Photoshopの知られざるもうひとつの顔と謎
昨年(2007年)10月25日、アドビシステムズはCS3でversion 10となったPhotoshopと25周年を迎えるAdobe Systemsの歴史を披露するスペシャルセッションを行った。しかしPhotoshopには一般にはほとんど知られていない歴史のひとこまもあるのだ...。
Photoshopは兄のトーマス・ノール氏とジョン・ノール氏によって開発され世に問われた。それは一般的に1990年ということになっている。実際Photoshop 1.0はAdobe Systems Incorporated.から同年にリリースされている。
すでに大成功を収めたPhotoshopに関しては多くの情報がもたらされているし、かつてアドビのサイトにもPhotoshopの遍歴情報が掲載され、例えば開発者であるトーマス・ノール氏とPhotoshopエバンジェリストのラッセル・ブラウン氏がPhotoshopの歴史を振り返る「History of Photoshop」の映像も見ることが出来た。
Photoshopは当初 ”フォトレタッチ” というキーワードを持って登場した。いわゆるペイントツールではなく写真を修正・合成するためのアプリケーションだった。なぜならそれまでアナログ(銀塩)写真に対しての編集や加工は高価なシステムと専任のオペレータを必要とした作業だったが、パーソナルコンピュータとコンシューマ用のイメージスキャナなどのいわゆるインフラが整ってきたことでデジタル画像の扱いが手軽にできるようになり、Photoshopの存在が知られるようになった。
前記「History of Photoshop」の中でも「Photoshopの歴史は1989年にさかのぼります」と明言されている。それはPhotoshopの原型をノール兄弟がAdobe社でデモをし、売り込みに成功した年代に違いない。
繰り返すがPhotoshopの原型はトーマス・ノール氏が開発したものだが、弟のジョン・ノール氏はそれを見て「これは売れるかも知れない」と気づいたという。弟のアドバイスにより機能強化されたソフトはジョン・ノール氏の手により当時カリフォルニアにある多くの企業でデモをし続けたという。
無論採用を断られたり、購入を決めてくれた企業が倒産したりとさまざまなことがあった後にAdobeとの間でライセンス契約を取り交わすことに成功する。そして1990年にPhotoshopというプロダクト名で最初のバージョン1.0がリリースされたわけだ。

※1990年に登場したPhotoshop 1.0
まあ、Photoshopの愛好家はもとより、デザインツールとして日常活用しているプロフェッショナルにしてもPhotoshopの歴史など知らなくても何の問題もないが、よい意味で歴史を掘り起こしプロダクトの変遷を知るのが私の仕事でもあり趣味でもあるから、前記したような通り一遍の解説では納得がいかない(笑)。
Adobeがオフィシャルに語るPhotoshopの歴史は無論Adobeにとっての歴史であり、それ以前にどのような変遷があったのかについてAdobe側は興味ないだろう。したがってトーマス・ノール氏とかAdobeのスタッフでもあるラッセル・プラウン氏の口からAdobe以前の情報が語られないのも当然である。
私は当サイト「黎明期の逸品ソフトウェアたち」のPhotoshopの項最後に「Photoshopは突如として登場したものではなく過去から受け継いだ多くのノウハウを吸収・咀嚼してここまで完成度を高めてきたということだけは忘れてはならないと思う。」と簡単に閉めているが、実はPhotoshopという名称になる前、ほとんど同じ製品を他社が扱っていた事実があるのだ...。
さて、2006年のことになるがデザイナーであり多摩美術大学の講師でもある杉山久仁彦さんと知り合った際に私がソフトウェアの歴史やインターフェースを研究していることを知って彼が大変珍しいソフトウェアパッケージを送ってくださった。それがBarneyscan Corporationの「CIS XP with QuickScan」という大ぶりのパッケージだった。中には分厚いマニュアル2冊と3.5インチフロッピーディスクが2枚入っていた。


※Barneyscan Corporationの「CIS XP with QuickScan」パッケージ(上)とマニュアルおよびフロッピーディスク(下)
この製品は当時の最速機種 Macintosh IIに35mmフィルムスキャナである「CIS・3510 Professional 35mm Scanning System」や4×5までをサポートする「CIS・4520 Multiformat Production Scanning System」を接続するという文字通りのプロフェッショナル用、業務向けシステムなのである。当時はMacintosh IIも高価だったが、この種のフィルムスキャナは数千ドルから数万ドルもしたはずだ。だから個人が使いたいからといっても簡単に入手できるものではなかった。

※「CIS XP with QuickScan」パッケージに記されているMacintosh IIとの機器構成図
実はこのパッケージにはこうしたスキャナから画像をMacintosh IIなどにスキャニングするためのスキャニングソフト「QuickScan」と、取り込んだイメージを編集・加工するための「CIS・XP image editor」とがセットになっていたが、ここで興味深いのは「CIS・XP image editor」である。
「CIS・XP image editor」はその名の通りイメージ編集ソフトウェアであり、名前は違っているものの細部はともかく見かけはPhotoshop 1.0とほとんど同じなのである。

