渡辺怜子著「レオナルド・ダ・ヴィンチの食卓」読了の感想

本書の著者はイタリア料理研究家だそうで、その専門的な観点から多くのレオナルド・ダ・ヴィンチによる手稿を手がかりにレオナルドがどのような食生活をしていたのか、健康の指針とは何だったかを探ろうとする想像の旅が始まる。レオナルドのことなら何でも知っておきたい1人として本書は無視できない1冊であった。


現代の我々はあまりにも多様な生活を送っているからして、その食生活から当人の考え方はもとより、生活信条といったものを探るのは難しくなっているが、それでもその一端に光を当てることができるかも知れない。
別に高価なもの…いや、一流レストランや高級料亭ばかりに入り浸りだからといって魅力的な人物とは限らないが、良し悪しはともかく食生活に深く立ち入れば、その人の生き様の一端は垣間見られるといってもよいだろう。
美食の権威で政治家でもあり、チーズの名に使われているブリア・サヴァランの言葉「君が何を食べているか言ってみたまえ。そうすれば君がどんな人か言ってみよう」は一理あるに違いない。

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※渡辺怜子著「レオナルド・ダ・ヴィンチの食卓」岩波書店刊表紙


まあ、小難しい理屈は脇に置いておき、レオナルドフリークの1人として彼が好んだ食べ物は何なのか、日々どのような物を食していたのか、あるいは当時はどのような食べ物があったのか…といった知的好奇心は膨らんで当然だろう。
余談ながらこの種の本はこれまでにもいくつか読んだ…。例えばドン・コルバート著「キリストは何を食べていたのか?」やジュリア・カールスン・ローゼンブラッド&フレドリック・H・ソンネンシュミット共著「シャーロック・ホームズとお食事を―ベイカー街クックブック」などだ。
これらも単に興味のある人たちがどのようなものを食していたかといった覗き趣味だけでなく歴史を踏まえた考察をしているところが興味深いわけだ。

さて本書「レオナルド・ダ・ヴィンチの食卓」はその筆者によれば、知り合いだったレオナルド研究の第一人者である裾分一弘教授に勧められたからだという…。そしてレオナルドの食を調べることは、とりもなおさずルネサンス時代の食事というものを明らかにするわけで、料理研究者として人が何を食べてきたのかという食の歴史的興味があったことも手伝って「アトランティコ手稿」を始めとする膨大な資料と取り組む羽目となる。

無論一番の資料はレオナルド自身が書いた手稿(ノート)を参考にするのが一番だが、大変なのは量だけではない。それらはいわゆる鏡文字(左右反転した文字)で書かれている場合が多く、かつ大半はルーペが必要なほど小さな文字だし、罫のない用紙にあちらこちらと脈絡もなく思いついたことが書かれているからだ。
とはいっても最大の問題はそうしたレオナルドの残したメモから食に関する語を拾い出すことだった。

例えば私も所持している「鳥の飛翔に関する手稿」のファクシミリ版(オリジナルはトリノ王立図書館蔵)にも日常の出費を記録したメモが購入した品と金額と共に残されている。

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※「鳥の飛翔に関する手稿」の当該ページ。その端には下記のメモがレオナルドの筆で残されている【クリックで拡大】


例えばその紙葉18上部に “モーナ 48 ふすま (4)4 藁 23 鍵 ・6 私に 28 鶏肉 ・2 ” とメモされている。数字は無論出費した金額である。
ちなみに “モーナ” とはレオナルド家の女中の名だという…。

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※ “モーナ 48 ふすま (4)4 藁 23 鍵 ・6 私に 28 鶏肉 ・2 ” とメモされている部位


しかしそれらの多くは食材の記録ではないのである。
例えば「インディゴ、澱粉、酢」とあっても絵の具のためのものだったり…といった記述が続く。結果彼の手稿から食材とみられる単語を拾う作業は期待していたような収穫は得られなかったとのこと。
「トリヴルウィオ手稿」の中に “スパゲッティ (spaghetto)” なる記述はあってもそれは食べ物ではなく短い紐を意味する言葉だったりと作業は困難を極める。ともあれ、中には「パセリ、ミント、タイム、酢それと塩少々…」といったサラダ用ドレッシングと思われる記述もあったそうだが…。
また様々なことに興味を持ったレオナルドであり、繰り返すが膨大な量の手稿を残したわけだが、それらにはパン/野菜/小麦粉/ワイン/塩といった食材の買い物がメモされているものの「どんな魚」で「どのような料理」だったかといった点には触れておらず、ましてや「何を食べて美味しかった」というような記述はないようだ。

これらの事実を踏まえ、著者はミケランジェロやポントルモといった例を引き合いに出しレオナルドとの比較を検証しているが、筆者の責任ではないにしろ本書のテーマ「レオナルドは何を食していたか?」という疑問に肉迫するまでには至らなかったことは残念である。
とはいえ「レオナルドはベジタリアンだったか?」という疑問や「最後の晩餐」に描かれた皿の上の食材といった事に専門家の立場から突っ込んだ考察をしている点は大変興味深いし、あらためてレオナルドの日常生活に思いを馳せる時間を過ごせたことは楽しかった。
なお巻末にはレオナルドの蔵書だった「サレルノ学派の養生訓」と「佳き生活と健康」も紹介されている。





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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員