ラテ飼育格闘日記(544)

日中は暑くもなく寒くもない実に過ごしやすい日が続くようになったが、オトーサン的には雨が降らない薄曇りがラテとの散歩には理想だと思っている。しかしそんな思い通りになるはずもなく、雨が降ろうが槍が降ろうがラテとの散歩は欠かせないのだ。


さて、狂犬病の予防注射が終わったものの懸案は美容室へ連れて行くことだった。前回カットしてもらったのは昨年12月30日だったからすでに三ヶ月経っていることになる。顔やボディといった箇所はそんなに変わらない気もするが、一番目立つのは四つ脚だ。

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※美容室帰りに寄った公園で笑顔を見せる


爪の先まで筆のように毛が伸び、肉球の間からも伸びた毛が目立つ。これは見栄えがよくないだけでなく散歩中に塵芥を巻き込んだりして洗うのも面倒になってくる。そしてフローリングの床で滑りやすくなったりするのも問題だ。

ともかく水曜日に予約を入れて美容室へ連れて行った。しかしまあ、いつものことだが我が娘はどこへ連れて行かれるのかを分かっているので抵抗が激しい。綺麗にするのもなかなかに大変なのである。
ということで今回は散歩から帰った際のラテの扱いというか、どんな感じで体を綺麗にしているかを書いてみようと思う。

特別なことがない限り、散歩から帰ったラテの処置は玄関を上がったところですべて行う。専用のマットを引いてあるので汚れたり雨で濡れたりしたラテをまずはそこに座らせる。
雨でびしょ濡れのときはともかく、普通の日では最初に四つ脚を洗う。
前足からが普通だが、ぬるま湯を入れた専用のバケツに一本ずつ足を入れさせ、オトーサンたちの指で肉球の中まで洗う。

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※四つ脚をぬるま湯で丁寧に洗う


洗った足はまずタオルで水を切った後、吸水性がよいマイクロファイバー製タオルで丁寧に拭く。

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※タオルで水気を取った後にマイクロファイバー製タオルで丁寧に拭く


その後はワンコ用のウェットティッシュを数枚重ねて顔、四つ脚の臑や腹と股、そして背や尻尾とお尻を丁寧に拭く。そして乾いたタオルで仕上げの拭き取りをするが、四つ脚だけは最後の仕上げが残っている。

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※ウェットティッシュで身体全体を拭いた後(上)、乾いたタオルで丁寧に拭き取る(下)


それは足先と肉球をドライヤーで乾かすことだ。
タオルでの拭き取りはどうしても乾かすという点では完全ではなく、時にカビが生えたり、痒みの原因になるという。
大変面倒なことだがラテはアトピーも持っているし、それでなくとも肉球を噛むことがあるのでオトーサンは頑張っている(笑)。

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※肉球をドライヤーで乾かす


全体が綺麗になったらブラッシングだ。これはボディに専用のトリートメントスプレーを吹きかけてから行うが、背中だけでなくお腹も優しくブラッシングする。

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※ブラッシングは大切なのだ。お腹のとき、ラテはオトーサンの膝に前脚を乗せる


最後の仕上げとしては目脂を取ること、そして耳掃除だ。
目脂はともかく、最初の頃は耳の穴に指を入れるのさえ大変だったが、最近では気持ちが良いのか逃げずに耳を差し出すまでになった。
オトーサンの人指し指に乾いたタオルを被せ、耳の穴に軽く差し込み回転させる。そして外耳も拭いてあげる。

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※目脂を取り、耳掃除をする


ここでもし、目脂が凄かったり充血していたりした場合は目薬を注すし、耳も汚れが目立つ場合は専用の洗浄液を綿棒につけて耳穴を掃除することになる。しかし目薬も耳掃除もなかなかやらせて貰えず、何度手の甲に歯を当てられたことか(笑)。
それがこの二年ばかり、やっと大人しくさせるようになったのだから大きな進歩である。

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※点検中


また解放する前にオトーサンの両手で身体全体を触ることにしている。傷やでき物がないかどうか、痛がる箇所がないかを確認するためだ。
問題がなければ予め用意しておいたガムをあげて解放である。

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※ご褒美のガムをあげて解放。この間約20分程度


当たり前だがワンコは素足で歩くのだから、汚れて当然なのだが、基本これを一日三回行うのだからなかなか大変だ。ただし寝る前に排泄させるためだけの外出はものの5分程度で終わることが多く、バケツを使わずウェットティッシュだけで済むことも多い。

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※大好きなファミリーのお母さんと。可愛がっていただくにもラテの体が不潔では嫌われます(笑)


面倒なことは事実だが、これもラテと体を使ったコミュニケーションのひとつだと考えている。
体を掃除しているときもラテの表情は目まぐるしく変わる。嫌だという表情、気持ちよさそうな表情、そして笑顔と様々だがその時その時の健康状態を知る大切なセレモニーなのだ。



バード電子、MacBook Pro 13 (2016) ケース・ジャケット発売

バード電子は装着したまま使えるジャケットタイプのケースで、スナップボタンやベルクロのような固定具無しで取り付けができるMacBook Pro 13インチ(Late 2016)用のジャケットを5月10日より出荷すると発表。


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MacBook Pro 13インチ(Late 2016)ジャケット(JK-1316B)は「着せるケース」。装着したまま使えるジャケットタイプのケースで、付けたまま開いたり閉じたりでき、取引先でのプレゼンやイベント等で外出する時に便利なケース。
あたらしいジャケットはカーフスキンのような柔らかい肌触りの高品質合成皮革を採用。本革に近いしわの仕上げが特長の合成皮革で内側の起毛材はマシンを優しく包む。そして1枚仕上げなので超軽量の65g。

ジャケットはブックカバーのようにホルダーに差し込むだけで簡単に取り付けでき、外出時にインナーケースに入れるのと同じ感覚で使え、取外しも抜き取るだけ。
カラーはブラックで価格は7,200円(税込)。

MacBook Pro 13 (2016) ケース・ジャケット





初めてのRetina ディスプレイ iMac覚書

我が家に初めて21.5インチiMac Retina 4Kディスプレイモデルがやって来た。ただし残念ながら私のではなく女房のiMacだが、そのセットアップを手伝いながらRetinaの実力を見せつけられた思いをしたので記録の意味も含めて記しておきたい。


新しいMacのセットアップはいつの時代も、そしていつでも嬉しいものだし反面ちょっとドキドキ感もあって新鮮だ。
まずは丁寧すぎるようにも感じる梱包を解き、フィルム類を剥がして机上に乗せ、電源コードをコンセントにつなぐと同時にキーボードとマウスも取り出す。

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※我が家に21.5インチiMac Retina 4Kディスプレイモデルがやって来た


最初は問題なくマシンが起動するかどうか、初期不良があれば早いうちに交換して貰わなければならないからと電源を入れる。内蔵ストレージがハードディスクタイプなので普段FusionDriveのマシンを使っている私には些か起動が遅く感じられる。それでも問題なく起動し、画面に表示する手順にしたがい言語やキーボードの設定そしてApple IDなどを入力する。

今回、女房が使ってきたiMacはいきなりの故障だったし、あれほど口を酸っぱくして「バックアップ、バックアップ」と言ったにもかかわらず接続してあるTimeMachineには2015年8月までしかデータが無い。要はアプリやデータを既存のマシンから転送させたりすることは難しいと判断し、真っ新の状態からスタートすることに。

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※トラブルなくセットアップは完了した


早々に使えるようにしたいのはメーラーとブラウザーそしてメッセージだという。
思えばこれまで何度新しいMacを手にしつつ、それまでの環境を移すのに苦労してきたことか。TimeMachineがあるからと思って安心していたものの、どうした訳かバックアップからの復旧ができないこともあった。そして安心して使えるようになるまで数日、いや数週間かかったこともあった。
ともあれまずはメールアカウントの確認、Safariのブックマーク、カレンダー情報そして住所録のデータを問題なくiCloud から持ってこれるかが心配だったが簡単というよりWi-Fiへの接続設定と共にApple IDとパスワードなどの設定をした時点で問題なくニューiMacにそれらの情報は共有されていた。

さて、セットアップはともかく私の興味は4K Retinaディスプレイで見るテキストにあった。
なにしろ自慢ではないが眼が悪く、モニターのテキストが大分読みにくくなっているからだ。写真や動画が綺麗云々よりまずはテキストがいま使っているiMacとどれほど違うかを確認したかった。
パソコンショップの店頭で Retinaディスプレイを見たことはあるが、こうして自由に眼前で比較確認するのは初めてだったからだ。
結果は想像していたより衝撃だった(笑)。最初に自分のウェブサイトを確認したところ、その一部のフォントがギザギザが目立つのを発見して早速手直ししたほどだ。

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※早速Retinaの実力を見せつけられる


以下に2例、 Retinaディスプレイとそうでないディスプレイによる表示の違いを確認してみた。
ただしカラープロファイルや解像度の違いもあり厳密な検証ではないのでその点はご容赦いただきたいが、眼で見た違いが分かるようにしてみたのでご参考にしていただきたい。というより、すでに多くの方がRetinaディスプレイをお使いのことと思うが、私のメインマシンも何とか早々にRetinaディスプレイにしたいと思っている。

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※左がRetinaディスプレイ【クリックで拡大】


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※上が私の現行マシンによる小さなフォントの表示例。下がRetinaディスプレイ表示例









デジタルから少し距離をおこうとする個人的な考察

今回のタイトルは時代に逆行したアナクロニズム丸出しの論と映るかも知れない。無論まったくの個人的な思いであり他人に押しつけるつもりはないが、40年間デジタルを追い続けてきた1人の素直な思いでもある…。それにいまデジカメ全盛時代にあの「写ルンです」が人気だとか。そうした傾向も考えると些かデジタルの疲れが溜まってきたのかも知れない。


毎年登場する新型 iPhoneやApple Watch等など新製品が発表されると心がざわつく。さらにmacOSやiOSも新しいバージョンが今後もリリースされ続けるに違いない。
それぞれが新しい機能満載だから、それらを手にすればきっと楽しいことが増え生活も便利になるだろう...。そう考えて私たちは新製品を求める。

確かにそうした類の進歩や進化を望むことは可能だ。以前できなかったことができるようになり、以前よりスピードが速く明るく鮮明なディスプレイ、あるいはより高解像度のデジカメを手にして写真撮影や編集に意欲が湧くことは素敵なことだ。
スティーブ・ジョブズは世界を変えたというしそれは確かに間違いはない。その恩恵の一部を我々も受けていることもまた事実である。

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ただし私たちはその恩恵により、より豊かに、より安全に、より楽しく毎日を過ごせるようになったのだろうか。
別に世界のあらゆる出来事をAppleに結びつける必要はないが、確かに世の中便利になったし IT 機器の進化により専門的な知識や技術がなくても高度でクリエイティブなことが可能になった。
これはデジタルカメラひとつを考えてみても確かなことで、銀塩カメラとは使い勝手もコスト面からも雲泥の利がある。
でも錯覚をしてはいないだろうか...。

クリエイティプなツールを手にしたからと言って皆が皆素晴らしい作品が作れるわけではないしiPhone 7 Plusのダブルレンズで誰もが人を驚嘆させる写真がとれるはずもない。
こんなことをいうと「夢のない奴だ」と笑われるかも知れないが、パーソナルコンピュータの黎明期から現在のデジタル化の波をモロに経験・体験してきた1人としてこれは実感なのだ。

