映画「最高の人生のはじめ方」を観て

原題「The Magic of Belle Isle」がなぜ「最高の人生のはじめ方」になるのかは、「最高の人生のみつけ方(邦題)」にあやかったこと、共にモーガン・フリーマンが主演していることや監督が同じくロブ・ライナーだからということなんだろうが、実にややこしい…。


たまたま無料の動画サイトで広告に悩まされながらも「最高の人生のはじめ方」(2012年)を見始めたらすっかり気に入ったのでレンタル落ちのDVDを買ってゆっくりと鑑賞した。
歳のせいというより個人的に深刻な物語や後味が悪い映画は好みではない。映画くらい、フィクションの世界くらいは心安らかな一時を味わえないでどうするんだ…という気持があって、ラブコメディにしても後味がよい作品を好んで鑑賞している。
ちなみに "Belle Isle" とはアメリカのミシガン州デトロイトにあるデトロイト川の中央に位置している島だという。
DVDパッケージに記されているあらすじに沿ってまずは概要をご紹介しよう。

The Magic of Belle Isle

モンテ・ワイルドホーン(モーガン・フリーマン)は著名な小説家。しかし今は妻を亡くし、アルコールに溺れ、事故で車椅子の生活を余儀なくされ、創作活動への意欲も失い、孤独な日々を過ごしている。
「人生をやめたい」というモンテに、思い悩んだ彼の甥のヘンリーが避暑地で夏を過ごさせ、何とかして執筆への意欲を取り戻させようと働きかける。
向かった場所が "Belle Isle" だった。
そして運命とも言えるその場所で、彼は魅力的なシングルマザーであるシャーロット(ヴァージニア・マドセン)および三人の娘たちと交流を持つようになる。
彼女たちのひたむきさに触れるうちに、モンテの心に変化が訪れ始める。
人生の物語を書き直すのに、遅すぎることなど決してないというメッセージが心に響く。
笑いと涙で続く珠玉の物語…。
というわけだ。

見所はモンテが子供たちと接しながら心を開いていく様子と言うまでもないがシャーロットに思いを寄せ、彼女もまたモンテに引かれていくその過程だ。ジイサンのモニテと美しいシングルマザーの二人が激しく愛し合う…ということでなく、少しずつ次第に心引かれていく演技は自然で観る者に心地よく伝わってくる。

そういえば近年「最高の人生の見つけ方」「ラストラスベガス」「RED」などなどモーガン・フリーマンが出ている映画を結構観ているが、どのような役柄においてもその自然さが素晴らしい。
無論本作品の魅力はそのモーガン・フリーマンの演技と共にヴァージニア・マドセンの魅力も遺憾なく発揮されていることにあるだろう。さらに犬がとぼけた味を出しているのも楽しい。

「最高の人生のはじめ方」は、子供たちと一緒に観るのも良いだろうが、決して子供だましの作品ではない。
私にとって一度きりではなく、時折観たくなる部類の映画だった。



これぞ事典の醍醐味「江戸時代役職事典」

江戸時代を背景にした小説を書いていると普段見聞きしない言葉が多々登場する。そうした中でも馴染みがないだけに分かりづらいのが登場人物たちの役職だ。武家社会は縦割りの社会でその地位や役職は基本世襲だったが、ドラマに出てくる老中/若年寄/勘定奉行などがどんな役目だったのか、そしてその上下関係や禄高が分からないと物語が進まない。


まあウィキペディアでも調べれば大概のことは分かるが、執筆した人や編集加筆した人が誰だか分からないのではそれらの内容を鵜呑みにするわけにもいかない。またより詳細なことを知りたいとしてもネット検索では思うように成果が出ないときもある。

