ラテ飼育格闘日記(727)

ここ数日は秋晴れが続くようだが、朝晩は寒く感じられる日もあるし空気が乾燥してきたのでオトーサンは加湿器の準備を始めたところだ。それにしてもここの所、情けないことにオトーサンの両足と腰が辛くて悲鳴を上げている…。


ラテの右左足は相変わらずだが、時に痛みがあるのかどうかは残念ながら分からない。しかし症状から推察するに程度問題はともかく痛みはあって普通だと思うので心配しているが、幸い散歩の時は四つ脚で歩いている。
対してオトーサンは腰はギックリ腰を気を付けながらも一週間ほど前から右太股の付け根に近い外側が痛むと共に左足の膝関節あたりにも難があるので弱っている。

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※真面目な表情は凜々しい(笑)


辛いときには医者が処方してくれた湿布薬を貼っているが、しばらくは楽になるものの貼り続けると今度はかぶれて痒くなるので程度が難しい。
そこで低周波治療器を買ってみた。この種のものをオトーサンが使うのは実に20数年ぶりである。本来なら専門の治療院に出向くのが理想なのだろうが、面倒でもあり金もかかる…。

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※オムロンの低周波治療器


治療院と効果が同じとは思っていないが低周波治療器なら好きな時に一人で使うことが出来るし、何と言っても手軽簡単なのが良い。
ということで使い始めているが、20数年前に使ったときの記憶ではピリピリと痛いだけだったのような記憶があったが、今回購入したものは適切な使い方と強さを加減すると本当に叩かれているような、押されているような感覚が迫ってくる。

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※オトーサンが足を引いて歩いていたからかラテは「大丈夫?」といった表情だ


まあまあ数度やったからといって完治するわけではないだろうが、使用後は足や肩も大分楽になることは確かなので適宜続けて愛用していこうと思っている。
出来ることならこの低周波治療器もラテの右後ろ足に使ってみたいところだが、そういうわけにもいかないのが残念だ(笑)。

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※最近は日の出時間がかなり遅くなってきたので朝の散歩は暗い場合が多い


無論ラテに関しても何の方策も試みないわけではない。今回は肉球のケアと共にフローリングでの滑り止めにもなるというスプレーを買って試している。
それは「パウクリン」という足裏専用のもので、肉球のカサカサを防ぎ、拭くだけでは落ちない指の間の汚れを落として臭いや痒みの原因を取り去るというものだという。さらに肉球に潤いを与えてフローリングなどの床でのスリップを防いでくれるという謳い文句の速乾性スプレーだ。

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※足裏専用のケアスプレー「パウクリン」


使用の際は顔や目にかからないように注意をすることが重要だが、成分は飲用エタノール(天然サトウキビを発酵)を始めとする天然由来の原料を使っているため、万一ワンコやニャンコが舐めても安全安心だという。
あえて難点といえば、足裏にスプレーされるのは初めてなのでラテが何ごとかと足を引いて抵抗することだが少しずつ慣れさせるつもりだ。

滑り止めにしても我が家のほとんどはフローリングなので(一部滑り止めのマットなどを敷いているが)足腰が弱ってきたラテの負担を少しでも軽減しようとの試みである。
少なくともこれ以上足が悪くならないことを願うばかりだが…。



オリジナル時代小説「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」公開

オリジナル時代小説「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」をお届けします。
筆を折るなどと公言したこともあったものの今回で23巻目となったが、体力が落ち、視力も極端に悪いし、手指にも難が出ている72歳の爺にこれだけやる気を起こさせるモノはなんなのか?自分でも実に不思議である。


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さて、今回の主なテーマは小石川養生所の腐敗についてである。本時代小説の第一巻はその小石川養生所の開所直前から話しがはじまっているが、すでにそれから時代設定は80余年も経っている。
歴史を好む人にとっては良く知られている史実だが、そもそも小川笙船という町医者が目安箱に投げ入れた訴えに時の八代将軍吉宗が目を付け貧しい人たちのためにと江戸小石川薬園内に小石川養生所が開設の運びとなったのだった。
この養生所の医師たちの葛藤は「赤ひげ」に代表されるように様々な小説や映画、時代劇の題材として使われてきたが、史実として文化文政くらいになるとその施設の腐敗は目に余るものとなっていく…。

この問題には根深いものがあるだけでなく管轄の町奉行所が本腰で事に当たらなかったからか何度も改善策や御触が出たものの現実は一向に良くならなかった。詳しくは本編をご覧いただきたいが、それは医療機関とはいえない酷い環境と待遇になっていったのだ…。
結局紆余曲折の上、明治になって新政府は旧幕府の施設を接収していき、江戸が東京と改められた際に小石川養生所は小石川貧病院と改称されなんとか施療活動を継続したものの、その後小石川貧病院は廃止となり、ここに小石川養生所は名実と共にその幕を閉じることになる。

ただし「江戸の養生所」PHP新書の著者である安藤優一郎氏は、小石川養生所の至らぬ点を単に窮民救済に対する幕府の消極的姿勢に帰することはできないとし、コミュティの問題や、人間社会のより奥深い側面、すなわち、看護・介護という超歴史的な仮題が背後には横たわっていたことを無視することはできないとしている。
このことはある意味で現代の看護や介護にも通じる大変難しい問題を根に持っているといえよう。
さらに安藤優一郎氏は小石川養生所とは「小説や時代劇の世界だけでのものではなく、現代の教訓にすべき江戸の遺産のひとつ」と結んでいる。
志高くスタートした小石川養生所の失敗は決して他人事ではないと…己も高齢者になった一人として書き進めるうちに次々と胸に迫るものがあった。
現在、小石川植物園(正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」)内に、当時養生所で使われていた井戸が保存されており、関東大震災の際には被災者の飲料水として大いに役立ったという。
ともあれ、ご一読いただければ幸いである。

「松平藤九郎始末(五)医療の神髄〜首巻き春貞外伝」





ラテ飼育格闘日記(726)

朝晩は寒いくらいな気温となってきたが、なかなかスカッとした秋晴れは期待できないでいる。データを確認したわけではないのであくまで感覚的だが、今年は雨が多いように思う。ラテの足の具合が許せばいつもより少し散歩の距離を伸ばしたいところだが、なかなか条件が整わない…。


