インスタグラム ストーリーズのライブ動画が日本でも利用可能に

インスタグラムは2017年1月17日(米国時間)、日本国内の利用者に向けて「インスタグラム ストーリーズ(Instagram Stories)」のライブ動画を導入開始したことを発表した。現在、毎日1.5億人以上がインスタグラム ストーリーズを利用しており(2017年1月時点)、昨年11月に機能追加を発表したライブ動画によって、より気軽に友人やコミュニティとリアルタイムでつながることが可能になる。


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ライブ動画を配信するには、ストーリーズ専用カメラを選択したのち、撮影画面からライブモードを選んで「ライブ配信を開始」をタップする。ライブ動画は終了後に自動的に消去されるため、利用者はいつでも気軽にライブ動画をシェアすることができる。
また、Exploreページには、そのとき配信されているライブ動画の中から人気のアカウントが「おすすめのライブ動画」として表示される。
ライブ動画は本日から日本国内で導入され、今後世界各国でも徐々に展開される予定。

インスタグラム 日本語版公式アカウント(日本語)



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第24話 Lisa誕生前夜

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第25話 Lisa誕生前夜
一般的にLisaという画期的なプロダクトはスティーブ・ジョブズらがゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)を訪れ、そこで見た暫定ダイナブック...すなわちAlto上で走るSmalltalkのデモを見て触発され開発がスタートしたという話しが知られているが、これは文字通りには正しくない。
何故ならそもそもPARC訪問は1979年末だったが、Lisaという開発コード名でプロジェクトがスタートしたのは同年初頭のことだからだ。

またLisaという名に落ち着くまでには Apple III、Apple 400あるいはLisa 400といった案も根強かったが結局シンプルなLisaに落ち着いた。
それはApple II に縛られないまったく新しいコンピュータを作りたいというスティーブ・ジョブズの考えに基づいた計画だったが、当初は標準的なインターフェースを持った...GUIもなければマウスもない伝統的なコンピュータとして考えられていた。

そのLisaプロジェクトがゼロックス社パロアルト研究所(PARC)訪問後にGUIを持つコンピュータ開発に変わっていったのは自然なことだったに違いない。何しろスティーブ・ジョブズはAltoを見て「人生で最良の物を見た気がするし理性のある人なら、すべてのコンピュータがやがてこうなることがわかるはずだ」と言い放ったからだ。
それらに伴いAppleも新しい人材が必要だった。そしてLisaを完成させるために "宇宙をへこませるために" 個性豊かで異能の持ち主たちがAppleに集まりつつあった。

その頃、スティーブの口から出る言葉には "Lisa" というワードが入らないことがないくらいだったが、私を含めて周囲の人間たちは "Lisa" という名はスティーブが頑なに父親であることを拒んできたクリスアン・ブレナンが生んだ娘の名だと知っていただけになんとも奇妙で口に出しづらかった。しかし当のスティーブは平気だった。

社内でも意見や思いは複雑に交錯していた。無論スティーブ・ジョブズはブレナンが生んだ娘の名であることを認めたわけでもなかった。そしてあのウォズも奇妙なことに同意見だった。
「Lisaがジョブズの私生児の名から取った命名というのは事実ではないんだ。あれは別のキーパーソン、そうケン・ロスミュラーの娘の名から取ったんだよ」
ウォズがなぜこんなガセを信じたのか、あるいは意図的にスティーブをかばおうとしたのかは分からないが、頑なにそう主張していたのは確かだった。
しかし当のロスミュラーは、
「ばからしい話しさ。スティーブほど自尊心の強い男が大切な新プロダクトの名に他人の娘の名をつけるはずはないだろう」
苦笑いしながら私に説明してくれた。その後、ロスミュラーは協力的でないことを理由に解雇されるはめになったが一部ではLisaの名を巡る確執が原因なのではないかとも噂された。そういえばLisaプロジェクトのリーダー、ジョン・カウチの娘の名だといった噂もあったりして混乱していた。

実際ロスミュラーの娘の名はLisaではなかったし、ともあれAppleとしては他の命名をとコンサルタントに依頼もしたが、すでにLisaという名はマスコミに広く行き渡っていたからレジス・マッケンナ・エージェンシーの案で「Local Integrated Software Architecture」の略だと報道されていた。無論それを信じるものなどApple社内ではひとりもいなかったが。

