ラテ飼育格闘日記_850

ラテへの思いは薄れるどころか、逆により色濃くオトーサンの心を占有していくように思われる。引き取ったときから命が尽きるまでラテを疎かにしたり粗末に扱った覚えは無いほどオトーサンなりに可愛がってきたつもりだが、亡くなれば亡くなったで、もっと「ああしてやりたかった」といった思いも膨らんでくる。


さて、この日記にもラテの性格・特性として飼い主であるオトーサン自身に対して決してベタベタとつきまとうワンコではないことを多々記してきた。
YouTubeなどの動画では些か演出が見え隠れするものもあるが、飼い主の寝ているベッドに飛び込んだり、飼い主が外出から戻ってくると尻尾が振りきれるほどの喜びを表すワンコたちが目立つ…。
それらを見るにつけ、正直羨ましくも思うオトーサンだが、よくよく考えてみるにラテの一見無愛想な態度はそれだけ飼い主…オトーサンを信頼している証しでもあるに違いない。

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そのオトーサンもラテが我が家に来た早々にいわゆる分離不安のワンコにならぬよう訓練をしたものだ。女房が仕事に出かければオトーサンとラテだけの世界であり、オトーサンが買い物やらに出かけたとしてその間、ラテが不安で吠え続けたり、家の中の物を壊したりするとなれば困るし可哀想だからだ。
したがって玄関のドアを開け「ラテ出かけてくるよ」とわざと声をかけ、ドアを閉める。しかし最初はものの15秒、30秒程度でドアを開き「ラテ、戻ったよ」と声をかけ、その不在の時間を1分、5分そして10分と長くしていくというよく知られている訓練である。

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ただし最初は「何ごとか」と心配そうではあったが、声も上げず追いかけてもこない。数日、こんなことを繰り返しつつ実際に近所のコンビニへ30分程度買い物に出かけることをやっていたが、ラテは狼狽えたりせず逆にオトーサンが戻ってものっそりと顔を見せる程度だった。
思えば2006年12月10日にラテを家族に迎えた訳だが、翌年の1月21日にオトーサンはラテが来て初めて家を空けた。

それは札幌へ結婚式参列のため一泊したからだった。ラテとの生活が40日ほどしか経っていないので心配したが女房に預けて札幌に旅立ったが正直心配で心配で…(笑)。
翌日オトーサンがやっと近隣の駅まで戻った時、女房から駅ビル上階のTULLY’Sでラテと待っているというメッセージを貰い嬉々として駅からの階段を駆け上った記憶がある。

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TULLY’Sの広い外スペースから女房に連れられて出て来たラテはなんとオトーサンに飛びついた。そしてしゃがみこんだオトーサンの眼鏡ごと顔をベロベロと舐め回してくれたが、以前にも記したとおり思わずオトーサンは涙ぐんでしまった…。
記憶にあるラテのこの種の行動、これほどの歓迎はその時が一番であり後にも先にも同じような体験は記憶にない。

一晩家を空けてもオトーサンは戻って来た…というラテなりの納得感からか、それ以降は同様なことがあってもあの時のような熱烈な出迎えはなくなった。
それはオトーサンにとっては些か寂しいことだった。何しろ半日留守にし、心配しつつ帰って自宅のドアを開けてもラテは喜び勇んで駆けてくるようなことはないからだ。いや、フローリングに腹ばいになったまま頭も上げず尻尾が僅かに揺れているという程度なのだから…。

しかしこのことはオトーサンを100%信頼しているからこその態度なのだという。そもそも飼い主が戻ってくると大げさなほどの歓迎はその裏腹の心理として不安が大きいからだ。「戻ってくるのか」という不安がよりつのればそれが分離不安の行動に進んでしまう。

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特にラテは生後3ヶ月(推定)ほどで理由は不明なものの捨てられたと思われる。そしてボランティアの方に大事に育てられたものの、様々な理由で一時預かりといったあれこれにより世話をしてくれる人間が変わったことがあるわけで、とりわけ人に対する愛着は強いものの不信感もあったと思われる。

そのラテが分離不安を生じないことは勿論、オトーサンが半日留守をして戻っても安心して寝続けることができるのはそれだけ信頼されているからだとオトーサン自身は考えてきた。いや、正直言えば前記した札幌から帰った時のような歓迎をときにはして欲しかったが、それは贅沢な思いに違いない。





