ラテ飼育格闘日記(118)

 野村獣医科Vセンター院長の野村潤一郎氏はその著書「Dr.野村の犬に関する100問100答」で「暇なとき、犬は何を考えているのですか?」の問いに、飼い主と一緒に行く散歩のことだとし、90%は散歩のことで10%が食べ物のことで後はほとんど何も考えていないだろうと答えている。
はたしてそうなのだろうか? たまにはオトーサンのことなど思い出してくれないのだろうか。

 

ラテが暇なとき、何をしているのか...。完全に眠っているときを別にするとまず床やマッサージチェアに横たわっている時間が多い。ただし本当は寝ていてもオトーサンたちが近づいたから目を覚ましたというのが真相だとすればそのほとんどは寝てそして夢でも見ているに違いない。
また出窓のたたきに寝そべり、日差しを浴びながら寝ているときもあるものの、窓の向こうの径を行き交う人たちやワンコあるいは猫などに敏感に反応している時間も多い。そして窓の外を眺めながら吠えるときのほとんどは、警戒や嫌いな人物あるいはワンコが通ったときだ。
反対に知っている人やワンコが通れば吠えるにしてもその吠え方はまったく違う。
それらを見て、ラテが何も考えていない...何も連想していないというのはどうも信じがたいと思うのだが...。

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※その輝いた瞳で何を見、何を考えているのだろうか?

 
ところで「オトーサンはラテにとって何者なのか?」これはオトーサン自身にとって大問題である。単に好かれているのかあるいは嫌われているのかといった事ではなく、ラテにとってオトーサンはどのような存在なのかを出来ることなら知りたいと考えてきた。

推定だが生後6ヶ月ほどで我が家に来たラテは、すでに刷り込みの時期は過ぎているはずだからオトーサンのことを母親的存在とは考えていないだろう。またよく言われるように“リーダー”というのも存在としては大変曖昧で抽象的だ。もっと具体的にどのような対象なのかを知りたいのだが...。
やはり兄弟といった感じでもないから妥当なところとしては仲間として従うべき友人といったところなのか...。

自分で言うのも変だが、オトーサンはラテに嫌われているとは思っていない。散歩中にもアイコンタクトはきちんと取るし言うことも基本的には聞いてくれる。怖いことがあれば抱っこを要求してくるし時には無類の笑顔を振りまいてくれる。
女房への対応とは違い、オトーサンに対して口元を舐めにきたり、膝に乗ってきたりといった行動をしないのが少々不満だが、オトーサンが横になりウトウトしている時など、興が乗れば口元や耳などを舐めることもままあるのだ。
またラテの身体の何処を触っても怒りはしない。ワンコが触られるのを苦手とするマズル、お腹、尻尾、肉球の間はもとより耳の中やお尻に手を当ててもラテはオトーサンには怒らないし、食事中に食器はもとより食べ物に手を出しても威嚇したり歯を立てたりすることはない。

ここで一番問題になるのは前回「ワンコの"ラテ" 飼育格闘日記(117)」のテーマだった「ワンコは支配性を主張する動物か?」ということが大きくかかわってくるように思える。
これまでほとんどの育児書やトレーニング本などは犬をオオカミの子孫とした上で、強力なリーダの元で群れという縦社会で生きる動物であり、序列を常に意識して仲間との調和ならびに闘争を図っているというのがワンコという動物だということになっていた。
こうしたDNAあるいは性質を利用して、いかにしたら飼い主はワンコのリーダーになれるかを指向することがワンコの問題行動を是正するため、あるいは問題行動を生み出さないために必要だという理窟になっていたわけだ。
無論このことひとつをとってもいまだに犬のプロといわれる人たちの間に真反対の見解があり、定説は統一されていないことは前回ご紹介した通りである。
しかし、オトーサン個人としてはラテを見ている限り、支配性を主張しているとは思えないのである。

例えば散歩に出た直後、ラテは強くリードを引く。このことだけでもこれまでの定説によれば支配性の表れであり放置してはならないことだとされている。
とはいえオトーサン自身、800日間文字通りラテと寝起きを共にし、スキンシップと共に観察し続けてきた体験から導き出した結論は、ラテに限ってリードを引くことが支配性を主張するものであるとはまったく考えられない...ということである。
それはあくまで待ちに待っていた散歩の時間がきたことを喜び、少しでも早く外に飛び出したい、目的地に行きたいという願望がストレートに出ていると考えている。したがってオトーサンは自宅から出たとき、なるべくラテの気持ちをくんでやり一緒に走るようにしているのだ。
そのときラテはこちらにアイコンタクトしながら、大変嬉しそうな笑顔で伴走する。その表情には支配性のかけらもない。

また休日には女房も散歩に参戦するが、そのときにラテは別の気遣いを見せるのも興味深い。
なぜなら、スタート時には同じようにリードを引き、前へ前へと急ぐラテだが、しばらく進むと後ろを振り返り、もし女房の姿がかなり遠くなっていたり見えなくなっていたりするとその場にお座りをして近づくのを待つのだ。
急ぎたいという気持ちはあるものの、そこは自我丸出しではないところが凄いと思う。

 なお公園から戻る頃になるとラテの興奮も落ち着いていることもあり、出かけるときとはうって変わってリードを強く引くことはほとんどない。オトーサンの左右にピッタリと付き、リードを付けているという感触がないほど見事な歩きっぷりである。
もしラテが支配性を求めているなら、行き帰りの差はあり得ないはずだ。支配性に“疲れたから”とか“気分”といったことはあってはならないわけで、支配性を持っているならいつでもオトーサンより前に出てリードを引き続けなければならない。

また公園でボーダーコリーと会うと実に楽しそうに遊ぶ。体形はラテより一回り大きい雄犬でボーダーコリー特有の身体全体をぶつけ合いながら駆け回る。その際に多々前足をラテの首や肩にかけたり、顎をラテの背中に乗せたりする行動を示す。

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※友達のボーダーコリーとお互いにマウンティングを楽しんでいるラテ

 
これはマウンティングとよばれ、定説では支配的行動だといわれている。しかしラテとの絡みを長い間観察しているとこの支配性行動だという説は当てはまらないことも明白だと思う。
なぜなら、ラテも負けずに前足を相手の身体に回し、相手が被さってくるなら逆に下に潜り込んで相手を持ち上げようとする。そしてその表情はお互い優位性を示すための厳しいものではなく、実に楽しそうにしている。
確かに人の子供も「僕の方が偉いんだぞ...強いぞ」といった力の誇示をするときがあるが、この場合のラテとボーダーコリーの取っ組み合いも確かに力の誇示といった意味合いも含まれるかも知れないが、真意は遊びと触れ合いを心から楽しんでいるとしか思えない。無論お互い所々で頭を低くし、お尻を高くあげる例の「遊ぼう」ポーズを忘れない。

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※遊びであることを示すワンコ独特なポーズをとるラテ。その表情は実に楽しそうだ

 
お互い、マウンティングされても怒ったり喧嘩になったりするわけではなく、嬉しそうに組んずほぐれつしている様は支配性行動うんぬんとは無縁だろう。

こうして考えるとますますオトーサンのポジションは見えてこない(笑)。なぜなら支配性を否定することはリーダーうんぬんというポジションも不用ということになるからだ。
ひとこと「リーダー」といえばそれらしく聞こえるが、群れとか家族のリーダーというだけではラテにとっての立場は明確に見えてこない。
リーダーでもなければ母親でもなく、兄妹でもないとすれば...やはり怖い父親といったポジションなのか?
それとも一目置いている友達といったところなのだろうか。オトーサンの探求は続く...。

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員