そのLisaプロジェクト開発はPARCでスティーブ・ジョブズらにAltoの紹介をしたラリー・テスラーと同僚たちなどがAppleに入社したことで加速したが、ここでもスティーブの言動がプロジェクトの進行にマイナスの影響を与えると考えたスコッティによりスティーブは早々Lisaプロジェクトから外され、かわりにジョン・カウチがリーダーに任命されたのだった。
この一件でもスティーブとスコッティはバトルを繰り返すことになる。

スティーブは私と二人っきりになると愚痴が多くなった。
「Lisaは発案からコンセプトをまとめるまですべて俺の努力の賜だぜ、トモ。そうだろう」
両手を振り回しながらスティーブは悔しそうに喋りまくった。
「スコッティの野郎は、俺にAppleのスポークスマンに徹しろといいやがる。このままではLisaもApple III の二の舞になるぜ」
私はそもそもスコッティがApple III の二の舞を恐れてスティーブをLisaプロジェクトから外したことを知ってるだけに笑いを押さえるのに苦労した。

ただし現場の雰囲気はスティーブが考えているものとはかなり違っていた。ラリー・テスラーやジョン・カウチなど学位を持った技術者から見てスティーブ・ジョブズの存在はAppleの創業者、企業家として尊敬するにしても製品開発に関しては耳を傾けるべき意見ではないと受け流された。中には技術者でもない奴が (なにほざいてるんだ) とストレートに批難する人もいてそれがまたスティーブを苛立たせた。要はビジョンを共有できなかったのだ。

さて、私はラリー・テスラーがAppleに入社したのを聞き早速彼のオフィスへ挨拶に向かった。
ドアは開いており、足音で振り向いたラリーは一瞬驚いたような表情をしたもののすぐに笑顔で入るように促した。
「ご挨拶が遅れました。トモヒコ・カガヤです。以前PARCではお世話になりました」
私は軽く会釈しながら右手を差し出した。
「新米のラリー・テスラーです。トモヒコさんよろしく」
ラリー・テスラーは私の右手を握り返しながらいった。
「まだ資料などの整理が終わってないんだ。散らかってるけど座れる椅子に腰掛けてください」
ラリーの勧めで私は空いていた背もたれがない椅子に腰掛けたが、
「いや、僕の方からカガヤさんのところへ挨拶に行こうと思っていたんですが、先を越されました。ラリーと呼んでください」
といった。
私も (トモって呼んで下さい) といいながらオフィス内を眺めた。彼の持参したものは膨大な資料のようだがそのほとんどは書籍とファイリングされた印刷物のように思えた。

「凄い量ですね」
私の問いにラリーは苦笑いしながら、
「まだまだ整理には時間がかかるが、ちょうど一休みしようと思ったところです。コーヒーでも一緒にどう」
と気楽に対応してくれた。このときテスラーは35歳だったが、生まれた年は私より3年前の1945年のはずだ。しかし私が2016年からワープしたこともあって変な感じだが彼は私の年齢の半分程度だった。

オフィスの隅にあったコーヒーサーバーからカップを2つ持ち、
「何の変哲もないコーヒーだが、何もないよりはましさ」
ラリーは笑いながら私にコーヒーを勧めた。

私は (ありがとう) とコーヒーカップを受け取りながらながらまずは聞いてみた。
「テスラーさん、いやラリー、早速たたみ込むようで悪いけど貴方はなぜAppleに来る決心をしたんですか」
ラリーは微笑をたたえながらこれまた椅子に座り、私の問いが意図していたことのようによどみなく話し始めた。
「それはあなたたちがPARCを訪問したのがきっかけなんです」
一呼吸入れたラリーは、
「これは相棒のアラン・ケイとも意見が合ったんだけど、僕らの研究を一番正当に評価してくれたのがあなたたち...Appleだということに気づいたからといったらいいのかな」
私は無言で先を促した。
「僕は1973年にPARCに入ったんだが、沢山の人たちにAltoとSmalltalkのデモを見せました。それも僕たちの大切な仕事だったからです。アラン・ケイの言い方でいうならダイナブック構想を現在出来うる最良の形で実現したマシンがAltoだと僕たちは自負していたし可能な限り興味のある方に見せて感心を引きたかったんですがそもそもゼロックスの反応は冷たいものでした」
「無論あなたたちの目標はAltoの製品化だったわけですね」
頷きながらラリーは、
「面白いように、というと語弊があるけどAltoをビジネスに繋げようと考える人は絶無でした」
「でもスティーブをはじめ、我々が驚き (これだ!) と思ったのだから、誰か同じように考えた人はいなかったんですか」
私はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「いや、見学に来る人たちは様々だったことは確かですよ。一流といわれる学者から研究者たち、無論企業からも見学者は多々いたけど、ほんとに僕たちもいらいらするくらい (これが欲しかった) といってくれる人はいなかったんです」

