SONY 初代ウォークマン (TPS-L2)とiPod 再考【1】
Apple の iPodの歴史やその役割といった話題になると必ず引き合いにされるのがソニーのウォークマン(WALKMAN)である。無論ウォークマンは世界的な大ヒット商品でありその名は長らくポータブルオーディオの世界的代名詞だったし現在も使われている商標である。今回はスティーブ・ジョブズも一目置いていたソニーの初代ウォークマンをiPodと比較しつつ製品のコンセプトに肉迫してみよう。
ご承知のようにウォークマンとiPodの登場には約22年ほどの年月の経過がある。その短いようで長い間には大幅なテクノロジーの進化と共に社会の価値観やらも大きく変わっているはずだが、そうした意味からいえばウォークマン登場の衝撃は iPodの比ではなかった…。

※初代ウォークマン(右)と初代 iPod。共に当研究所所有
ソニーのWALKMANはその原型となったといわれるポータブルモノラルテープレコーダー「プレスマン」からスピーカーと録音機能を省いてステレオ仕様にし、オープンエアーの軽妙なヘッドフォンで楽しむことに特化させたものだ。また屋外に持ち出し歩きながら音楽を楽しむというコンセプトからその名を付けたが、正確には文法に合わない和製英語だったために海外では当初商品名を変えていた。しかし来日した著名人たちが自ら好んで口コミでアピールしたこともあり、またソニー会長の盛田昭夫の判断もあって一年足らずで世界市場でもWALKMANに統一された。そういえば名指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンもウォークマンの愛用者だったようだ。
ウォークマンは1979年7月1日に発売された。価格は33,000円だった。私も事前に池袋の西武デパートに予約を入れ、発表と同時にいそいそと受取に行った事を思い出す。ではそのウォークマンとは一体どんな製品だったのだろうか…。iPodの前身とも称されるウォークマンを手にしつつ横目に iPodを眺めながら、あらためて確認してみよう…。
ウォークマンという名をまったく知らないという人は少ないと思うが、無論この場で再認識しようとするウォークマンは現在ソニーで販売されているウォークマンのことではない。
それは1979年に発売された初代ウォークマン(TPS-L2)のことであり、その音楽を記録する媒体はハードディスクでもなければCDやMDでもなく、勿論シリコンメモリでもない…。それはカセットテープであった。
とはいえすでにカセットテープを知らない人たちが存在するようなので話は少々ややこしくなるが、当時手軽に音楽を録音しそれを再生できるメディアはカセットテープがポピュラーだった。

※初代ウォークマン(TPS-L2)。ただし写真のヘッドフォンはソニー製ではない。
当然ブランクのカセットテープを購入し、ラジカセなどでラジオ番組を録音したり、内蔵あるいは外部マイクを使って音楽を自分の意図する順序に録音して楽しむこともできた。さらに現在のCDパッケージのようにミュージシャンらによる録音済みのカセット・パッケージがレコード店にずらりと列んでいた時代だった。
なにしろくどいようだが1979年といえばその10月にApple II 用として開発された世界初の表計算ソフト「VisiCalc」が発売された時代だし、私は富士通 L-Kit 8というワンボードマイコンを使い、前年の1978年12月にやっとコモドール社PET 2001というオールインワンのパソコンを手に入れた時代だった。したがって市販のパソコンにもハードディスクなどなく8インチや5インチのフロッピーディスクが高嶺の花だった。
そういえばこの年、東芝が日本初の日本語ワードプロセッサ(JW-10)を発売したが価格は630万円だった…。そんな時代、音楽を楽しむにも、そしてまたパソコンの記憶装置としてもカセットテープおよびそのレコーダー/プレーヤーは最先端の製品だったのである。
カセットテープ最大の利点は比較的扱い易く安価なことだった。テープは表裏両面で45分、60分、90分そして120分といった収録時間が違うものが数種あったが120分の製品はテープが薄くて切れやすいといわれ、音楽利用時には敬遠された。しかし60分テープでも両サイドでポピュラー音楽ならレコード並の10曲とか12曲が入るわけだし、アーティスト別にカセットテープを用意すればいつでも入れ替えて自分流の音楽を楽しめた。無論オートリバース機能がなかったウォークマンはテープの片面が終了すると再生がストップするため、本体の蓋を開けてカセットテープを裏返しにし再び再生ボタンを押す必要があった。