ラテの右後ろ足は相変わらずだが、何とか散歩時には足を地に付けて歩いているし、やむなく階段を上り下りする際にもオトーサンがハーネスに付けたリードを上に引きサポートをするもののほぼ自力で上り下りしている。
ワンコの14歳と言えばかなりの高齢らしいし、事実ご近所で出会うワンコたちを拝見していると目や耳が不自由になっているワンコも多い。

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※ラテは今のところ右後ろ足以外は問題なさそうだ


しかし、幸いラテは今のところアトピーを別にすれば目も耳も若い時と比較する術はないものの、日常不自由するような素振りはみせないのでまだまだ大丈夫ではないかと喜んでいる。
嗅覚は大好物のおやつなどを見えないように近くにおいて置いても探り当てることで利いているなと判断出来る。また視覚は毎日一回は要求がある室内でのボール遊びで推し量ることが出来る。早く転がしたボールを前足でブロックしたり、軽く投げ上げたボールに飛び上がって咥えることで問題ないと思っているし、聴覚も音を出したり声をかけたりしたときの反応で推し量ることができる。

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※いざ、散歩だぞ!


ただし、幼犬時代の時とどれほど違うのか、あるいはほとんど変わっていないのかについては分かりようがないが今のところは日常生活に支障がでるようなことはないようだ。
とはいえ、足が思うように動かないということもあるだろうが体力は確実に落ちているように思う。そのことはラテ自身も自覚しているようで、幼犬時代とは些か違う行動も目立つようになった。

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※意見は合わず(笑)


まずは散歩に出ても足が悪くなる前までのようにやみくもに長時間歩く方向へは足を向けなくなった。これからどうなるかは分からないが、これまで50分から1時間程度の散歩が普通だったものの、ここのところは30分程度…それも内10分程座り込んだり伏せたりする時間も多くなった。
それでも外へは出たいようなので散歩は欠かせないが、様子を見ながらということにしている。

したがって当然だが外に出たとしても駆けたりすることもないし、そもそもがこの近隣には昔みたいに体をぶつけ合って遊び合うワンコ仲間もいないのが少々気の毒だ。本来ならワンコはワンコ同士で遊びたいのではないかとオトーサンは考えているもののこればかりはラテ自身の問題でもあるので致し方ないが、歳を取ったことでもあり、どこか寂しさを感じるのはオトーサンの考えすぎだろうか…。

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※ラテのボディの体毛をよく見ると断層のように色が違う


ただ、足が悪くなったことでもあり、気が弱くなった気もする。相変わらずオトーサンには無愛想な娘だが、散歩中もなかなか言うことは聞かないもののリードを緩めて長めにしてみてもオトーサンの側を離れようとはしない。
また自宅でも開けてある部屋には自由に出入りできるようにしてあるが、ここのところ必ずと言って良いほど気がつくと仕事部屋に座っているオトーサンの椅子の下に腹ばいになっていることが多い。
そして以前にはなかったことだが、時には「ピー」などと明らかに構って欲しいといった感じで声を上げてオトーサンたちの注意を引くことも目立つようになった。

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※立ち止まったとき、ラテはオトーサンの靴に足を乗せていた


それは心細いのか、これまでのように体が思うように動かないジレンマなのかは分からないがそうした際、オトーサンはできるだけラテに寄り添っていたいと心がけているがオトーサン自身が低周波治療器のパッドを両肩に貼ったりしている体たらくなのでなかなか大変でのである…。




バリスタの腕にかかってくる繊細な飲み物「カフェ・シェケラート」とは?

毎日数杯のエスプレッソ珈琲を愛用のデロンギ全自動コーヒーメーカーで煎れて楽しんでいるが暑い時は勿論、時には冷たいコーヒーも飲みたくなる。無論市販のアイスコーヒーを買ってくるときもあるが全自動エスプレッソマシンがあるのでイタリアで広く好まれているアイスコーヒーだというカフェ・シェケラートを時々作ってみる…g@my2 。



さて、カフェ・シェケラートとは何かといえばイタリア版アイスコーヒーだが、一般的なアイスコーヒーのように氷が入っていないので飲んでいるうちに薄まってしまうことがない。無論長時間になれば温くなってしまう…。
またカフェシェケラートは、エスプレッソの抽出具合やシェイク具合によって、同じレシピで作っても味が全然違うものになってしまい結構難しい。したがってバリスタの腕にかかってくる繊細な飲み物だというから十分に練習したい…。

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※愛用の全自動エスプレッソマシン


まず全自動コーヒーメーカーの他に用意する道具はコーヒーを抽出するカップ、シェーカー、メジャーカップ、トング、バースプーンそしてカフェ・シェケラートを飲むカップといったところだ。無論コーヒー豆や新鮮な水はコーヒーマシンにセットされているものとするが、さらにグラニュー糖10g程度(好みによる)および氷が必須だ。

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※あらかじめ用意しておく器具などなど


最初にエスプレッソを煎れる。好みもあるがカフェ・シェケラートらしさを出すには豆はエスプレッソでなければならないしドッピオ(ダブル)で抽出するとよい。
デロンギ全自動コーヒーメーカー マグニフィカ「ESAM03110S」の場合なら抽出量を60gに、濃さのダイアルをMAXにしておく。ちなみに抽出量のダイアルには正確なメモリが明記されているわけではないが反時計回りに一番回した点が約20mL、12時の位置が約90mLなので目安にする。
なお濃さのダイアルをMAXにすると一杯抽出時だと豆は約11g、二杯すなわちドッピオだと約14g消費される。これは申し上げるまでもなく標準的なエスプレッソは11gの豆を使い約30mL抽出とされているからだ。

繰り返すが今回はドッピオで煎れるのでコーヒーの濃さはMAXにして二杯抽出ボタンを押す。勿論その前にコーヒーメーカーの抽出口中央にカップを置いておく。
これでアロマも豊かなエスプレッソが60mL抽出されたはずだ。