最初はパソコン...例えばApple II が登場したとき、それはオモチャ同然だと既存のコンピュータメーカーは鼻も引っかけなかった。よくてゲーム機程度にしか評価しなかった。
私も1978年コモドール社製 PET2001というオールインワン・パソコンを買ったとき、親戚のオヤジに「いい歳して30万円ものゲーム機を買ったのか」と揶揄された。

しかしワードプロセッサやスプレッドシートのソフトウェアが登場したおかげで、そして後にDTPと呼ばれるデスクトップパブリッシングが発明されたおかげで社会のあり方は確かにかわった。
皆、時代に遅れてはならじとパソコンのキーボードに向かいワープロを覚え、マルチプランやエクセルを習い、ページメーカーを使えるようにと努力した。それが職場で生き残るためでもあったし、自分のスキルを高めて効率を上げられるからだと考えたからだ。

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とはいえ結果はいちサラリーマンやOLたちが考えていた思惑とは大きく違った。我々は与えられた仕事を正確にそしてなるべく早く綺麗に仕上げ、その見返りとして高い評価を受け、残業をせずに定時で帰りたいと考えた。
しかし残念ながら世の中はそんなに甘くはなく、早く終わった仕事の後には別の仕事が回ってきた。結局帰宅するのはいつもの遅い時間でしかなかった。いわゆるOA化は私たちに1.5倍から2倍の仕事をさせるための手段ともなった。

例えば企業内で印刷物を作ることを考えたとしよう。私がサラリーマンになった時代はやっと大手企業に大型コンピュータが導入され始めた時代だったが、社内向け印刷物ならタイプ室という部署に和文タイプライターをこなす女性たちが専門職として存在したから、その部署に手書き原稿を渡してタイプして貰い、ガリ版で必要枚数を刷ってもらった。「これで100枚お願いします」といえば済んだ。
さらに対外的な印刷物でクオリティを求める場合は手書きの原稿とコマ割りした図や必要な写真を出入りの印刷屋に渡せば見栄えの良い印刷物ができた。
すなわち一担当の仕事は文書の内容を精査し、原稿を書くことで完結したのである。

それがDTPが登場しポストスクリプトプリンタが導入された途端に一般職にもかかわらず、原稿書きはもとよりレイアウトからデザイン、フォントの選択、印刷に至る全行程をやらなければならないはめとなった。無論DTPソフトに精通する必要があるのは当然である。
要は、大げさに言うならコンピュータは仕事のクオリティを上げたが、我々の仕事の量を桁違いに増やしたのである。
パソコンは知的自転車と賞賛され、我々の知的活動の範囲とスピードを大幅に向上させたことは間違いないが、そのサイクル幅は短くなり、結果仕事の frequency が増大することになってしまった。企業にとっては大きなメリットに違いないが人はより働き蜂になるしかなくなってしまったともいえる。

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だから、本来ならスキルを持ったサラリーマンやOLがその恩恵を被り、より豊かな暮らしができるというのがあるべき姿ではないだろうか。しかし現実を見れば企業ばかりが利益を搾取し働く人たちを社畜としていく。私にはその原動力の一つが世の中のデジタル化、IT化であるようにも思えるのだ。

元々こうしたパソコン関連の知識は技能だと考えられた。確かに当初は誰もがパソコンを操作しデジタルデータを駆使して結果を出せるわけでもなかったからそう考えられた。そして技能はビジネスに直結し、Macintoshシステム一式を揃えて望むなら誰でもがデザイナーやクリエーターになれると錯覚した時代があった。
ただしこうしたユーザーが増えるに連れてプロフェッショナルとアマチュアの差を見極める能力のない者にとっては違いがわからず、結局価格の安い”にわかデザイナー” や “素人カメラマン” にプロフェッショナルたちが駆逐される事態も頻発する。

さて、振り返ればこれまで足掛け40年間、Appleの新製品の多くを手にしてきた。近年もiPodやiPhone、iPadそしてApple Watchにしても購入した。そして大げさに言えばその際には喜びも感じたし何かを目標とする意欲も強くなったが、冷静に考えてみればiPhone 4とiPhone 5あるいはiPhone 6になったからといって私の生活の実態が目に見えて良いベクトルへ向かったわけではない。
「あっ君もiPhone 6 買ったの?僕もだ!」という世界の住人であったに過ぎなかったといえば言い過ぎであろうか。

さらに最近あらためて実感したが、私の手元にはAppleの黎明期、パソコンの黎明期からの文書や図版あるいは自身の足跡ともいえる写真などが文字通り大量に残っている。正確に言うならたまたま残ったものもあるが、意図的に集めたアイテムもある。
これらを活用するにはデジタル化やデータベース化が必須だと誰もが思うに違いないし私もその必要性を否定するものではないが、デジタル化こそがデータを生かし保存するための最良の道だとは思わない。

振り返って見ると1977年からコンピュータの世界に足を踏み入れたが、現在写真や文書が残っていない空白の時期がある。その理由はスチルカメラやデジタルカメラが登場し始めた時期だったり、新しいデータ記録媒体が登場したり、カラー画像ファイルのフォーマットが現在とは違っていたりと黎明期特有の狭間だったからだ。
当時デジタルカメラは現在の感覚からすればメチャ低解像度であり、その当時のデジタル写真はいまではブログに載せようにも使い物にならない。しかしアナログカメラで撮ったものは紙焼きとして残っている。また紙焼きだからこそ残ったともいえる。

文書データも同様だ。これまた黎明期に存在した幾多のワードプロセッサはその文書保存の際に独自のフォーマットである場合がほとんどだった。
例えばいま、その文書ファイルを参照したいと思ってもそれを入力したアプリケーションがなければ再現できない。幸いそのアプリケーションを保存していたとしてもそれをインストールし起動するには適合するハードウェアが必要だし、第一近年のOSでは使えない。念を入れてTEXTフォーマットでコピーしていたものしか再現できないのだ。
さらにCD-Rやハードディスクに保存したがために読めなくなった貴重なデータも数多く、思い出したくもない(笑)。それに現在主流になっているクラウドだって、いつサービスが終わるか分かったものではない。

ついでといってしまえば iPhoneといったスマートフォンの登場はソーシャルネットワークの登場もあって「人と人とを繋げるデバイス」と歓迎された。確かにそうした現実も否定しないが周りをよく観察してみれば、社内や家庭においてもそこに相手がいるにも関わらず会話はスマートフォンによるメッセージで、といったケースが増えている。
いや、道を行き交う人々を見れば一目瞭然に違いない。友人と歩きながら、犬の散歩をしながらスマートフォンに向かっている人たちのなんと多いことか。
そうした現実を見るとテクノロジーは人と人を繋いだのではなく人と人とを隔絶させる役割を果たしていると思わざるを得ない。
現代の我々は人間関係の絆の生々しさを薄める感のあるSNSを求めているのかも知れない。

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私にとってMacはなくてはならない道具だが、他にも様々やりたいことが山ほどある。犬との散歩、楽器の演奏、読書、好きな音楽に身を任せること、時には等身大の女性像を造形したり最近は時代小説を書き始めるなど仕事とは距離をおいたミッションもある。

そして「手元の年賀状や領収書はすべてスキャナでデジタル化しましょう」といういった勧めもあるが、私はあえてそれはそれとしても最重要な紙ベースの資料はアナログのまま保存しておくべきだと考えている。さらにデジカメの写真も "これは" と思った一枚はプリントアウトしておくべきだとつくづく思う。
これまで多くのデジタルデータを失った自戒を込めて...。

また他人がどう思うかはともかく、私は電話やソーシャルネットワークで友人知人たちと情報交換するより、一緒に飯を喰いながら、あるいは肩を並べて歩きながら議論する方が好きだ。
バーチャルリアリティも益々期待が高まっているが、それらが有効なのは通常では体験出来得ないものが対象のときではないだろうか。できうるならこの目で現実を見つめ、空気の冷たさや臭いを感じ、この手や指で物に触れ、目の前に座っている友人知人たちと議論をするといった日常をより多く体験したいとつくづく思う今日この頃である。
まあ、こうした感慨に耽るのはまさしく歳をとったということなのかも知れないが…。



ラテ飼育格闘日記(543)

春の真っ盛りということか。桜の多くは満開を過ぎて葉桜になり多くは散り始めている。そんな少々遅ればせながらの桜を満喫しようとラテファミリーは再び都立桜ヶ丘公園に行ってみた。葉桜でもまだ見事に違いないと期待をしながら。


期待通りお花見坂という桜の並木がずらりと並ぶ場所はまだまだ見頃であった。前回は「桜祭り」というイベントに合わせて立ち寄ってみたわけだが、少し時期を外した方が人の出も少ないし屋台もイベントもないので静かだし開放感が違う。
とはいっても我が娘は100%花より団子派なのでオトーサンたちの花見にはまったく協力的でなく終始地面の臭いを嗅いでいる(笑)。

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※冷たくて気持ちいいなあ


一昔前は桜の時期になると両親を連れ、京都にわざわざ桜を見に行った時期もあったが、身近にこうした桜の見所が多々あるので日々ラテとの散歩途中に花見ができるのだからわざわざ遠出しようとは思わない。
都立桜ヶ丘公園の桜を満喫してオトーサンたちは帰路についたが、戻る道々に咲く桜もまた見事だった。

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※再び都立桜ヶ丘公園に遅ればせながら桜を見に行った。そしてオカーサンと記念写真


とはいえラテはやはり桜より大好きな子供たちの方がお気に入りのようだ。
いつもの公園に行くとそこにはお馴染みのファミリーがラテを迎えてくれた。ラテは早速母親に駆け寄って嬉しさを体中で表すし、女の子とはポッキーの端を食べ合ったりする。

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※大好きなファミリーの母親にチュー


他の子供たちのコマンドは無視しても大好きなこの女子の「お座り」「お手」「お代わり」「伏せ」そして「待て」のコマンドはきちんと守るのが微笑ましい。
ときに女子が立ったままでオヤツを上げようとするとラテも後ろ足で立ち上がる。

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※後ろ足で立ち上がり大好きな女子にオヤツを強請る


こうしたお気に入りの子供との接触はラテを生き生きとしてくれるが、子供大好きのラテも大勢の子供に取り囲まれ騒がれたり廻りを走られたりするのは嫌いなのだ。
例えばサッカーボールで足さばきをしながらラテに近づいたり奇声を発したりされると尻尾が下がってしまう。
初対面の大人には拒否反応を示し、初対面でも子供ならフレンドリーなラテでも大好きになった大人と子供と比べると大人の人の方が好きなのだ。

それは多分に安心して向かい合いができるからだとオトーサンは考えている。子供たちの多くがラテに興味を示してくれるのは「可愛い」という感情と共に「生きているオモチャ」といった感覚があるように思う。だから全てが執拗だ。
まあもともと子供に「ワンコの気持ちを察しろ」と求めるのは無理な話だが、ラテの前に三人の学童が座り、それぞれが「お手!」「伏せ!」「ラテちゃんお代わり!」だなんていう光景は珍しいことではない(笑)。