ラテ飼育格闘日記_849

先日どこでだったかは忘れたが「人間は、いい人生を送るための方法を学ぶために生まれてくる…。しかし犬ははじめからその方法を知っているから人間みたいに長く生きる必要はないのだ」といった言葉が目に付いた。確かによく言われるように人がいわゆる社会的に一人前になるのは18歳とか20歳までの長い年月が必要だがワンコは一年も経てば成犬とみなされる…。


ではワンコは日常何を考えて生きているのだろうか…。そんなことを疑問に思ったことはないだろうか。オトーサンがラテを迎えたのは2006年の12月のことだったからすでに17年も昔のことだが、ワンコを飼ったことのないオトーサンは少しでもワンコの生態やそのトレーニングのより良きやり方を知りたいと数冊の本を買い込んで読みあさった。

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※オトーサンに抱っこされてご機嫌


無論著者が違えば意見も違うのは当然だが、現在と比較するとワンコに対する研究はまだまだ遅れていた事もあっただろうし、ワンコに対する見方も現在とはかなり違っていたように思う。
まさかあのパスカルの言葉通り、ワンコには感情とか意志はなく生まれたときからいわゆる機械仕掛けのように出来ることは決まっている…と思う人はいないにしても人間とは違い、記憶や学習そして感情面においても大きく劣った生き物だといった見方が多かったように思う。

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※女房を起こしに行き自分もくつろいでしまう(笑)


そうした見方をしていたのがトレーナーだったり獣医だったりしたわけで、いま思えばお粗末な専門家だと言わざるを得ない。
ワンコを常に自分の側に置き、訓練は当然としても家族同様に生活してみればこのワンコという生き物は想像以上の感性および感情を持ち、記憶力も抜群だし従って学習能力も優れていることがわかるはずだ。

とある動物病院の院長は自著の中で「ワンコは普段何を考えているのか?」という問いに「何にも考えていないでしょうね」と答えている。
確かにワンコの興味は食べることと散歩に出ることに集約しているとは思うが、なにも考えていない…というのはこれまた些か理解不足ではなかろうか。

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※盟友ハリーちゃんと笑顔を交わし逢う


あれだけ豊かな感情とそれをボディランゲージと表情で表現できるワンコが何も考えていないなどとはオトーサンにとって信じられないことだ。
オトーサンに普段ベタベタしないラテにしても、例えばフローリングで横になっている脇をオトーサンが通れば薄目を開け、オトーサンであることを確認し安心して再び目を瞑る。あるいはお腹が減って入れば起き上がって物欲しそうな表情をする。
その思考の過程は分からないものの、寝ている時にはときに夢を見ているようだし、うなされることもある。そしてオトーサンらの動向をそれなりに認知しているように思える。

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※公園で大好きなNちゃんとチュー


いや、我々人間だって「普段何を考えているのか」と問われれば答えに窮するのではないだろうか。目を覚ましているにしても人は数分しかひとつのことに意識を向けていられないとも言われているし、事実言葉に出して説明できるほど明確な事象について考えている時間帯は限られていると思う。
とはいえ我々は日常ボーッとしていたくてもそうはいかない。仕事に出て電車に乗り、デスクワークにしろ外廻りにしろその都度意識が向かう対象があるが、ワンコはそうそう刺激のあることは少ない。

ラテを見ていると例えその根源には食欲と散歩欲、そして飼い主すなわちオトーサンたちに愛されたいとする感情が働いていると思うが、オトーサンの言動を見聞きすればやはり何か直近のことを連想し、玄関で物音がすればそろそろ散歩に出られるのかと思いを馳せるに違いない。

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※ガムを楽しみながら女房とお話し…


だからこそ…それだからこそ我々もワンコに感情移入でき自分の子供のように、あるいは友人のように接することができるのだ。
ワンコを、犬を侮ってはならない!