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※まずはエスプレッソを抽出


シェーカーに氷を半分ほど入れ、そこにグラニュー糖と抽出したエスプレッソを投入しシェーカーの蓋をしっかりと閉めて氷がシェーカーの壁に打ち当たることを意識しながらシェイクする。
要は熱いエスプレッソを急速に冷やすことで芳醇な味と香りを閉じ込めることが出来るわけだ。で空気を含んだクリーミーなクレマも出来上がるというわけ。

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※シェーカーに氷を半分ほどとグラニュー糖を入れる…


グラニュー糖の量は好みと言ってしまえばそれまでだが基本は10g前後といったところか…。そもそもコーヒーが濃いこともあってこの程度の甘さは心地よいはずなのだが、私は今回扱いやすさと保存のやりやすさも考えてスティック型のグラニュー糖を買ってみたが、最近は糖分摂取に神経を使う方が多いのか、ひとつのスティックには3gしか入っていないものが主流のようだ。
ということで三本使ったので9gということになる。また好みでフレーバーシロップを入れてもよい。

金属製のシェーカーが冷え、表面が水滴で曇るようになれば中身も冷えているはずなのでシェーカーを開け、カップに氷が入らないようにコーヒーを注ぐ。このとき最後の方に細かな泡とともにアロマが出てくるはずなので最後まで注ぐことが肝心。

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※お気に入りのイタリア、ボルミオリ ロコ社製のガラス製カップでいただく


使ったカップはイタリアのボルミオリ ロコ社製のガラス製カップだが、カクテルグラスなどを使ってもお洒落だが基本はガラス製の器が似合う。
これでカフェ・シェケラートのできあがりだ。
最後にココアパウダーやチョコレート、あるいはライムなどで飾ったりすればなお素敵である!




ラテ飼育格闘日記(725)

毎年10月になると「ラテ飼育格闘日記(723)」でも記したが引越のことを思い出す。ただし前回ご紹介した2013年と違い2006年の10月は単なる引越ではなく、そもそも我が家にワンコを迎え入れようと決心した記念すべき引越だった。


その3年前のことだが14年続いた会社を清算し、やっと気持ちも落ち着いてきた時期だったが、糖尿病の治療を続けていたもののそのせいだけではなく気力が失せていく自分に気づいていた。
お陰様で仕事は個人になってもいくつか声をかけていただいたし、またいまは亡き父が入退院を繰り返していた時期でもあって気は張っていたが気力が薄れていたというべきか…。

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※涼しくなったのでラテも大分楽そうだ


その随分と前からオトーサンは「ワンコを飼いたい」と呟く日があったが、これまでまったく経験の無いことでもあったし、なによりも女房がワンコだけでなく生き物が苦手ということで実現しなかった。しかしいま想像するにオトーサンの覇気がないことを気遣ってくれたのだろう…女房の許可が下りた!

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※今日も近くの公園には子供たちが沢山遊んでる


ただしことは簡単ではなかった。なにしろそのとき住んでいた埼玉県川口市のマンションはワンコを飼うのが禁止だったのである。しかし可笑しな事に隣からワンコの吠え声が聞こえる(笑)。早速管理者に問い合わせて見ると、ワンコ禁止になったのはほんの数年前のことだという。飼い主の不始末、あるいは気遣いが足りないのか他の住民からの苦情も多く、組合員の投票の結果禁止になったという。

しかしこれまで飼ってきたワンコを手放せ…というのは現実的ではないからと現状のワンコは許可するものの、新規に飼うことは禁止となったのだという。
それではオトーサンたちが考えなければならないことは住居を変えることだ。当然のこと、近隣でワンコを飼える住居をと多々探して見たが納得できる物件は見つからなかった。

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※ダブルリードをまたまた替えました ^^;


それならば思い切ってワンコを飼うのにも良い地域を探そうと考えたが、ひとつ考慮しなければならないことは女房の通勤に支障がないことは必須だった。
結局女房がネットで探したのが東京都多摩市永山…にある戸建て形式のテラスハウスだった。早速2006年の10月に賃貸契約を結んだものの、どうしたことか肝心のワンコが見つからない(笑)。

ネットで保護犬のボランティアをされているホームページなどを活用しようと考えたものの要領が分からずチャンスをいくつか逃していた。
ともあれ、それからあっと言う間に14年が過ぎた。ラテを迎入れた日からオトーサンの思いつきで散歩にはデジカメを持参しとにかく記録としての写真を撮っていこうと決めた。そして当該日記も始めることにした。
いま思うと勢いというものは恐ろしいが、もしこのラテ日記や膨大な写真データがなければ怒濤のように過ごした日々がどのようなものであったかなどすでに記憶が薄れていたに違いない。

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※右後ろ足を庇うためか、こんな変則的な座り方となった…


ただし正直言えばワンコを飼うと言うことは思っていた以上に大変なことだ。生き物を飼うと言うことはその生涯をきちんと責任持って見守ることだ。
確かにワンコは頭の良い動物だが、話せばすべてを理解するわけではない(笑)。根気強く相対していかなければならないし信頼を勝ち得なければ良い飼い主とワンコとの関係は築けない。
ともあれ様々なワンコに関する情報を見ていると、個性はあるものの人間に寄り添う動物はやはりワンコが一番であろう。

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※ソーシャル・ディスタンス?


ラテを見ていると「本当はすべてを知りつつ、知らないフリをしていのでは?」と思うときも多々ある。モノを言わなくても表情と態度で何を求めているかはわかるようになった。しかしオトーサンたちがラテを理解している以上にラテはオトーサンたちの言動に敏感のような気がする。
14年といえば赤ん坊が中学生になるほどの期間だ。決して短い時間ではないはずだが、現在の感覚としては本当にあっと言う間に思えるのは何故なのだろうか…。



小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」講談社刊とは

すでに「タートル・アナトミア」「解体新書」「蘭学事始」などなどの復刻版であるレプリカのセット「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」をご紹介した。今回はそれに先立つこと5年前、1973年に出版された講談社刊「大鳥蘭三郎・解体新書」をご紹介してみよう。


近年私のウェブやブログで「解体新書」といった記事が続いたからか、友人知人たちから「今更何で?」といった質問を受けた。実のところ、私が「解体新書」に興味を持ったのはすでに30年ほど前からなのだ。その頃から幾多の書籍や資料を手にして楽しんでいたがちょうどその時期は起業したばかりのときであり、趣味で時間を大きく潰すことは許されない時だったので深く掘り下げることができなかっただけなのだ。