※ウォークマンは再生専用のカセットテープ・プレーヤーだった
カセットテープは確かに現在のiPodやiPhoneと比較すればノイズやワウフラッターもあったしダイナミックレンジにも問題があった。しかしウォークマンは当時としてはなかなか音が良いと評判だった。それにウォークマンは音楽を外に持ち出せるだけでなくヘッドフォンで好きな音楽を独り占めでき、自分の世界に没頭することができた。そういえばウォークマンの功績は本体だけでなくそれまで無骨で重いものとされていたヘッドフォンを小型軽量化した点も多いに評価されるべきだろう。もともとソニーのオープンエアータイプの小型ヘッドフォン開発はまったく別の部署で開発されていたが、ソニーの井深や盛田がウォークマンの原型を発案したことで「一緒にやれ」ということになったという。
ではその初代ウォークマンの仕様を簡単に見てみよう…。
ウォークマンは前記したようにそのメカをゼロから開発するのではなく基本的にプレスマンのメカを流用した。したがってというか、ウォークマンのボディはプラスチックではなくほとんどが金属製であり、ために安っぽくなかった…。
サイズはiPodと比較すれば 88 × 133 × 29 mmとかなり大きめだしポケットに入るサイズではなかった。重さは電池別で390 gと当時はかなり軽く感じたものだ。それでも当時このサイズで再生専用とはいえステレオ仕様だったことは魅力だったのである。その初代ウォークマンにも大別して3種のロットの違いがあるが、そのボディには誇らしげに “STEREO” と記されていた。

※初代ウォークマンの背面。下部に電池ボックスがある
特長だが、まず単3アルカリ乾電池2個で8時間ほど連続再生が可能なこと。そしてヘッドフォン端子が2つあることか…。無論それはもうひとつヘッドフォンを用意することで2人で音楽を共有できることを意図した設計だ。そしてオレンジのボタンは2人でヘッドフォンを着けている際、このボタンを押している間だけ本体内蔵マイクで会話を拾って話ができるミュートボタンが装備されていた。わざわざヘッドフォンを外して話をしなくてもよいという理屈だった。

※2つのヘッドフォン端子とミュートボタン
このヘッドフォン端子が2つであること及びミュートボタンは会長の盛田の発案で採用され当時のTVコマーシャルもそのコンセプトに沿ったものが放映されたものの、実際にはほとんど活用されないことがわかりその後外されている。

※当時のカタログにもウォークマンを二人でシェアすることをアピールするものが目立った
対してウォークマン登場から22年経った2001年に発表されたiPodは当然とはいえそのコンセプトはかなり違う。まずはポケットに入る小型化を目指し当時登場したばかりの超小型ハードディスクの採用が決まった。またそれまでにあったMP3製品の短所だった曲データの転送の遅さを解消し高速なデータ転送を実現するためFireWire規格を採用。そしてなによりも十数曲ならぬ1,000曲もの曲を容易にブラウジングして検索できるようにと新しいインターフェースであるスクロールホイールを考え出した。
勿論MacにインストールされたiTunesのライブラリと同期し高い利便性を実現すると共にAppleならではの圧倒的な美しいデザインに仕上げるというのがiPodのレシピであった。
初代 iPodと初代ウォークマンの両実機をあらためて手にしてみれば、デジタルとアナログであるとか音質の違いといったものはあまり気にならない…。面白いといっては語弊があるが、iPodもそしてウォークマンも発表直後、市場の反応は決して良くなかった点も共通していた。
ソニーは広告の一環としてウォークマンのヘッドフォンを装着した人たちを山手線の電車内にサクラとして乗せたり、原宿など若者の多い場所に出向いて「聴いてみて下さい」といった人海戦術のプロモーションをやったという話があるが、後の爆発的ヒットしか知らない人たちには信じられないことに違いない。
こうしてウォークマンやiPodが支持され、世界中の人たちに愛用されたことで注目すべきは単に音楽が外に手軽に持ち運べ、自分占有のものとなったという事実だけではない。その結果人々の意識や生活にまで影響を与え、文字通り世界を変えるスイッチとなったことだ。反面新しい文化を担うウォークマンやiPodには様々な批判も出てくる…。
次回はウォークマンやiPodが社会にどのように受け入れられ、人々の生活に影響を与えていったのかをご紹介してみようと思う。
【主な参考資料】
・スティーブン・レヴィ著「iPodは何を変えたのか?」
・ソニー企業情報 第6章
ご承知のようにウォークマンとiPodの登場には約22年ほどの年月の経過がある。その短いようで長い間には大幅なテクノロジーの進化と共に社会の価値観やらも大きく変わっているはずだが、そうした意味からいえばウォークマン登場の衝撃は iPodの比ではなかった…。

