ラテ飼育格闘日記(190)

多くの人たちにとって犬という動物のイメージはどんなものだろうか。犬嫌いならその姿はよだれを垂らしながら獲物を狙うオオカミ同然かも知れないが愛犬家なら名犬ラッシーやディズニー映画に登場する人に奉仕すると共に人間並みの頭脳を持った最高の友といったイメージかも知れない。

 

ワンコは我々と比較してかなり単純かも知れないが、人間同様高度な判断力とか思考力を持っていると考えている人たちも多い。反面哲学者のデカルトではないが、かつてはワンコは思考力も判断力もなく単に刺激に反応する機械であると論じる人たちもいた。
しかし本当のところはどうあれ、ワンコたちは古代から人間の最良の友であり協力者として一緒に生活してきたことは事実である。
そうした長い長い人類の歴史の中で多くの人たちにとってワンコは信頼に値する動物だと信じられてきた。しかし近年、ワンコたちの役割は大きく変わり、狩猟の友でもなければ荷物を運ぶこともなく、ただひたすら飼い主のペットとして癒しに貢献するという役割が多くなってきた。しかし考えればこのことはワンコにとって決して歓迎すべきことではないのかも知れない。

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※起きたばかりのオカーサンに執拗にチューを迫るラテ


多くの飼い主...すなわち人間は仕事を持っていたり地域にとっての役割もあり、文字通り四六時中ワンコにかかりっきりにはなれない。その反面限られた時間内では逆にワンコにとって迷惑なくらい猫かわいがりし、ある意味ワンコの自由を奪うことにもなりがちだ。そして日中はワンコ一匹で留守番をさせるといったワンコにとって不本意な日常になるのが一般的だろう。
もともとワンコは長時間一匹で楽しくリラックスして過ごすことが得意な生き物ではない。特に飼い主を愛すれば愛するほど一匹で過ごす時間が長ければ長いほど落ち着かなくなる...。だから、飼い主のいないとき家具を囓りたくもなるし吠えたくもなる(笑)。
それにもともとワンコにとって室内に置いてあるものは「囓れるもの」と「囓れないもの」に分類されるだけであり「囓ってはいけない」とか「囓ることでの罪悪感」といったものはない。無論飼い主に対して嫌がらせをするために家具を囓ったりするわけでもない。ただ囓りたいから囓っただけなのだ。

しかし飼い主側はこの辺のワンコが持っている特性を理解せず、前回も期した間違った擬人化のためかワンコに人間の思考能力と同等な能力があると誤解あるいは期待するだけでなく道徳の概念までをも押しつけたがる。まあ、そう思いたくなるほどワンコの知能は高いわけだが我々とその方向性が違うのだ。
そうした結果がどうなるのかは目に見えている...。
トレーニング、訓練が不足していると考えるのは正当だとしてもワンコにとって不当な期待がなされるだけでなく、トレーニングの名を借りた過酷な対応をとられることも多いようだ。そして期待はずれだとして体罰同然な扱いを受けるワンコも多いと聞く。

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※オカーサンに食事のおこぼれをもらおうと愛想を振りまくラテ。その表情は輝いている(笑)


確かにトレーニングはワンコにとって人間社会でトラブルなく過ごすための社会化を植え付けるものだ。
無駄吠えせず、かみ癖がなく、ワンコや未知の人間にも温厚でトイレの習慣を守り、食事中に手を出されても怒らず、体のどこを触られても唸ったりしないようにというのが我々のいう社会化トレーニングである。
しかし考えてみればこれらのほとんどがワンコ自身が本来持っている特性・習性に逆らうものだともいえる。
ワンコはそもそもが吠える動物だし、噛む生き物だ。そして自身の生命を守るために一度得た食べ物は他に渡したくないと執着する。そして体の急所部位はこれまた攻撃されないようにと守りの姿勢となり、基本的に触られるのを怖がるわけだ。しかし上手なトレーナーや飼い主の手にかかればワンコの本能や特性を巧く引き出しながら人間社会にとって適切な形に矯正できるほど賢くて柔軟な能力を持っているのがワンコでもある。

ただし問題は、繰り返すが...オトーサンたちは愛犬に対して知らす知らずのうちに人間的な知性を持っていることを期待し、ワンコの能力以上のことを求めがちなことだ。無論その要求や思い入れの多くはかなえられないことになるが、その結果「教えたのにできない」「いうことを聞かない」「悪いと知って反抗している」などと多くのワンコは問題犬とされ不当な罰を受けることにもなりかねないのだ。
インターネットや書籍などの情報を集めるといまだにワンコの訓練と称して虐待まがいの罰を受けているワンコが多く存在するらしい。
例えば期待と違った行為をしたからと打たれる、耳を引っ張られる、必要以上なチョークリードの使用などなどだ。中には一度で懲りる強い罰を与える必要があるという理由で蹴って制御するトレーナーもいるらしい...。

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※散歩から帰った後、疲れたのか...床にへたり込んで居眠りを始めるラテ


オトーサンはワンコの専門家でもないしトレーナーでもない。ただただ一匹のワンコを愛し、この子と毎日を安全で楽しく暮らしたいと願う1人の飼い主に過ぎない。しかしその三年半以上もの生活の中で少しずつだがワンコとは何者なのを考え、観察してきた。
その結果、いまさらではあるがワンコは高度な知能を持ってはいるもののその働きは我々人間の理解できるものとはかなり違うということが肌で分かってきた。
我々はワンコ自身たのめにも飼い主の責任を重く自覚し、いわゆる最低限の社会化トレーニングを怠らないようにしなければならない。しかしそこに体罰的な罰則は不要だし、いたずらに人間側の理論で多くを望まないことだ。
確かに愛犬を「うちのはおりこんさんで!」と思いたいのは山々だが、その利口さ加減は人間社会の価値判断と些か違うものだということを十分に理解してあげたいと思うのだ。もしラテが喋れたならきっと「オトーサン、ペット稼業も楽ではないのよ!」と愚痴るのではないだろうか(笑)。
ワンコは素のワンコのままで十分に可愛いのであり、ましてやトレーニングの名を借りワンコにとって心身ともに辛い罰を与えることなどもっての他なのではないだろうか。

そんなあれこれを考えていたとき全米ドッグ・ライターズ協会主催 Maxwell Awardを受賞したという「ザ・カルチャークラッシュ(The Culture Clash)」という本を見つけた。
ジーン・ドナルドソンというサンフランシスコ動物虐待防止協会付属のドッグトレーナー養成校、アカデミー・フォー・ドッグトレーナーズ創立者が書いた本だが、ヒト文化とイヌの文化の衝突といった面を考察し動物の学習理論と行動科学に基づいたトレーニングの薦めである。

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※ジーン・ドナルドソン著「ザ・カルチャークラッシュ」表紙


まさしく本書はイヌの身になって考察されただけでなく、ワンコを本来の姿のまま深く見据えたもので旧来からの支配性などにとらわれない説には大いに共感が持てる。機会を観て本書そのものに関してもレポートしたいところだが、私見ながらやはりというか...ドッグトレーナーという立場からワンコを考察しているという限界も感じる。
ワンコについて近年多くの研究が進んでいるがワンコ自身の証言はないわけで(笑)何が正しいのか真実なのかは我々にはまだまだ見通せないでいることが多い。
こんなに身近にいて伴侶ともいえる愛すべきワンコのことを我々はほとんど知らないというべきなのだ。
トレーニングが必要なのは愛犬そのものより我々飼い主の方なのではないか...。最近はそう思うことしきりである。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員