さて、江戸時代を背景にした時代小説を書いていると当然のことながら武家社会のあれこれを描くことになるが、様々な役職を持つ人物の登場を余儀なくされる。
現代では○○会社の東京支店長とか、財務省○○課と記せば現実の詳しいことは分からないまでもその社会的な地位がどの程度のものでどのような仕事をしているかはおぼろげに想像できる。
しかし例えば、町奉行などは想像ができようが、大目付、徒目付、小納戸、奏者番と聞いても大方の方はその役職がどういう意味を持つのかはなかなかイメージできないに違いない。

こうした役職のあれこれを総括的に知り得るものはないかと探している中で川口讓二、池田孝、池田政弘著「江戸時代役職事典」東京美術刊を見つけた。といっても新刊書ではなく昭和56年(1981年)初版発行の書籍であった。
なお1992年に同名の改訂新版が出ているが、共に古書としてしか入手できないようだ。

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※川口讓二、池田孝、池田政弘著「江戸時代役職事典」東京美術刊


さて本書の凡例に筆者が記していることだが、本事典は江戸幕府とその機構を知るために、代表的な役職とその関連項目を選んで解説したものであること、役職の内容や禄高などは時代や地方によって異なる場合があることなどが書かれているが一口に江戸時代といっても260年の間には様々な機構改革もあったに違いない。したがって本書であっても代表的な例として見なければならないが、小説を書くには十分な内容だ。

例えば「奏者番(そうじゃばん)」を見てみよう。そこには、

一万石以上の譜代大名が任命された職で、年始、節供など旗本や大名が将軍に謁見するとき、取次をし、その姓名、進物を披露するとともに、殿中の礼式を掌った重要な職であった。寺社奉行が兼務することが多く、有識故実に精通し、かつ披露のための記憶力がよいことが条件であった。
なお、八代将軍吉宗のとき、江戸町奉行として大いに江戸市政に腕を振るった大岡忠相も寺社奉行のとき奏者番を兼務していた。

とあり、参考にした資料が紹介されてする。

各項目は五十音順に配列されていて使いやすいし本書は役職だけでなく、役職編と制度編とに大別編集されており後者は江戸時代社会に固有の制度・身分他が収録されている。そして最後に「ひとと役職」として例えば井伊直弼、大岡忠相、近藤勇、桂昌院などなどといった人物紹介からその役割を分かりやすく解説されてもいる。
さらに最後に付録として「江戸幕府役職要覧」の稿があり、主な役職の度次、詰部屋、官位、職禄、家禄、定員、昇進経路、配下の吏員数、支配が一覧となっている。

本書はそれこそ一般受けする書籍ではないかも知れないが、時代劇をより本格的に楽しむためにも目を通しておくと興味が深まると思う。
ともあれ個人的にはこんなに便利な事典はないと思うくらいの1冊であった。


書き下ろし時代小説「首巻き春貞(三)御金蔵破り」を公開

一作目「首巻き春貞 小石川養生所始末」、第二作「首巻き春貞 祝言」に続く第三作「首巻き春貞 御金蔵破り」をご笑覧いただく。よくもまあ懲りずに第三作目までたどり着いたものだと思うが、面白いもので書き進む内に新しいキャラクタやストーリーが自然に湧いてくる…。この分では筆者が健康なら十作目くらいまでは持ちそうである(笑)。


さて本編第三作のタイトルは「御金蔵破り」と些か大上段に振りかぶったが、ちなみに「御金蔵」とは「ごきんぞう」と読むものとばかり思っていたものの「おかねぐら」というのだそうだ。
この場合の御金蔵とは江戸城にある文字通りの金庫のことで一日三交代で不寝番が置かれ、金蔵に至るまでには三重の鍵を必要とする厳重な警戒管理下にあった。
いわば現代なら日本銀行の金庫室に侵入し、山と積んである新札(イメージだが)を狙うようなもので普通に考えたらどうにも上手くいきそうもない。

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※書き下ろし時代小説「首巻き春貞(三)御金蔵破り」表紙イメージ


