オリジナル時代小説「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」公開

オリジナル時代小説「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」をお届けします。
筆を折るなどと公言したこともあったものの今回で23巻目となったが、体力が落ち、視力も極端に悪いし、手指にも難が出ている72歳の爺にこれだけやる気を起こさせるモノはなんなのか?自分でも実に不思議である。


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さて、今回の主なテーマは小石川養生所の腐敗についてである。本時代小説の第一巻はその小石川養生所の開所直前から話しがはじまっているが、すでにそれから時代設定は80余年も経っている。
歴史を好む人にとっては良く知られている史実だが、そもそも小川笙船という町医者が目安箱に投げ入れた訴えに時の八代将軍吉宗が目を付け貧しい人たちのためにと江戸小石川薬園内に小石川養生所が開設の運びとなったのだった。
この養生所の医師たちの葛藤は「赤ひげ」に代表されるように様々な小説や映画、時代劇の題材として使われてきたが、史実として文化文政くらいになるとその施設の腐敗は目に余るものとなっていく…。

この問題には根深いものがあるだけでなく管轄の町奉行所が本腰で事に当たらなかったからか何度も改善策や御触が出たものの現実は一向に良くならなかった。詳しくは本編をご覧いただきたいが、それは医療機関とはいえない酷い環境と待遇になっていったのだ…。
結局紆余曲折の上、明治になって新政府は旧幕府の施設を接収していき、江戸が東京と改められた際に小石川養生所は小石川貧病院と改称されなんとか施療活動を継続したものの、その後小石川貧病院は廃止となり、ここに小石川養生所は名実と共にその幕を閉じることになる。

ただし「江戸の養生所」PHP新書の著者である安藤優一郎氏は、小石川養生所の至らぬ点を単に窮民救済に対する幕府の消極的姿勢に帰することはできないとし、コミュティの問題や、人間社会のより奥深い側面、すなわち、看護・介護という超歴史的な仮題が背後には横たわっていたことを無視することはできないとしている。
このことはある意味で現代の看護や介護にも通じる大変難しい問題を根に持っているといえよう。
さらに安藤優一郎氏は小石川養生所とは「小説や時代劇の世界だけでのものではなく、現代の教訓にすべき江戸の遺産のひとつ」と結んでいる。
志高くスタートした小石川養生所の失敗は決して他人事ではないと…己も高齢者になった一人として書き進めるうちに次々と胸に迫るものがあった。
現在、小石川植物園(正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」)内に、当時養生所で使われていた井戸が保存されており、関東大震災の際には被災者の飲料水として大いに役立ったという。
ともあれ、ご一読いただければ幸いである。

「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」





バリスタの腕にかかってくる繊細な飲み物「カフェ・シェケラート」とは?

毎日数杯のエスプレッソ珈琲を愛用のデロンギ全自動コーヒーメーカーで煎れて楽しんでいるが暑い時は勿論、時には冷たいコーヒーも飲みたくなる。無論市販のアイスコーヒーを買ってくるときもあるが全自動エスプレッソマシンがあるのでイタリアで広く好まれているアイスコーヒーだというカフェ・シェケラートを時々作ってみる…g@my2 。



さて、カフェ・シェケラートとは何かといえばイタリア版アイスコーヒーだが、一般的なアイスコーヒーのように氷が入っていないので飲んでいるうちに薄まってしまうことがない。無論長時間になれば温くなってしまう…。
またカフェシェケラートは、エスプレッソの抽出具合やシェイク具合によって、同じレシピで作っても味が全然違うものになってしまい結構難しい。したがってバリスタの腕にかかってくる繊細な飲み物だというから十分に練習したい…。

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※愛用の全自動エスプレッソマシン


まず全自動コーヒーメーカーの他に用意する道具はコーヒーを抽出するカップ、シェーカー、メジャーカップ、トング、バースプーンそしてカフェ・シェケラートを飲むカップといったところだ。無論コーヒー豆や新鮮な水はコーヒーマシンにセットされているものとするが、さらにグラニュー糖10g程度(好みによる)および氷が必須だ。