※初代ウォークマン(右)と初代 iPod。共に当研究所所有
ソニーのWALKMANはその原型となったといわれるポータブルモノラルテープレコーダー「プレスマン」からスピーカーと録音機能を省いてステレオ仕様にし、オープンエアーの軽妙なヘッドフォンで楽しむことに特化させたものだ。また屋外に持ち出し歩きながら音楽を楽しむというコンセプトからその名を付けたが、正確には文法に合わない和製英語だったために海外では当初商品名を変えていた。しかし来日した著名人たちが自ら好んで口コミでアピールしたこともあり、またソニー会長の盛田昭夫の判断もあって一年足らずで世界市場でもWALKMANに統一された。そういえば名指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンもウォークマンの愛用者だったようだ。
ウォークマンは1979年7月1日に発売された。価格は33,000円だった。私も事前に池袋の西武デパートに予約を入れ、発表と同時にいそいそと受取に行った事を思い出す。ではそのウォークマンとは一体どんな製品だったのだろうか…。iPodの前身とも称されるウォークマンを手にしつつ横目に iPodを眺めながら、あらためて確認してみよう…。
ウォークマンという名をまったく知らないという人は少ないと思うが、無論この場で再認識しようとするウォークマンは現在ソニーで販売されているウォークマンのことではない。
それは1979年に発売された初代ウォークマン(TPS-L2)のことであり、その音楽を記録する媒体はハードディスクでもなければCDやMDでもなく、勿論シリコンメモリでもない…。それはカセットテープであった。
とはいえすでにカセットテープを知らない人たちが存在するようなので話は少々ややこしくなるが、当時手軽に音楽を録音しそれを再生できるメディアはカセットテープがポピュラーだった。

※初代ウォークマン(TPS-L2)。ただし写真のヘッドフォンはソニー製ではない。
当然ブランクのカセットテープを購入し、ラジカセなどでラジオ番組を録音したり、内蔵あるいは外部マイクを使って音楽を自分の意図する順序に録音して楽しむこともできた。さらに現在のCDパッケージのようにミュージシャンらによる録音済みのカセット・パッケージがレコード店にずらりと列んでいた時代だった。
なにしろくどいようだが1979年といえばその10月にApple II 用として開発された世界初の表計算ソフト「VisiCalc」が発売された時代だし、私は富士通 L-Kit 8というワンボードマイコンを使い、前年の1978年12月にやっとコモドール社PET 2001というオールインワンのパソコンを手に入れた時代だった。したがって市販のパソコンにもハードディスクなどなく8インチや5インチのフロッピーディスクが高嶺の花だった。
そういえばこの年、東芝が日本初の日本語ワードプロセッサ(JW-10)を発売したが価格は630万円だった…。そんな時代、音楽を楽しむにも、そしてまたパソコンの記憶装置としてもカセットテープおよびそのレコーダー/プレーヤーは最先端の製品だったのである。
カセットテープ最大の利点は比較的扱い易く安価なことだった。テープは表裏両面で45分、60分、90分そして120分といった収録時間が違うものが数種あったが120分の製品はテープが薄くて切れやすいといわれ、音楽利用時には敬遠された。しかし60分テープでも両サイドでポピュラー音楽ならレコード並の10曲とか12曲が入るわけだし、アーティスト別にカセットテープを用意すればいつでも入れ替えて自分流の音楽を楽しめた。無論オートリバース機能がなかったウォークマンはテープの片面が終了すると再生がストップするため、本体の蓋を開けてカセットテープを裏返しにし再び再生ボタンを押す必要があった。

※ウォークマンは再生専用のカセットテープ・プレーヤーだった
カセットテープは確かに現在のiPodやiPhoneと比較すればノイズやワウフラッターもあったしダイナミックレンジにも問題があった。しかしウォークマンは当時としてはなかなか音が良いと評判だった。それにウォークマンは音楽を外に持ち出せるだけでなくヘッドフォンで好きな音楽を独り占めでき、自分の世界に没頭することができた。そういえばウォークマンの功績は本体だけでなくそれまで無骨で重いものとされていたヘッドフォンを小型軽量化した点も多いに評価されるべきだろう。もともとソニーのオープンエアータイプの小型ヘッドフォン開発はまったく別の部署で開発されていたが、ソニーの井深や盛田がウォークマンの原型を発案したことで「一緒にやれ」ということになったという。
ではその初代ウォークマンの仕様を簡単に見てみよう…。
ウォークマンは前記したようにそのメカをゼロから開発するのではなく基本的にプレスマンのメカを流用した。したがってというか、ウォークマンのボディはプラスチックではなくほとんどが金属製であり、ために安っぽくなかった…。
サイズはiPodと比較すれば 88 × 133 × 29 mmとかなり大きめだしポケットに入るサイズではなかった。重さは電池別で390 gと当時はかなり軽く感じたものだ。それでも当時このサイズで再生専用とはいえステレオ仕様だったことは魅力だったのである。その初代ウォークマンにも大別して3種のロットの違いがあるが、そのボディには誇らしげに “STEREO” と記されていた。