ラリーはコーヒーカップを積んであるダンボール箱の上に置きながら、
「あなたたちの反応を見て僕が働く場所はAppleしかないと本当に思ったんです。やはり仕事というものはきちんと評価してくれるところでやりたいものです。僕の年齢を考えてもいまが一番働き盛りだと思うし」
(当然でしょう)というように微笑んだ。

突然ラリーは、
「僕の方からも質問があるんだけどいいですか」
申し訳ないような顔でいった。
私は (なんなりとどうぞ) というしかない...。
「失礼な質問だとは承知していますが」
ラリーは断りながら、
「Appleの中でトモ、あなたの存在は異質に思えるんですよ。これはアラン・ケイも同意見でした…。ケイはなんか思うことがあるらしく僕にも話してくれなかったが、ともあれあなたは創業時代からの社員なんですか」
私は頷きながら苦笑するしかなかったが、
「それは私がAppleの中で浮いた存在だということかな」
そういうとラリーは慌てて、
「いやそういうことではないんですよ。しかし口火を切ったのでいわせて貰うけど、Appleは出来たばかりの企業...数年前までガレージカンパニーでしたね。新しい時代の新しい会社ですから皆若い人たちばかりと思っていました」

なるほど、そういう話しかと私は少し安堵した。
「いや、本人の口から言うと実に嫌みに聞こえるかも知れないけど、確かに私のような高齢者は特例のようです」
それは成り行きなのだから仕方がなかったがタイムワープの事実を話すわけにはいかない。
私は1976年12月にスティーブ・ジョブズに出会い一緒に仕事を始めたこと。確かに彼らとは大きく年が離れているがそれゆえに異能な存在として扱われていることなどを話した。

口を挟まず最後までラリー・テスラーは私の話を聞いていたが、
「なるほど、実は僕もここに来てトモ、あなたのことを様々な人たちにあれこれ聞いてみたんです」
彼は空になったコーヒーカップに再び一杯コーヒーを注ぎながら続けた。
ラリーいわく、Appleの社員たちは口を揃えて実に私は不思議な存在だというらしい。スティーブ・ジョブズの直轄でもあるが敵がいない、素性や経歴を誰も知らない、分かっているのは日本人であることと年齢くらいだと笑う。そして技術者でもなく事務方でもない独自なポジションをAppleの中で勝ち得たただひとりの人という評価らしい。
なによりもあの五月蠅いスティーブ・ジョブズに全幅の信頼を勝ち得ている人間というよりスティーブ・ジョブズが一目置いている不思議な人物だと言われているという。
(なるほど、こうしたこともあってスティーブは私にセミナーをさせ、一種のガス抜きをしようと考えたのか) と納得した。

「少し前にスティーブ・ジョブズから命を受け私は “Chief Information Officer” という役職についたばかりなんですよ」
私の説明をラリーはあまり納得していない様子だった。
「なるほど、しかし失礼ながらあなたの待遇としては遅きに逸した感じがするなあ」
とラリーは悪戯っぽく笑った。

ラリーは2杯目のコーヒーを飲み干しながら聞いた。
「そういえばあなたがPARCを去るとき私に言った言葉を覚えていますか」
私は (なんといったのかな) と記憶をたどった。
「あなたは (今度会うときは一緒に仕事をしよう) といったんですよ。妙に耳の底にその言葉が残っているんですね。それがAppleに来る引き金になったんです」

「それに」
ラリーは一呼吸おいてから、
「その言葉と関係あるのかも知れないが、あなたは未来が見える特殊能力があるという人も複数いました」
ラリーの目は笑っていなかったが、私がどう答えるかを楽しんでいるようにも思えた。
「これまた変人と見られているいう証拠かな。スティーブがそんなことを言いふらしているようですね。しかしラリーあなたがAppleに来たのはあなたご自身の決断であり意志に間違いないわけです」
そう誤魔化すしかなかった。
「う~ん、トモあなたにはきっと私らにはわからない情報収集能力とそのソースをお持ちなんでしょうね」
ラリーは科学者らしいいいかたでその場は和やかに過ぎていった…。