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※あらかじめ用意しておく器具などなど


最初にエスプレッソを煎れる。好みもあるがカフェ・シェケラートらしさを出すには豆はエスプレッソでなければならないしドッピオ(ダブル)で抽出するとよい。
デロンギ全自動コーヒーメーカー マグニフィカ「ESAM03110S」の場合なら抽出量を60gに、濃さのダイアルをMAXにしておく。ちなみに抽出量のダイアルには正確なメモリが明記されているわけではないが反時計回りに一番回した点が約20mL、12時の位置が約90mLなので目安にする。
なお濃さのダイアルをMAXにすると一杯抽出時だと豆は約11g、二杯すなわちドッピオだと約14g消費される。これは申し上げるまでもなく標準的なエスプレッソは11gの豆を使い約30mL抽出とされているからだ。

繰り返すが今回はドッピオで煎れるのでコーヒーの濃さはMAXにして二杯抽出ボタンを押す。勿論その前にコーヒーメーカーの抽出口中央にカップを置いておく。
これでアロマも豊かなエスプレッソが60mL抽出されたはずだ。

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※まずはエスプレッソを抽出


シェーカーに氷を半分ほど入れ、そこにグラニュー糖と抽出したエスプレッソを投入しシェーカーの蓋をしっかりと閉めて氷がシェーカーの壁に打ち当たることを意識しながらシェイクする。
要は熱いエスプレッソを急速に冷やすことで芳醇な味と香りを閉じ込めることが出来るわけだ。で空気を含んだクリーミーなクレマも出来上がるというわけ。

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※シェーカーに氷を半分ほどとグラニュー糖を入れる…


グラニュー糖の量は好みと言ってしまえばそれまでだが基本は10g前後といったところか…。そもそもコーヒーが濃いこともあってこの程度の甘さは心地よいはずなのだが、私は今回扱いやすさと保存のやりやすさも考えてスティック型のグラニュー糖を買ってみたが、最近は糖分摂取に神経を使う方が多いのか、ひとつのスティックには3gしか入っていないものが主流のようだ。
ということで三本使ったので9gということになる。また好みでフレーバーシロップを入れてもよい。

金属製のシェーカーが冷え、表面が水滴で曇るようになれば中身も冷えているはずなのでシェーカーを開け、カップに氷が入らないようにコーヒーを注ぐ。このとき最後の方に細かな泡とともにアロマが出てくるはずなので最後まで注ぐことが肝心。

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※お気に入りのイタリア、ボルミオリ ロコ社製のガラス製カップでいただく


使ったカップはイタリアのボルミオリ ロコ社製のガラス製カップだが、カクテルグラスなどを使ってもお洒落だが基本はガラス製の器が似合う。
これでカフェ・シェケラートのできあがりだ。
最後にココアパウダーやチョコレート、あるいはライムなどで飾ったりすればなお素敵である!




小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」講談社刊とは

すでに「タートル・アナトミア」「解体新書」「蘭学事始」などなどの復刻版であるレプリカのセット「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」をご紹介した。今回はそれに先立つこと5年前、1973年に出版された講談社刊「大鳥蘭三郎・解体新書」をご紹介してみよう。


近年私のウェブやブログで「解体新書」といった記事が続いたからか、友人知人たちから「今更何で?」といった質問を受けた。実のところ、私が「解体新書」に興味を持ったのはすでに30年ほど前からなのだ。その頃から幾多の書籍や資料を手にして楽しんでいたがちょうどその時期は起業したばかりのときであり、趣味で時間を大きく潰すことは許されない時だったので深く掘り下げることができなかっただけなのだ。

それに是非ともに欲しいと考えていた「解体新書」のレプリカだったが、これまた限られた予算はMacintosh関連に優先せざるを得なかった。
ということで付きつ離れずであっと言う間に30年ほどが経ってしまったというわけだ…。やっとというか、時間だけは十分にあるからと最新の書籍や資料を集め出し、昔欲しかったが高価で買えなかった「解体新書」のレプリカを当然ながら中古で2種手に入れることができた…。