※初代ウォークマンの背面。下部に電池ボックスがある
特長だが、まず単3アルカリ乾電池2個で8時間ほど連続再生が可能なこと。そしてヘッドフォン端子が2つあることか…。無論それはもうひとつヘッドフォンを用意することで2人で音楽を共有できることを意図した設計だ。そしてオレンジのボタンは2人でヘッドフォンを着けている際、このボタンを押している間だけ本体内蔵マイクで会話を拾って話ができるミュートボタンが装備されていた。わざわざヘッドフォンを外して話をしなくてもよいという理屈だった。

※2つのヘッドフォン端子とミュートボタン
このヘッドフォン端子が2つであること及びミュートボタンは会長の盛田の発案で採用され当時のTVコマーシャルもそのコンセプトに沿ったものが放映されたものの、実際にはほとんど活用されないことがわかりその後外されている。

※当時のカタログにもウォークマンを二人でシェアすることをアピールするものが目立った
対してウォークマン登場から22年経った2001年に発表されたiPodは当然とはいえそのコンセプトはかなり違う。まずはポケットに入る小型化を目指し当時登場したばかりの超小型ハードディスクの採用が決まった。またそれまでにあったMP3製品の短所だった曲データの転送の遅さを解消し高速なデータ転送を実現するためFireWire規格を採用。そしてなによりも十数曲ならぬ1,000曲もの曲を容易にブラウジングして検索できるようにと新しいインターフェースであるスクロールホイールを考え出した。
勿論MacにインストールされたiTunesのライブラリと同期し高い利便性を実現すると共にAppleならではの圧倒的な美しいデザインに仕上げるというのがiPodのレシピであった。
初代 iPodと初代ウォークマンの両実機をあらためて手にしてみれば、デジタルとアナログであるとか音質の違いといったものはあまり気にならない…。面白いといっては語弊があるが、iPodもそしてウォークマンも発表直後、市場の反応は決して良くなかった点も共通していた。
ソニーは広告の一環としてウォークマンのヘッドフォンを装着した人たちを山手線の電車内にサクラとして乗せたり、原宿など若者の多い場所に出向いて「聴いてみて下さい」といった人海戦術のプロモーションをやったという話があるが、後の爆発的ヒットしか知らない人たちには信じられないことに違いない。
こうしてウォークマンやiPodが支持され、世界中の人たちに愛用されたことで注目すべきは単に音楽が外に手軽に持ち運べ、自分占有のものとなったという事実だけではない。その結果人々の意識や生活にまで影響を与え、文字通り世界を変えるスイッチとなったことだ。反面新しい文化を担うウォークマンやiPodには様々な批判も出てくる…。
次回はウォークマンやiPodが社会にどのように受け入れられ、人々の生活に影響を与えていったのかをご紹介してみようと思う。
【主な参考資料】
・スティーブン・レヴィ著「iPodは何を変えたのか?」
・ソニー企業情報 第6章
- 関連記事
-
- ウォークマンの原型となったプレスマンとは? (2014/08/22)
- ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【5】〜 企業の歯車では成功は難しい (2014/08/20)
- iPodをより良く理解するためにソニーのウォークマンについて復習してみよう (2014/08/15)
- “GUYS & DOLLS” に見る初代ウォークマンとソニーの遊び心 (2014/08/11)
- SONY 初代ウォークマン (TPS-L2)とiPod 再考【2】 (2014/08/06)
- SONY 初代ウォークマン (TPS-L2)とiPod 再考【1】 (2014/08/01)
- ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【4】〜企業トップが自社製品のユーザーたれ (2014/07/28)
- アシュトン・カッチャー主演「スティーブ・ジョブズ」〜重箱の隅をつつく(笑) (2014/07/25)
- Lightning USB ケーブル再考 (2014/07/14)
- ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【3】〜工業製品と芸術の狭間で (2014/07/09)
- ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【2】〜生涯を左右する友人たちとの出会い (2014/06/27)