それに是非ともに欲しいと考えていた「解体新書」のレプリカだったが、これまた限られた予算はMacintosh関連に優先せざるを得なかった。
ということで付きつ離れずであっと言う間に30年ほどが経ってしまったというわけだ…。やっとというか、時間だけは十分にあるからと最新の書籍や資料を集め出し、昔欲しかったが高価で買えなかった「解体新書」のレプリカを当然ながら中古で2種手に入れることができた…。

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※小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」講談社刊


ひとつには執筆した時代小説の時代設定がちょうど「解体新書」刊行の年代でもあり、事実とフィクションを織り交ぜて杉田玄白や前野良沢、あるいは平賀源内といった登場人物にリアリティを与えようと状況を調べたのも火に油を注ぐ結果となった。

今回ご紹介してみるのはこれまでいくつか「解体新書」の復刻版といった企画があったが、「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」の「解体新書」レプリカと双璧をなすものだ。それが小川鼎三監修/大鳥蘭三郎校註「大鳥蘭三郎・解体新書」である。1973年講談社から「解体新書」刊行二百年を記念しての企画だという。
手元に現物と共に当時のパンフレットもあるので詳しい状況も分かっている。

幾多の情報に寄れば、覆刻原本となったのは慶応義塾大学医学部北里記念医学図書館所蔵のもの。ただし所蔵の「解体新書」は一般に流布されたものではなく二巻にまとめられ判型も少し大きいという。校註の大鳥蘭三郎氏によればどうやら刊行に際して将軍家や宮家に献上するため、特別に刷られたものではないかというが、レプリカは一般に流布している五巻本の体裁をとっている。
そして版木を最初期に使ったであろうからかエッジも陰影も同類のものと比較すると格段にクリアなのが特徴だ。

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※木版もエッジがクリア


さて造本および体裁だが、当時の出版関係者の意欲と執念のようなものを感じると同時に出版不況だとはいえ現在ではなしえない企画に違いない。
造本・用紙・印刷と共に原寸大でオリジナルに忠実に再現しているので観賞用は勿論、研究資料としても最適と謳われている。

まずは桐箱に収められている。その桐箱を開けると袱紗に包まれた帙(ちつ)函があり、その中に「解体新書」五巻がしっかりと収納されているわけだ。
「解体新書」は四つ目綴じと呼ばれる和綴じで表紙は雲母入鳥の子・渋茶、用紙は越前岩野特製和紙が使われている。また補強と装飾を兼ねて背の上下に角布が施されてもいる。そして別途解説書が付属。

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※「解体新書」は五巻構成。それぞれ補強と装飾を兼ねて背の上下に角布が施されてもいる


ちなみに監修は東京大学名誉教授・順天堂大学教授の小川鼎三氏、校註が慶應義塾大学教授の大島蘭三郎氏であるが、お二人ともすでに鬼籍に入られている。そして当時の価格は定価39,000円で限定3,000部が販売された。したがって刊行からすでに46年経っているわけだが、幸いというべきか私が手に入れたものは未使用といっても良いほどに綺麗であり、カビやシミといったものも見当たらない。

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※桐箱に貼られている奥付


ただしカタログと比較して初めて分かったことは入手した際に袱紗がなかったことだった。こればかりは中古なので仕方がないが、雰囲気だけは再現しておきたいと似たようなものを手に入れ組み合わせている。
個人的にはお宝のひとつなのである。



Apple、5G対応のiPhone 12 ProとiPhone 12 Pro Maxを発表

Appleは本日、iPhoneに最大限のものを求めるユーザーのために、パワフルな5G体験を提供し、イノベーションの限界を押し広げる先進的なテクノロジーを搭載したiPhone 12 ProとiPhone 12 Pro Maxを発表しました。


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iPhone 12 Proの各モデルは、これまでで最も大きく隅々まで広がるSuper Retina XDRディスプレイを搭載し、新しいデザインを採用しています。まったく新しいCeramic Shieldで強化された前面のカバーで保護することにより、耐久性がiPhone史上最も大きく向上しています。スマートフォン史上最速のチップであるAppleが設計したA14 Bionicチップは、写真により一層のクリエイティブコントロールをもたらすまったく新しいApple ProRAWなどの素晴らしいコンピュテーショナルフォトグラフィ機能に力を与え、またワークフロー全体を通した最高60fpsのDolby Visionビデオ体験を実現しました。一新されたプロレベルのカメラシステムは広大な超広角カメラ、iPhone 12 Pro Maxにおいては焦点距離がさらに長い望遠カメラ、新しい広角カメラを備え、明るい環境でも低照度な環境でも、美しいプロフェッショナル品質の写真とビデオ撮影ができます。さらに、iPhone 12 Proの各モデルでは、臨場感あふれるAR体験のための新しいLiDARスキャナを搭載し、パワフルなワイヤレス充電と、iPhoneへ簡単に付けられる全く新しいアクセサリのエコシステムを提供するMagSafeも登場しました。

iPhone 12 ProとiPhone 12 Pro Maxは、グラファイト、シルバー、ゴールド、パシフィックブルーの4色のステンレススチールの仕上げからお選びいただけます。iPhone 12 Proの予約注文は10月16日(金)より開始、店頭販売は10月23日(金)から開始します。iPhone 12 Pro Maxの予約注文は11月6日(金)より開始、店頭販売は11月13日(金)からの開始を予定しています。

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Apple、iPhone 12とiPhone 12 miniを発表

Appleは本日、iPhone 12とiPhone 12 miniを発表しました。5Gテクノロジー対応のiPhone 12とiPhone 12 miniは、世界最高のスマートフォンであるiPhoneにとって新時代の幕開けとなるモデルです。


