コモドール PETとシステムズフォーミュレート(SFC)社の記憶

パーソナルコンピュータの歴史を語るとき、個人的にはどうしてもAppleとかMacintoshの存在が強烈なだけ他の事項の影が薄くなってしまう。しかしAppleだけがパソコンの普及や啓蒙に力があったわけではなく、当時は他にも多々記憶に残るできごともあった…。


そのひとつが東京駅八重洲口の第一勧業銀行ビルに創業したシステムズフォーミュレート、通称SFC社である。
同社の社長…創業者である渡邊昭雄氏はそれまで富士通のオフコンVシリーズの開発を担当していた技術者だったがコモドール社PET2001の日本総代理店取得を機会にパソコンショップ、パソコンセミナーなどを主軸としたベンチャー企業としてシステムズフォーミュレートを起業したという。

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※現在みずほ銀行が営業している本ビル上階にSFC社があった(Googleストリートビューより)


私が所持しているデータの中でシステムズフォーミュレート社が最初に登場するのは1978年の暮れのことである。確証はないものの同社が創業したのもほぼ同じ時期だったと思われる。
新聞に載っていた記事をたよりに初めて東京駅八重洲の第一勧業銀行ビルにあった同社のショールームに足を踏み入れたときの印象は大変よかったと記憶している。
なぜなら当時のマイコン、あるいはパソコンショップは小汚いジャンク屋同然の店がほとんどだったにも関わらずシステムズフォーミュレート社の店内は東京の一等地、それも近代的で明るいショップだったからである。なにか次元がこれまでとは違うものを感じて多々通うことになった。

その大きな理由の一つは同社が日本総代理店となったコモドール社のPET 2001というパソコンを池袋の西武デパートで買ったばかりだったからである。それ以前にワンボードマイコン(L-Kit 8)を所有していたが、いわゆるオールインワンのコンピュータを持ったのはPETが最初だった。しかし当時はインターネットもなく、周りにユーザーがいるはずもなく情報はほとんどなかったから、そうした専門のショップの存在が大きかったのだ。

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※PETに向かう筆者。1979年5月撮影。PET本体は後述するようにSFCで改造済みである


システムズフォーミュレート社は創業をアピールすることを意図し同年のクリスマス時期にイベントを企画して参加者を募集していた。それを知った私は女房を誘って応募した…。なにしろパソコンユーザーが回りに絶無だったし友人知人たちを見回しても当時は誰1人として仲間がいない時代だったからユーザーとのコミュニケーションを図りたかったのである…。
それに開催場所が伊東のホテル・サザンクロスだったことでもあり、女房とのちょっと変わったクリスマスにもなると考えた。

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※1978年12月25日、毎日新聞夕刊にSFC社主宰のクリスマス企画が報道された。写真左上に筆者夫婦の姿も写っている


当日の様子は翌日(12月25日)の毎日新聞夕刊にかなり大きなスペースで載ったが、企画が企画だからして子供連れが多かった記憶がある。なお新聞に掲載された写真端には私たち夫婦の姿も映っている。
ともあれ私がシステムズフォーミュレート社に期待したのはPETに関する情報だった。細かなことは別にして最初に依頼したのはPETの改造サービスである。

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※専用プリンターとデュアルフロッピーディスクドライブが揃った当時の筆者PET 2001システム。ただしフルキーボードは自己改造したもの


PETは熱に弱く、熱暴走が頻繁に起こった。システムズフォーミュレート社はそれを防止すべく "S型改良" と称し、チップの多くに放熱モジュールを取りつけ、さらにフロントには専用キーを付け、キーを差し込まないとマシンが起動しないというビジネス向けというか…セキュリティに配慮した改造を有料で行っていた。
1979年春だったか、PET専用のドットインパクトプリンターをシステムズフォーミュレート社で購入(248,000円)と同時にPET本体の改造をお願いした。
改造は本体フロントのプレート右にキーが取りつけられ、プレート自体もシステムズフォーミュレート社のロゴがシルク印刷されたものに取り替えられていた。そして基板を確認すると確かにRAMチップとCPUなど主要なチップに放熱ユニットが取りつけられていたが事実その効果は大きかった…。

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※改良後のPETマザーボード。RAMなど主要なチップに放熱対策がなされている


このPETでBASICを猛烈に勉強したと共に月刊誌ASCIIに載ったゲームのプログラムリストをそれこそ徹夜して打ち込んだものだ。
特に1979年前後はインベーダーゲームが社会現象化するほどに流行り、街の喫茶店などに設置された専用機には人だかりが出来、100円硬貨が不足したといわれるほどの人気だった。

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※ASCII誌に載ったPET用インベーダーゲームも徹夜で入力した


PET用のゲームもそうした時代を反映してすぐにインベーダーゲームが登場したものの、個人的には1980年にPET用のデュアルフロッピーディスクドライブ(CBM3040)を購入しアニメーションやライトペンによるグラフィック、音声認識・音声合成など新しいテクノロジーを追いかけていた。

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※米国から個人輸入したPET用音声認識・音声合成ユニット(上)とグラフィックツール(下)


このPETへの傾倒は1982年にApple II を手に入れるまで続いた。Apple II の拡張性の素晴らしさとカラーグラフィックスの妙は益々私をパソコンの世界に引きずり込んでいったが、それに伴いPETは埃を被っていく…。
なによりも決定的だったのは一時期、富士通との共同開発と謳われ、外観が FM‐8に似たBUBCOM80 というオリジナルパソコンまでをも販売し大きな話題になったシステムズフォーミュレート社だったが、1983年4月上旬に会社が自己破産の上、倒産したことだった。

文字通り新星のように登場し、大きな話題を振りまいたシステムズフォーミュレート社は早5年ほどで姿を消したのである。
それが原因だったはずもないが、大きな拠り所を失ったことは間違いなかった。ためにPETへの興味は急速にApple II へ移っていった...。





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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員