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※小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」講談社刊


ひとつには執筆した時代小説の時代設定がちょうど「解体新書」刊行の年代でもあり、事実とフィクションを織り交ぜて杉田玄白や前野良沢、あるいは平賀源内といった登場人物にリアリティを与えようと状況を調べたのも火に油を注ぐ結果となった。

今回ご紹介してみるのはこれまでいくつか「解体新書」の復刻版といった企画があったが、「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」の「解体新書」レプリカと双璧をなすものだ。それが小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」である。1973年講談社から「解体新書」刊行二百年を記念しての企画だという。
手元に現物と共に当時のパンフレットもあるので詳しい状況も分かっている。

幾多の情報に寄れば、覆刻原本となったのは慶応義塾大学医学部北里記念医学図書館所蔵のもの。ただし所蔵の「解体新書」は一般に流布されたものではなく二巻にまとめられ判型も少し大きいという。校註の大鳥蘭三郎氏によればどうやら刊行に際して将軍家や宮家に献上するため、特別に刷られたものではないかというが、レプリカは一般に流布している五巻本の体裁をとっている。
そして版木を最初期に使ったであろうからかエッジも陰影も同類のものと比較すると格段にクリアなのが特徴だ。

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※木版もエッジがクリア


さて造本および体裁だが、当時の出版関係者の意欲と執念のようなものを感じると同時に出版不況だとはいえ現在ではなしえない企画に違いない。
造本・用紙・印刷と共に原寸大でオリジナルに忠実に再現しているので観賞用は勿論、研究資料としても最適と謳われている。

まずは桐箱に収められている。その桐箱を開けると袱紗に包まれた帙(ちつ)函があり、その中に「解体新書」五巻がしっかりと収納されているわけだ。
「解体新書」は四つ目綴じと呼ばれる和綴じで表紙は雲母入鳥の子・渋茶、用紙は越前岩野特製和紙が使われている。また補強と装飾を兼ねて背の上下に角布が施されてもいる。そして別途解説書が付属。

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※「解体新書」は五巻構成。それぞれ補強と装飾を兼ねて背の上下に角布が施されてもいる


ちなみに監修は東京大学名誉教授・順天堂大学教授の小川鼎三氏、校註が慶應義塾大学教授の大島蘭三郎氏であるが、お二人ともすでに鬼籍に入られている。そして当時の価格は定価39,000円で限定3,000部が販売された。したがって刊行からすでに46年経っているわけだが、幸いというべきか私が手に入れたものは未使用といっても良いほどに綺麗であり、カビやシミといったものも見当たらない。

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※桐箱に貼られている奥付


ただしカタログと比較して初めて分かったことは入手した際に袱紗がなかったことだった。こればかりは中古なので仕方がないが、雰囲気だけは再現しておきたいと似たようなものを手に入れ組み合わせている。
個人的にはお宝のひとつなのである。



念願だった国公立所蔵史料刊行会編「日本医学の夜明け」セットを入手

医学を志す者でもない私が今般突飛でもないものを…というか貴重な資料を手に入れた。それが1978年6月に日本世論調査研究所から出版された「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」である。要は「タートル・アナトミア」「解体新書」「蘭学事始」などなどの復刻版、レプリカのセットである。
なお本原稿は以前別途に運営していたホームページに掲載したものだが、そのホームページを閉じた関係で当該ブログに残しておこうと考えたものである。


ネットでググってみて分かったことだが、本出版は日蘭修交三百八十年記念出版として出されたもので当時の価格は330,000円だったという。なお以下のものが専用の桐箱に収納されているが、桐箱のサイズは約481 × 221 × 300mm(突起物含まず)だ。

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※日本世論調査研究所から出版された国公立所蔵史料刊行会編「日本医学の夜明け」一式が収納の桐箱