ラテ飼育格闘日記_848

毎日Twitter…いや、X にツィート…いや,ポストするために(嗚呼めんどくさい)その日その日のラテの写真をセレクトしているが実にオトーサンに抱っこされている写真が多いのに今更ながら気づく。甘えんぼといえばそれまでだが、この抱っこには忘れられない思い出があるのだ。


ラテを抱っこする写真が多いわけだが、実際は写真として残っているケースの何倍も多かったに違いない。一番体重が重かった時期には21kgほどあったからそれは容易な事ではないのも事実。

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※珍しくマッサージチェア上で甘える…


しかしこの抱っこは例えばオトーサンが可愛さ余って「ラテ、抱っこしてあげるよ」といった感じで抱き上げたことはほとんどないのである。すべてラテが「抱っこして」と哀願してきた結果なのだ。

無論その抱っこにも最初がある…。
正確な時期は忘れたが,ラテを迎えて早々だったと思う。オトーサンもラテも散歩にまだまだ慣れていない時期だったようだ。
朝の散歩かあるいは夕方の散歩だったかも分からなくなっているが外は雨が降っていた。オトーサンは大きめの傘の半分をラテ側に意識しつつ歩いていた。

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ふとラテが立ち止まり進もうとしない。まだまだ勝手が分からない新米の飼い主のオトーサンは何ごとかと前方を見ると歩道一面の広い水たまりがあった。
「なるほど、こいつはあの中を歩きたくないんだな」と納得したときラテが意外な行動をとった。それは後ろ足立ちし両前足をオトーサンのズボンに押し当てるというポーズだった。それは新米のオトーサンにでも「抱っこして…」と要求している姿に間違いないと思った。

それまで散歩途中でラテを抱き上げたことはなかったこともあるし、ラテの方からこうした要求をしたことにオトーサンは上機嫌だった。
雨に濡れるのも気にせずオトーサンは傘を地面に置き、ラテの体を両手で持ち上げた。ラテは自然体で両前足をオトーサンの両肩にそれぞれ置いた形となり,オトーサンの両腕はラテのお尻を無理なく支える形となった。

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後年「子供(人間の)を抱っこしているようだ」と言われたこの抱き方はあれこれ工夫した上での結果で無く、最初の一回目からこうなったのである。思えばこの抱き方がラテにとっても楽だしオトーサンにとっても力の配分に無理を生じない理想的な抱き方だったのだ。
とはいえこのときラテの体重は10kg程度だったと思うが数年後には21kgにもなったわけでおいそれと長時間抱き続けるわけにもいかなくなった…。

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そもそもラテは飼い主のオトーサンにもベタベタしたり後を追いかけ回すといったワンコではなかった。以前にも書いたがノーベル賞受賞者コンラート・ローレンツによればワンコにはオオカミ系とジャッカル系があるとし、特にオオカミ系の血の濃いワンコは飼い主に対するその並外れた忠実さと愛着の深さにも関わらず、100%従順ではないらしい。
オオカミ系の血の濃いワンコは死ぬまで主人の友であるが決して奴隷にはならない。彼女・彼は主人なくして生きていけないが、確固たる自分なりの生活態度とポリシーを持っているということらしい。

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※時には女房にも抱っこをせがんだ


だからラテは「寂しがり屋のひとり好き」といった性格を持っているようで、飼い主を信頼しつつ遊びたいときには一緒にはしゃぐが、日常の多くは頻繁にあれこれとかまわれることはあまり好きではない...といった感じ。しかし相変わらず外面はよく、散歩に出かけた公園などで他の飼い主さんたちに愛想を振りまきお腹を出したりチューをしたりするもののオトーサンに同様な甘え方をすることはほとんどないのだ。このことは少々寂しい気もするが、そのラテが抱っこの要求をするのだからオトーサンは嬉々として抱き続けてきた(笑)。

ラテが亡くなって早くも1年と5ヶ月経ったが、ラテを抱くその重さはもとより、体温の暖かさ、顔を擦りつけてくる感覚はいまでも生々しく甦るのである。



ラテ飼育格闘日記_847

ワンコを飼うことはどういうことか…。オトーサン自身振り返って見ても大層な事を考えてラテを迎えたわけではなかったが、命を預かる、その命と共に生きることがどれほど大切で愛しく楽しいものなのかに気づかせてくれた。


人間は一生の中で文字通り様々な出会いと別離を体験するし、その中で愛するとか慈しむとはどういうことかを痛いほど分かっているつもりだ。しかしそうした大切な思いも日々の雑多な生活の中で四散し薄められてしまうためか、しっかりと認識し十分に考える時間を得ないように思う。

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しかし一匹のワンコを飼ってみよう…。そこにはまさしく出会いの奇跡と大切さを、家族とはどういうものなのかを、愛とは…慈しむと言うことは、そもそもそ命とは、老いて衰えるとはどういうことなのか、我々には時間が限られていることを、だからこそ今というこのひとときが大切なのだということ等々を知る。
また出会いの大切さを、そして命の短さと愛するものを失う悲しみがどれほど大きなものかを一匹のワンコがすべて教えてくれる…。