しかし余談ながら史実として…時は幕末の混乱期ではあったもののその御金蔵に忍び込み四千両という大金を盗み出した二人の男がいたという。
小人目付の藤岡藤十郎とその相棒で中間の富蔵は金蔵の外・中・内の三つの扉の合鍵を作るため数回にわたって忍び込み、警護の人間が交代する僅かな時間までをも把握し、きわめて慎重かつ周到に準備を進めた犯行だった。
二人がお縄になったのは二年後のことで、富蔵の金遣いの荒さから足がつき結局二人は市中引き回しのうえ、小塚原の刑場で磔となったという。

ともかく御金蔵をひとつのテーマとするにはそれがどこに置かれ、どのような規模のものなのか。あるいはどのようなシステムで運用管理されていたかを知る必要があるが、短時間でそれら秘密裏のシステムすべてを知ることは出来なかった。
不明な点は創造力で埋めることができるのが小説のよいところでもある。しかし何のイメージもないのではリアリティに欠けると御金蔵破りをテーマにした先達の小説や映画などをいくつか見て感触をつかんだ。

小説で面白かったのは黒崎裕一郎著「江戸城御金蔵破り(徳間書店)」だ。これは前記した史実をモデルにした作品だが時が幕末ということで坂本龍馬や桂小五郎などが絡んでくるのが興味深いものの個人的には後味が悪かった。

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※黒崎裕一郎著「江戸城御金蔵破り(徳間書店)」


映画では1964年8月公開というからすでに53年も前の作品だ。大川橋蔵と片岡千恵蔵演じる半次と富蔵が御金蔵破りという大ばくちに挑戦する「御金蔵破り」。エンターテインメントとしては面白いしエンディングは無難な作りか…。

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※1964年8月公開映画「御金蔵破り」のDVD


そうはいっても本編の御金蔵破りは一ひねりしてある。単純な盗みでは面白くないからだが、市中で見つかった偽小判が幕府転覆計画発覚の引き金となり、春貞は急遽危険を冒して江戸城に乗り込む…。とまあ、是非本編をご覧いただければありがたい。
ということでタイトルは御金蔵破りではあるが、本編の見所は主人公春貞の天衣無縫の活躍と春貞ファミリーともいえる夫婦と仲間たちの友情・交流が大きな見所だと意識して書いたつもりである。

さて引く続き「首巻き春貞(四)」の執筆も始めた(笑)。タイトルはまだ未定だが、この刊では後に尾張藩七代藩主となる德川宗春 (登場はじめはまだ通春)との因縁の対面を描こうと考えている。
主人公春貞と宗春、共に尾張に関係しその名に「春」を含んでいるが、実はこの辺までは一巻の書き出しから見通していたことなのだが、現実にストーリーを組み出すとなれば簡単ではない。さてどうなるかは先のお楽しみということでまずは「首巻き春貞(三)松平春貞一代記 〜 御金蔵破り」を理屈抜きで楽しんでいただければ嬉しい。

書き下ろし時代小説「首巻き春貞(三)御金蔵破り」




1941年製作公開映画「教授と美女」鑑賞

昔、ダニー・ケイとバージニア・メイヨー主演のミュージカル映画「ヒット・パレード」(1948)を見たことがある。後年それはリメイクされたものであり、基はゲイリー・クーパーとバーバラ・スタンウィックが主演した「教授と美女:原題:Ball of Fire」だと知った。機会があればとずっと考え続けて…忘れてしまっていたが、今般やっとDVDを手に入れ観ることができた。


「教授と美女」(原題:Ball of Fire)は、1941年に製作かつ公開されたアメリカのコメディ映画だ。製作がサミュエル・ゴールドウィンというだけで期待が持てるし脚本にはビリー・ワイルダーが加わっている。なお監督はハワード・ホークスだ。
あくまでジイサンの私的な感想だが、これぞ娯楽映画だというのが第一印象であり、この76年も前に創られた映画を見ると昨今の映画はいくらCGを屈指したリアルな映像だとしても子供だましのように思えてくる。