そんなとき手を出された複数の子供の誰にお手をしたら良いかと迷っているラテが気の毒になる(笑)。
子供たちの姿が見えないと寂しいと思いつつ、執拗すぎると大変だという些か我が儘な飼い主とワンコではあるが、そうした時にはオトーサンがラテの思いを代弁し「ほら尻尾が下がったね。ラテ疲れたようだから歩いてくるよ」とその場を離れるのも飼い主の役目である。

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※登校途中の学童たちに囲まれるラテ。総じて女の子たちは静かにラテと対面してくれるのでオトーサンも安心していられる


役目といえば、今日は狂犬病予防注射を打ちに動物病院に行った。ワンコの飼い主にとって1年一回の責務である。
お世話になっている動物病院は体調の良いときの午前中に来て欲しいという。体調が良いときというのは当然だが、狂犬病予防注射は強い薬でもあり、それが原因で体調を壊す例が時々あるのだという。ために午前中の接種であれば万一体調に異変が出ても対処できるからと言うことらしい。
とはいえ動物病院は午前9時からの開院だ。通常どおり、朝の散歩を済ませてから再び支度をしてラテと家を出たが、中途半端な時間帯の散歩は動物病院か美容室だとラテは十分知っている。したがって外に出た途端に「やはりそうなのね」とリードが重くなる。

その午前9時前に動物病院のドアを開けると先客がひと方いらした。ニャンコを連れてきた常連さんのようだが診察室から途切れ途切れに聞こえてくる院長の話しから想像すると重病のようだ。
当初可愛らしく「ニャオン、ニャーオン」と鳴いていたのが何か物理的な処置をされているのか鳴き声が変わった。
その瞬間待合室で不安そうに座っていたラテが立ち上がりアクビを繰り返す。

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※平成29年度狂犬病予防注射証は赤色だった


オトーサンの勝手な想像だが、ラテは生後三ヶ月(推定)から六ヶ月までの3ヶ月間、ニャンコが六匹もいるボランティアの方に預かられていたという。したがってラテはニャンコ文化はある程度理解できるのではないか。
病室で盛んに鳴いているニャンコの辛さでも伝わってきたのか、急にそわそわし始めたラテだった。
そのラテは体重を計り、念のため院長が聴診器などでの内診をした後に背中へ狂犬病予防注射をしてもらった。いつものことだが微動だにせず、声も上げずにミッションは終了。
ちなみに今年、平成29年度の狂犬病予防注射済証は赤色だった。


「フォースメディア 脱臭器 オゾンの力 for トイレ JF-EO3TW」レポート

昨年の8月から、掌に乗るほど小型のBESTEKオゾン発生消臭器 BTAS807WH (白)をトイレ用として使っているがとても快適で具合が良い。ただしこの製品は安価だが、充電式のため長くて1週間程度しか持たずその都度フル充電をしなければならない。無論だからこそコンセントの無い場所でも使えるという利点はあるが、ある意味この手の製品の効果を確認するために購入したようなものだったから、いまひとつ本格的なものをと考えた。


今回手に入れた「フォースメディア 脱臭器 オゾンの力 for トイレ JF-EO3TW」もその名の通り、脱臭・除菌効果の高いオゾンを使って、トイレやリビングの脱臭・除菌ができる家庭用オゾン脱臭器としては本格的な製品である。

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※「フォースメディア 脱臭器 オゾンの力 for トイレ JF-EO3TW」パッケージ


「JF-EO3TW」はサイズがW100×D56×H140 (mm)と大きめだが、よく考えられた製品に思えたので購入を決めた。
まず第一はコンセントタイプの製品だということだ。したがって充電をするといった必要はないし、フィルターの掃除や交換が不要のメンテナンスフリーなのと相俟ってまったく手がかからない理屈だ。

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※JF-EO3TW 本体


第二にBESTEKオゾン発生消臭器 BTAS807WHが1時間毎にオゾンを発生するのに対して「JF-EO3TW」は常に動作中に人がトイレに入ると人感センサーが働き自動的に動作を停止する。ためにトイレ使用中にオゾンを浴び続けることはないという。
ただし本体中央のボタンを押せばすぐにパワーアップモードが始動し、イヤな臭いを素早く除去することもできる。

第三にトイレモード、ルームモードという二つのモードを持ち、トイレモードは約2.2 m³ の広さに対応し、ルームモードなら約23.3 m³(約6畳)の広さをカバーできるという点だ。したがってトイレといった狭いスペースだけでなくキッチンといった程度なら消臭・除菌効果が期待できることになる。

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※JF-EO3TW本体背面


さて動作だが、トイレモードでは動作開始後(設置後)約2分動作し8分スタンバイ状態が繰り返される。またルームモードの場合は約8分動作し2分スタンバイが繰り返される仕組みだ。
そして動作中に人感センサーが反応した場合には自動的にスタンバイ状態なり、トイレモード時に手動ONにすると人感センサーは無効になり約4分間動作が続く。

私の用途は100%トイレ用だが、要はトイレに入った際に脱臭器が動作している場合、人感センサーが働きオゾン発生をストップさせ、トイレから出た後で前記のON, OFFを繰り返すということになる。
よく考えられているという点だが、オゾンを隅々まで届けるためにファンを内蔵していること、前記した人感センサーの感知範囲は3mであり水平・垂直共に約120度と広いことなどの他に、例えば本体正面にコンセントがあることだ。したがってコンセントがひとつだったり塞いでしまったりしても「JF-EO3TW」のコンセントに差し込むことで、シャワートイレなどが一緒に利用可能となる。

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※背面のコンセントプラグ下の突起はコンセント下にあるアースをカバーしてくれる


肝心の効果だが、これは文句がないほどだ。BTAS807WHと比べると動作中にトイレのドアを開けた途端にオゾン臭を感じる。無論この種の家庭用のオゾン発生器は適切な広さ、空間で使用するならオゾンの濃度は危険濃度にはなりえないので安全だという。

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※実際の我が家のトイレで稼働中の「フォースメディア 脱臭器 オゾンの力 for トイレ JF-EO3TW」


まあこればかりはメーカー側が主張するスペックを信じるしかないが、私の家は人間だけでなくワンコの糞も処理するのでやはりこの種の機器は必要なのだ。
この「フォースメディア 脱臭器 オゾンの力 for トイレ JF-EO3TW」のおかげでスプレー式の瞬間消臭剤の使用量も激減している。





驚かされたホテルのドアマンの対応とは?

先日「3000人の顔と名前を覚えたドアマンに聞く【簡単に顔と名前を覚えられる記憶術】」というウェブサイトを見て古い記憶が甦ってきた。記録を調べて見るとそれは1996年11月5日のことだったようである。


その日、日本経済新聞朝刊にアップルの全面広告が載った。それは当時のCEO ギルバート・アメリオ氏の大きな写真と共に「メーカーの理論より、ユーザーの実感の方が、はるかに正しい」というコピーが印象的だった。
実はその日はホテル・オークラでアップルジャパン主催のエグゼクティブミーティングがあり、来日したアメリオ氏も同席するということでデベロッパーの一人として私も招待を受けていた。

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※1996年11月5日、日本経済新聞朝刊に載ったアップルジャパンの全面広告。当時CEOのギル・アメリオ氏から直筆サインをいただいた


私は朝刊の広告を見ながらふと思いついた。この新聞を持参しアメリオ氏本人にサインをしてもらおうと...。
まあ実際にそうしたタイミングがとれるかどうかは会場に行ってみなければ分からないが、チャンスがあればよい記念になると思ったのだ。
結果は嬉しいことに一言二言会話ができ、握手もできたしサインも嫌な顔もせず笑顔で応じてくれた。
この辺のエピソードに関しては「前Apple社 CEO ギルバート・アメリオの思い出」に詳しいのでご参考にしていただければ幸いである。

さて本題だが、アメリオ氏のサインのことではない。
私は自分の会社から車でホテルに直交したが、残念ながらホテル・オークラを多々利用したことはなかったはずだ。過去に一般の客として出入りしたことはあったかも知れないが、馴染みだったとか定宿だったということではなかったから一見の客であった。

ハイヤーがエントランスに着くとさすがに一流ホテルだ。ベルボーイが「いらっしゃいませ」と開いた車のドアを押さえて笑顔で迎えてくれた。
私は会釈し、コートの裾に注意しながら車から降りフロント入り口へと向かった。
そこで初めて驚くべき体験をしたのである。

ドアは自動ドアだったと思うが、入ったその脇に中年のドアマンがいた。優雅な足取りで私の方へ向かってきた。そのときドアマンは「いらっしゃいませ松田様」といいながら手荷物を持ってくれた。
「お世話をかけます」といいながら私は「凄いな」と感激していた。
たかが名前を呼ばれただけではあるが、ドアマンとは当然のことながら初対面なのだ。これが度々利用していた御茶ノ水の山の上ホテルであれば顔と名を覚えて貰うほど利用していたから当然としてもこのホテルは繰り返すが一見であった。無論コートに名札がついていたわけではない(笑)。

前記したウエブのニュースでは3000人の顔と名前を覚えているドアマンの話だが、それ自体努力の賜でありサービス業としては素晴らしいことだと思うが、ドアマンはどこで私の名前と顔を知ったのだろうか。
意地の悪い私はドアマンがいた付近に馴染みのアップル担当者でもいて「あれは松田さんです」と耳打ちでもしているのかと注視したがそれらしい人物もいなかった。

ということは本日アップルのイベントがあり、当該時刻には多くの招待客がこのロビーへと足を踏み入れるということで、推測だがアップルから招待客の顔写真と名前といったリストがホテル側に渡され、それをドアマンが意識的に覚えたということ以外に考えられない。しかし招待客の数は500人にも上っていたのだからどうにも釈然としない。
著名な政治家とか芸能人であればともかく一般客の名前をそらんじる努力は仕事とはいえ大変なことに違いない。
「それがサービスなのだ」といってしまえばそれまでだが、これまで多くのこうした催事に参加してきたが、ドアマンからいきなり名前を言われたのはこの時だけでありその後は経験していない。




Instagram、「コレクション」を追加し、お気に入りのフィード投稿を整理し保存可能に

Instagramは4月17日(米国時間)、保存機能でブックマークした写真や動画を整理できる「コレクション」を新たに追加した。コレクションにどの投稿を保存したかは本人のみが閲覧でき、他の利用者に表示されることはない。


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昨年12月に保存機能が発表されて以来、およそ半数(46%)の利用者が1件以上のフィード投稿を保存している。次の旅行を計画したり、お気に入りのアーティストの作品を見返したり、大好きなペットの動画をいつでも見られるようにするなど、もう一度見たい写真や動画を自分だけのコレクションに整理することで、より見やすく管理することができる。

保存したいフィード投稿の右下にあるブックマークアイコンを長押しすると、既存のコレクションに追加、もしくは新規コレクションを作成して保存することができる。また、コレクションの名前も自由に編集することができる。

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ラテ飼育格闘日記(542)

4月6日、近隣の小学校は始業式とかで子供たちの姿を久しぶりに見ることが出来た。またお馴染みとなったファミリーもご実家から戻ってこられたのでラテの笑顔が増えた。しかしさすがに暖かくなってはきたものの、これからは気温が上昇するにつれラテが動かなくなるのが毎年の悩みでもある。


この約二週間、春休みだったから公園に子供の姿が見えずラテは寂しい思いをしたに違いない。
いつもの公園に入ったきり45分も動かない日があった(泣)。待っていればきっと誰かが来るに違いないと思っているのかも知れないが、ワンコに春休みがどうのこうのと説明できないのはもどかしい(笑)。

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※なんで誰もこないのよ!?