※「CIS・XP image editor」のマニュアルによるツールパレット解説。前記Photoshop 1.0とまったく同一である
本来なら本ソフトウェアを起動させてその詳細をご報告したいところだが、ハードウェアの接続を図らないとソフトウェアが起動しないようなのだ。ただし杉山久仁彦さんのご記憶では単体での起動ができたはず...とのお話しもあったので何か秘密があるのかも知れない...。32-Bit QuickDrawをインストールすればモノクロシステムのMacintosh SEでも動作するとマニュアルには書いてあるが、その他Color Classicなどでの検証では今のところ起動しないのである...。
ともかく本製品はマニュアルやフロッピーディスク上のコピーライト表記などを確認する範囲ではPhotoshopのリリース年と同じ年に発売されたもののようだ。
当時、開発者のトーマス・ノール氏たちとAdobeがどのようなライセンス契約に至ったかは知る由もないが、フロッピーラベルの記述を見る限り微妙な時期であったことは想像できる。
なぜならそこには、「1988, 1989, 1990 Barneyscan Corporation.」に続き「1989, 1990 Adobe Systems Incorporated.」とあり、さらに「1988 Knoll Software」とあるからだ。

※「CIS・XP image editor」のフロッピーラベル折り返し部コピーライト表記
前記したようにノール兄弟は開発したソフトウェアを多方面に売り込んでいたが、Adobeとのライセンス契約締結に至る前にBarneyscan Corporationとも接触があり何らかの約束事があったのだろうか。あるいは、現在のAdobeからは考えられない方策だが、Adobeとの契約後に業務用に限ってはBarneyscan Corporationにライセンスを供与したのだろうか...。
興味深いのは正式な法人であったかはともかく、Knoll Softwareという名も連なっていることだ。この時点ではすべての権利がAdobeに渡っていなかったのかも知れない。ただしマニュアルのコピーライトはこうしたフロッピーラベルの記述とは違う。そこには「Copyright 1990 Barneyscan Corporation. Portions of this manual were provided courtesy of Adobe Systems Incorporated 1989. All rights reserved.」とあり、本マニュアルの一部が1989年当時のアドビシステムズ社の好意により提供されたという記述がある。しかしそこにはノール兄弟やKnoll Softwareという名はない。
何れにしてもPhotoshopがAdobe Photoshopとして大成功するまでには一般に知られていないさまざまな曰く因縁もあったことを知っておきたい。なお手元にある「CIS・XP image editor」をうまく起動できたら、Photoshop1.0ときちんと比較の上で検証したいと考えている。
Photoshopは兄のトーマス・ノール氏とジョン・ノール氏によって開発され世に問われた。それは一般的に1990年ということになっている。実際Photoshop 1.0はAdobe Systems Incorporated.から同年にリリースされている。
すでに大成功を収めたPhotoshopに関しては多くの情報がもたらされているし、かつてアドビのサイトにもPhotoshopの遍歴情報が掲載され、例えば開発者であるトーマス・ノール氏とPhotoshopエバンジェリストのラッセル・ブラウン氏がPhotoshopの歴史を振り返る「History of Photoshop」の映像も見ることが出来た。
Photoshopは当初 ”フォトレタッチ” というキーワードを持って登場した。いわゆるペイントツールではなく写真を修正・合成するためのアプリケーションだった。なぜならそれまでアナログ(銀塩)写真に対しての編集や加工は高価なシステムと専任のオペレータを必要とした作業だったが、パーソナルコンピュータとコンシューマ用のイメージスキャナなどのいわゆるインフラが整ってきたことでデジタル画像の扱いが手軽にできるようになり、Photoshopの存在が知られるようになった。
前記「History of Photoshop」の中でも「Photoshopの歴史は1989年にさかのぼります」と明言されている。それはPhotoshopの原型をノール兄弟がAdobe社でデモをし、売り込みに成功した年代に違いない。
繰り返すがPhotoshopの原型はトーマス・ノール氏が開発したものだが、弟のジョン・ノール氏はそれを見て「これは売れるかも知れない」と気づいたという。弟のアドバイスにより機能強化されたソフトはジョン・ノール氏の手により当時カリフォルニアにある多くの企業でデモをし続けたという。
無論採用を断られたり、購入を決めてくれた企業が倒産したりとさまざまなことがあった後にAdobeとの間でライセンス契約を取り交わすことに成功する。そして1990年にPhotoshopというプロダクト名で最初のバージョン1.0がリリースされたわけだ。