Ball of Fire

※DVD「教授と美女:原題:Ball of Fire」。モノクロ、111分


ストーリーはいわゆるスクリューボール・コメディといったものでたわいないものだ。無論それは映画の欠点ではない。
さて、トッテン財団というパトロンの依頼で宛がわれた屋敷に9年も缶詰状態になっている8人の男がいる。彼らは皆それぞれ専門を持つ教授連中だが協力して百科事典編纂を目指しAから始まる事典はやっとSの項目まで完成していた。
8人の中で最年少の言語学者である堅物の教授ポッツ(ゲイリー・クーパー)はとあるきっかけで生きた言葉を採取しようと街にでる。そこでギャングの情婦でスラングだらけの喋りをする歌姫シュガーパス・オーシェイ(バーバラ・スタンウィック)と出会い、言葉集めの協力を願う…。

しかしオーシェイは最初ポッツの依頼を冷たく断るが、彼女はボスの情婦ということで検察に追われるはめとなり、一時の逃げ場としてポッツらの仕事場である家に恩着せがましく出向き身を隠す。
しかし8人の教授たちは1人を除いて結婚経験がなくオーシェイの色仕掛けに簡単にはまって仲良くなる。またポッツも彼女の思惑も知らずに次第にオーシェイに惹かれていくのだった。

この辺までストーリーを追っていると大概の方はポッツを別にすると皆爺さんたちであり、オーシェイに翻弄されていく様はある物語と似ていることに気づくに違いない。
そう、それは「白雪姫」だ。教授たち7人が小人でありポッツは王子様というわけだ。これはビリー・ワイルダーの原案だそうだが、そう思ってみると余計に楽しい。

結果、この作品は1941年アカデミー賞主演女優賞(バーバラ・スタンウィック)、原案賞、劇映画音楽賞、録音賞にノミネートされ、大ヒットした。それを踏まえ、後年辞書編纂を音楽史の編纂に変えた「ヒット・パレード」が作られたわけだ。
ともあれ原題 "Ball of Fire" がなぜ「教授と美女」というタイトルになったのかは分からないが確かに我々には分かりやすいタイトルだ。
そして辞書好きの1人として辞書編纂という設定にも興味があったが、主役のゲイリー・クーパーとバーバラ・スタンウィックはもとより7人のジイサンたちがキュートで面白い。
理屈抜きで楽しめる映画とはこうした作品をいうのだとつくづく感じた次第。





日本刀の魅力

日本刀は基本的に心鉄(しんがね)、刃鉄(はがね)、皮鉄(かわがね)という性質の異なった3種類の鉄を鍛造し作られる。その結果よく斬れ、折れず、曲がらずを目指す日本刀ができあがる。しかしこの3つの要求は互いに矛盾するわけでありそこが名工の腕の見せ所となる。時代小説を書き、あらためて日本刀の魅力を再認識した。


日本刀は不思議である。確かに刀は武器として生まれ使われてきたわけだが熱田神宮などでは刀剣は御神体であり、また後に「武士の魂」とされた。
特に戦国時代以降、様々な武器が考案され使われてきた。鉄砲はもとより石、槍、弓、薙刀などがあり勿論、刀もそれに含まれる。しかしそうした多用な武器のなかでいわゆる日本刀は特別な存在として扱われてきたようだ。

ボストン美術館や東京国立博物館などで陳列された名刀を眺めたときに「武器がなぜこんなにもよい保存状態で残っているのか」と不思議に思った。勿論、現在博物館に展示されるようないわゆる名刀は作られた時代においても高価であったし大変貴重であり戦場で実際に使われることはなく、だからこそ無傷で現存しているのだろう。しかしほとんどの刀は戦国時代においては消耗品として朽ちていったはずだ。

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※筆者の居合い用愛刀。刃渡り約76センチ、抜き身全体の重さは約930グラム


