Apple II はじめての雑誌広告秘話

Apple II は1977年4月16日と17日の両日、サンフランシスコで開催された第1回ウエストコースト・コンピュータフェア(WCCF)でデビューした。その経緯などについては「第1回WCCFにおけるAppleブース出展経緯の考察」や「第1回ウェストコーストコンピュータフェア(WCCF)開催物語」でご紹介したが、今回はその最初の広告についての秘話をお届けする。


Apple II 最初の広告は6色ロゴのデザインを手がけたレジス・マッケンナ・エージェンシィによるものだ。WCCFでの反応の良さに勢いを付けようと最初の雑誌広告掲載はエレクトロニクス・ホビー雑誌であるBYTE誌に載せる…。それはWCCFから2ヶ月後となる1977年6月号だった。

広告は見開き2ページ と3ページ目はオーダーフォームになっていたが、この1977年という時代背景を考えて当該広告を見れば、いかに斬新でお洒落な広告であったかがわかるに違いない。特に同誌に載っている他社の広告と比較すればさすがAppleだと思う。しかし実はこの最初のApple II 広告は失敗に終わる…。

さて、私の手元に古いBYTE誌がある。それは1977年7月号だが6月号と同様にこの号でもAppleの同じ広告が載っているので当該ページをご紹介しながら話を進めてみたい。

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※米国雑誌「BYTE」1977年7月号表紙


スティーブ・ジョブズたちの思い、すなわち一般家庭にコンピュータを…というコンセプトを具現化したのだろう、左ページは全面写真で構成され、上部には "Introducing Apple II." と記されたテキストがある。その写真内容は奥のキッチンにいる女性が笑顔でこちらを振り向き、手前には若い男性がApple II を操作している…といったシーンだ。
それは多分にホームコンピュータというコンセプトを意識したものだと分かる。

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※問題のApple見開き広告【クリックで拡大】


ともあれ問題は広告右側ページ左下に採用した写真で起こったとされる…。なぜなら当該広告に問題があったとして約半年後の広告からは当該写真のみ新しいものに差し替えられたのである。何故その部分の写真だけが変わったのか…。当時から様々な推測と共にいくつかの噂話が流布した。

まあ、私がこの話を最初に耳にしたのはずっと後のことで、多分1980年半ばにESD社あたりで雑談として知ったのではないかと思うのだが…。

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※問題になったとされる広告写真部分の拡大


それらの中で特に印象的な説があった…。それは文字通り噂話かもしれずまた事実だったかも知れないがいまとなっては検証のしようもない。
問題の写真は私などが見ればApple II を挟んで男女が楽しく会話しているとしか見えない。そしてこの同じ写真を使ったカタログは雑誌広告より2ケ月前、すなわちWCCFに間に合わせるために作られたもののようだ。

ともかくこの雑誌広告を見た1人の女性からスティーブ・ジョブズがクレームの手紙を受け取ったという話なのだ…。その内容は、女性がゲームコントローラーを握り、対面している男性が女性に指を突き出しているというシーンが「セックスを連想させ不快である」というものだったという。

文化の違い、宗教観の違い、そして時代背景の違いなどで写真や映像を何らかのシンボリックなものと受け止める傾向がある様だが、新興企業のAppleにとっては “そう見られる” こと自体大きな問題であったろう。いつの時点でこのクレームがあったのかは不明だが、もしそれが本当ならジョブズたちは反論することもできたに違いない。しかし結果としてAppleは半年後の広告から当該ページの写真をそっと “無難なもの” に差し替えたのである。

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※BYTE誌1978年2月号表紙(上)と同号掲載Apple II 広告右ページの差し替えられた写真部位(下)


実は写真を取り替えた背景にはクレーム云々はともかくホームコンピュータという広告戦略がまだ時期尚早だったという反省にもとづいた意図もあったらしい…。
そもそも今となっては本当にクレームがあったかどうかなど確かめようもないが、確実なことはAppleが広告戦略の大幅な変更を意図した事実であった。

