スティーブン・レビー著「マッキントッシュ物語」の勧め

過日はスティーブン・レビー著「ハッカーズ」という書籍をお勧めするアーティクルを書いた。同書はパーソナルコンピュータが登場する時代背景をハッカーという血の通った人間たちを通して克明に描いたものでありお勧めに値する名著である。実は同じ筆者による「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」武舎広幸訳(翔泳社刊)という本も是非目を通していただきたい一冊である。                                                                                                                

「ハッカーズ」は1950年代からハッカーと称された魅力的で好奇心と反骨精神および優れた技術を身につけた人たちが時代の渦の中でどのように新しいものを生みだし、あるいはそれらを咀嚼していったかを克明に紹介した一冊なら「マッキントッシュ物語」はその名の通り、Apple Computer社のMacintoshというパーソナルコンピュータの開発経緯に的を絞った書籍であり、Macintoshがどのような背景で生まれたかをスティーブ・ジョブズ自身はもとより多くの人たちへの取材を元に書いたものだ。また同書はMacintoshが誕生してから丁度10年たった1994年に出版されたことも、現在からの視点で振り返って見ると大変興味深い。

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※スティーブン・レビー著「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」武舎広幸訳(翔泳社刊)表紙


ここで取り上げられているテーマはMacintoshというパソコンがどのような時代背景、どのようなきっかけ、どのような人たちによって誕生したのかということだ。単にジョブズたちがゼロックス社パロアルト研究所(PARC)でAltoのデモに触発された…といったことだけでなくバニーバー・ブッシュと彼の夢の機械メメックス、ダグラス・C・エンゲルバート、サザーランドのスケッチパッド、テッドネルソンそしてPARCにおけるアラン・ケイの役割などをきちんと押さえているのはさすがである。
ちなみにもしMacintoshの誕生に関する情報やらその時代的な意義を問うなら前記した人物たちのことをまず知らなければ本当にMacintoshを知ったことにはならないだろう。

それにMacintoshの歴史を語る書籍の中にはページの制約もあるのかも知れないが、いきなりGUIを持ったMacintoshが登場するような印象を与えるものも多い。しかしさすがにスティーブン・レビーは第4章で「リサ誕生」とLisaがどのようにして開発され、それがMacintoshに繋がったのかを紹介しているし第5章では「ラスキンの夢」としてMacintoshプロジェクトを始め、その命名者であったジェフ・ラスキンの役割についてもページを割いている。
本書はスタートからユニークだ。なぜなら筆者のスティーブン・レビーはMacintoshの発表前、1983年11月にApple社において秘密裏にMacintoshの実機を見せられたところから始まるのだ…。

本書が出版された1994年といえばその前年にジョン・スカリーがCEOを退任し、マイケル・スピンドラーがCEOに就任していた時代でありAppleはいわばどん底の状態向かっていた時代だ。まだ幾分勢いが残っていたとはいえこの時代以降はWindows 95の登場もあってマックユーザーがWindowsに転向するケースも多かったしスピンドラーが辞任する頃はいつAppleが無くなってもおかしくないと思われる時代であった。いわば一般大衆にとってMacintoshというパソコンの魅力が失われつつその存在意義を見いだせなくなってきたその時代にMacintoshの存在を高らかに歌い上げた本書は忘れてはならない一冊だと思う。いや、そもそもMacはマイナーな存在だったのである...。
したがってMacintoshの歴史を語るには是非目を通しておかなければならない本でもある。ただし残念なことにすでに絶版になっているが古書なら入手できる可能性もあるので機会があれば手にしていただきたい。しかしAmazonでは時折法外な高値が付いているときもあるのでご注意を...。

なお筆者のスティーブン・レビー(Steven Levy)は本書「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」にはスティーブン・レヴィと記されているが本稿では現在使われている"レビー"で統一した。
スティーブン・レビーの筆になる記事に惹かれるのはやはり彼自身がジョブズと同様にボブ・ディランに傾倒し、大学ではローリング・ストーンに関するレポートで単位を取るという反体制志向を持ったいわゆるヒッピー同然だった時代を過ごしていたからかも知れない。私はそのスティーブン・レビーにスティーブ・ジョブズらと同じ時代の臭いを感じるのだ。

したがって個人的にはスティーブン・レビーは多くの著作から判断し、信頼に足りる数少ない ITジャーナリストの一人だと評価しているが、その彼も完全ではないこともまた事実である。
例えばスティーブ・ジョブズの追悼の意味で2011年11月10日付にてWIREDへ寄稿した記事にはいくつか間違いが含まれている。
分かりやすく和文の掲載からご紹介してみるが、一例は「(ジョブズが)高校の友人であるスティーブ・ウォズニアックに出会ったときに」という箇所だ。同様なことは「マッキントッシュ物語」にも書かれている。
しかし実際ジョブズとウォズニアックは学年で5歳年が離れていたので同じ時期に学校で出会うことはなかった。共通の友人、ビル・フェルナンデスの紹介で二人は出会ったというのが事実である。
また「1979年、より高度なマシンである「Lisa(リサ)」を開発する際に、ジョブズはエンジニアを引き連れてゼロックスのパロアルト研究所に赴いた。後に『啓示』と形容したが、ジョブズはすぐにゼロックス・スター――マウスによるナビゲーション、ウィンドウ、ファイルそしてフォルダ――をリサにも採用することを宣言した。」とあるがこれはいかにも誤解を生じる物言いだ。
何故ならゼロックス・スターは1981年にリリースされたマシンであり、ジョブズは1980年秋にはすでにLisa開発プロジェクトの開発責任者を解任されていたからだ。したがってジョブズがスター云々を引き合いにLisaの仕様を語るタイミングはないはずなのだ…。
さらに「1985年5月31日、ジョブズは解雇された」とあるがこの日、すべての経営権を剥奪されたものの名目だけの会長職は残されたので解任ならともかく解雇という表現は適切でない。...といった具合だ。
まあ、スティーブン・レビーほどの人でも完璧を期すのが難しいことを知ると私などは妙に安堵してしまう(笑)。

「マッキントッシュ物語」にしても時間ができたら原著と照合してみたい箇所も多々あるが、それは後のお楽しみとして取っておこうと思っている。
ちなみに本書の原題は「Insanely Great : The Life and Times of Macintosh, The Computer That Changed Everything.」だが "Insanely Great" とは当時スティーブ・ジョブズがMacintoshを称して盛んに発言していた物言いで「めちゃくちゃすごい」という意味だ。そしてこの時点ではまだまだ実感がなかったかも知れないが "The Computer That Changed Everything" すなわち「すべてを変えたコンピュータ」という評価が本書の性格を物語っていると思うし低迷してメディアからも見放された感があったAppleにこうしてエールを送ったスティーブン・レビーはやはりただ者では無い。

マッキントッシュ物語―僕らを変えたコンピュータ


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員