ともあれ実際刀がどのように使われたのかは歴史書を覗いてもあまりよく見えてこない。私たちの刀に対する認識はテレビや映画で映し出されるチャンバラを史実だと考えているフシがあるが、時代劇の刀による人斬りシーンはまずそのほとんどがウソだろう。
日本刀をフェンシングのように軽々と振り回すことができること自体がウソだし、だいたい徳川時代の半ば以降になれば幕末を除き、ほとんどの侍は本身で戦った事などなかったらしい。また映画やテレビではやたらと人を斬るが、本当のところ例えば侍が町人を斬ったとしてもその後の始末は厄介なものだったそうで、俸禄を失うことも多かったようだ。だからこそ元禄の太平下に起きた四十七士の討ち入りは大変なショックだったのだ。

ともあれ現代の私たちが持っている刀のイメージはこれまたかなり歴史の事実からは遠いものらしい。幕府が武家諸法度を定めるなどの体制化が進み、儒教的な道徳が作法として重んじられる時代になると日本刀は実用の道具・武器としての考え方を超えて武士たちの権威の象徴として意識されるようになる。したがって「武士の魂」となり、ブランドやその拵(こしらえ)すなわち刀の装飾は非常に重要なものになった。

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※愛刀の柄部分。約25センチある


刀が歴史上どのように使われたのか、武器としての刀はどのような役割をはたしていたのかについては「刀と首取り」(平凡社新書~鈴木眞哉著)に詳しいので興味のある方は一読をお勧めする。
現在残された幾多の刀を図鑑などで見るとその全体的な拵の見事さはもとより目貫(めぬき)や頭(かしら)といった金属部分の作りやデザイン、そして鞘の塗りなどの素晴らしさに目を奪われると共に日本人の優れた美意識の一端を垣間見ることができる。

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※愛刀の切っ先部分。刃入れはしていないが扱いを間違えると大怪我をする


現在の刀剣は当然の事ながら実用面ではなく美術的な面で評価されるが、刀も重要と供給という普遍の問題に無関係ではなく名工といわれる匠たちの作は少ないし高価だ。したがって古来から多くの悲喜劇を生むことになる。例えば「名刀の代名詞」ともいわれる"正宗(まさむね)"にも幾多の逸話がある。

一例だがあの奥州六十四万石の太守、伊達政宗がある日、登城すると話がたまたま刀剣におよんだ。「伊達殿の脇差は、定めし正宗でござろうな」と日ごろ反りのあわない加藤嘉明にいわれた。
名前の正宗を刀の正宗にかけた冗談だったのかも知れないがそこは負けずぎらいの正宗、意地でも「無論のことじゃ…」といわざるを得なかった。しかし実際に身につけていた脇差しは正宗ではなく京の信国であったという。

嘉明も戯れ言のつもりだったのか「しからば拝見させていただきたい...」とはいわなかったので正宗は恥をかかずに済んだ。ただし帰邸すると早速家来をよびだし「正宗の脇差があろうの」と問う。
「恐れながら正宗は大刀ばかりでござりまする」
「何?脇差しはないと申すか」
「はいっ」
「では、直ちに脇差になおせ」と一喝。

大切な正宗の大刀を脇差しにするなどもったいないし無茶だと言上したがそこは一徹の正宗。
「だまれっ! 六十四万石の大名が嘘をいえるか」
の一言でお抱え鍛冶に命じて、脇差に直させたという。

当時それだけ正宗が求められたということだが話はどうも胡散臭く、後世の作り話らしい.....(笑)。またそうそう名刀はないから贋作も多く出回ることになる。特に正宗は古来、無銘(銘を記していない)のものが多いといわれていたため都合がよく、作風が似ているものを探し出して銘を消せばたちどころに"無名正宗"が出来上がるという次第。
またいつの世も金次第で鑑定がころりと変わることもあっただろう。かなり以前石器の発掘に際して大変不名誉な事件が起きたが、いくら権威を笠にしても所詮は生身の人間のすること、そんなものであろう。