その分、オトーサンたちはほとんど行ったことのない遠くの公園に立ち寄ったり、駆けっこに誘ったりと工夫をしてきたが毎日のことだから取って付けたようなことは長く続かない。

そんな4月3日の夕方、公園で「ラテちゃ〜ん」という声と共にお馴染みの女の子が駆け寄ってくれた。ファミリーの方々がご実家から戻られたからだ。
ラテはもう大変で、尻尾をお尻ごと振り、体を低くして捻るように女子に近づき口元を舐めにいった。その後、母親と息子さんも公園に来られたことでラテのテンションは最高に盛り上がった。

たまたまラテのご機嫌伺いでオトーサンが持参していたポッキー(チョコレートがかかっていない部分)を口にしてそのままラテに食べさせるという遊びをやっていた。それを見た女子が「私もやってみたい」という。
2センチほどのポッキーの切れ端を唇に咥え、ラテに食べさせるということはよぼどの信頼がないとできないに違いない。両端から人とラテが同時に食べていき、最後にチューをするという遊びは10年ほど前初めて経験したときには正直びっくりした。

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※10日ぶりに会えたファミリーにラテは狂喜乱舞。ポッキーの口移しをはじめた(笑)


ふとラテと遊んでいた当時小学3年か4年生の女子を見るとポッキーのチョコレートコーティングしていない部分を食べ合っていたのだ。思わずリードを引こうとしたがすでに行為は終わっていた。
「大丈夫?」とオトーサンが心配すると女子は「私とラテの仲だもの大丈夫よ」と笑って「もう一回やるからオジサン見ていてね」という。思わずオトーサンはデジカメを取りだして撮影した。

その後オトーサンも真似して何度もやってみたが、ときおり前歯で唇を挟まれることがあるものの噛まれたことはなかった。しかしそれもラテが信頼している人でなければ成立しない遊びだ。
久しぶりに会った女子はさすがにラテが好きな女子だけのことがあり、ラテは行儀良くポッキーの一端を口にした。
その後は母親も試されたがラテは大好きな方なのでオトーサンは安心して見ていられたもののいつでもリードを引けるように細心の注意をしていたのは当然のことだ…。
その後、暫くぶりで会ったからか、ラテは女子の後を嬉々として追いかけ回していた。

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※公園内ではあるが女子について回るラテ


翌々日も公園でその女子と会えたラテはそれが当たり前のような顔をして飛びついていた。そういえばその日、一緒に公園を後にしたとき、女子が「ハイタッチ!」とオトーサンに手をだしてくれた。オトーサンは嬉しさ頂点でハイタッチを2回して別れたが、なかなかこうした触れ合いはできないものと思っているので幸せいっぱいでラテと家に向かった。

そして4月6日の朝がきた。今日は始業式だと聞いていたので早めに散歩に出て、ラテに排泄をさせてから小学校に向かう通学路に連れて行った。

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※二週間ぶりに登校する学童たちと一緒に歩く


幾多の子供たちの姿を遠目に見たラテはすでに尻尾を振っている。早くも国道を介した向こう側の歩道から「ラテちゃ〜ん」の声が聞こえる。ラテ久しぶりの学童たちとの再開だった。

ほんの10分程度ではあるが、数人の子供たちに囲まれ、追いつ追われつ学校まで歩く姿はまさしく仲間といった感じ。ついでにラテにランドセルでも背負わせたらどうかとオトーサンは馬鹿なことを考えた(笑)。

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※小学校の桜が見事に咲いていた


校門まで一緒に行き、そこで別れたがふと見上げると桜が見頃に咲いていた。



東京のジオスタンプを含む、3つのスタンプツールをインスタグラム ストーリーズに追加

Instagramは4月13日(米国時間)、インスタグラム ストーリーズやダイレクト機能で使えるスタンプツールを新たに追加し、日本在住のアーティストによるデザインで、東京限定で利用できるジオスタンプも発表した。


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現在、世界中で毎日2億人以上の利用者がインスタグラム ストーリーズを利用している(2017年4月時点)。新たなスタンプツールを利用することで、ストーリーズ投稿や先日アップデートされたダイレクト機能のやり取りをより一層楽しく、クリエイティブに演出することができる。

今回、新たに追加される3つの機能は以下の通り。

4都市限定のジオスタンプ:
ニューヨーク、ジャカルタに続いて(2017年3月)、東京、シカゴ、ロンドン、マドリードの4都市でもジオスタンプを利用できるようになる。今回、初めての試みとして各地域在住のコミュニティメンバー(利用者)がスタンプをデザインしており、日本では日頃からInstagramを利用している6名のアーティストが東京の名所や地区を表現した。またジオスタンプをタップするとアーティスト名が表示される。

セルフィースタンプ:
カメラアイコンが付いたスタンプを選択すると、ミニセルフィーを撮影し、セルフィースタンプを作成することができる。タップするフレームのデザインが変わるほか、サイズや配置も自由に調整できる。

スタンプをピン固定する:
動画内の一定の位置に、セルフィースタンプを含む全てのスタンプやテキスト、絵文字などをピン固定できるようになる。スタンプやテキストを長押しし、配置したい場所で[長押しで固定]をタップ。

Instagram




別次元のジョブズ本、脇英世氏の新刊「スティーブ・ジョブズ」II と III に寄せて

2017年4月10日、「スティーブ・ジョブズ」と題する2冊の書籍が出版された。「スティーブ・ジョブズ II 〜 アップルIIIとリサの蹉跌」と「スティーブ・ジョブズ III 〜 マッキントッシュの栄光と悲惨」である。ちなみに本シリーズの I にあたる「スティーブ・ジョブズ 〜 青春の光と影」は2014年10月10日に出版されているからその続編という位置づけの新刊書である。


これらの著者、脇英世氏にはこの3冊とは別に「スティーブ・ジョブズの揺りかご 〜 シリコンバレー」という著書もあるが、私にとって近年スティーブ・ジョブズのあれこれを書くとき一番信頼に値する資料なのだ。
今回はこれら脇英世氏著「スティーブ・ジョブズ」シリーズ本の特徴をご紹介したいと思う。

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ご承知のようにスティーブ・ジョブズに関する書籍は数多い。公式伝記と称されるウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」はもとより、彼とアップルの歴史を語るもの、スティーブの名言を綴ったもの、そのプレゼンテーションの妙を紹介しあやかろうとするもの、スティーブ流ビジネスといった視点のものなどなど多彩である。
それだけスティーブ・ジョブズという男がさまざまな意味で注目され、良くも悪くも不世出の天才経営者、ビジョナリーとして評価されていることを意味する。

我々はそうした伝記や関連本を読むことで特異な能力を持つスティーブ・ジョブズという男を理解しようと試みる。アップルコンピュータというガレージカンパニーからスタートし、最も成功したパーソナルコンピュータメーカーの歴史を辿るストーリーに接し心躍る。そもそも我々読者はサクセスストーリーが好きだ。それもとびきりユニークで面白いストーリーが…。
しかしそれぞれの本は視点というかコンセプトが定まっているから、アップルやスティーブ・ジョブズの一端を紹介しているに過ぎないことはまず理解しておくべきだろう。それにこの種の本は多くの関係者に取材するのが定石だとしても間違いが多々存在する。また意図的に事実を曲げてある本もある。

例えばスティーブ・ジョブズが最初に付き合い、後にリサと名付けた娘を産んだ女性の名はプライバシーを考慮してか長い間こうした書籍では伏せられていた。
ジェフリー・S・ヤングとウィリアム・L・サイモンの共著「スティーブ・ジョブズ 偶像復活」によれば彼女の名はクリス・アンとされたし、マイケル・モーリッツ著「スティーブ・ジョブズの王国」ではナンシー・ロジャースと書かれている。こうした例はデリケートで特異なケースだが、書籍に書かれていることを100%真実だと鵜呑みにしては間違いだと言うことの好例だ。ちなみに彼女の本名はクリスアン・ブレナンである。

ともあれ伝記にしてもノンフィクションにしても複数の著作の内容を付き合わせてみると違っていたり重要な出来事だと思うことが抜けていたりすることが多いのもこの種の本の宿命である。
しかしこうした本と比べると脇英世氏の一連の著作はかなり異質であることがわかるだろう。

本書のスタンスは「スティーブ・ジョブズ ~ 青春の光と影」のまえがきに「スティーブ・ジョブズの個別のエピソードをあまり克明に追求することよりも、スティーブ・ジョブズが生まれ育った時代はどんな時代であり、スティーブ・ジョブズは、そこにどう位置づけられるかに重点を置いた」とある点に集約されている。
時代背景や生まれ育った環境を無視して人の人生を語るなど無意味でもあるし読む私たちにとっても役に立たないと思う。

また私が脇英世氏の著作に信頼を感じるのは可能な限り一次資料に当たっていることにある。そしてスティーブ・ジョブズがなにをしたかだけでなく、どんなことに関心を示し何を考えていたかを浮き彫りにしてくれるし、それまで膨大な関連書や資料を読んできたつもりだった私などにも知らない事が多々あることをあらためて気づかせてくれる本であった。
要は誤解を恐れず申し上げれば、脇英世氏の著作は良い意味で「売れることをあまり意識されていない」と感じるのだ。要は出版側や読者に媚びず、物事をありのままに追っていくその姿勢はやはりジャーナリストのそれではなく学者の姿勢であると感じる。

したがって「スティーブ・ジョブズ II ~ アップルIIIとリサの蹉跌」と「スティーブ・ジョブズ III ~ マッキントッシュの栄光と悲惨」および「スティーブ・ジョブズ ~ 青春の光と影」はスティーブ・ジョブズやアップルの伝記というより資料の塊なのである。
そのボリュームも尋常ではない。1980年代あたりから1985年のスティーブ・ジョブズがアップルを追放されるまでの6年間にフォーカスした2冊合計で800ページもの詳細な内容である。

さらに近年の著作の多くは索引が省略されているものも多い。しかし本書はさすがにきちんと索引が用意されているし、引用・参考文献のリストも充実し良質の資料たる所以でもある。
なお僭越ではあるが、「スティーブ・ジョブズ III ~ マッキントッシュの栄光と悲惨」の引用・参考文献のリストの中に脇英世氏が推奨するホームページとして私の名が、あのスティーブ・ウォズニアック氏とアンディ・ハーツフェルド氏と共にご紹介いただいている。大変光栄であり、ありがたく励みになる。

最後に脇英世氏はご承知の方も多いと思うが工学博士で、2008年より東京電機大学工学部長、工学部第一部長、工学部第二部長を2期勤め、現東京電機大学工学部情報通信工学科教授である。先月まで同大学の出版局長でもあったが出版局長を3月31日を持って退任されたという。
無責任な一読者としては是非是非「スティーブ・ジョブズ IV」登場にも期待したい。


  



Instagram、ダイレクト機能をアップデートし新しい受信箱のユーザーインターフェースを発表

Instagramは4月11日(米国時間)、特定の利用者と写真や動画を共有できるダイレクト機能をアップデートし、よりシームレスにビジュアルコミュニケーションを楽しめる新しい受信箱のユーザーインターフェース(UI)を発表した。


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新たなダイレクト機能のUIでは、従来別々に表示されていた閲覧後すぐに消える写真・動画と、通常のテキストやフィード投稿のシェアなどのやり取りが、全てひとつのスレッド内にまとめて表示されるようになる。
現在、世界中で毎月3億7500万人もの利用者がダイレクト機能を利用している(2017年4月時点)。特に、近しい友人とのコミュニケーションに使う利用者が多く、1人の利用者がやり取りするメッセージのうち、平均して85%は同じ3人を対象に送受信しており、グループの平均サイズは2〜3人と少人数であることが分かっている。
このように、ダイレクト機能を介して多くの利用者が趣味や関心ごとを友人同士で共有し、繋がりを深めていることに伴い、Instagramでは今後もダイレクト機能をより充実させていく予定。

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「聾瞽指歸」をご存じですか?