ちなみに同年1978年の12月、私はオールインワン型のパソコンである米国コモドール社製 PET2001をオプション込みでほぼ同額にて購入した記憶から、この額がかなりの大金であったことが実感できる。

さて、詳しい事情は知る由もないが、「日本医学の夜明け」は桐箱に収納されており、”帙(ちつ)” すなわち和本などの書物を保存するために包む覆いで厚紙を芯にして丈夫な布や和紙を貼り付けたものに各巻が保護され以下のものが含まれている。

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※各書籍は、”帙(ちつ)” と呼ばれる被いに包まれている


ただし手に入れた桐箱は一部シミがあったり各書籍も一部変色が見られるが、嬉しいことに肝心の「タートル・アナトミア」などは新品同様だった。またどうやら桐箱入りのセットとは別に関連品「阿蘭陀医学伝来史絵図」と「日本医学の夜明け(史料・解説)」があったようだがこれらは付属していなかったので機会を見て入手したい。

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※阿蘭陀語版「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」。俗称「タートル・アナトミア」


●帙壱 「臧志」山脇東洋著(宝暦9年刊) 2巻、「解体新書」杉田玄白・前野良沢他訳(安永3年刊) 5巻

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※杉田玄白・前野良沢他訳(安永3年刊) 「解体新書」


●帙弐 「和蘭医事問答」杉田玄白/建部清庵往復書簡(寛政7年刊) 2巻、「蘭学事始」杉田玄白著(明治2年刊) 2巻、「蘭学階梯」大槻玄沢著(天明8年刊) 2巻、「各骨眞形図」各務文献著(文化7年刊) 1巻

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※「蘭学事始」杉田玄白著による玄白像


●帙参 「病学通論」緒方洪庵著(弘化4年刊) 3巻、「虎狼痢治準」緒方洪庵著(安政5年刊) 1巻、「魯西亜牛疾全書」利光仙庵著(嘉永3年刊) 2巻、「外科新編図」(50巻の内3巻) ゲッシェル著/杉田立卿訳(弘化2年) 3巻
●帙四  増補重訂 「内科撰要」宇田川玄真重訂(文政5年刊) 6巻
●帙五 「ターヘル・アナトミア/ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」(1734年刊) オランダ語版 
●医療器具セット:模刻(江戸時代蘭方医の手術道具)

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※医療器具セット:模刻(江戸時代蘭方医の手術道具)


さて現在の所、それぞれについて解説ができるほどの知識は持ち合わせていないのでご勘弁いただきたいが、取り急ぎ興味があるのは「解体新書」 5巻と洋書(オランダ語版)の「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」である。
これまで「解体新書」および「蘭学事始」は現代語訳版で繰り返し読んできた。それは時代背景も含め、腑分けを経験した杉田玄白や前野良沢の驚きと共に手にした「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」すなわち「ターヘル・アナトミア」を辞書もない時代に訳そうとした情熱に共感したからである。
今回内容に関しての詳しい話しは避けるが、この「解体新書」の出版は日本の歴史上、大げさでなく類を見ない快挙なのだ。詳しくは別途論じたいが、時代・人・場所といったすべてが噛み合わなければこのような偉業は成し遂げられるものではない。

ところで、前記したようにいまでは「解体新書」にしろ「蘭学事始」にしても本来漢文で書かれているものを現代語訳で楽々読める。ありがたいことだし、だからこそ私のような者もその内容や関わる歴史に興味を持つことが出来たのだが、例えば前野良沢や杉田玄白が初めて「ターヘル・アナトミア」を手にし開いたときの驚きと感動はその時代の装丁および内容でなければ本当の意味で伝わってこないとも思っていた。
書籍など内容が分かればそれで良いではないかと言われるかも知れない。無論内容を理解するには前記したように現代語訳があればこそなのだが、一冊の書籍だとしてもその装丁、サイズなどなどが原書と同じでなければ前野良沢や杉田玄白の喜びが伝わってこない気がしていた。まあ拘り病とでもいおうか(笑)。