現在もプラダやヴィトンといったブランドバッグの偽物、それも販売店でも分からないような精巧なコピー商品が出回っているというがいつの世も同じである。
ともかく日本刀の面白さはブランドとその一振りの刀にまつわる来歴いうことになる。
「村正は血を見ねば鞘に納まらぬ」と呪いの妖刀とされた村正や「関の孫六」と大衆にも知られた孫六兼元などはそれこそ文学の世界でも多々登場し私たちの知るところとなっている。
その他知られているところでは「今宵の虎徹は血に飢えている」というセリフで有名な新撰組の近藤勇が愛用した虎徹も名刀中の名刀で知られていたが、本物の虎徹ではなかったという説もある。さらに同じく新撰組副長の土方歳三の愛刀といわれる和泉守兼定の2尺4寸5分の拵も素晴らしいものだ。

刀が好きな私は当然のように時代劇も好きである。特に池波正太郎の「剣客商売」や「鬼平犯科帳」は大好きで、何回も繰り返し読み続けている。
「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵にはあこがれるし「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛の活躍には心躍るものがある。
長谷川平蔵は実在の人物だが小説によれば彼の愛刀は亡き父から譲られた粟田口国綱であり他に井上真改を使うこともある。
「…その、わずかな間隙に、長谷川平蔵は、亡父ゆずりの粟田口国綱二尺二寸九分の大刀を抜きはらうことを得たのである。『富田。見苦しいぞ!!』…」などと愛刀の名が登場する場面は圧巻である。

勿論そこに登場する刀は実在する名刀であることはいうまでもない。したがって平蔵が愛用している刀はどのようなものなのかを知りたくて「名工遺跡めぐり三三〇選」(雄山閣~福永酔剣著)などを斜め読みすることになる。そうすると自分でも鯉口を切り、名刀を"ぎらり"とやってみたい衝動にかられるがそんな時に私は居合いの真似事をする。
とはいえ私はまともな真剣を手にした経験はない。"まともな"と書いたのは少年の頃に切っ先から10cmほどの折れた日本刀を手に取ったことがある程度だから…。

その折れた部分を眺めると断面はパイ生地みたいに幾重にも層ができていたのが印象的だった。
私自身はといえば日本刀に対してかなりの興味と情熱を持っているつもりだが銃刀法による登録を面倒と思わないまでも、高価な真刀(本物の刀)を手元に置くことには至っていない。したがって現実には数振りの復刻刀で満足している。
復刻刀とは真刀を再現したもので長さや重さ、刃紋、反りや拵えまで再現したものだが先の銃刀法の規制により、刃の部分の焼き入れはしていない。
一般に復刻刀は部屋の飾りや居合いの練習などに使われているが私も自己流ながら居合いの真似事を楽しんでいる。居合いはストレス解消はもとより健康にも良いと考えているからだ。

面白いもので、この一振りを腰に差し、作法通りに抜き放そうとしても体調の悪いときには上手く抜けない。ましてやなるべく早く「抜く手もみせず」とするのはやはり至難の技である。
使う一振りは「五郎入道正宗」の復刻刀でありもう一振りは朱鞘(しゅさや)と呼ばれ文字通り朱塗りの鞘を持つ大小刀である。ちなみに朱鞘は登城などの正式の場では持ち得ないもので普段着のお洒落感覚の差料らしいが、特に幕末に流行ったとのこと。当時の武士達もいろいろと工夫しお洒落を楽しんだようだ。

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【参考資料】
・「鬼平犯科帳~殺しの波紋」文春文庫~池波正太郎
・「刀と首取り」平凡社新書~鈴木眞哉
・「日本刀の鑑賞基礎知識」至文堂~小笠原信夫
・「江戸の刀剣拵コレクション」里文出版~井出正信
・「名工遺跡めぐり三三〇選」雄山閣~福永酔剣
・「入門 日本刀図鑑」光芸出版~得能一男



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。ゆうMUG会員