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新しいデザインのiPhone 12モデルでは、ボディの隅々まで広がるSuper Retina XDRディスプレイにより、さらに明るく、臨場感あふれる視覚体験を提供するほか、新しいCeramic Shieldで強化された前面のカバーにより、耐久性がiPhone史上最も大きく向上しています。
Appleが設計したスマートフォン史上最速のチップであるA14 Bionicは、iPhone 12のすべての体験に力を与えます。さらに、先進のデュアルカメラシステムと連携し、意義のある新しいコンピュテーショナルフォトグラフィ機能と、スマートフォンの中で最も高品質なビデオを提供します。また、iPhone 12の各モデルにあわせて、パワフルなワイヤレス充電と、iPhoneへ簡単に付けられる全く新しいアクセサリのエコシステムを提供するMagSafeが登場します。

iPhone 12とiPhone 12 miniはブルー、グリーン、ブラック、ホワイト、(PRODUCT)REDの5色の美しいアルミニウムの仕上げでお届けします。
iPhone 12の予約注文は10月16日(金)より開始、店頭販売は10月23日(金)から開始します。iPhone 12 miniの予約注文は11月6日(金)より開始、店頭販売は11月13日(金)からの開始を予定しています。

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Apple、HomePod miniを発表

Appleは本日、HomePodファミリーに新しく加わるHomePod miniを発表しました。HomePod miniは、素晴らしいサウンド、あらゆるタスクをこなす賢いSiri、そして複雑さを伴わずに快適さと便利さをもたらすスマートホーム体験を提供します。


HomePod mini

高さが8.5センチを下回るほどのHome Pod miniには、革新的なテクノロジーと先進的なソフトウェアが満載されており、それらがコンピュテーショナルオーディオを可能にし、どこに置いても画期的なオーディオ品質を提供します。HomePod miniはホワイトとスペースグレイの2色が用意され、価格はお求めやすい10,800円(税別)です。

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念願だった国公立所蔵史料刊行会編「日本医学の夜明け」セットを入手

医学を志す者でもない私が今般突飛でもないものを…というか貴重な資料を手に入れた。それが1978年6月に日本世論調査研究所から出版された「国公立所蔵史料刊行会編『日本医学の夜明け』」である。要は「タートル・アナトミア」「解体新書」「蘭学事始」などなどの復刻版、レプリカのセットである。
なお本原稿は以前別途に運営していたホームページに掲載したものだが、そのホームページを閉じた関係で当該ブログに残しておこうと考えたものである。


ネットでググってみて分かったことだが、本出版は日蘭修交三百八十年記念出版として出されたもので当時の価格は330,000円だったという。なお以下のものが専用の桐箱に収納されているが、桐箱のサイズは約481 × 221 × 300mm(突起物含まず)だ。

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※日本世論調査研究所から出版された国公立所蔵史料刊行会編「日本医学の夜明け」一式が収納の桐箱


ちなみに同年1978年の12月、私はオールインワン型のパソコンである米国コモドール社製 PET2001をオプション込みでほぼ同額にて購入した記憶から、この額がかなりの大金であったことが実感できる。

さて、詳しい事情は知る由もないが、「日本医学の夜明け」は桐箱に収納されており、”帙(ちつ)” すなわち和本などの書物を保存するために包む覆いで厚紙を芯にして丈夫な布や和紙を貼り付けたものに各巻が保護され以下のものが含まれている。

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※各書籍は、”帙(ちつ)” と呼ばれる被いに包まれている


ただし手に入れた桐箱は一部シミがあったり各書籍も一部変色が見られるが、嬉しいことに肝心の「タートル・アナトミア」などは新品同様だった。またどうやら桐箱入りのセットとは別に関連品「阿蘭陀医学伝来史絵図」と「日本医学の夜明け(史料・解説)」があったようだがこれらは付属していなかったので機会を見て入手したい。

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※阿蘭陀語版「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」。俗称「タートル・アナトミア」


●帙壱 「臧志」山脇東洋著(宝暦9年刊) 2巻、「解体新書」杉田玄白・前野良沢他訳(安永3年刊) 5巻

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※杉田玄白・前野良沢他訳(安永3年刊) 「解体新書」


●帙弐 「和蘭医事問答」杉田玄白/建部清庵往復書簡(寛政7年刊) 2巻、「蘭学事始」杉田玄白著(明治2年刊) 2巻、「蘭学階梯」大槻玄沢著(天明8年刊) 2巻、「各骨眞形図」各務文献著(文化7年刊) 1巻

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※「蘭学事始」杉田玄白著による玄白像


●帙参 「病学通論」緒方洪庵著(弘化4年刊) 3巻、「虎狼痢治準」緒方洪庵著(安政5年刊) 1巻、「魯西亜牛疾全書」利光仙庵著(嘉永3年刊) 2巻、「外科新編図」(50巻の内3巻) ゲッシェル著/杉田立卿訳(弘化2年) 3巻
●帙四  増補重訂 「内科撰要」宇田川玄真重訂(文政5年刊) 6巻
●帙五 「ターヘル・アナトミア/ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」(1734年刊) オランダ語版 
●医療器具セット:模刻(江戸時代蘭方医の手術道具)

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※医療器具セット:模刻(江戸時代蘭方医の手術道具)


さて現在の所、それぞれについて解説ができるほどの知識は持ち合わせていないのでご勘弁いただきたいが、取り急ぎ興味があるのは「解体新書」 5巻と洋書(オランダ語版)の「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」である。
これまで「解体新書」および「蘭学事始」は現代語訳版で繰り返し読んできた。それは時代背景も含め、腑分けを経験した杉田玄白や前野良沢の驚きと共に手にした「ONTLEED-KUNDIGE TAFELEN」すなわち「ターヘル・アナトミア」を辞書もない時代に訳そうとした情熱に共感したからである。
今回内容に関しての詳しい話しは避けるが、この「解体新書」の出版は日本の歴史上、大げさでなく類を見ない快挙なのだ。詳しくは別途論じたいが、時代・人・場所といったすべてが噛み合わなければこのような偉業は成し遂げられるものではない。

ところで、前記したようにいまでは「解体新書」にしろ「蘭学事始」にしても本来漢文で書かれているものを現代語訳で楽々読める。ありがたいことだし、だからこそ私のような者もその内容や関わる歴史に興味を持つことが出来たのだが、例えば前野良沢や杉田玄白が初めて「ターヘル・アナトミア」を手にし開いたときの驚きと感動はその時代の装丁および内容でなければ本当の意味で伝わってこないとも思っていた。
書籍など内容が分かればそれで良いではないかと言われるかも知れない。無論内容を理解するには前記したように現代語訳があればこそなのだが、一冊の書籍だとしてもその装丁、サイズなどなどが原書と同じでなければ前野良沢や杉田玄白の喜びが伝わってこない気がしていた。まあ拘り病とでもいおうか(笑)。