その拘りを持ってこれまで例えばレオナルド・ダ・ヴィンチ「マドリッド手稿」ファクシミリ版パウル・クレー「手稿~造形理論ノート」のファクシミリ版などを集めてきた。

だから「ターヘル・アナトミア」も拘りたいと思ってきたが、無論実物を手にすることなどできるはずもないから精巧なレプリカ、ここでは復刻版を手元に置きたかったのである。そして探しに探してやっと願いが叶った…。

もともと江戸時代の蘭学やら医療といったことに漠然と興味を持っていた。以前話題になりTVドラマにもなったコミック「仁」も好きだったし、だからこそ2017年にオリジナル時代小説を書こうと思い立った際にその主な舞台は小石川養生所とした。
無論当時の養生所の医師たちは漢方医だったが時代は急速に動き、50年も経つ頃には蘭学が盛んになりつつあり、蘭方医も増えてくる。
そうした時代背景を現在執筆している時代小説にも取り入れたいと勉強してきたので「日本医学の夜明け」は最良の歴史的資料でもあるのだ。

とはいえ「お前みたいな素人がそんなもの持っても何のつっかえ棒にもならない」と言われることは分かっている。そもそもオランダ語は読めないし、漢文だって同じだ。
しかし「ターヘル・アナトミア」は是非手にしたかった…。
くどいようだが内容は勿論、本物がどのようなものなのかを “感じたかった” のだ。

そういえばNHK 2018年正月時代劇「風雲児たち~蘭学革命篇~」で前野良沢(片岡愛之助)と杉田玄白(新納慎也)が手にする小道具としての「ターヘル・アナトミア」はたぶん私が手にしたものと同じ復刻版を使ったものと思われる。また刷り上がった五巻の「解体新書」を中川淳庵(村上新悟)が良沢に届けるシーンに使われた小道具もこの復刻版かも知れない。

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※「解体新書」の一部


この「日本医学の夜明け」には他にも魅力的な文献が含まれるが、少しずつ調べて知識を得たいと考える。
最後に「ターヘル・アナトミア」という名について記しておきたい。
可笑しな事に一般的に前野良沢や杉田玄白が手にした解剖書を現代でも「ターヘル・アナトミア」と称しているが実はその原本にそうした表記はないのである。
「ターヘル・アナトミア」と言われている書はドイツ人医師ヨーハン・アーダム・クルムス(独 : Johann Adam Kulmus 1689年-1745年)の著書 "Anatomische Tabellen" のことで、1722年にダンツィヒで初版、1732年に再版されている。その後ラテン語、フランス語、オランダ語に訳されたが、前野良沢や杉田玄白が手にしたのはそのオランダ語訳の版だった。
そのオランダ語訳版 "Ontleedkundige tafelen" はオランダ人医師ヘラルト・ディクテン(Gerard Dicten 1696年?-1770年)の翻訳により1734年にアムステルダムで出版されたという。

そもそも「ターヘル・アナトミア」という書名は、杉田玄白の「蘭学事始」の中で使われている表記だ。そして漢文で書かれている「解体新書」には「打係縷亜那都米」と表記され「ターヘル・アナトミイ」とフリガナが付いている。さらに凡例の中で「ターヘル」が表、「アナトミイ」が解剖を意味しているとの適切な説明がある。
したがって本来は「解剖図表」といった程度の意味だからせめて「クルムス解剖書」とでもするのが妥当であるはずなのだ。

ということで「ターヘル・アナトミア」という名はどうやら俗称のようである。というのも繰り返すが原著名はドイツ語で「アナトーミッシェ・タベレン」、オランダ訳では「オントレートクンディヘ・ターフェレン」であり、いずれも「ターヘル・アナトミア」とはならない。
また扉絵に書かれているラテン語では「タブラェ・アナトミカェ」(Tabulæ Anatomicæ)となっており「ターヘル・アナトミイ」を彷彿とさせるが当然違う。

