スティーブ・ジョブズのプレゼンテーション秘話

1989年7月10日、幕張の東京ベイNKホールは異様な熱気につつまれていた。Apple Computer社の創業者であり、自らが「生涯砂糖水を売って過ごすのですか...世界を変えてみたいと思いませんか?」と誘ったジョン・スカリーに追放された彼が新しいマシンをたずさえて我々の前に登場したのだ。そのコンピュータの名はNeXT...。


今の私たちはMacWorldExpoの基調講演などで、Apple Computer社CEOであるスティーブ・ジョブズのプレゼンテーションの妙を知っている。私もサンフランシスコのExpoなどで、彼の基調講演を直接何度も聞いたが確かに話の間の取り方、話題の順序、常に客席を意識した話し方などなど関心することばかりである。

私がスティーブ・ジョブズのプレゼンテーションを最初経験したのはすでに彼がAppleを辞め、NeXT社が開発したマシン宣伝のために来日したその時が最初だった。
その日、私は噂に聞いていた彼のプレゼンテーションの秘密を見たのだった(^_^)。

1989年7月10日、私は東京ベイ・ヒルトンホテルのロビーに通じる場所で三人連れでこちらに歩いてくるスティーブ・ジョブズとすれちがった。プレゼンを前にした彼はきちんとフォーマルスーツに身を包みながらも噂通りの気むずかしい顔をしていたのが印象的だった。しかしステージにあがった彼のプレゼンは大変見事だった。

壇上にはトラブルを想定し、2セットのNeXTマシンが置かれていたが、開口一番「プレゼンでのトラブルは観客の数とその期待度に正比例します」という彼一流のユーモアで笑わせた後にNeXTマシンの説明に入った。
アメリカ本国と同様に伝説化した有名なプレゼン.....NeXTマシンのサウンドの良さを際立たせるために、NeXTから出力させたバイオリン演奏がいつのまにか壇上に紹介された実際のバイオリニストが演奏するものにすり替えられるというもの.....はこの会場でも拍手喝采だった。

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私にとって一番の収穫はスティーブ・ジョブズ氏のカリスマ性の確認とそのプレゼンの巧みさの一端を覗けたことだった。
壇上でスクリーンに映し出されたビジュアルで効果的な映像と共に、彼が熱弁を振るう様はすべてが正しく、そして素晴らしいことなのだと思わせる説得力があった。その説得力やカリスマ性は彼の「自信」と「直感」によるものと感じた反面、先にすれ違った時の緊張した気むずかしい顔を思い出すにつれ、彼は彼なりに寝る間をも惜しんで努力をしているのではないかということにあらためて気づかされた。

ただし、彼のプレゼンや方法論がいつも正しいわけではないことも冷静に観察した。例えばプレゼンの巧みさに通じるテクニックではあるが、当時のNeXTマシンに搭載されていた256MBのOptical Driveは決して速いものではなかった。しかしそれを起動する時、オペラグラスでよく目をこらしていると「起動します!」の言葉より以前に起動のオペレーション、すなわちマウスクリックがなされた時があった!

したがってスクリーン上では、彼が「起動します!」の声と同時にアプリケーションが素早く立ち上がるように見えるのだ。私は「ずるいな」と思う以前に「これは凄い!」と感嘆したことを今でも覚えている。
それから、NeXTのメインボードがフル・オートメーション設備の工場でロボットを使って生産されている様をスクリーンいっぱいに映し出し、NeXT社の優れた品質管理や生産性をアピールした時には会場から拍手が起こった。

しかし日本の中小企業でも、当時はすでに生産性向上や合理化そして品質管理をうたい文句にオートメーション技術は取り入れられており、本質的にそれらは珍しいものではなかったはずだ。
面白いのはスティーブ・ジョブズの一挙一動に大変説得力があるため、冷静な判断を妨げてしまうのだ。これこそ彼のカリスマ性の証明だった。

しかしNeXTの魅力的なプレゼン後も私にはそれがMacintoshより魅力のあるものには映らなかった。したがって私はNeXTマシンを欲しいとは思わなかった。当時買うつもりなら手に入れることはできた環境だったが買わなかった事実がそれを物語っている(笑)。

そしてその日、スティーブ・ジョブズが「コンピュータ10年寿命説」という持論を披露し、NeXTが90年代前半の主流になるという説をブチあげたときも納得できなかった。
彼はいま、そのときの自分の言葉をまったく忘れているのだろうか(^_^;)。

まあ我々はずっとAppleの...いや、スティーブ・ジョブズの魔力に振り回されっ放しなのだから今さらの話ではない(笑)。第一昨今のIntelプロセッサに移行するに際し「4倍のスピード。ついに願いは現実に」などと...いけしゃあしゃあのコピーを打っているアップルだが(笑)、つい数年前にはPowerPCが最速・最強であることをイメージさせるためIntelプロセッサをカタツムリの背に乗せたコマーシャルまで作ったくせに...。いまではそんな事実など無かったかのような振る舞いではないか(爆)。

易経には「君主豹変、小人面革」とある。この意味は元来、豹の毛が抜け変わり鮮やかな模様が現れる様に、君主は自らの過ちをはっきりと改めるという事だ。そもそも責任感とか初心貫徹などとこれまでの言動に拘る私たちが小者なのだろうか(笑)。



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員