ラテ飼育格闘日記(195)

「ラテ飼育格闘日記(190)」でジーン・ドナルドソン著「ザ・カルチャークラッシュ~動物の学習理論と行動動物学に基づいたトレーニングのすすめ」という本に少し触れた。本書は全米ドッグ・ライターズ協会やアメリカンペットドッグトレーナーズ協会など多くの賞賛を受けているというので購入してみたわけだが、読み進めるうちに違和感が増してくる...。

 

本書の著者、ジーン・ドナルドソンは本書のプロフィールによればサンフランシスコ動物虐待防止協会付属のドッグトレーナー養成校、アカデミー・フォー・ドッグトレーナーズの創設者であり、同校は高レベルの優れた教育が評価され「ドッグトレーナーのハーバード」と呼ばれているという。
筆者は大人気のトレーナーであり彼女のトレーニングコースは6ヶ月もの入学待ちという盛況ぶりだという。また”ほめる”ドッグトレーニングのパイオニアであるイアン・ダンバー博士が序文でべた褒めの一冊でもある。

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※ジーン・ドナルドソン著「ザ・カルチャークラッシュ」レッドハート刊表紙


オトーサンはその序文が気に入った...。
そこには「.....著者は映画が作り出した名犬のイメージを一掃し、気まぐれで遊び好きなイヌの愛すべき生態をありのままに描いている。そこに一貫して流れているのは、イヌへの尽きぬ愛とイヌの気持ちに対する深い洞察だ。著者が常にイヌの視点からしつけのあり方を問い、イヌの幸せを論じているのが本書の特徴である。」と評し「私が(イアン・ダンバー博士)これまで読んだイヌ関係の本の中でも白眉の一冊」と褒めているのである。

とまあ、本書はどうやらこれまであまたあるワンコ関連本の中で白眉の一冊であり優れた洞察により「イヌとは?」という長年の疑問答えてくれるのか...と期待して読み始めた。
しかし読み進めるに従いどうにも心地よくない感情が持ち上がってくるのだ。
オトーサンはこれまで文字通り数十冊ものワンコ関連本を読んできたが、それらの筆者らは動物行動学者、人類学者、科学ノンフィクションライター、動物病院の医者、トレーナー、ブリーダーと多義に渡る。ただし白状しておくが、トレーナー...訓練士たちの書いた本は総じて気にくわないのである(笑)。

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※砂場の公園はラテ大のお気に入りなのだ


オトーサンはトレーナーの方々に特別喧嘩を売るつもりもない(笑)。しかしこれまでに読んだ本の筆者である幾多のトレーナーの主張がオトーサンの勘に障り違和感を覚えるのだから仕方がない。オトーサンもビギナーの頃には見聞きする訓練法が良いように思え、「愛犬が見違えるほどいい子になる」とか「数秒で吠えなくなる」といった類のDVDも買ったことがある。それらは皆テレビ番組などで有名になったというトレーナーの方たちによる独自のノウハウだという触れ込みなのだが、実際に見てみると手品の種を明かされたような妙に空しさを感じるのだ...。

トレーナーという仕事は当然のことながらワンコをその飼い主の命じるままにきちんと動くよう訓練することだ。したがってどうしても結果第一主義ということになる。そして例えばシーザー・ミラン著「あなたの犬は幸せですか」のように群れとしてのリーダーシップをいたずらに強調しリーダー(飼い主)のエネルギーのあり方...といったつかみ所のない旧式の説でワンコとの接し方を説明しようとする人たちが多いように思える。

中には玄関のチャイムに反応して飛び出すのを止めさせるのに玄関マットに紐を付けて引き、愛犬をスッテンコロリンさせる...とか、吠える犬を一瞬で黙らせるためお酢を薄めたものをスプレーしろ...とか、久しぶりの再会時には2日目まで知らんぷりしろ...とか、飼い主が帰ったときなどに飛びつくワンコには後ろを向いてしまえ...などなど奇妙なテクニックが披露される本もあるが、ワンコの気持ちはどうでも良いのだろうか(笑)。
例えば本書の著者ジーン・ドナルドソン自身、トレーニングという名に基づき、ワンコを競技会で入賞させるためとはいえワンコが命令に反した場合に耳をひねるといった嫌悪刺激を用いることが公然と行われていることを指摘し、それは動物虐待以外のなにものでもないと指摘している。ましてや競技に勝って小さなリボンや盾をもらうことがそれほど大事なことなのか...という物言いには多いに賛成だ。

さて、オトーサンもワンコのすべてが「名犬ラッシー」のように大変利口で善悪をわきまえ、悪に対して復讐し、周到な計画を立て、難問を解決して飼い主の大切にしている人や物を守る...というストーリーがフィクションであることは承知している。しかし一方ルネ・デカルトのように、ワンコに高度な精神機能はなくスイッチを入れればそれに反応して動き出す機械と同じく環境からの刺激に反応しているに過ぎない...という説が真実を表しているとはとても思えない。
本書にはラッシー的解釈をウォルト・ディズニー映画に帰し、デカルト流の行動主義心理学理論をB.F.スキナー(米国の心理学者で行動分析学の創始者)に帰した解説がなされているが、それによればジーン・ドナルドソンはB.F.スキナーの流れをくむ行動主義的理論の支持者ということらしい。

