間と本当の意味で友達とか家族になれる動物だと思ってきたからだ。
昔から「犬は三日飼えば三年恩を忘れず...,」とかいう諺があったがワンコほど人との絆を大切にし、いつも一緒にいる動物は他にはないと思う。
オトーサンも実際にラテと一緒に暮らすようになる以前はワンコに対する知識は皆無だったからこの四年間で随分と勉強したつもりである。そしてこれまでにも度々ご紹介してきたとおり、この生き物は驚くほど私たちとのコミュニケーションを図る能力に秀でているだけでなく、人間との接触を楽しみそれなくしては生きていけないと思えるほど親密な関係を築くことが出来る動物だということがわかってきた。

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※オトーサンの隣で何を思うのか...ラテ(笑)


ただしこれまで多くの学説がワンコをオオカミから進化したものというとらえ方に凝り固まっていたこともあって「群れで生活する」とか「リーダーの統率の元で生きる」といったイメージで理解しようとされてきた。だからワンコは人間も群れの一員として認識するとか、飼い主はリーダーにならなければならないといった論理でワンコの躾を考え日々の付き合い方も捉えなければならないとされてきた。
しかし近年ワンコに関する研究も随分と進み、こうした説は否定されつつある。
これまで専門書の多くにはワンコにとって人間も群れの中の一匹として認識している...といった解説が多い。
獣医師の野村潤一郎氏は著書「犬に関する100問100答」の中で「犬にとって人間とは何ですか?」という問いに「同族なんでしょうね」と回答している。またスティーブン・ブディアンスキー著「犬の科学」には「犬は人間を犬だと思っている」としての解説がある。それによれば、犬は人間と折り合いをつけるのに使える知的手段は、犬が進化する過程でほかの犬と付き合うために用意されたものだけであり、それ以外には持ち合わせていないと結論し、人間と犬はある程度共通しているものがあり、犬は、人間の行為を何とか犬社会の枠組みに取り込むことができるという。そして特に社会的序列の優劣や警告する動作や声の調子には、共通性があるとしている。

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※毎週土日の朝に一緒に遊ぶ仲良しの雄ワンコ、ボーちゃんと


しかし4年の間オトーサンがラテを毎日観察し続けた結果の感想はこうしたワンコに対する認識に大きな違和感を感じるのだ。
確かにワンコは言葉を話せないし人間のように両前足を手のように自由には使えない。したがってその行動は確かにワンコとしての能力から逸脱することは無理だが「吠える」といった行為ひとつでも実は多くのバリエーションがあるし、口を開けて歯を当てにくるといった行為でも本当の威嚇から遊びにいたるまでの大きな幅があるのだ。
それに特にラテが子供たちと付き合う課程を考えるとそれはどうしても人間の子供たちをワンコの一種...同族として認識しているとは思えない...。
ワンコなら...特に雌ワンコだと幼犬から成犬に至るまで広い年齢層のワンコに対してラテは威嚇するのを常にしている。無論例外はあるものの特に初対面の雌ワンコには100%警戒心あるいは嫉妬なのか、はてまた優位性を保とうとしているのかは分からないものの威嚇し吠える。
対して人間の場合、初対面の成人に対しては面と向かえば同じように吠えるが子供の場合は自分から近寄り親愛の情を示すのを常としてる点が面白い。無論初対面の子供たちでもラテは友好的だ。

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※ビーグル犬の友達ワンコ、ハリーちゃんのお母さんが大好きで熱烈なチューを迫るラテ(笑)


そうしたことを考えるとオトーサンは、犬は人とワンコを同種同族として認識しているという説はどうしても受け入れがたいものがあるのだ。
ラテを見ているとこのワンコは人間と犬をきちんと区別して自身にとっての価値観を作り上げていると感じる。子供たちに喜んで近づくのは大人たちとは違い、オヤツを貰いたいためではなく純粋にラテの喜びのために違いない。
男の子でも、そして女の子でも小学生くらいまでならラテはどのような子供に対しても嬉しそうに近づく。しかしワンコに対しては決してそんなことはない。これは明らかにラテは人とワンコを別種の生き物として区別していると考えて間違いないだろう。

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※ラテの真面目な表情もオトーサンにとっては愛しい...


というわけで多くの本を読み、毎日ラテと生活していると「犬はなぜ人間と共生できる生き物になったのか」という疑問が大きくなってきた。なぜならこれまでの説のようにオオカミが飼い慣らされてイエイヌになった...というのでは理屈に合わないことが多いからだ。
細かなことを多々記すのも煩雑だから避けるが、オオカミを飼い慣らしてまさしくイエイヌと同様に生活することはほとんど難しいことが幾多の研究でも分かってきているという。
結局オオカミと犬は祖先が一緒だったにしろ、我々人間と知り合ったときにはすでにイヌは犬であったと考える方が合理的なのだ。
そう考えればオオカミの習性がどうのこうのだから、ワンコの訓練もその習性を考慮してどうのこうの...といったやり方はまったく間違ったやり方だということになる。
こうした点をまとめて認識できる本は少ないが、以前にも一度ご紹介したことがあった畑正憲著「犬はどこから...そしてどこへ~犬はオオカミの子孫ではない」という一冊は面白いし、同じくムツゴロウ動物王国の石川利昭著「飼育マニュアルに吠えろ!」(青山出版社刊)も有益な本だと思う。

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※石川利昭著「飼育マニュアルに吠えろ!」(青山出版社刊)表紙


そして「飼育マニュアルに吠えろ!」には我々人間はワンコたちのボスにはなれない理屈やワンコと飼い主の繋がりは決してヒエラルキーとしての上下関係ではなくワンコが人間を慕い、人間と共にいることを喜ぶのはまさしく人間の幼児と母親の関係だと説いている。
そろそろ私たちもワンコはオオカミの子孫だといった説から解放され、ワンコはオオカミやキツネなどという野生動物とは違い、いわゆる社会適応期の成長が第一次でストップしているという特異な動物であるからこそ最古から人類の友ともいわれる存在であることを再認識すべきではないだろうか。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員