その拘りを持ってこれまで例えばレオナルド・ダ・ヴィンチ「マドリッド手稿」ファクシミリ版パウル・クレー「手稿~造形理論ノート」のファクシミリ版などを集めてきた。

だから「ターヘル・アナトミア」も拘りたいと思ってきたが、無論実物を手にすることなどできるはずもないから精巧なレプリカ、ここでは復刻版を手元に置きたかったのである。そして探しに探してやっと願いが叶った…。

もともと江戸時代の蘭学やら医療といったことに漠然と興味を持っていた。以前話題になりTVドラマにもなったコミック「仁」も好きだったし、だからこそ2017年にオリジナル時代小説を書こうと思い立った際にその主な舞台は小石川養生所とした。
無論当時の養生所の医師たちは漢方医だったが時代は急速に動き、50年も経つ頃には蘭学が盛んになりつつあり、蘭方医も増えてくる。
そうした時代背景を現在執筆している時代小説にも取り入れたいと勉強してきたので「日本医学の夜明け」は最良の歴史的資料でもあるのだ。

とはいえ「お前みたいな素人がそんなもの持っても何のつっかえ棒にもならない」と言われることは分かっている。そもそもオランダ語は読めないし、漢文だって同じだ。
しかし「ターヘル・アナトミア」は是非手にしたかった…。
くどいようだが内容は勿論、本物がどのようなものなのかを “感じたかった” のだ。

そういえばNHK 2018年正月時代劇「風雲児たち~蘭学革命篇~」で前野良沢(片岡愛之助)と杉田玄白(新納慎也)が手にする小道具としての「ターヘル・アナトミア」はたぶん私が手にしたものと同じ復刻版を使ったものと思われる。また刷り上がった五巻の「解体新書」を中川淳庵(村上新悟)が良沢に届けるシーンに使われた小道具もこの復刻版かも知れない。

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※「解体新書」の一部


この「日本医学の夜明け」には他にも魅力的な文献が含まれるが、少しずつ調べて知識を得たいと考える。
最後に「ターヘル・アナトミア」という名について記しておきたい。
可笑しな事に一般的に前野良沢や杉田玄白が手にした解剖書を現代でも「ターヘル・アナトミア」と称しているが実はその原本にそうした表記はないのである。
「ターヘル・アナトミア」と言われている書はドイツ人医師ヨーハン・アーダム・クルムス(独 : Johann Adam Kulmus 1689年-1745年)の著書 "Anatomische Tabellen" のことで、1722年にダンツィヒで初版、1732年に再版されている。その後ラテン語、フランス語、オランダ語に訳されたが、前野良沢や杉田玄白が手にしたのはそのオランダ語訳の版だった。
そのオランダ語訳版 "Ontleedkundige tafelen" はオランダ人医師ヘラルト・ディクテン(Gerard Dicten 1696年?-1770年)の翻訳により1734年にアムステルダムで出版されたという。

そもそも「ターヘル・アナトミア」という書名は、杉田玄白の「蘭学事始」の中で使われている表記だ。そして漢文で書かれている「解体新書」には「打係縷亜那都米」と表記され「ターヘル・アナトミイ」とフリガナが付いている。さらに凡例の中で「ターヘル」が表、「アナトミイ」が解剖を意味しているとの適切な説明がある。
したがって本来は「解剖図表」といった程度の意味だからせめて「クルムス解剖書」とでもするのが妥当であるはずなのだ。

ということで「ターヘル・アナトミア」という名はどうやら俗称のようである。というのも繰り返すが原著名はドイツ語で「アナトーミッシェ・タベレン」、オランダ訳では「オントレートクンディヘ・ターフェレン」であり、いずれも「ターヘル・アナトミア」とはならない。
また扉絵に書かれているラテン語では「タブラェ・アナトミカェ」(Tabulæ Anatomicæ)となっており「ターヘル・アナトミイ」を彷彿とさせるが当然違う。

緒方富雄博士の著書「現代文 蘭学事始」の解説によれば、オランダ語の単数形に改め、形容詞を名詞に変えて後置修飾詞的に用いた「ターフェル・アナトミー」(tafel anatomie)とするとかなり近くなるという。そしておそらくはオランダ語の俗称が伝わるなりして我が国の蘭学者のあいだで「ターヘル・アナトミア」と呼ばれるようになったのではなかろうか…とのことだ。
ちなみに緒方富雄博士はあの緒方洪庵の子/緒方惟準の二男・緒方銈次郎の次男である。

そんなことを考えながら当該原稿を書き始めていたが、2019年3月21日にNHKの番組「英雄たちの選択」で「この本が日本を変えた!~杉田玄白“解体新書”誕生への挑戦~」が放映された同じ日にこの「日本医学の夜明け」セットを入手できたのだから偶然にしても感激であった。
ともあれ本セットは私にとって宝の持ち腐れであることを自覚しつつも知的好奇心を100%奮い立たせるアイテムなのである。

【主な参考文献】
・緒方富雄著「現代文 蘭学事始」岩波書店
・西村書店編集部編「解体新書 復刻版」西村書店
・杉田玄白著/片桐一男訳「杉田玄白 蘭学事始」
・杉田玄白著/酒井シズ訳「杉田玄白 解体新書」
・長尾剛「話し言葉で読める『蘭学事始』」



ラテ飼育格闘日記(724)

秋らしい陽気になったが、ラテは遠出が出来ないから必然的に近所の公園に出向くことになる。特に夕方の散歩は雨でも降らない限りはその公園に足を向ける…。なぜならそこには日によって違うものの、多くの子供たちやラテを可愛がった下さる方々がいらっしゃるからだ。


そうした日々の中でも子供たちのラテに対する反応は実に面白くオトーサンを楽しませてくれる。いや、時には困らせてくれる(笑)。
またラテの存在は間違い無くオトーサンの社交の鍵にもなってきた。ラテがいなければ爺さん一人が散歩をしていても誰も声などかけてはくれないだろう。いや、第一ラテがいなければそもそも散歩などしない…。