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だから、物の本によれば諸外国では夫婦に子供ができると「犬を飼え」と勧める医者が多いという。ひとつには幼児の頃から動物に触れ、特にワンコと共に成長する過程で多くのことを肌で覚えるからだという。
一般的な話しとして人間の子供が誕生した際に例えば一歳のラブラドール・レトリーバーを迎入れたとすると、一年も経てば人間の子供など及ばない体格になる。
そして特別な病気でも持っていない限り、飼い方を間違えない限りワンコは子供好きであり、日々遊び相手となるだけでなく守り主にもなる。
またそうしたことを医者が薦めるのはもうひとつ大切なことがあるという。それは良い意味で「不潔さの環境を生み」その中で子供が育つことで免疫力が強くなるからだという。

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現代はやれ、除菌だ滅菌だ殺菌だと気を回すことが多い。文房具や食器類などにも抗菌を謳う製品が多く、こうした環境に生まれた時から置かれた子供はやはり抵抗力の無い子に育ちやすい…。
無論だからといって不潔さといっても程度問題だ(笑)。そもそも人間と同じ環境で室内飼いするのであればワンコも泥だらけで室内に入れる訳にもいかないしワンコ自身の健康の為にもよき環境を作ってあげなければならない。

そんなわけで子供とワンコは共に成長するが、当初はワンコの方がお兄さんでありお姉さんとなるに違いない。なにしろ人間の成長は遅いがワンコは早いからだ。だから人間の子供もワンコから様々な事を学ぶに違いないし逆にワンコの立場になっても、きっと日々が充実したものになるだろう。
しかし冒頭に記したようにワンコの寿命は病気をしないまでも十五歳ほどだ。いやラブラドール・レトリーバーといった大型犬だと十歳くらいで寿命が尽きることもある。

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そのワンコと一緒に成長した人間の子供は十歳となれば小学校3年生か…。そんな前後に姉弟同然に育ったワンコが虹の橋を渡ることになるわけだが、それは飼い主はもとより子供にとってどれほどの悲しみ、喪失感、失望を感じることだろうか。
確かにそれは悲劇ではあるが、このことが人の子の成長に大きく拍車をかけるのだという。
これまた冒頭に「愛とは…慈しむと言うことは、そもそもそ命とは、老いて衰えるとはどういうことなのか」と記したが、こうしたことは言葉や文章ではその真意は伝わらないものだ。
だが一緒に生きてきたワンコは生前は兄・姉となり、次第に親友となり、そして老いて死んでいく…。その過程を子供は理屈で無く体で肌で感じ、考え、行動し大きな成長の糧となる。

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オトーサンとラテの関係はそれらと状況は大きく違うが,考えれば似たようなものだともいえる。ワンコを飼いたいと願ったが特に目的もなく己の為にといった感覚だった。
生後6ヶ月で我が家に向かい入れたラテはガキンチョでなかなかオトーサンたちの思うようには行かなかったが二歳を過ぎたことになるとこちらの言う言葉も覚え意思の疎通もなかなかにできるようになったし、何よりもこちらの思いを先回りして行動することも多くなった。

当初はオトーサンがやってはいけないことをはじめ、すべてをラテに教え込む…教えなければならないと考えていたが、ふと気づいてみればこれまでは気がついていなかった日常のあれこれにラテが気づかせてくれたことに気がついた。
オトーサンたちから見てラテは「愛しい娘」であったが、ラテはどう思っていたのだろうか。振り返って見るに我々人間も歳を取ると子供に戻る…といったようなことを聞かされるが、ラテも晩年になればなるほどその表情は温和になり我が家に連れて来られた時とは違うものの、子供に戻ったような気がして仕方がなかった。



ラテ飼育格闘日記_846

オトーサンの足腰が極端に弱ってきた。まずまず歩けるものの、とにかく辛い…。それでも何とか近隣の駅へと往復するとその翌日はガタガタだ。喩えれば運動会を終えた翌日の体調といった感じか。オトーサンはラテの慰霊に向かい「ラテ、お前の所為だぞ」と暴言を吐く(笑)。