また別途1977年の終わり頃、業界筋のキーマンからやはりジョブズに手紙が届いたという。その内容は「Apple II は貴社の広告イメージとは違い、まだまだ家電のように誰でもが簡単に使えるものではない」と…。続けて「Appleの広告は証券市場分析や家計簿プログラムが存在するかのように訴えているが、それはどこで買えるのか…」といった辛辣なものだったという。

事実それらを実現するプログラムの提供は当時まだ存在しなかったのである。確かに前記した左側ページの写真では株価表示と見られる画面があるし、机上で見える範囲ではカセットテープレコーダーもフロッピーディスク等の外部機器がない。これではApple II 本体だけで証券市場分析などができるように思われがちだ…。

要はApple II 最初の広告戦略は間違い…というより時期尚早、いや誇大広告になるかも...というのがレジス・マッケンナ・エージェンシィの反省の弁でもあったという。
ホームコンピュータと銘打つには時期が早すぎ、まだマニアやホビイスト、あるいはコンピュータの知識を持ちビジネス志向を探るユーザー達へのアピールが大切な時代だったのだ。

なにしろApple II といえば現在の我々は洒落た樹脂製のケースに納まったものというイメージが強いが、発売当時はボードのみの販売も行っていたわけでまだまだマニアックな市場だったことになる。なおこの7月号広告3ページ目はApple社への直接オーダーフォームという形でプライスリストが載っていたが、同年のBYTE誌11月号になると広域な販売体制が整ったのだろう、各州のコンピュータ取扱店のリストがずらりと列んでいるページに変更となっている。

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※広告3ページ目に用意されたオーダーフォームにはボードのみの価格も掲載されている


「スティーブ・ジョブズの王国」(プレジデント社刊)で著者のマイケル・モーリッツは広告戦略の軌道修正に関し「ありがたいことに、(Appleは) 小規模な業界に存在する、ちっぽけで、目立たない会社だったために、この路線変更はまともに問題にされなかった。大企業がこんな失敗を犯したら、誇張されてひどいことになるのがふつうだが、Appleはまだ無名に近い存在であり、拡大途上にある市場に特有の寛大さにも助けられた…」と書いている。

そんな事実を振り返りながら前記したクレームの話を考えると、この噂話がどこか胡散臭く感じるのは私だけではないだろう。Appleは初めての広告…ある意味での誇大広告および戦略の誤りを、すなわちホームコンピュータからパーソナルコンピュータへのスムーズな路線変更を促すためにこうした話をリークしたのかも知れない。そんな風に考えたくなる都合の良い話に思えるのだ。

さて、この広告に関するお話しはこれでお終いではない…。
冒頭に記したようにApple II はこの最初の広告と同時期に出荷されたわけだが、そういえば我々はWCCFでにわか作りのApple II が5台程度展示されたことは知り得ているもののそれが厳密な意味において後に販売された製品とまったく同じものだったかどうかは分からない…。

どういうことかというとリビングで男性が操作しているApple II をよくご覧いただきたい。現在我々がよく見知っているApple II スタンダードと違う点に気づかれるはずだ。

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※広告ページに写っているApple II にはパワーランプがないのだ!


実はそれにはパワーランプがないのである。以前私は「世界初のパーソナルコンピュータと称されるApple II スタンダードお披露目」というアーティクルの中で「さらに未確認ながら最初期の製品にはパワーランプキーが無いものまであるという話を聞いたこともあるので微妙に違うバリエーションが存在するのかも知れない。」と記したが、広告写真とはいえそれが実証された感じもする。勿論,右ページ上部に写っているApple II も同様だ!

無論時期的な面を考えると広告に使ったApple II はプロトタイプであった可能性も大だからこのデザインのまま出荷された現物があったかどうかについては不明であるが…。
こうしたあれこれを現在の視点から俯瞰すれば当時のAppleもすべて何の問題や障害もなく成功の道をまっしぐらに突き進んできたわけではないことが分かって興味深い。



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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員