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※ラテと散歩していると様々な方が声をかけてくださる


現在嬉しいことに家族ぐるみでお付き合いをいただいているご近所のKファミリーとの切っ掛けはラテとそのご家族の長女Aちゃんとの出会いからだった。2013年の10月に現在の住居に引っ越しした訳だが、その翌年近所の公園で初めてAちゃんと出会った。Aちゃんはそのとき、幼稚園の年長組であったが出会った途端、Aちゃんはラテに跨がったもののラテはまったく怒らなかった。
それ以来、ラテと仲良しになってくれて現在に至っているが、Aちゃんは来年中学生である。そして大人の方には吠えるのが定番だったラテもしばしば近寄ってくださったAちゃんのオカーサンともその口元を舐めるまでになったのだ。

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※久しぶりに大好きなAちゃんの口元を舐めるラテ


世相で子供が少ないとは言え、公園には結構な人数の子供たちが集まるが、男の子の多くはサッカーを楽しんでいるしサッカークラブに入っているとかでとても上手な小学生も多い。その中に混じり、女の子たちが駆け回っているのも微笑ましいがラテはサッカーボールが嫌いなので近寄ることはできない。
たまたま蹴り合ったボールがラテの近くに来ると、「ラテはサッカーボールが嫌いだから近くに蹴ってはだめだよ」と言ってくれる子供もいる。

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※友達との遊びを中断して駆け寄ってくれる男子


そうした男の子たちの中でもラテの姿を認めると、遊びを中止して駆け寄ってきて頭をひと撫でして戻る子がいたり、休憩時にラテの眼前に座り込んでラテに顔を舐めさせる子もいてラテのよい刺激と喜びになっている。
とはいえ多くの子供たちの中でラテに近寄るのは女子…それも低学年の子供が多い。それでも最近の子はなかなかに礼儀正しく「触っていいですか」と聞いてくる。

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※「歩きたくない!」と抵抗…


なかにはやはりワンコが少々苦手の子もいるが、友達がラテの背や頭を撫でているのを見て自分も触ってみたいと思うのだろう。オトーサンに「噛まない?」と聞く子もいる。そんなときオトーサンは「虐めなければ噛まないよ」と答える。
幸いラテは子供たちにはとても寛容なので尻尾を掴まれても耳を少し引っ張られても怒らないがそこは限度もある(笑)。特に低学年の子供たちに囲まれてモミクチャが続くと顔を背けたりアクビが多くなる。そうなるとオトーサンは「はい、ありがとうね。ラテは少し疲れた様だから歩くね」と言って子供たちの手から解放する。

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※朝起きがけに女房の枕に頭を乗せて微睡む


これまでそうした際にラテが唸ったりしたことはないが、ワンコのアクビは緊張のバロメーターでもあるので念のためである。
夕方に公園に行くと「ラテちゃん!待ってたよ」と駆け寄ってくれる子もいるが、そうした子供たちも歳を重ねて小学校の高学年になるとさすがに興味はワンコより同級の友達たちに向かい、滅多にラテには近づかなくなる。少々寂しいがそれが正常な成長というものなのだろうし、面白いもので離れていく子もいれば新しい低学年の女子が集まってくる。

そもそも以前の住居のときに広い公園でラテと走り回ってくれたり、ダルマさんが転んだ等の遊びに「ラテも入りな」と誘ってくれた幾多のこどもたちはすでに皆社会人だ。隔世の感があるが、そうした子供たちの記憶の隅にでも子供の時にラテという雑種のワンコと遊んだ…ということが残ってくれたらオトーサンもラテも嬉しい。




8種類の環境音をミックスしリラックス空間を演出できる「Tranquility Sound Machine」とは

たヘンテコな製品に手を出してしまった(笑)。ヘンテコな…とは本当に役に立つものか、使えるものかが未知だったからだが、どうにも性分でこの種の?アイテムには弱いのである。ともあれ「Tranquility Sound Machine」と名付けられたこの製品は8種類の環境音を自分好みにミックスして流すことができるというBluetooth搭載スピーカーなのだ。なお国内の製品名は「おやすみノイズ」と名付けられている…。


「静寂のサウンドマシン」にしても「おやすみノイズ」にしても突っ込み所満載のネーミングだが、本スピーカーは良質の睡眠を誘導する環境音専用スピーカーなのだ。

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※製品パッケージ


製品のコンセプトに「良質な睡眠空間をサポートする癒しの環境音を」とあるものの、幸い私は通常眠りは浅いようだが眠れないということはまずない。ただしそのスペックを見て仕事部屋で使ってみたいなと思わせたのだ…。

「Tranquility Sound Machin(NS2020KH)」は「カフェでの雑音」「風」「焚き火」「雨」「雷」「波」「鳥」そして「牧場」のサウンドを出力することができるだけでなく、これらをミックス…すなわち雨の音に雷の音をミックス等々して出力することができ、それぞれのボリュームを独立でコントロールが可能なのだ。

またBluetooth 4.2を搭載しているのでスマホなどの機器と接続すれば好みの音楽を流すことができる。ただしBluetooth接続のサウンドと環境音を同時に聞くことは出来ない。そして30、60、90分のタイマー付きなので睡眠時の利用に便利だろう。なおイヤフォンジャックも付いており、バッテリーはUSB給電で充電はできない。

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※Tranquility Sound Machinはシンプルな箱形だ


さて落ち着く音は人それぞれだろうし、どのようなシーンかによっても違うはずだ。また私にしても落ち着きたいとき、逆に集中したいときに選ぶ音楽がときに邪魔になる場合もある。逆に雑踏の中にいた方が集中できるときもあるわけで人の心理は興味深い。
ほぼ一日中、Macの前に座っている私だから音楽は勿論、なにがしかのノイズがあった方がリラックスできるときがあり、そんなときには人の声と音楽とがバランス良く聞くことが出来るラジオも友だ…。
いずれにしても音楽よりもある種の環境音の方が集中あるいはリラックスできるように思えるのでこの「NS2020KH」の活かし所が多々あるのではないかと思った訳だ。