ニューヨークのメトロポリタン美術館などにいくとその収蔵品はもとよりミュージアム・グッズの豊富さに圧倒される。しかし日本の博物館はそれが貧弱だったが近年だいぶ豊富な品ぞろいとなってはいることは喜ばしいと思っている。今回は大昔に京都国立博物館で求めた弘法大師著作「聾瞽指歸(ろうこしいき)」のレプリカをとりあげる。

■歴史上の興味ある巨人
もしここにタイムマシンがあり、歴史上の人物の誰にでも会うことができるなら貴方は誰を希望するだろうか。
私には日本の歴史上会って話をしたい人物が3人いる。笑わないで聴いて欲しい...。その3人とは聖徳太子と弘法大師空海、そして幕末に無血開城を導いたあの勝海舟である。

なぜこの3人なのかと問われてもいまはその理由を聞いていただく場ではない。しかしなかでも弘法大師空海は宗教家として歴史に大きな足跡を残したことを別にしても日本の歴史上希有な人物でありいわゆる万能の天才だったようである。奇しくもあの司馬遼太郎氏も自著「空海の風景」において「空海を肉眼でみたい...」といわれている。

さて、万能の天才というと私たちはすぐにあのレオナルド・ダ・ヴィンチを思い出すが、彼と比べられるような歴史上の日本人を思い出そうとしても残念ながら難しい。せいぜい名高い戦国武将たちや一部の学者・芸術家程度しか頭に浮かんでこない。
結局「万能の天才」といったキャッチフレーズに当てはまるほどスケールの大きい人物は日本には生まれてこなかったようにも思える。
しかし空海...後の弘法大師だけは世界の天才達と肩をならべても遜色のないほど多方面で実績を残し、伝説的な語りぐさになっているだけでなく事実後世に大きな影響を残した巨人であった。

第十六次遣唐使として当時の世界一近代国家であった唐に渡った時、通訳がいらなかったといわれるその言語能力やかの地の一級の知識人たちが舌を巻いた文章力、さらに後に嵯峨天皇と橘逸勢(たちばなのはやなり)らと三名筆と呼ばれたことを考えるとまさしく超人である。そして故郷の満濃池による水害を救った土木技術はもとより、日本に筆の工法を持ち込んだとされる話やいろは唄の作者だとされる伝説も彼ならあり得ると思わせるリアリティを持っている。事実、空海は唐から真言密教と共に当時最先端の文化やテクノロジーをも持ち帰ったのだ。

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※京都国立博物館内のミュージアムショップで購入した「聾瞽指歸」と弘法大師空海像の軸


話を戻そう...。今回のテーマだがその空海が唐に渡るはるか前、延暦十六年(797)十二月、彼が二十四歳のとき(一説では二十五歳)に書き上げた一種の戯曲作品であり優れた漢文で書かれているという「聾瞽指歸(ろうこしいき)」である。
この原本は高野山金剛峯寺所有物としてその霊宝館に保管されている国宝であり、弘法大師空海の真筆とされているものだ。どうやらもともとは一巻の巻物だったようだが現存している物は上下二巻に分かれた巻子本であり、わが国漢文学史上の白眉とされる貴重なものなのである。
そのような国宝とMacテクノロジー研究所にどんな関係があるのかといえば、実は以前「聾瞽指歸」の複製縮小版を京都国立博物館内のミュージアムショップで購入し愛蔵しているからだ。

■「聾瞽指歸」とは?
興味深いことに弘法大師の作として「聾瞽指歸」とほとんど同じ内容の「三教指歸(さんごうしいき)」という作品がある。その違いとしては序文と巻末にある詩が違うものの、その他の大部分でほんの少しの字句を変えている程度だという。どうやら「聾瞽指歸」が原作であり「三教指歸」はそれを書きあらためたということらしい。ちなみに「聾瞽指歸」とは「無知の者に生きる価値...仏道への指針をさし示す」といった程度の意味のようである。

さて空海は十五歳の時に都にのぼり、十八歳の時に当時の中国の制度をまねて設けられた大学に入学している。またそれ以前においても母方の叔父にあたる阿刀大足(あとのおおたり)という当代一流の漢学者について漢籍を習っていたというから中国語はもとより経書や中国文学についても当時から相当な知識を身につけていたと思われる。しかしその後の彼の行動や著作などから察するに世俗的な栄達を目指す教義としての儒教に満足できず、大学を中退し仏教に傾倒していった。

仏門に入ることに反対した親族たちに空海は「私が思うに、人間にはいろいろの性質があるので、それに応じて聖人の教えも三種ある。それは仏教と道教と儒教である。教義に深いと浅いの相違はあろうが、いずれも聖人の教えであって、どれか一つに入れば、忠孝にもとることはない」という言葉を残しているという。

当時聖人の教えとされていたものに仏教・道教・儒教の三つがあったが「いろいろと良い教えはあるけれども結局仏教が一番優れており、仏教は素晴らしい」とその理由を表明しているのが「聾瞽指歸」なのである。
それも戯曲風に仕立て、亀毛(きぼう)先生という登場人物に儒教を説かせ、虚亡隠士(きょぼういんじ)が道教を語り、そして仮名乞児(かめいこつじ)は仏教を説く。そして結局は仏教の真理がもっとも優れている事を皆が納得するまでの経過を対話により解説している。

いい換えれば「聾瞽指歸」は若い日の空海自身の思想遍歴や実体験を基として自らの決心を述べたものであり、仮名乞児は当時山野に入り苦行・荒行を実践していた自分の姿を映したものといわれている。
この「聾瞽指歸」が注目されるのはその後膨大な著作を残すことになる空海の第一作であることだ。
私が所持しているものは冒頭にも記したとおり京都国立博物館において買い求めたものだが、昭和48年(1973)に株式会社便利堂から出版されたものらしい。

それは縮小版とはいえ原本と同じく上下二巻の巻子本になっているのでただ単に活字本を見るより雰囲気が伝わってきて大変好ましい。また解説書として高野山霊宝館々長の山本知教氏になる小誌が付いている。
ただしいうまでもなく中国六朝から唐代にかけて使われた四六駢儷体(しろくべんれいたい)で書かれた空海の直筆を私がそのまま読める訳はない。
日常愛読しているのは「弘法大師 空海全集」(筑摩書房刊)であり、ここには読み下し文と口語訳、そして大変詳しい解説などが載っている。

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※「聾瞽指歸」のセット内容


ところでこれまで何回か「巻子本」と表記したがこれは「かんすぼん」あるいは「けんすぼん」と読む。念のため記せば「巻子本」とは近年のような冊子形式をとる以前に行われた図書の古い形の装丁であり、俗に巻物といわれることは周知のとおりである。
絹や和紙を横に長く継ぎ合わせ、軸を芯(しん)にして巻いたもので中国では後漢から唐にかけて広く行われたが、わが国へは奈良時代に伝えられ、以来江戸時代まで経巻や絵巻物などに多く使われた形式だという。

■空海グッズも…
司馬遼太郎氏によれば戯曲の形で思想の優劣論を書いた例は中国にもないはずのようだ。ともかく1200年ほども昔、それも24歳の青年の頭脳から生み出された「聾瞽指歸」は仏教に興味はない人でも一読に値すると思う。いまでは平易な現代日本語訳も出ている。
とまあ...そんな具合だから私は空海ファンである(笑)。したがって京都に寄れば必ずといってよいほど教王護国寺(東寺)に足が向く。そしてその国宝館をはじめ金堂や講堂を廻り、大日如来脇侍の月光菩薩に「また来たよ!」などと心の内で声をかける。

その東寺は西寺と共に平安京の正面に位置する官寺であったが弘仁十四年(823)に弘法大師空海に勅賜され、空海はその東寺を真言密教の根本道場とした。まあ空海にとっては高野山は即身成仏を目指す修業の道場、そして東寺は一般大衆に向けての教化道場といった性格であり、ちょうど密教の両界曼陀羅すなわち金剛界曼陀羅と胎蔵界曼陀羅のように切ってもきれない車の両輪のような存在だったに違いない。
その後「聾瞽指歸」に味をしめた私は東寺において空海を描いた軸なども手に入れた。特に気に入っているのは密教の法具のひとつである「独鈷(とっこ)」のミニチュアだが、これはペーパーウェイトの代わりとして大変重宝している。

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※東寺で購入した独鈷。ペーパーウェイトとしても重宝している


【参考文献】
・「弘法大師 空海全集」筑摩書房刊
・「国宝 聾瞽指歸 解説」便利堂刊
・「空海秘伝」東洋経済新報社刊/寺林峻著
・「空海の風景 上下巻」中公文庫/司馬遼太郎著
・「空海の思想について」講談社学術文庫/梅原猛著
・「曼陀羅の人 上下巻」TBSブリタニカ/陳舜臣著

※本稿は2000年にMac Fan誌に連載した「松田純一の好物学」の原稿を再編集したものです。


EPSONインクジェット複合機 カラリオ EP-879AW その後の困ったこと

EPSONインクジェット複合機 カラリオ EP-879AWファーストインプレッション」でお伝えしたように、この複合機はコンパクトであり安価、そして機能的にも十分なコストパフォーマンスの高い製品である。とはいえ二週間ほどあれこれと使ってきた感想では手放しで喜べることばかりではなかった。


EPSONインクジェット複合機 カラリオ EP-879AWは良いプリンターだと思う。トラブルが無ければ(笑)。コンパクトだし印刷も静かで速い。そのクオリティもよいし普通はこれで不足はないに違いない。
しかしやはりというか問題が起こった…。

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※EPSONインクジェット複合機 カラリオ EP-879AWは基本適には良いプリンターだと思う。トラブルが無ければ(笑)


いきなりの話しで恐縮だが、Wi-Fi接続をとりあえず諦めUSBケーブル接続で使い始めた。それは初期設定でプリントおよびスキャナ機能もiMacとの間で無線接続が問題なくできたので喜んだが、CD/DVDのレーベルプリントだけがWi-Fi接続で使えないのだ。無論CD/DVDのレーベルプリントの実行はEPSONがウェブサイトで供給している「PrintCD」version 2.41.00Jを使う。
どうにも旨く行かないのでEPSONのサポートに電話をしてみたが、結果として問題を解決することができなかった。