確かに私の存在は十数人のガレージ時代にはスティーブの一言でそれこそ特別な存在として認知されたがすでにAppleの従業員は千人をはるかに超えていた。その中で特別というより異質な人間が存在すること自体おかしなことに違いない。そろそろ今までのように成り行きでAppleに在籍するのには無理があるのかも知れないしスティーブから先日受けたセミナーの依頼もそれらを気にしてくれた結果に違いない。

ところでLisaの開発陣は苦悩していた。それでもラリー・テスラーはビル・アトキンソンと共にLisaのユーザーインターフェースに関わる基本原則を定義し始めた。
多くの天才や鬼才がAppleに集まり始めたことにスティーブは、
「Appleはエリス島のような会社なんだよ、トモ。つまりだ、他の会社から移ってきた人たちによって成り立っているんだ。それぞれ個人的には皆超一流の頭脳を持っているんだが、それゆえ他の会社ではトラブルの元になるような連中なのさ」
と、どこか他人事のようにいった。

しかしスティーブの懸念はある意味では的を得ていた。ジョブズがLisaプロジェクトから離れざるを得なくなった1980年以降Appleは大きく変化していった。ましてやジョン・カウチの元で天才たちがそれぞれの能力を十分発揮し協力体制が確立できたかどうかは疑問であり、その開発の進め方は良くも悪くもすでにAppleらしさの欠如はもとより経営陣と技術者たちとのビジョンには大きなズレが生じていた。

※1892年1月1日、アメリカ合衆国アッパー・ニューヨーク湾内にあるエリス島に移民局が建設されヨーロッパ移民たちが踏み入れる最初のアメリカとなった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社

フォーカルポイント、「おくだけで充電」を実現する画期的なバッテリーケース 等発売

フォーカルポイント株式会社は1月17日、米mophie社の「おくだけで充電」を実現する画期的なバッテリーケース「mophie juice pack air for iPhone 7」と「mophie juice pack air for iPhone 7 Plus」、「mophie charge force ワイヤレス充電ベース」を全国の家電量販店、雑貨店舗などを通じて発売する。同社の運営するオンラインストアでも予約受付を開始した。


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【mophie juice pack air for iPhone 7 ワイヤレス充電付きバッテリーケース】
mophie juice pack air for iPhone 7 ワイヤレス充電付きバッテリーケースは、ワイヤレス充電機能を搭載した画期的なiPhone 7用バッテリーケース。mophie社から発売されている「CHARGE FORCE」規格対応してワイヤレス充電器、またはQiワイヤレス充電器を使ったワイヤレス充電が可能。

製品の特徴
・ワイヤレス充電「CHARGE FORCE」対応
・ワイヤレス充電「Qi」規格準拠
・Qiとバッテリーを内蔵しつつ薄型・軽量を実現
・iPhoneの利用可能時間をパワフルに延長
・iPhoneの為にデザインされた「MFi」認定製品
・同期と優先充電機能
・安心の衝撃分散システム
・安心かつ先進的なmophie社のバッテリー技術

[製品仕様]
 バッテリー容量:2,525mAh
   充電ポート:Micro USB端子(メス)
   入出力電流:1.8 A 入力 / 1.0 A 出力
 ワイヤレス充電:CHARGE FORCE または Qiに対応
   製品サイズ:約71(W)×149(H)×16(D)mm
      重量:約99.5g
パッケージサイズ:約105(W)×200(H)×30(D)mm
 パッケージ重量:約252g

[同梱品]
・mophie juice pack air for iPhone 7本体
・Micro USBケーブル

[対応モデル]
・iPhone 7

   通常定価:各12,800円(税抜)
発売時期/型番:MOP-PH-000145 ブラック    2月初旬発売
        MOP-PH-000146 ゴールド    2月中旬発売
        MOP-PH-000147 ローズゴールド 2月中旬発売
        MOP-PH-000148 PRODUCT RED  2月中旬発売
        MOP-PH-000149 ネイビー    2月初旬発売

製品ページ



除菌もできるコンパクトなスチームクリーナーを使ってみた

すでに年が改まってしまったが、年末ぎりぎりにスチームクリーナーを買った。無論あれこれの掃除のためだが、アイリスオーヤマ製のコンパクトな製品(STM-304)だ。スチームクリーナーを使うのは初めてなのでその効果は勿論だが気になったのは安全性だった。