「NS2020KH」はサイズが18.5×7.5×7.5cm で重さが400gほどのボックス型だ。そしてフロント側がスピーカーになっており、上面に電源スイッチをはじめ、ボリュームボタンやBluetoothボタンなどが列び、下側に8つの上下にスライドするレバースイッチがこれまた整然と並んでいるというデザインだ。
8つの上下レバーは向かって左側からカフェの雑踏、風の音、焚き火の音、雨音、雷の音、波の音、鳥の鳴き声そして牧場のサウンドのボリュームスイッチになっている。

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※Tranquility Sound Machinの上面操作スイッチ類


要はカフェの雑踏のレバーを上げれば文字通りカフェにいるかのようなリアルなノイズが聞こえ、風の音のレバーを上げれば風の音が鳴るという具合だが「NS2020KH」の面白い所は各サウンドのボリュームを自由に調整できる点だ。したがって例えば牧場の音と同時に鳥の鳴き声を組み合わせることも出来るしさらに風の音を重ねることもできるというわけで、この8つのサウンドを自由に操って好みのBGMを作ることが出来るということになる。
ちなみに附属品はUSB(Type-C)ケーブルとマニュアル(日本語付)だ。

繰り返すがもともと本製品は質の良い眠りを取り入れるため…というのが開発コンセプトのようだが、それだけの用途では勿体ない。私は冒頭でも記したとおりもっぱら仕事中につかうつもりだ。
そういえば一昔前はこの種の音源はCDで売られていた。野鳥の鳴き声は勿論、雨や滝の音などなどを買ってきてそれをカセットテープに編集し好きな音源を好きな順番に流してBGMにしていたものだ。

またNS2020KHはスタンドアローンで楽しむ機器だが、こうした環境音をインターネット接続が前提だがWebで聞くことも出来る。
Noisli というサイトではNS2020KHと同様な音源を同じくミキシングして楽しむことが出来るがフリーでの利用をベースにして、さらに多くの音源を使うためには年間US$120の費用がかかる(月額払いもあり)。

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※WebサイトでもTranquility Sound Machinと同様なコンセプトのNoisli


私はあえて据え置き型を好んだのでNS2020KHを手に入れたが、取っかかりとしてNoisli のサイトを覗いてみるのも良いだろう。






ラテ飼育格闘日記(723)

残暑が厳しかった9月も終わり10月に入った。10月というと7年前になるが同じ多摩市内ではあるものの、現在のマンションに引っ越ししたときのことを思い出す。2013年の10月は実に忙しいひと月だった…。


引越を決めたのはその前月だが9月の20日過ぎから10月末まで実に慌ただしい時期となった。引越のための荷造りはもとよりだが、それまで7年ほど済んでいた借家の契約解除手続きから引っ越し先の管理不動産に何度も足を運び、引越業者に見積をとる…。

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※さすがにラテも随分と落ち着いたワンコになった


同時に電気水道ガスの住所変更手続きやインターネット関連の変更手続きなど引越の定番となる作業を粛々とこなしていた矢先、親戚の不幸があり急遽葬儀に出なければならなくなったりもした。
そもそもが秋という季節はなにか新しい行動を起こしたくなる季節なのだろうか…。それまで経験がなかったワンコを飼うという決断をしたのも2006年の秋だったし里親会なる場所に初めて出向いたのも同年11月のことだった。

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※力はあまり入らないが右後ろ足を地面に着けて歩いている…


引越の日が近づくにつれダンボールの山が高くなっていったが、ラテはその隙間を遊び場と間違えたと思うほど走り回ったりした。
ひとつオトーサンたちが心配したことは、7歳になっていたラテが新しい環境に馴染んでくれるかどうかだった。聞いた話しでは引っ越し先で食事を取らなくなったり、睡眠不足になるワンコもいるという…。

ということでオトーサンたちはまだ荷物ひとつもない新居にラテを連れていくことにした。少しでも早く慣れて欲しいと思ったからだ。
興味を引くようにと愛用のボールもバッグに忍ばせ、徒歩だと30分程度かかる引っ越し先に散歩を兼ねて連れて行った。ラテが真新しい室内に入ったらどんな態度になるのか、期待と不安を胸に抱きながら(笑)。

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※ラテのボディに顔を埋めるAちゃん


どの部屋にもダンボール箱ひとつもない真っ新の部屋の玄関に立ったラテは一瞬たじろいだろうに見えたが、オトーサンがボールを投げるとラテはためらいなく走り出した。
その後はオトーサンたちが心配したのが嘘のようにラテは嬉しそうに部屋中を駆けずり回ったり、女房が自分の部屋にする予定の一室に入るとその後を追ったラテは、開けた窓に両前脚をかけて立ち上がり女房の隣で外を覗き込んだりもした。

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※窓の外を覗き込むラテ


要は我々の心配は奇遇に終わった。ラテがどのように感じたのかは無論分からないが、嫌がることはまったくなかったのだ。
その数日後、実際の引越に際してラテがいては作業の邪魔になるし怪我でもさせたら大変だからと前日の夕刻に初めてペットホテルで一泊させたことも忘れられない記憶の1シーンとなった。

何故なら、引越が終わった翌日の夕刻にラテを引き取りに行ったが、係りの女性がいうには昨晩とその日の朝の食事および水飲みは一切取らず、短い散歩をしたにも関わらず排泄は一度もしてくれなかった…と言うのだ。
初めてオトーサンたちと離れたラテはもしかしたら捨てられたのかも知れないと思ったのだろうか、係りの女性を心配させるほどかたくなに縮こまっていたという。

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※散歩は休憩時間が多くなった ^^;


その話を聞いたオトーサンは涙ぐんだがそのときに連れ出されて来たラテがオトーサンを認めて奇妙な歓喜の声を聞いたとき思わずしゃくり上げてしまった。それは呻きとも喜びとも、また責める意味もあったのかもしれない「ギエ〜ッ」といった一声を上げて飛びついてきたが、いまでも耳の底にその声がこびりついている。

それから早くも7年になる訳だが14歳になったラテはその頃の体力はないしやはり歳なのか、かなり落ち着いたし、オトーサンに対してもベタベタすることはほとんどなくなった。
正直少々物足りないが、老犬は幼犬のときの可愛らしさとはまた違う愛しさが増している昨今なのである。



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。
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