ラテ飼育格闘日記(197)

前回「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」という本に触れた。気鋭の哲学者がブレニンと名付けた仔オオカミと出会い、共に生活しその死を看取るまでの驚異の報告といった本だが本書は決してオオカミの育児書ではなく人間についての洞察を深める思想の本だ。しかしブレニンとの死別の章では号泣してしまったオトーサンなのである。

 

オトーサンはいわゆる物事を深く考えることや哲学的思索は好むが哲学という学問そのものはあまり好きではない。ニーチェ、ハイデッガー、カントなどの言葉をいくら並べて飾ろうがオトーサンの心が穏やかになることは経験上ないからだ(笑)。
心穏やかにする妙薬の一番はラテの顔を覗き込むことだ。ラテと一緒に遊ぶことだ...。
ただし「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」を書いたマーク・ローランズがなぜブレニンを通して本書のような著作を書いたのか...についてはとても分かるような気がするのである。

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※マーク・ローランズ著「哲学者とオオカミ」白水社刊表紙


本書には「他者についての記憶を通してだけ、自分自身をも思い出す」とあるが、オトーサンが自分の一番輝かしい時と考えているシーンや一番楽しかった面白かったと記憶しているときの自分を思い出すとき奇妙なことだがそれは自分の視野にあった友人たちや女房だったりするものの自身の姿はまず蘇ってこない。面白いことに自分を見つめるため、自分の存在確認には効果的な媒体...すなわち他者を必要とするようだ。
マーク・ローランズにとってそれがブレニンであったということなのだろう。
オトーサンにとって本書の核となるべき哲学的思考やその考察は正直煩雑だしこの場で詳しく語るには相応しくないので遠慮するが、本書ではオオカミという生き物と対極にある人間をある傾向のメタファーとして「内なるサル」と考え人間観を克明に検証していく。そして人間がオオカミやワンコなどの動物よりも優れていると自明のように考える人間の傲慢さを戒める...。
そうした点は実によく理解できるが哲学的思考に慣れていない頭では文字面...知識としての理解はできてもそれらが血肉として...自分のこととしての認識が難しい。

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※「おい、ラテ...オトーサンにこの階段登れというの?」


本書の第一章にある「もっとも大切なあなたというのは、自分の幸運に乗っているときのあなたではなく、幸運が尽きてしまったときに残されたあなただ」および最後の章にある「人生で一番大切なのは、希望が失われてしまったあとに残る自分である」という印象的な言葉の真の意味が分かるまでにはまだ時間がかかりそうだ...。
ただしマーク・ローランズとブレニンというオオカミとの日常やそれらに伴う様々な苦労と楽しみの経過はその深層心理まで分かるような気がするのだから面白い。

本書を読み進む中でオトーサンとしてはどうしてもオオカミのブレインと雑種のワンコであるラテを比較してしまう。
とはいえ一番の違いはその大きさだ。オトーサンはオオカミの実物を見たことがないので最初は大きめのワンコ、すなわちシェパードくらいかと考えていたがブレインは桁違いの大型である。
本書とびらの写真によればブレニンはマラミュートのような外観をしているものの背後にいる飼い主のローランズの顔の大きさと比較すると想像以上にデカイ。なんだか小振りの牛か馬みたいな大きさに思える。事実成長したとき、肩までの高さは88.5cm、体重は68kgになっていたそうだ。ということは体重だとブレニンはラテの三倍もある...。

ラテを連れ散歩に出て子供たちの集団とすれ違ったりすると、必ずといってよいほど...特に男の子たちから「でっけえ」「オオカミだ!」といった声がかかる(笑)。無論彼ら彼女たちはオオカミを知らないから仕方がないし最近飼い犬が多くなったとはいえその多くはダックスやチワワといった小型犬が多い。また中型犬のコーギーやシバ犬も多いもののそれらはオオカミの雰囲気は持ち合わせていない。
その点ラテは体毛の伸び具合にもよるがブレインと同様に琥珀色の目を持ち、唸りながら歯をむくその姿は迫力満点だ。これで両耳でもピンと立っていれば言うことないだろうがラテの片耳は成犬になっても垂れているから少々迫力に欠ける(笑)。しかしそこがまた可愛い(爆)。

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※穏やかな表情をしているラテは片耳が折れていることもあり子供たちにも取っつきやすいようだ


ともかく著者とブレニンの共同生活は過酷な部分もあるもののうらやましい。広い庭がなければマーク・ローランズとブレニンの生活は成り立たなかっただろうしローランズが大学の教授という職業だったからこそ許される部分もある。
一番うらやましいと思ったのは、ブレニンはローランズの行くところ、どこにでも一緒だったというがそれもノーリードで...なのだ。散歩やランニングはもとよりだが大学の授業にもついてきて教室の隅でじっとしているブレニン。授業が退屈だと学生の代弁をするかのように遠吠えをするブレニン(笑)。