緒方富雄博士の著書「現代文 蘭学事始」の解説によれば、オランダ語の単数形に改め、形容詞を名詞に変えて後置修飾詞的に用いた「ターフェル・アナトミー」(tafel anatomie)とするとかなり近くなるという。そしておそらくはオランダ語の俗称が伝わるなりして我が国の蘭学者のあいだで「ターヘル・アナトミア」と呼ばれるようになったのではなかろうか…とのことだ。
ちなみに緒方富雄博士はあの緒方洪庵の子/緒方惟準の二男・緒方銈次郎の次男である。

そんなことを考えながら当該原稿を書き始めていたが、2019年3月21日にNHKの番組「英雄たちの選択」で「この本が日本を変えた!~杉田玄白“解体新書”誕生への挑戦~」が放映された同じ日にこの「日本医学の夜明け」セットを入手できたのだから偶然にしても感激であった。
ともあれ本セットは私にとって宝の持ち腐れであることを自覚しつつも知的好奇心を100%奮い立たせるアイテムなのである。

【主な参考文献】
・緒方富雄著「現代文 蘭学事始」岩波書店
・西村書店編集部編「解体新書 復刻版」西村書店
・杉田玄白著/片桐一男訳「杉田玄白 蘭学事始」
・杉田玄白著/酒井シズ訳「杉田玄白 解体新書」
・長尾剛「話し言葉で読める『蘭学事始』」



新刊、西和彦著「反省記」を読んで…

新刊、西和彦著「反省記」ダイヤモンド社刊を早速入手して読んだ。「反省記」とは「半生記」にも掛けているようだが、西さんはパソコン黎明期を通ってきた者にとっては憧れというか雲の上の存在だった。マイコン月刊誌「I/O」創刊メンバーであり、すぐに「月刊ASCII」を立ち上げ、あれよあれよという間に時代の寵児に駆け上がった方だった。


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※西和彦著「反省記」ダイヤモンド社刊


私は1977年にワンボードマイコンを手にしてこの泥沼の世界に足を踏み入れた一人だが、何度も「I/O」に投稿して原稿料をいただいたこともあるし、無論「月刊ASCII」は創刊号からの読者でこれまた何度か投稿させてもらったことがある…。
その後、西さんは数々の驚くべき事業に手を染められたが、特にパソコン通信のアスキーネットは私も当初から未来を指向するものとして期待を持って見ていた一人であり、無論ユーザーとして即登録した事を覚えている。

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※NEC PC=9801とエプソンの音響カプラでアスキーネットにゲストとしてログインした画面(1985年7月)

そして西さんが米国マイクロソフトのボードメンバーとなったあたりまでは一人のパソコンユーザーとして彼の動向を眩しくも記憶に留めていた。しかし1989年3月に弾みとは恐ろしいもので、私自身がMacintosh向けのソフトウェアを開発する会社を起業したため、他人の動向に注視する余裕も無く、西さんの動向は他人事として興味の対象外になっていった。

そういえば、私は一度アップルジャパンで西さんと名刺交換をしたことがあった。月に1度ほど、アップルのデベロッパーリレーション担当者に近況報告および自社の新製品動向などをお話しし、時にはセミナールームでアプリケーションのデモをさせていただいていたが、アップルがまだ千駄ヶ谷にオフィスがあった頃だから1996年11月以前…そう、1995年あたりだったのかも知れない。

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※1977年購入のワンボードマイコン L Kit-8(1978年撮影)


アップルの担当者に紹介されて私は形通りに名刺交換をしたが、恰幅の良い馴染みの顔はそのままにしても随分と頭に白いものが目立った印象を受けた。
正直言うとそれまで西さんとお会いしたことはなかったが、印象としては好きなタイプの人間ではなかった。まあどう考えても私などとすれ違う機会もないだろうと考えていたが、そもそも私らの認識では西さんは「おやじ殺し」などと言われ、大手企業の経営者たちを味方に付けるパワーがあった反面、部下を怒鳴り散らすワンマン経営者といったイメージがあったが、そのお会いした時の温和な表情はこれまでの勝手な印象とは違いどこか大黒様のようだった。
本書「反省記」を見ると1997年(平成9年)にCSK・セガを対象に第三者新株増資を行い、約100億円調達したもののCSKのグループ企業となった時代の少し前であり、心労が絶えない時期であったようだ。

