ジョン・フランクリン著「子犬に脳を盗まれた!」を読了
犬に関する本はそれこそ多々あるが、本書は少々変わった1冊だ。決して読みやすい本ではないが、2度ピューリツァー賞を受賞したサイエンスライターの著者がひょんなことから犬を飼うことになってしまい、持ち前のライター精神ゆえか犬に関する謎・謎を追究考察しているうちにひとつの思いにぶち当たる…。
犬の本といえばこれまでアカデミックなものは極端に少なかったようだ。多くは訓練や飼い方を解説するもので私自身も愛犬と巡り会ったときに7冊程度の本を抱え込んだがそのほとんどはいかにしたら良い犬に育てることが出来るか…といった点を重視したものばかりだった。
勿論、近年になりエリザベス・M・トーマス著「犬たちの隠された生活」、スティーブン・ブディアンスキー著「犬の科学」あるいはアレクサンドラ・ホロウィッツ著「犬から見た世界」といったアカデミックな著作が増えてはきたが、いまでも多くは「無駄吠えはいかにしたら直るか」「リードの持ち方」「子犬を飼い始める準備」などなどといったテーマ本が溢れている。
近年、嬉しいことに犬に関する研究も進んだようで、そうした成果から少しずつその歴史や人との共生関係を考察する本も登場してきたが、本書「子犬に脳を盗まれた! 不思議な共生関係の謎」はいささか趣の違った1冊だった。

※ジョン・フランクリン著、桃井緑美子訳「子犬に脳を盗まれた!」青土社刊表紙
著者フランクリンは犬が嫌いだったわけではないものの、サイエンスライターという職業をかき乱されたくないと考えていたし、飼うつもりもなかった一人だ。それが恋人にプロボーズした返事として子犬を飼いたいと言いだした彼女に妥協し、仕方なく黒いプードルの子犬と生活するはめになる。しかし、いざ一緒にいると持ち前の探究心が湧き起こり、犬とは何者なのか、種が違うのに何故これほど人との共生が可能なのかと次第に先史時代に遡った探求が始まる…。
以前ジェフリー・マッソン著「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」という本を読んだが、彼の犬と人との共生・共進化という発想は本書の影響もあったという。
「子犬に脳を盗まれた!」というタイトル(原題は The Wolf in the Parlor: The Eternal Connection Between Humans and Dogs)は些か過激だが、その詳しい意味は本書をお読みいただくとして、興味深い事は狼が犬になったとき、脳の質量が20%減少した事実がある。その理由は人間の影響だと考えられるようになったという。さらに面白いのは近年我々人類もホモ・サピエンスへの進化の過程で脳の質量が10%ほど減少したことが考古学的に認められているという。
これはどういうことなのか…。要するに犬と人間が出会い共生・共進化し共に生活するようになってそれぞれお互いを変えたのだ。
犬が脳の質量の20%を失ったのは、人間が犬に変わり食料調達を含めて考えたり計画したりするのを請け負ったからだし、逆に犬は人間の苦労の10%を背負うことを引き受けたのだ…というのが長い間情報を追い求めた筆者の結論だった。
脳が小さくなると同時に我々は退化したのではなく逆にホモ・サピエンスとして賢くなったが人間は脳を失ったのではなくその分を犬に肩代わりしてもらったことになる。
犬は番犬や狩りの手伝いにとどまらず、人間の情動の荷を背負ってくれる荷役動物となったのである。
この辺の説を理解するのは簡単ではないが、フランクリンは優れたサイエンスライターとして上手い説明をしている。人間は犬に何を託したのかという答えはさほど難しくないと断りながら…フランクリンは続ける。犬は深い感情の過去のあずかり手であり、我々の感情の盲導犬なのだと…。
彼の言い分は犬の飼い主なら納得する部分が多いと思う。事実どこかで読んだニュース記事だったが、年配者で犬を飼っている人と飼っていない人を比べると飼っている人の方が長生きするという研究結果が発表されたそうだ。
AppleのCEOだった故スティーブ・ジョブズはMacintoshの発表に際してそれを「知的自転車」と称した。無論これは自転車という道具を使いこなせば走ることや移動手段に疎い人間という動物も飛躍的に優れた生き物となるという比喩である。
いわばジョン・フランクリンはこれと同じような意味で、犬は我々人間が持つ大変扱いづらい感情を制御管理する外部記憶装置だというのである。だとすれば「犬は人類最古の友」という以前に飼い主の分身だといえるのかも知れない…。
確かに犬は不思議な生き物だ。彼ら彼女らが本気になればその危険性は人の息の根を止めるくらいは簡単であろう。しかしその種の違う犬が私の横で一緒にイビキをかいている事実は考えれば考えるほど不思議というかミステリーに思える(笑)。