本書ではワンコとオオカミの違いについて書かれていることもあるが、まるでワンコのようにローランズに接するブレニンは我々のオオカミ感を根底から覆してしまうだろう。しかし一般的にワンコが喜ぶ遊び、そう...木の枝やボールを飼い主が投げると嬉々としたワンコがそれに向かって走り咥えて持って帰るというあの遊びはブレニンはしないという。
ローランズが投げてもブレニンは一向にそれを意識せず動こうともしない。その態度は「持って帰らなければならないほど大切な物なら最初から投げるなよ」と言ってるようだという(笑)。
実はラテもワンコとしてはボール投げ遊びに夢中にならない覚めたワンコだ。友達ワンコのシバ犬やゴールデン・レトリーバーたちが嬉しそうにそして永遠に続くかのように繰り返してボールを追いかける姿はまことに微笑ましいがラテはボールを取り出すと喜ぶが一二度投げると後は「ふーん」といった感じで無関心となる。何だかこちらが遊んでもらったという感じである。

マーク・ローランズが電話中に彼の食事をブレインが平らげてしまい、ローランズが戻ったときブレインは「ヒャア!」「見つかっちゃった!」という照れ隠しの表情をするらしいが、照れ隠しとかこちらの表情を伺う...といったことならラテも日常茶飯事でもある。
そんなラテの日常を見ていると上手く表現できないがワンコとオトーサンは同じ世界にいながら、体を寄せ合いお互いの感触を感じながらもそれぞれの時間の流れが違うことを感じずにはいられない。哲学者であるローランズはさすがにそのことについて明快な考察をしている。
ぶっちゃけ要約するなら私たちの持っている...感じている時間は過去から未来に一直線に続く時間であり、今という瞬間はその過去と未来を意識することでしか認識できないということらしい。しかしワンコの持っている時間概念は回り続ける輪だという。
朝起き、散歩し、食事をして...という毎日同じ事象がサークルのように続くだけで過去と未来はなくワンコにとっては今という瞬間があるだけだというわけだ。過去を悔いたり未来に思い煩うことはなく、ただただ今を楽しんでいるわけで無論生死感もないという。

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※公園で友達ワンコのハリーちゃん、ボーちゃんとひと暴れ休憩中の3匹


オトーサンも常々「ラテは日常なにを考えているのか?」を知りたいと思っているがローランズの物言いは説得力があるものの全面的には賛成できない。なぜならラテを観察している範囲ではワンコにも未来を意識することがあると考えているからだ。
例えば夕方の散歩から帰って次の朝の散歩まで、場合によっては12時間近い時間がある。その間ラテは室内でオシッコはしないのだ。
排泄用のシートは幼犬時代から同じ場所に設置してあるがあるときから室内でしなくなってしまったのである。まあ、それはともかくエアコンを使っているとはいえこの暑い季節にもかかわらず朝起きて、散歩にいくまでラテは水を飲まない。それは明らかにオシッコを我慢しているからだと思う。
それを知っているオトーサンは朝の散歩に出かけるとき、リードを見せ「散歩にいくから水飲んでいいよ」と水の入った容器を指さすと待ってましたとばかりラテは水を飲み、外に出ると待ちかねたように大量のオシッコをする...。

未来というと大層な物言いだが、ラテにとって散歩のために...オシッコをするため...外に出られる数分先は立派な未来なのではないだろうか。その未来を意識するからこそ、未来を推測するからこそ水を飲むのを我慢したりオトーサンに言われ安心して水に口をつけるのではないかと思うのだ。
だからオトーサンは程度の違いはあってもワンコにも未来の認識はあるのではないかと考えているのだが、さてどんなものであろうか...。

そう、ブレニンだがマーク・ローランズと一緒に生活し始めてから10年後癌に冒される。昼も夜も2時間おきに行う傷の洗浄の度にブレニンは弱々しい鳴き声や高デシベルの悲鳴を上げる。
ローランズは考える...。治したい為とは言えこの行為は自分を愛してくれていると思っていた男から拷問を受けることであり自分の愛を失ったと感じるのではないかと...。
結局ローランズはブレニンの安楽死を選択し、賢い大型の犬として愛されたオオカミは死ぬ...。

ローランズはブレニンを埋めた場所に石を積み、2リットルのジャックダニエルを浴びながら号泣し、神に対して「××××野郎!見せてくれよ。俺たちが死後も生き続けるっていうなら、今すぐ見せてくれよ、ええっ、××××野郎!」と罵詈雑言をわめき立てる。そのときたき火の向こうを見やると石で積んだその形がブレニンの横顔になって自分を見つめていることに驚く...。


その後マーク・ローランズは素晴らしい女性と結婚し男の子に恵まれるが、その子供に付けた名前は...ブレニンだった。
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員