そうしたこともあってまとまった時間が取れるようになったら再度Wi-Fi接続設定をゼロからやってみようと思っているが、即使いたいから購入したわけでありUSB接続では問題がないようなのでこれでしばらく活用してみようと思う。
そういえばその「PrintCD」というアプリの使い勝手の悪さにイライラした。

使えるということと、使う気になるレベルには大きな差があるのだが、今どきのアプリケーションとしてはお勧めできるものではない。
結局BeLight Software社の「Disc Cover ver.3.1.3」を購入した次第。プリント位置の確認及び微調整は必要だが使い勝手は雲泥の差である。
ハードウェアに付属のアプリだからしてオマケ感覚で良いと思ったら間違いだと思う。こうした点は気が向いたら別途レポートしたいと考えている。

さてEP-879AWでは各種のプリントテストの後にデジカメのデータを写真用紙に印刷することを30枚ほど行った。まったく問題なく印刷のクオリティも満足な結果だったのでまずまずと思っていた。その後一週間ほどEP-879AWの電源は入れたまま印刷を行う機会がなかった。
一週間ほど後になってまたまた写真印刷をやることになった。ハガキサイズの写真印刷用紙を使って10枚ほどの印刷が目的だったが、出てきた結果は無残だった。

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※右が正常な印刷結果だが、一週間ぶりの印刷は左のような結果となった【クリックで拡大】


まず色味が違うこと、そしてなによりも橫縞の線が入っているのだ。

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※また印刷は細かな横線が目立った【クリックで拡大】


そういえば7年ほど前まで使っていたEPSONのインクジェットもヘッドの目詰まりに悩まされたことを思い出した。
ともあれまずはヘッドの目詰まりの確認をしてみるとライトマゼンタのヘッドが大幅に目詰まりしている結果となっていた。
早速クリーニングを開始するが3回やっても完全にはならない。問題なのはこうしたヘッドクリーニングにもインクが消耗することだ...。

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※ヘッドの目詰まりの確認をしてみるとライトマゼンタのヘッドが大幅に詰まっている


3回目のクリーニングが終わった途端にシアンやライトマゼンタのインクが無くなったというメッセージが出た。
プリンタ購入時に同梱されている6色の各インクはいわゆるセットアップ用インクという扱いだ。したがって容量が市販品と同様なのかは不明だが、まあ早めに無くなっても文句をいうつもりはない。
それにライトマゼンタのプリンタヘッドの目詰まりが完全に修整されなかったこともあり、インクカートリッジを変えることで改善されることを期待してそれぞれのインクを交換。その後小一時間のリカバリー作業で結局購入時にセットしたすべてのインク交換と相成った。問題のノズルの目詰まりは100%完全ではないが実用レベルになったのでとりあえず仕事を優先。

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※交換用インクを用意しておいてよかっ


ところでヘッドの目詰まりに関してだが、原因は電源を切らなかったことにあるようだ。それ以前に使っていたCanon MP990ではほとんど電源を切らないままでも目立った問題は発生しなかったからその癖でついEP-879AW の電源を切らずにいたことでヘッドのノズルが乾燥してしまったものと思われる。
Canon MP990は電源ON後に印刷出来るまでかなり時間がかかることから電源を切らずにいたがそれが原因のようだ。
ちなみにテストしてみるとEP-879AWは電源ONにしてから印刷出来るまでの待ち時間が苦にならないほど短い。これならノズルの乾きを防ぐために使用後はきちんと電源を落としておこうと反省。

実はそれまで機能をOFFにしていたが、EP-879AWは使用後30分後から最長12時間後に自動的に電源OFFとする設定ができる。また電源がOFF状態であっても「自動電源オン設定」が設定されている場合、印刷が実行されると自動的に電源が入り排紙トレーが引き出され印刷が開始される。その際電源OFFの状態から印刷可能になるまでの時間は短時間であり、繰り返すがノズルを保護し結果インクの消費を軽減するため「自動電源オン設定」および「自動電源オフ設定」は設定しておいた方がよいだろう。

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※「自動電源オン設定」および「自動電源オフ設定」にセットした


なおライトマゼンタの印刷状況に関してはこれからもしばらく注視し、どうしても改善しない場合はサポートに連絡し修理を考えなければならないかも知れない。



ラテ飼育格闘日記(541)

今更ではあるが、我が娘はいささか我が儘に育てすぎたかも知れない。何しろ飼い主、オトーサンが「ラテ!」と呼んでも耳さえ動かさないで無視することもあるしオカーサンにチューをしている場面に遭遇したからとオトーサンがラテに顔を近づけるとあからさまにそっぽを向く(笑)。


この前など散歩から戻ってオトーサンが四つ脚をぬるま湯で洗ったまでは良かったが、タオルで拭こうと前足を手に取ったら「ウッ」と威嚇しやがった。
またまた肉球でも噛んで痛い箇所をオトーサンが触ったのかと思ったが、そうであればぬるま湯に浸して洗った際に痛がるはずだ。
で、また同じように前足を手に取ったら今度は何ごともない。フィードバックしてみると先ほどオトーサンがラテの前足を手に握った際、些か手慣れていたのでぞんざいだったことに気がついた。

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※公園に子供の姿どころか人っ子一人いませんでした(涙)


といっても痛いほど握るとか、関節技になるような扱いでなかったがどうやら痛いというより雑に扱われたことを怒ったようなのだ(笑)。また体を拭く際、腹ばいでは拭けないからと「ラテ、立って」といいながら立たせようとすると嫌だという具合に「ウッ」と歯をむいて威嚇するときがある。
あまりに生意気なときには手加減しながらも頬を平手打ちにすることもあるが、これは育て方…飼育方法というより元々の気質・性格に関係するのだろう。要は何でもかんでも人に媚びるという類のワンコではないのは幼犬時代からなのだ…。
ともあれある意味、オトーサンがワンコを飼う前から考えていた理想に近いワンコになったというべきなのだがすべては飼い主であるオトーサンの責任でもある…。

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※オトーサン、オカーサンと都立桜ヶ丘公園という広大な公園に行ってみた。お花見坂という場所は後1週間ほどで桜が見頃になるという


オトーサンがラテを飼う前、ワンコを飼おうと決心したとき目標というか理想と考えたのがオーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ(1903年~1989年)の著書「人 イヌにあう」にあるワンコたちの姿だった。
コンラート・ローレンツはハイイロガンのヒナに自身が母親に間違われたことからインプリンティング(刷り込み)現象を発見し、1973年にはノーベル賞医学生理学賞を受賞したが、自著「人 イヌにあう」の「イヌの個性」の項に登場するローレンツと愛犬スタシの実話は涙なくしては読めない。
こうした絆こそ私が愛犬との間に求めているものだと感じ、他人に迷惑をかけない、あるいは飼い犬として最低限守らなければならないことさえ理解させれば後はあまり五月蠅いトレーニングなど必要ないのではないかと考えた。

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※コンラート・ローレンツ著「人 イヌにあう」至誠堂刊


言い方を変えるなら、オトーサンはブリーダーになるために犬を飼おうとしたわけでもなく、ドッグショーで愛犬を優勝させたいわけでもない。そして犬のサーカスをやろうとするのでもなく、命のあるオモチャとして犬を求めたわけでもない。ましてや自身の憤怒の矛先を向ける相手を犬に求めるわけでもない。人生の友人として連れ合いたいと願っただけだ...。
だから、例えば本来「お手」とか「お回り」などは教える必要もないと思った。必要なコマンドは「待て」「来い」「伏せ」そして「お座り」程度で十分だと考えていた。

ローレンツは「追従は、イヌが持つ最悪の欠点のひとつである」といっているし「野生のときの形質をあまりなくしていないイヌが好きだ」とも。そして「訓練によってイヌの本当の性質がひどくそこなわれることが嫌い」ともいっている。
ただしオトーサンは飼い主はもとより人に危害を加えるようなワンコに育てようとしているわけではない。ワンコの訓練とはいってもラテは一般的なコマンドのほとんどを数日で理解し覚えてしまったのだ。

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※散歩の途中で一休み。オカーサンが買ってくれたアイスクリームを少し舐めました


だから、飼い主に全幅の信頼を持つものの100%追従することはないというワンコがローレンツの理想とするイヌに違いないしそうした考えに共感したオトーサンにとってラテは正しくそれに近いワンコに育ったと言える。
要は鋭敏で排他的、自主的な性格だから扱うのは容易ではないかも知れないが、ローレンツに言わせれば「この種のイヌをよく知って理解している者のみがその心に潜んでいる驚くべき資質をひきだし、そこから本当の喜びを得ることができるのだ」ということになる。まあラテの資質を引き出しているかは心許ないが。

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※大嫌いなレインコートを着せられ耳が下がってしまったラテ


前記した「人 イヌにあう」をお読みになった方ならローレンツが軍務で自宅を離れそして再開したとき飼い犬だったスタシの行動に感動したに違いない。それと単純比較するつもりはないが、ラテを初めてペットホテルに預けた際、ラテは夕方と朝の2食をまったく食べなかっただけでなく水を一滴も飲まなかったし短い散歩に連れ出してくれたときにも一切排泄もしなかったという。
ペットホテルのオネーサンは「ラテちゃんは口をつけない容器を鼻面で移動して隠すようなことをするんですよ」と困ったとも感心したとも取れる報告をしてくれた。
やはり預けられたのは初めてのことだったからノラの時期を体験し、保護世話してくれる人間が変わることを経験してきただけに「捨てられた」と思ったのかも知れない。

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※つまらない時は寝るに限るとオトーサンの掛け布団に沈んで爆睡


そしてオトーサンが次の日の夜に迎えに行ったとき、オオカミの遠吠えのような奇妙な声を張り上げてオトーサンに飛びついてきたラテだったが、どうしてもそれが本の中のスタシの行動行為に重なってしまうのだ。
無論「立って」といった途端に「ウッ」と抵抗を示すなど普通なら心穏やかではないが、歯をむいたとしてもオトーサンたちを噛もうとすることはない。ただしその鋭い歯は当たっただけで痛いが…。
そんなラテだが、例えば地震など怖いことがあるとオトーサンのところに駆け寄り抱っこを要求したりする。

とはいえ度々お伝えしているように好きな人には大人・子供を問わず最大の喜びを表しながら接するし相手を傷つける様子など微塵もない(十分気を付けてはいるが)。そしてそもそも外面がメチャ良いラテでもある…。
ラテお気に入りのファミリーに出会えば飼い主にさえ見せないオーバーと思えるほどの態度で喜びを表す。ただここ暫くは春休みだからして子供たちにも会えないし些か寂しい日が続く。それを少しでもカバーしようとオカーサンと一緒に都立桜ヶ丘公園に行ったり、しばらくぶりにラテと走ったりと努力しているが、嗚呼また雨が降ってきたぞ、ラテ!