本書は犬の現在・過去を追うストーリーではあるが、問題は常に犬ではなく我々人間側にあることを再認識させてくれる1冊でもあった。
犬の本といえばこれまでアカデミックなものは極端に少なかったようだ。多くは訓練や飼い方を解説するもので私自身も愛犬と巡り会ったときに7冊程度の本を抱え込んだがそのほとんどはいかにしたら良い犬に育てることが出来るか…といった点を重視したものばかりだった。
勿論、近年になりエリザベス・M・トーマス著「犬たちの隠された生活」、スティーブン・ブディアンスキー著「犬の科学」あるいはアレクサンドラ・ホロウィッツ著「犬から見た世界」といったアカデミックな著作が増えてはきたが、いまでも多くは「無駄吠えはいかにしたら直るか」「リードの持ち方」「子犬を飼い始める準備」などなどといったテーマ本が溢れている。
近年、嬉しいことに犬に関する研究も進んだようで、そうした成果から少しずつその歴史や人との共生関係を考察する本も登場してきたが、本書「子犬に脳を盗まれた! 不思議な共生関係の謎」はいささか趣の違った1冊だった。

※ジョン・フランクリン著、桃井緑美子訳「子犬に脳を盗まれた!」青土社刊表紙
著者フランクリンは犬が嫌いだったわけではないものの、サイエンスライターという職業をかき乱されたくないと考えていたし、飼うつもりもなかった一人だ。それが恋人にプロボーズした返事として子犬を飼いたいと言いだした彼女に妥協し、仕方なく黒いプードルの子犬と生活するはめになる。しかし、いざ一緒にいると持ち前の探究心が湧き起こり、犬とは何者なのか、種が違うのに何故これほど人との共生が可能なのかと次第に先史時代に遡った探求が始まる…。
以前ジェフリー・マッソン著「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」という本を読んだが、彼の犬と人との共生・共進化という発想は本書の影響もあったという。
「子犬に脳を盗まれた!」というタイトル(原題は The Wolf in the Parlor: The Eternal Connection Between Humans and Dogs)は些か過激だが、その詳しい意味は本書をお読みいただくとして、興味深い事は狼が犬になったとき、脳の質量が20%減少した事実がある。その理由は人間の影響だと考えられるようになったという。さらに面白いのは近年我々人類もホモ・サピエンスへの進化の過程で脳の質量が10%ほど減少したことが考古学的に認められているという。
これはどういうことなのか…。要するに犬と人間が出会い共生・共進化し共に生活するようになってそれぞれお互いを変えたのだ。
犬が脳の質量の20%を失ったのは、人間が犬に変わり食料調達を含めて考えたり計画したりするのを請け負ったからだし、逆に犬は人間の苦労の10%を背負うことを引き受けたのだ…というのが長い間情報を追い求めた筆者の結論だった。
脳が小さくなると同時に我々は退化したのではなく逆にホモ・サピエンスとして賢くなったが人間は脳を失ったのではなくその分を犬に肩代わりしてもらったことになる。
犬は番犬や狩りの手伝いにとどまらず、人間の情動の荷を背負ってくれる荷役動物となったのである。
この辺の説を理解するのは簡単ではないが、フランクリンは優れたサイエンスライターとして上手い説明をしている。人間は犬に何を託したのかという答えはさほど難しくないと断りながら…フランクリンは続ける。犬は深い感情の過去のあずかり手であり、我々の感情の盲導犬なのだと…。
彼の言い分は犬の飼い主なら納得する部分が多いと思う。事実どこかで読んだニュース記事だったが、年配者で犬を飼っている人と飼っていない人を比べると飼っている人の方が長生きするという研究結果が発表されたそうだ。
AppleのCEOだった故スティーブ・ジョブズはMacintoshの発表に際してそれを「知的自転車」と称した。無論これは自転車という道具を使いこなせば走ることや移動手段に疎い人間という動物も飛躍的に優れた生き物となるという比喩である。
いわばジョン・フランクリンはこれと同じような意味で、犬は我々人間が持つ大変扱いづらい感情を制御管理する外部記憶装置だというのである。だとすれば「犬は人類最古の友」という以前に飼い主の分身だといえるのかも知れない…。
確かに犬は不思議な生き物だ。彼ら彼女らが本気になればその危険性は人の息の根を止めるくらいは簡単であろう。しかしその種の違う犬が私の横で一緒にイビキをかいている事実は考えれば考えるほど不思議というかミステリーに思える(笑)。
本書は犬の現在・過去を追うストーリーではあるが、問題は常に犬ではなく我々人間側にあることを再認識させてくれる1冊でもあった。
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