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※コモドール社オールインワンパソコンPET2001とデュアルフロッピーディスク(左)およびプリンタ(右)。1978年


西さんが辿ったこれまでの人生は本書をお読みいただけば良いが、ひとつの事業…企業を立ち上げ続けていくことがいかに困難なことかは分かるに違いない。だから私は「よい経験だ」とか「可能性を求めて」などなどと若い方にいたずらに起業は勧めないことにしてきた…。
ともあれ西さんの手腕の是非はその時その時のご本人しか到底わかり得ないことだと思う。まさしく勝海舟が批判されたときの言葉「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候」であろう。
しかし本書を読み進むうち、やはり私自身が起業し足掛け14年間Macintosh専門のソフトウェア会社として数々のオリジナルアプリと、キヤノン、ソニー、リコー、富士写真フィルム、NTTなどなど一流企業にソフトウェアを提供してきた自分自身の社長としての立場の苦悩とどうしても重なり合ってしまう。

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※Apple IIとライトペンシステム。1982年


本書の前書きで西さんは「もしも、読者のみなさんが、僕の生きてきた半生記の反省記からわずかでもご自身の未来に生かす材料を見出していただくようなことがあれば、僕にとって望外の喜びである」と書いているが、西さんより八年長く生きてきた私に言わせれば、自己反省の効用はともかく、他人の人生はほとんど自分には役に立たないと思っている(笑)。
人は成功しようが失敗しようが、同じ事をまったく同じように2度3度とやり直すことは絶対にできない。例え形だけ同じに見えてもそれは申し上げるまでもなく時代というと大げさだが何かを成し遂げようとする背景が、廻りの人事が、社会情勢が違うからだ。
我々は昨日の出来事でさえ、文字通りには繰り返すことはできない…。したがって一見同じような場面に出くわしたとしてもその時々で判断は違わざるを得ない。

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※西さんが開発の陣頭指揮を取ったというNEC PC-100。1983年


したがって本書はビジネスのノウハウ本とは言いがたく、西さんご本人も書いているとおり、パソコン黎明期へのタイムトリップを楽しむのには貴重な一冊かも知れない。
マイコンが…そしてパソコンが登場し始めたあの時代の雰囲気は本当に特別なものだったからだ。特に「I/O」や「月刊ASCII」創刊の裏話などを当事者の一人からお聞きするのは興味深いが、それは当然のことながら西和彦という時代の寵児の廻りだけに起こっていたことではない。
上手な説明は難しいが、マイコンとかパソコンといった、それまでには存在しなかったものが認知されていく過程にはソフトウェア、ハードウェアなど様々な分野で葛藤と成功および挫折が繰り返されていた。
よく歴史は勝ち残った者の記録だと言われるが、この三十数年間の文字通りの激動の業界を見聞きし肌で感じてきた一人として言えることは西さんの半生と同様な出来事は日々当たり前のように現れては消えて行ったのだ。

ということで同じ時代を駆け抜けてきた一人としては西さんの反省や感動に共感を覚える点も多いが、前記したパソコン黎明期へのタイムトリップを楽しむ…という主旨からすれば当然のこと本書は西和彦の半生というか身の回りに起こった出来事に終始しているわけで私には物足りなかった。ただし西和彦という一人の天才をよりよく知りたいという方にはお勧めの一冊だ。

最後に、私自身は後悔とか反省はしたくないが、ひとつだけ強く心していることがある。それはもしいま数億円、十数億円の資産がありなにか面白い事をやってみたい対象があったとしても、2度と社長(代表取締役)はやりたくないということだ(笑)。だから…「社長なんてやるものではない!」とかいうタイトルで、半生…いやもう終活論…を含めた一冊を書いてみたいと思っているのだが。




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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。
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