購入したスチームクリーナー(STM-304)は本体寸法が約31 × 13 × 24cmほどで重量が2.0kg(水を含まず)という非常にコンパクトな製品だ。主に室内で使うつもりだったから大型のものでは場所も含めて使い勝手が悪いとこの製品にした次第。
本体に水を最大0.3リットル入れ、電源を入れると5分ほどで最大噴射圧力が約3気圧のスチーム(温度約100℃)をノズル先端から噴射することができる。

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※アイリスオーヤマ製コンパクトスチームクリーナー(STM-304)パッケージ


キッチン周りや換気扇、窓のサッシや風呂場などなど油汚れを浮かせヌメリを落とし、掃除をしやすくすると共に殺菌もできるという代物だ。噴射はお湯だから拭き掃除も楽だし、本体が丁度小型の電気ポット程度のサイズだしホースは120cmあるので置いたまま作業ができる。
連続使用時間は約12分ほどだというが、通常そんなに長く連続使用することはないので十分だろう。

ただしこの手の製品を初めて使う身として安全面が心配だった。やはり100℃のスチームが噴射するわけで火傷でも負っては元も子もない。しかしこのSTM-304はダブルアクションのチャイルドロック方式であり、スチームガンのサイドボタンを押しながらメインロックをスライドさせないと噴射ができない仕組みになっている。
子供ならずともついうっかり噴射ボタンを押してしまうこともあり得るが、そうした単純なミスを防いでくれるので多少の面倒さは我慢だ(笑)。

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※スチーム本体とスチームガン(上)。スチームガンにはダブルアクションのチャイルドロックが採用されている(下)


また本体はキャップを回して外し水を規定量入れてからキャップで締め付けるが、圧力がかかりすぎると蒸気を放出して圧力を解法する他、内圧が高いとキャップは空回りして外せないような安全設計がなされている。為にうっかりとキャップを外した途端に本体側から熱湯が吹き出るといった危険性を排除しているわけだ。

基本的な仕様上の注意としては本体に規定以上の水を入れないこと、水以外のものを入れたり混ぜたりしないことだ。そして汚れや場所によりノズルから直接噴射ではなく小型のブラシ(コンパクトブラシ)が3つと床や絨毯といった掃除に向くコンパクトノズルおよび布カバーが2枚付属しているので適材適所でこうした付属品を活用することになる。

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※付属品一覧


取り急ぎ製品の初期不良がないかどうか、使い勝手はどうかといったことを確かめるためキッチン周りのタイル壁面の一端を掃除してみることにした。スチームの落下や拭き取りのための雑巾と台所洗剤を用意し飛び散りを想定して目には保護めがねをかけて事に挑んだ。

相手はタイルなので遠慮なく噴射を続けた。結果油汚れの軽い場所はそのまま乾拭きすればそれだけで結構綺麗になったが汚れが酷い場所は噴射後、薄めた洗剤をスポンジなどで拭き掃除し、その後に再度スチームクリーナーを使うと綺麗になった。ただし実用上の注意は電源コードの取り回しはもとよりだが、120cmのホースを使いやすいように向けておかないと本体が動いたり最悪引っ張ったりして台所から落としてしまうという可能性もありうるのであらかじめ安全な位置を確認しておくべきだ。

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※テストということで網戸にスチームをかけてみた


後は取扱説明書にも書かれているが、高温のスチーム故に使ってはいけないものがあることに注視することだ。熱に弱いプラスチックは変型するし意外と盲点かも知れないが冬場のガラス窓などは割れる恐れもあるという。
ということでアイリスオーヤマ製コンパクトなスチームクリーナー(STM-304)は安価でもあり、1台あると何かと便利だという気がする。もう少し早めに入手しておくべきだった…。


ラテ飼育格闘日記(528)

一月元旦、我が家はいつになくスローな時間が流れていた。介護職なので休日が不定期なオカーサンだが、今年は幸い元旦と二日が休みだったのでとにかくよく寝て少しでも日頃の疲れを解き放とうと思っていた。だから本来なら元旦は昔住んでいた近所の大きな公園で日の出を拝むというのが恒例だったが、今年は(も)サボってしまうことに…。


日の出前にその公園に出向けば、もしかしたらハリーちゃん、マキちゃん、クロちゃんたちおよびその飼い主さんたちに会えるかも知れないという期待があった。それぞれ1年以上もお会いしてない方々もいるから本音は是非行きたかったが体が動かなかった(笑)。
そんなわけでゆっくり寝坊し、オカーサンが支度してくれたお雑煮とおせち料理を食してラテと朝の散歩に出たのはすでに9時を過ぎていた。

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※元旦はラテと共に寝正月だ!