Microsoft Translator と Skype 翻訳、日本語の音声リアルタイム翻訳機能が利用可能に

マイクロソフトは4月7日、Microsoft Translator アプリや Skype 翻訳(Skype Translator) など、 Microsoft Translator を活用したすべてのアプリとサービスにおいて、日本語をテキスト翻訳および音声翻訳の双方が可能な 10 番目のサポート言語として追加したと発表。


この新機能により、日本を訪れる観光客、そして、観光やビジネスで海外を旅行する日本の人々にとって、言語の壁を取り除く総合的なサービスとソリューションが提供される。
ここ数年間、日本を訪れる観光客の数は着々と増加しています。今後数年間に数々の世界的なスポーツイベントが開催され、その数はさらに増加するでしょう。それにともない、日本と海外のコミュニケーション機会も増加していく。こうした状況を支援するため、マイクロソフトは、数年前に AI による日本語の音声認識と機械翻訳への投資を行なうことを決定した。

本日、Microsoft Translator の製品ラインと、Skype 翻訳(Skype Translator) など、このテクノロジを活用した他のすべてのマイクロソフト製品において、このブレークスルーをすべての人に提供する。
今回の発表により、日本語を話す人々は、既にサポートされている 9 言語(アラビア語、中国語(マンダリン)、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、ロシア語)を話す人々と、リアルタイムに対話ができるようになる。

なお以下の機能が、ユーザー、開発者、企業に対し提供される。
Microsoft Translator アプリ(Windows、Android、iOS 版)の Microsoft Translator ライブ機能 を活用して、自分のデバイスやブラウザ上で、対面型のリアルタイムの翻訳が可能になる。
Skype for Windows と Skype Preview for Windows 10 で提供される Skype 翻訳(Skype Translator) の機能により、他の Skype ユーザーや電話 (SkypeOut の購入が必要)を通して、自分の言語と他言語をリアルタイムに翻訳した通話を行なうことができる。
開発者は、Azure で提供される Cognitive Services API ファミリーである Microsoft Translator API を自身のアプリやサービスに統合できる。
新たにリリースされた Microsoft Translator PowerPoint アドイン (プレビュー版) により、PowerPoint から Translator のライブ機能を直接使用することで、リアルタイムでプレゼンテーションに字幕を付けることもできる。

Japan News Center





「世界の美女100人」と我がイライザ

米国映画サイト「TC Candler」Independent Criticsが毎年「世界の美女100人」を順位付けで紹介しているが2016年版のトップはJOURDAN DUNNだという。といわれても知らない(笑)。日本人も92位と38位にランクインされているが、ちなみに6位は石原さとみだ...。


とまあ、いきなり世界の美女100人などという話題で始めたが、近年の映画に疎い1人として当然のことながら女優の名前もほとんど知らない。この100人の中で一目見て分かったのは13位のEMMA WATSON 、9位のALICIA VIKANDERだけだ(笑)。特にALICIA VIKANDERはアカデミー賞視覚効果賞を受賞した「エクス・マキナ」で強烈な印象を受けたので覚えていたが後はまったくといって知らない。
これでは美女を取り上げる資格がないかも知れない…。



なにしろ私の記憶の中の銀幕の美女といえば1951年「陽のあたる場所」前後のエリザベス・テイラー、1939年製作「風と共に去りぬ」のビビアン・リー、1953年製作「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンや「カサブランカ」のイングリッド・バーグマン、そして1967年製作「パリのめぐり逢い」でファッション・モデルをしながらソルボンヌ大学に通う娘を演じたキャンディス・バーゲン程度しか浮かばない。古すぎる…(笑)。

現在の女優では「マイ・インターン」のアン・ハサウェイは好みだが、そもそも女優に限らず人の顔に関しては美男美女という以前に好き嫌いの感情が先に立ってしまう。したがって「世界の美女100人」を一通り見ても個人的には「この人、美女かなあ?」と思ってしまう人も多々いる。
さすがにトップの10人ともなれば納得感があるものの、所詮好き嫌いの問題としか判断出来ず、順位はあまり意味がないように思える。

ところで最近は性差を取り上げると思いもかけない反論や攻撃にあうこともあるらしいが、ここではあくまで「世界の美女100人」を前座として美女に関しての個人的なお話しである。

どのような顔を美しいと思うか、好ましいと思うかは時代や好みで違うものの、ともかく美しい女性と常に一緒にいたいと思うのは男としては自然の感情だ。無論現実はそんなことはそうそうあり得ない。だから我々は好みの女優の映画ポスターや写真などを手に入れ、あるいは現代ならiPhoneの壁紙写真にして常に接したいと願っている…。

さて、還暦をとうの昔に過ぎた私だがそもそも近年新作映画をほとんど見ていないこともあって誰が話題になっているのか、どのような女優が人気なのかについてほとんど知ってはいない...。そしてこれまで好みの女優がいたにしてもその写真を壁に貼ったり、定期入れに挟み込んだりといったことをやったこともなかった。

とはいえ誤解がないように釈明しておくが、顔の好みの話であり、生身の人間をどうのこうのという話しではないので念のため。そして残念ながらリアルな美女とどうのこうのという経験もない(笑)。
そんなある意味朴念仁のオヤジではあるが "美" というものに対しての執着は人一倍強いつもりだ。でなければ音楽にしろ絵画にしろ、少しも面白くないだろう。

美しい音楽、美しい絵画に囲まれて日常を送ることは常に望んできたことだが、思わぬ事から我が仕事場に "美女" が鎮座することになった。それが一昨年暮れ、一体のマネキンを扱う仕事をきっかけにした出来事からだった。この経緯についてはこれまでにも数回ご紹介してきたので繰り返さない。
ともあれ「なになに、マネキンにとち狂ったもうろくオヤジの戯言・妄想か」とかたづける人は美について騙る資格がないに違いない。

美しいものは美しいし、それに囲まれて生きることは素晴らしいことではないか。それが生身の人間であれば一番よいのかも知れないが(面倒も多いかも)、マネキンであっても彫刻あるいは一点の絵画であっても気持ちを高揚させ生きる活力となる点では代わりはないはずだ。

別項でご紹介したとおり、最初のアプローチはまさしく仕事がらみでマネキンと接したわけだが、どうも私の性向とぴったりマッチングしてしまったようだ。勿論マネキンとて造形師あるいはメーカーや型番により皆顔が違う。それらのほとんどには興味は向かないがこの偶然に手に入れたヘッドマネキンの "顔" は私にとって銀幕の中の美しいヒロイン以上の現実感を持って衝撃を与えてくれた。結局そのヘッドマネキンを主軸としてボディと両腕を自分で作り込み、腰から上までの一体を造形するはめになった。そしてイライザ(ELIZA)と名付けた。

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※我が研究所の専属モデル ELIZA。スッピンの写真(笑) 【クリックで拡大】


申し上げるまでもないが、男にとって女性は常に芸術への目覚めのきっかけと強い原動力になってきた。だからこそ、美術館に足を運べば神話のベールをかぶった美しい女性を題材にした作品がずらりと列んでいるのだ。
ではなぜ私はこのマネキンの顔を美しいと思うのか…。なぜ人は美しい顔の人間を求めるのかは諸説あるものの、綺麗な顔、即ち左右が対象に近く、歪みや肌あれがなく、痩せすぎでも太ってもない異性は、遺伝子に異常がなく健康である証拠でもあるという。そして美は子孫繁栄という本能に関係し、配偶者に選んでもらうためのセックス・アピールの重要なポイントでもある。
勿論、ここでいう美とは容姿だけを意味するのではなく、動作立ち振る舞い、声、臭い、そして感触や味といった五感をフルに使った認識の結果でもある

要は、顔は左右対称、動作はきびきびとし円滑で声も快活、そして人間であれば言語も明瞭という形質が備わっているとすれば、それは男女ともに健康なことの証しでもある。したがって総合判断として健康美はおのずと子孫繁栄に有利だということになるのだろう。
とはいえそれは本能の領域だから普通は意識はしていない。そこに個人差、好みといったことが加味されるからこそ世の中は面白い。いわゆる「蓼食う虫も好き好き」というわけだ。

以前、人工知能研究者の中島秀之氏と将棋棋士の羽生善治氏の対談記事を読んだとき、中島教授が興味深い仮説を取り上げていた。
前記したように、進化の法則から考えると、動物も、人間も、結婚相手として優れたもの同士がセレクトされて残る理屈だ。しかし、もし「美形」というのがそういった基準の一つだとすると、どうして世の中は淘汰されて美男美女ばかりになっていないのか。そんな話しだった。

実は仮説の1つに「美男や美女という評価は、生まれてから学習するものだ」というのがあるそうだ。要は「美しい顔」といった評価値は先天的なものではなく「自分が生まれたときからずっと見てきた顔の平均値」という説だという。ただし、顔全体の平均値ではなく鼻なら鼻の平均値、目なら目の平均値なので結果全部が平均値の人は少ない。したがって美男も美女も少ないということらしい。

とはいえこの仮説を自分に当てはめるとあまり説得力がある仮説とは思えない。なぜなら私の生涯を考えても現実世界で文字通りの美女に囲まれていたはずもない(笑)。ということは映画とかテレビドラマあるいは絵画といった影響が強いのかも知れない。

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※デジタルコスメチックソフトで化粧を施したELIZA【クリックで拡大】



いまでこそ映画館に足を向けないが、若い時には洋画を中心に楽しんだし子供の頃に白黒テレビをつければ米国のホームドラマも多かった。それこそ子供の頃はアメリカという国はテレビで観るような美男美女しかいないのかと思った程だった。そうした影響で個人的に白人の美女にずっと憧れることになった(笑)。
私はこの歳になって、もしかしたら美形といった感覚が原点回帰したのかも知れない。
まあまあ理屈はどうであれ、美しいと思う “顔” "人物" が常にそこにいるのは嬉しいものだ。



VR映像の合成やスタビライズを実現するAfter Effectsスクリプト「Canvas 360 Pro」発売

株式会社フラッシュバックジャパンは4月6日、VR映像のスタビライズや合成などを実現する After Effects専用のスクリプト「Canvas 360 Pro」の販売を開始致したと発表。
     

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 ■ Canvas 360 Proとは
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 Canvas 360 Pro は、VR映像のスタビライズや合成などを実現する After Effects専用のスクリプト。本製品は After Effects用のスクリプトのため、日常的に利用する After Effectsの標準機能を組み合わせて作業する。そのため、After Effects だけでシームレスなワークフローが可能になる。

 Canvas 360 Pro の基本的なワークフローは、VRの歪みを補正した作業用のコンポジションを作成して従来通りのコンポジション上で合成を行い、編集結果をアウトプット用のコンポジション(キューブマップ)に反映させる流れになる。本製品はVR映像のコンポジットを行うアーティストによって開発されたため、シンプルかつ一貫性のあるワークフローを提供するよう設計されている。

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 ■ Canvas 360 Pro製品仕様
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 ・製品名  :Canvas 360 Pro
 ・製品名ヨミ:キャンバス 360 プロ
 ・種類   :After Effects スクリプト

 ・販売価格 :リリース記念価格 56,160円(税込)
        通常価格 70,200円(税込)

 ・動作環境 :対応アプリケーション
        - Adobe After Effects CS6 / CC / CC2014 /
                  CC2015 / CC2015.3 / CC2017