まあジーン・ドナルドソンの趣旨は、ワンコは例え「空っぽの頭しか持っていなくても素敵で可愛い」ということであり、いたずらに擬人化することがワンコと人との生活に問題を引き起こす...ということに尽きるようだ。そしてワンコの身になって考えることを薦めている点や、これまで多くのトレーニング書に主張されてきたワンコの群れの理論や支配性うんぬんについて完全否定している点は評価できる。
彼女はワンコが飼い主よりも先にドアを出たり、リードを引っ張る行動を飼い主を支配しようとしているからだという考えはまったくもってナンセンスとバッサリと切り捨てている。ましてやそれらを止めさせようと嫌悪刺激を与えるのは間違っていると言い切る。そしてこれまた一説にはやってはいけない遊びのひとつであり、もしやる場合には必ず飼い主が勝って終わるべきと言われてきた「ひっぱりっこ」遊びについても問題視される点を否定しているなど確かにこれまでの保守的な見解とは異なった物言いをしている。

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※オカーサンのリードで珍しく散歩。しかし暑い!


ただしオトーサンが安心して本書を読み進められたのはこの辺までだ。第3章「社会化、争いの解決、恐怖心、攻撃性~イヌの咬み癖と攻撃性」あたりから「あれっ?」と感じることが多くなる。
ジーン・ドナルドソンはワンコが咬むこと自体は自然で正常な行為といい、人を咬むということの責任の一端は社会化を含むトレーニング不足が原因...すなわち飼い主側の責任というスタンスを取っている。それはオートサンも賛成だ。
「イヌは、人間が意識的に行動を矯正してやらない限り、他の動物と全く変わらない危険な存在なのである」と書いている。その後、どのようなトレーニングが効果的かというテーマに話しが移るが、実は137ページの「予防策」には奇異なことが書かれているのである...。

「咬み癖のある成犬の扱いには3通りある」とした後、「問題解決をはかるか、問題と共存するか、あるいはイヌを殺処分するか。」と続く。
そこまでは良しとしても続いて「安楽死ではなく殺処分といったのは、咬むイヌは病気にかかって苦しんでいるわけではないので安らかな死を与える必要はなく、またイヌ自身もそんなことは望んでいないからだ。イヌが殺されるのは人間に対して罰を犯したからであり、罪人が罰を受けるのは当然のことである。」とある...。そして次のページにも首をかしげる一文が続く。
ジーン・ドナルドソンは前記したように動物虐待防止協会付属のドッグトレーナー養成校の創設者ではなかったか...。
100%譲って問題のワンコを殺処分しなくてはならないとしてもだ...わざわざ安楽死の必要はなく、ましてやワンコはそれを望んでいないとはどういうことなのか...。
そもそも咬むという行為はワンコとして自然な行為であり、人を咬むという行為の多くは飼い主のトレーニング不足や方法の誤りだと一方で論じているにもかかわらず、殺処分の際に安楽死は必要ないというのはどうにも気にいらない...。
もしかしたら原文ではニュアンスが違い、翻訳の際の問題かも知れないと前後関係も含めて何度も読み返してみたが、これが動物虐待防止協会付属のドッグトレーナーの言うべきことなのだろうかと首をかしげてしまう。

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※大好きなオカーサンの膝に頭を寄せて寝転ぶラテ


話しは内容に戻るが後半はドッグトレーナーの真骨頂というべきか、さまざまなトレーニングの効果的な方法が書かれているものの行動主義のトレーナーらしくオペランド条件付けなどについても多々解説がある。しかし少なくとも和訳としての本書として特にその後半は煩雑でありかつ白眉の一冊といわれるほどの新鮮味はない。
そしてこの人は本当にイヌが好きなのか...愛情を持ってワンコに接しているトレーナーなのだろうか?といぶかしい感じを持ってしまう。
無論この感覚はオートサンの個人的なものだろうが、どうにも機械的な物言いに聞こえてきて愉快でない。
その点、同じ行動科学者でワンコの訓練士でもあるスタンレー・コレンや人類学者のエリザベス・マーシャル・トーマス、そして「犬の科学」という本の著者スティーブン・ブディアンスキーといった筆者らの著作の方が生き物を相手にしているという暖かいニュアンスが伝わってきて心地よいのである。

オトーサンといえば、ご承知のようにラテというたった一匹のワンコの飼い主に過ぎず専門家でもない。そして変な擬人化は意図的に避けてはいるもののワンコは「空っぽの頭しか持っていなくても素敵で可愛」で済む生き物だとは到底思えない。またワンコは刺激に単純反応するサブルーチンで出来ているロボットのような生き物ではないことは日々接していれば理解できると思うのだが...。
オトーサンがソファで大あくびをすると、その脇で寝そべっているラテはいわゆるあくびが移り同じような大あくびをする...。こうした行為ができる生き物の頭が空っぽであるはずはないのである。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員