その日は気温も極端に低くなかったし風がなかったからか、日向にいると暖かく感じる朝だった。とはいえラテも正月だからというわけでもないのだろうが、遠出する気配はなかった。ただしすぐ家に帰るのは嫌だったようで一度自宅マンション前を通過してお馴染みの小さな公園に向かった。
たぶんそこに行けば好きな子供たちでもいるのではないかとラテは考えたのかも知れないが、道路にも人がいない。無論公園にも人の気配はなく少々がっかりした感じのラテは40分程度で我が家に戻った。

元旦の夕方もまたまた近所の公園に向かった。しかしさすがに正月だというべきか、普段なら排気ガスが気になるほどの国道にも自動車が少なく歩いている人もほとんどいない状態。やはりというか…公園にも人っ子ひとりいなかった。
ただしラテはなにを思ったのか路面に座り込んで誰かを待つポーズに落ち着いた。しばらくすると先に買い物に出たオカーサンが公園内に入ってきた。ラテは大げさと思うほど喜んで雄叫びを上げ始めた。なに…10分程離れただけなのに実にオーバーな奴だ(笑)。

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※10分程しか離れてないのにオカーサンが公園に顔を出すと大はしゃぎ



しばらくオカーサンと遊んでいると「ラテちゃ~ん!」の声が…。13日ぶりにファミリーの女の子がラテの吠え声を聞いたのか駆けつけてくれた。そして「はい、年賀状!」とオトーサンに年賀ハガキを差し出した。
宛名面には「ラテちゃんへ」とあり、通信面にはご家族用として作られた賀状に「いつもあそんでくれてありがとう。大すきだよ♡」と手書きしてあった。オトーサンはうれし泣きだ(笑)。

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※お馴染みの女の子からラテ宛に年賀状をいただいた


その後ファミリーの母親と3歳の弟も来てくださって新年のご挨拶。ラテは早速母親の顔を嬉々として舐めている。
帰り際、まだ感激しているオトーサンはオカーサンから「年賀状の大好きというのはラテにであってオトーサンではないからね」と釘をさされた(爆)。
ラテに取ってもオトーサンたちにとってもお陰様で幸先の良い新年の散歩であった。

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※ラテにとって本命はファミリーの母親だ(笑)


二日は近隣の諏訪神社に初詣に行くことにした。ここの数年初詣はしなかったが、昨日お会いしたファミリーから諏訪神社に行かれたと聞いたこともでありオカーサンと久しぶりにラテを連れて行ってみることにした…。
歩いて、それもワンコ連れで気楽に行ける神社というのも良いものだが一昔前には正月と言えばオトーサンの両親を連れオカーサンと4人で京都で新年を迎えることが多かった。
諏訪神社に向かい歩きながらオトーサンはフトそんなときの一コマを思い出していたが、15分ほど歩くと参道にあたる道に提灯が見えた。

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※ラテとオカーサンとで目前の諏訪神社境内に入る


「謹賀新年」と書かれた扁額を仰ぎながら石造りの鳥居をくぐると正面に社殿、右側には御神酒を飲ませたりお守りや破魔矢などを売る建物がある。まあ、街中の一角にある神社だから風情はないし当然のことながら京都の名刹や歴史ある神社と比べるとローカル色満載だ(笑)。

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※オトーサンとオカーサンは交代で社殿にお参りをした


また京都の八坂神社などに足を向ければこの時期、思うように歩けないほどの人出だろうが、ここは実に空いていて寂しいくらいで気持ちが良い(爆)。

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※ラテは待ちくたびれて飽きたのか大あくびだ


社殿までラテを連れてはいけないと思い、オトーサンとオカーサンは交代でお参りした後、破魔矢とお守りを購って諏訪神社を後にした。
オトーサンは思わずオカーサンに「破魔矢、いくらだった?」と聞いた。その価格は京都の有名神社の半額以下だった。思わず「ローカルはいいなあ」と呟いたオトーサンだったが果たして…御利益はあるのだろうか(笑)。


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プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員