それは無論,ラテが亡くなってからまともな散歩に出ていないからだ。やれ雨が多い、暑い時期だ…と難を言いつつ散歩をしていないからだと思う。
ラテの晩年の一時期を除けば、雨の日も雪の日も、台風の日もピーカンの真夏も、そしてオトーサン白内障手術の当日の夕方もラテとの散歩は欠かさなかった。

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※盟友ボーちゃんの飼い主さんの脇の下から強引に頭をねじ入れてかまってもらおうとするラテ(笑)


あらためてマップ上で確認してみると自宅を中心として半径約1.5kmの範囲はほとんどラテと歩いていることがわかる。ときに辛いと思うときもないではなかったが、ほとんどのラテとの散歩は楽しかった。若い時のラテはやはりパワフルで、リードをコントロールするのもなかなか大変だったし、散歩と言ってもただ歩くだけではなかった。

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時にはラテと一緒に走った、走った…。鳥を追いかけ、ネコを追いかけ、あるいは盟友のワンコたちと共に走った。ラテと生活し始めたときオトーサンはすでに58歳だったから頑張っていた方だと自分でも思う。
ワンコを飼われている方ならお分かりの通り、ワンコとの散歩はただ一緒に歩いていれば良いわけではない。変なものを拾い食いしないように注意し、行き交う人々やときのワンコとトラブルのないようにと考えなければならないし、なによりもワンコの体調管理も大変だ。そしてあってはならないもののアクシデントが起きたときの判断対処も適切でなければならない。

一言で言えば、かなり気を使う時間帯なのだ。第一ラテ自身、オトーサンの思うように行動してくれる場合ばかりではない。
走っているときに「キャイーン」と叫んで止まったかと思うと右後ろ足が上がっている。最初はなにか尖ったものでも踏んだかと思ったが、どうやらそれは足の痙りだったようでその後も何度か起きた。そうした場合はしばし休むと共にオトーサンはラテの足をマッサージしていた。

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一番厄介なのはラテの歩き拒否が多発することだった。足が痙ったとか疲れたからではなく心理的・精神的な不満が理由なのだから始末が悪い。
要は面白くないからと歩くのを止め、その場に伏せてしまうのだ。
例えば自宅から30分程度かかる公園に向かうとする。行きはラテもどこに向かっているのかを察知しているから期待感もあるのだろう、まずまずスムーズに歩いて公園に到着する。

しかし問題は帰り道だ…。「行きはよいよい帰りは怖い」ではないが、その公園でラテがどれだけ満足したかによって帰りがスムーズか、あるいは時間がかかってしまうかが決まるのだから厄介である。
公園で盟友のハリーちゃん、ボーちゃん、マキちゃんやその飼い主さんたち、あるいは馴染みとなった小学生女子たちがいて十分に遊べた場合はいわゆる機嫌がよく,帰り道もスムーズに歩いてくれる。しかし公園に行ったはよいが、お目当てのワンコや飼い主さんたちがいなかった帰りは道々べたりと地べたに貼り付いて動かない。

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とはいえ夕方は次第に日が落ち暗くなるわけでオトーサンとしては暗くなり懐中電灯を必要とする前に自宅にたどり着きたいと画策するがなかなか思うようにはいかない。
腹ばいのラテを地べたから剥がすようにして持ち上げ、そのまま抱いて10数メートル歩き、ラテを降ろすとすぐさままた腹ばいになってしまう…。なにしろ体重は20Kgほどあるので大変なのだ。

これは決してラテが疲れたからというのではなく失望と共に嫌がらせとしか思えない。
あるとき,公園ではないが近隣の駅からの帰り道、小さなトンネルの中でラテが動かなくなってしまった。そのときもオトーサンは多々言って聞かせながらも効果が無いとラテを持ち上げ、実力行使して数メートル進んで降ろすわけだがその途端に又腹ばいになってしまう。
そのとき「あら、ラテちゃんどうしたの。オトーサンを困らせてはダメよ」と声をかけながら顔見知りの母親とその娘さん三人が後ろから歩いて来た。

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ラテはその声を聞いた刹那…本当に刹那すっと立ち上がりその母親と娘さんに媚びを売るようにしながらも歩き始めた。
「ラテちゃん一緒に行こうね」と言ってくれた親子と共に三百メートルほど別れるまでラテはニコニコしながら軽快に歩くのだから腹が立つ(笑)。
なんだかこれでは飼い主の立場はゼロだが、良い意味でラテは本当に人間好きのワンコであった。



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プロフィール

mactechlab

Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員