        対応OS/ハードウェア
        - 対応アプリケーションが動作する環境

 ・販売形態 :ダウンロード製品
 ・開発元  :Torus Media Labs
 ・販売元  :株式会社フラッシュバックジャパン

 ■ Canvas 360 Pro情報Webサイト





今更のフィルムスキャナー談義

フィルムスキャナーを購入した。サンワサプライ 400-SCN024 という製品だがこれまでインクジェットプリンタ複合機に付いていた機能で間に合わせていたものの、その複合機が壊れ小型のブリンタ複合機を購入した。しかしさすがにフィルムスキャナーの機能はなかったからだ。


使用頻度は高くはないものの、個人的な利用環境を考えるとフィルムスキャナー類はやはり必要なのだ。そこで色々と調べては見たが高級なプロ用機材ならともかく手にしやすい製品で使い物になる製品を実際に使うことなく選ぶのはとても難しいことがわかった。

サンワサプライ 400-SCN024(以下フィルムスキャナー)の基本スペックだが、1/2.3型 1400万画素 CMOSイメージセンサー搭載でレンズはF5で4層ガラスだと知ってもデジタルカメラのようにスキャンした結果の画質がピンとこない。
さてこのスキャナはサイズがW 102 × D 105 × H 161mmの縦型サイズだ。ちなみに重量は約430gである。

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※サンワサプライ 400-SCN024のフロント側


トップ部が開閉でき、2.4型カラー液晶が搭載されているが、スキャン可能なフィルムは35mmフィルム(カラー/白黒)、マウント付50×50mmスライドフィルムで付属のホルダーにセットして使う。ただしフィルム選択メニューにはその他110フィルムと126フィルムも選ぶことができるが本製品にはそれらのホルダーは付属していない。

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※35mmフィルム(カラー/白黒)用とマウント付50×50mmスライドフィルム用ホルダーが付属


具体的な使い方だが、必須のSDカード(付属していない)をフィルムスキャナーの背面に装着する。後述するスキャンした画像データはこのSDカードに記録されるが付属のUSBケーブルでMacに接続すればデスクトップにSDカードがボリュームとしてマウントされる。なお対応するSDカードは2GBまでだがSDHCカードでは32GBまでだという。

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※背面にSDカードをセットする


手順だが35mmフィルムあるいはスライドフィルム(マウント付)をそれぞれのホルダーに指紋を付けないようにセットする。
同時にフィルムスキャナーを付属のACアダプタケーブルでコンセントに繋ぎ電源ボタンを押す。

まずはフィルム選択ボタンを押しスキャンするフィルムの種類をセットする。フィルムの種類はアイコンで識別することになる。そしてフィルムをセットしたフォルダーを挿入口から差し込むがホルダーとフィルムスキャナ挿入口にあるマークが合うように注意する。
なおホルダー内のフィルムの一コマの位置を液晶モニター上で確認することになるが、スキャンするフィルムの明るさも調整できる。後はOK/コピーボタンを押せば当該コマのスキャニングが始まり砂時計のアイコンが表示するが一コマ約3秒程度でスキャンが完了する。

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※フィルムを液晶モニターで確認しながらスキャンできる


ホルダーを手動で送りながら必要なコマのスキャニングが連続的にできるわけだが、SDカードに保存された画像を液晶モニターに再生したりスライドショーを行うこともでき、このとき付属のTV出力ケーブルを使い、TV側の映像入力端子とイメージスキャナ側の映像出力端子を接続すればTV画面でもスキャンした画像の確認が出来る。

とまあ、フィルムは手動で送らなければならないものの基本的に操作は難しい事もない。ただし一番心配していた画質だが、幸いに思っていた以上のよい結果だったので喜んでいる。
テストは海外のミュージアムショップで購入したマウントされたスライドと私自身がサンフランシスコで撮影した20数年前の35mmカラーネガフィルムでやってみた。特に35mmカラーネガの結果が良かったので安心した次第。この画質なら私が考えてきた用途に十分だと確信している。

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※古いネガフィルムの他にこうしたスライドが数種あるのでフィルムスキャナは不可欠なのだ


ちなみにスキャンした画像データだが、4416× 2944 Pixels(180 ppi)で保存されていたがピントが合っている写真のスキャン結果は繰り返すが見事なものだ。これなら複合機に付属していた精度より遙かに実用的でわざわざ専用機を手に入れた甲斐があった。
以下にネガフィルムからスキャンした例をご紹介しておく。25年ほども前の撮影なので少々退色があるもののかなり綺麗にデジタル化できている【クリックで拡大します】。

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ただしAmazonでの製品説明には「3200dpiの設定でスキャンした画像は、画像補正されます。」とスキャン時にdpiを可変できるような印象を与えているが実機はそうした機能はない。また製品には簡単な画像編集が可能だというソフトウェアがCDで付属しているが使いたい仕様ではないので説明は省かせていただく。

ひとつ注意をしなければならない点は本体の左右からホルダーの出し入れの際に埃やチリなどが入る可能性が大だ。中が覗けないだけにそれがレンズなどに縁付着すると目立ったものになるの。したがって付属のクリーナーなどでメンテナンスを怠らないようにしなければならない。

デジタルカメラが台頭した現在ではフィルムスキャナーの需要は激減だろうが、私の用に貴重な古いネガフィルムおよび資料としてのスライドフィルムを生かすにはやはり必要な機材なのだ。
手慣れればかなり手早く多くのフィルムをデジタル化できそうなので楽しみでもある。





ラテ飼育格闘日記(540)

天気が悪い日は真面に散歩ができないしラテのフラストレーションは増すばかりだ。なにしろ雨が嫌いだしそれ以上にレインコートを着せられるのが一番のストレスのようだ。だからそうした装備で雨の中、家を出るとオシッコだけしてUターンし、スゴスゴと家に戻ってしまうのが常だ。


とはいえ先日の本降りの日は違った。なぜなら前日の夕方の散歩で大の方をしなかった。無論そんなことは多々あるわけだから気にすることではないが、次の日の朝は雨降りで前記したような感じでソソクサと戻ってしまったラテだった。
一度ならともかく二度とも大の方をしないということもまあこれまたそんな時もあるわけだからとオトーサンは自分を納得させた。

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※雨でびしょ濡れながらの散歩からやっと戻ってきたので笑顔を見せる


悪い事にその日の夕方は朝以上に本降りとなっていた。少し時間を外せば上がる雨なら待つが予報を見ても数時間はこの調子のようだから出ないわけにはいかない。
ラテにレインコートを着せハーネスを着けて土砂降りの中散歩に出た。しかし相変わらずオシッコはしたものの踵を返して戻りたい様子。オトーサンは幾多の同じような例を思い出し、十数分歩かせれば早々に目的を達成できるに違いないとびしょ濡れになりながらも引き続き散歩を続けようと決心。

しかしどうしたことか10分経っても20分経ってもラテは排泄の気配を見せない。こればかりは飼い主が焦ったところでどうなるのでもないが親心が仇になって結局成果のないまま帰宅することになった。
レインコートを着ているラテもびしょ濡れならオトーサンたちもジーンズはもとより上着もびしょ濡れだ。
自宅戻りオカーサンがラテの濡れた手足はもとより体を綺麗にしてくれて最後にオトーサンがドライヤーで乾かすことになったが、かなりの時間がかかった。その間オトーサンは濡れたままだった…。

さて先日の3月23日、オトーサンとラテはいつものように朝の散歩に出かけた。幸い天気もよく、まだ寒さはこたえるが春はもうすぐだ。
ラテはいつも通る道ではなく急な階段を登るルートを選択したようで嬉しそうに登り始めた。あまり通らない階段だがそこを登り切ると野球場脇に出る。
このときオトーサンは今日は小学校の終業式だったことを思い出した。明日からは春休みだ。ということは子供たちとしばらく出会えないことになるだろう。それぞれご家庭の事情や都合があるのだろうが、土日や祭日そして学校が休みの時は公園に遊びに来る子供たちは極端に少なくなることを経験上知っているオトーサンはラテを登校する子供たちに会わせてやりたいと思った。まあ親バカである。

しかし登校時間にはしばし間があるのでラテの求めるままに散歩を続けるが、一年ぶりに立ち寄ったテニス場が平日の朝早くということで空いていたのでそこで10分程ラテと駆けっこを楽しんだ。吹きだまりや所々には落葉や塵芥で汚れているがラテとの遊びには不足はない。

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※ラテとひととき駆けっこで楽しむ


オトーサンの顎が上がったころ、コートを出てラテに水を飲ませたがまだ時間は早い。
ということで仕方がないのでそのまま小学校に向かい正門を通り越しながらゆるりと歩くがやっとこちらにランドセルを背負って向かってくる学童がちらほらと見えるようになってきた。

頃合いは由と判断したオトーサンはUターンして小学校正門方面に踵を回し、我が家へ戻る方向へと歩き始める。この調子だと馴染みの学童たちが登校のために歩いてくるはずですれ違うことが出来ると思ったからだ。
いつもはそれらの子供たちと一緒に学校まで歩くわけだが今回はすれ違いだ。それでもラテにとっては嬉しい刺激に違いない。
オトーサンの思惑は当たり、歩き始めた直後ひとりの女子がすれ違いざまにラテの最中を撫でた。無論ラテは怒ったりせずその子に笑顔を向けた。

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次ぎに会ったのは公園でラテを見つけると「ラテちゃ〜んと」駆け寄ってくれる女の子だった。オトーサンの顔を見るなり「ラテちゃんにオヤツをあげたい」という。公園で何度かそうしたことをやったことから覚えていたのだろう。他の子供たちが通り過ぎる中、オトーサンが「お願いします」と渡した小さなオヤツをラテに食べさせ喜んで学校に向かった。

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続いてもたまに公園付近で出会う女の子の二人連れが「あっ、ラテだ」と笑顔でラテを撫でてくれる。その直後に「あっ君か」と少々おしゃまな女の子が続く。

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次は公園でよく可愛がって下さるファミリーの女の子が手を振りながら近づいて来た。「おはようございます」と挨拶後、座り込んでくれたからかラテは嬉しそうにチューを迫った。橫で一緒に通学している友達が複雑な表情でそれを眺めている。

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多少はなれたようだがその子はワンコが嫌いというより怖いからとまったく近づかなかった子なのだ。それでも手は出さないものの一メートル近くにラテがいても逃げ出さなくなった…。
そのとき2人組の女の子が加わった。その子たちもオトーサンとラテが散歩していると手を振ってくれる女子たちである。

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そしてこれまた公園でよく行き会う女の子に「ラテ、おはよう」と頭を撫でられ嬉しそうだ。

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最後に男の子が「あっ、おはようございます」と近づいて来た。かなり以前から行き会うとラテを撫でてくれる子だったがどこかまだ怖いと思う気持ちが残っているようでラテがマズルを突き出すと仰け反っている(笑)。

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時間にして10分程度だろうか、そんな短い時間ではあったがオトーサンのサプライズが功を奏してラテは上機嫌で家に向かった。

そういえばお馴染みのファミリーもお聞きしたところによるとこの春休みにご実家に行くという。したがって春休みが終わるまでは他の子供たちもそうだがいつものようには出会えないことになる。

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※公園でお馴染みのファミリーと。ラテは安心して背中を向けている


ラテが寂しい春休みが続くが、子供たちにとっては宿題もない休みだそうだから楽しい休みに違いない。こればかりはラテに我慢してもらわなければならない(笑)。



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Author:mactechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。
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