※1990年に登場したPhotoshop 1.0
まあ、Photoshopの愛好家はもとより、デザインツールとして日常活用しているプロフェッショナルにしてもPhotoshopの歴史など知らなくても何の問題もないが、よい意味で歴史を掘り起こしプロダクトの変遷を知るのが私の仕事でもあり趣味でもあるから、前記したような通り一遍の解説では納得がいかない(笑)。
Adobeがオフィシャルに語るPhotoshopの歴史は無論Adobeにとっての歴史であり、それ以前にどのような変遷があったのかについてAdobe側は興味ないだろう。したがってトーマス・ノール氏とかAdobeのスタッフでもあるラッセル・プラウン氏の口からAdobe以前の情報が語られないのも当然である。
私は当サイト「黎明期の逸品ソフトウェアたち」のPhotoshopの項最後に「Photoshopは突如として登場したものではなく過去から受け継いだ多くのノウハウを吸収・咀嚼してここまで完成度を高めてきたということだけは忘れてはならないと思う。」と簡単に閉めているが、実はPhotoshopという名称になる前、ほとんど同じ製品を他社が扱っていた事実があるのだ...。
さて、2006年のことになるがデザイナーであり多摩美術大学の講師でもある杉山久仁彦さんと知り合った際に私がソフトウェアの歴史やインターフェースを研究していることを知って彼が大変珍しいソフトウェアパッケージを送ってくださった。それがBarneyscan Corporationの「CIS XP with QuickScan」という大ぶりのパッケージだった。中には分厚いマニュアル2冊と3.5インチフロッピーディスクが2枚入っていた。


※Barneyscan Corporationの「CIS XP with QuickScan」パッケージ(上)とマニュアルおよびフロッピーディスク(下)
この製品は当時の最速機種 Macintosh IIに35mmフィルムスキャナである「CIS・3510 Professional 35mm Scanning System」や4×5までをサポートする「CIS・4520 Multiformat Production Scanning System」を接続するという文字通りのプロフェッショナル用、業務向けシステムなのである。当時はMacintosh IIも高価だったが、この種のフィルムスキャナは数千ドルから数万ドルもしたはずだ。だから個人が使いたいからといっても簡単に入手できるものではなかった。

※「CIS XP with QuickScan」パッケージに記されているMacintosh IIとの機器構成図
実はこのパッケージにはこうしたスキャナから画像をMacintosh IIなどにスキャニングするためのスキャニングソフト「QuickScan」と、取り込んだイメージを編集・加工するための「CIS・XP image editor」とがセットになっていたが、ここで興味深いのは「CIS・XP image editor」である。
「CIS・XP image editor」はその名の通りイメージ編集ソフトウェアであり、名前は違っているものの細部はともかく見かけはPhotoshop 1.0とほとんど同じなのである。

※「CIS・XP image editor」のマニュアルによるツールパレット解説。前記Photoshop 1.0とまったく同一である
本来なら本ソフトウェアを起動させてその詳細をご報告したいところだが、ハードウェアの接続を図らないとソフトウェアが起動しないようなのだ。ただし杉山久仁彦さんのご記憶では単体での起動ができたはず...とのお話しもあったので何か秘密があるのかも知れない...。32-Bit QuickDrawをインストールすればモノクロシステムのMacintosh SEでも動作するとマニュアルには書いてあるが、その他Color Classicなどでの検証では今のところ起動しないのである...。
ともかく本製品はマニュアルやフロッピーディスク上のコピーライト表記などを確認する範囲ではPhotoshopのリリース年と同じ年に発売されたもののようだ。
当時、開発者のトーマス・ノール氏たちとAdobeがどのようなライセンス契約に至ったかは知る由もないが、フロッピーラベルの記述を見る限り微妙な時期であったことは想像できる。
なぜならそこには、「1988, 1989, 1990 Barneyscan Corporation.」に続き「1989, 1990 Adobe Systems Incorporated.」とあり、さらに「1988 Knoll Software」とあるからだ。

※「CIS・XP image editor」のフロッピーラベル折り返し部コピーライト表記
前記したようにノール兄弟は開発したソフトウェアを多方面に売り込んでいたが、Adobeとのライセンス契約締結に至る前にBarneyscan Corporationとも接触があり何らかの約束事があったのだろうか。あるいは、現在のAdobeからは考えられない方策だが、Adobeとの契約後に業務用に限ってはBarneyscan Corporationにライセンスを供与したのだろうか...。
興味深いのは正式な法人であったかはともかく、Knoll Softwareという名も連なっていることだ。この時点ではすべての権利がAdobeに渡っていなかったのかも知れない。ただしマニュアルのコピーライトはこうしたフロッピーラベルの記述とは違う。そこには「Copyright 1990 Barneyscan Corporation. Portions of this manual were provided courtesy of Adobe Systems Incorporated 1989. All rights reserved.」とあり、本マニュアルの一部が1989年当時のアドビシステムズ社の好意により提供されたという記述がある。しかしそこにはノール兄弟やKnoll Softwareという名はない。
何れにしてもPhotoshopがAdobe Photoshopとして大成功するまでには一般に知られていないさまざまな曰く因縁もあったことを知っておきたい。なお手元にある「CIS・XP image editor」をうまく起動できたら、Photoshop1.0ときちんと比較の上で検証したいと考えている。