ギターの名曲、アランフェス協奏曲聞き比べ

私のクラシックギター歴は16歳のときからだ。途中フラメンコギターを習ったりもしたものの現在では腱鞘炎などによりギターはきつくなったので一昨年から古楽器のリュートを楽しんでいる…。さてそのクラシックギターの世界にも幾多の名曲があるが、ギター協奏曲といえば「アランフェス協奏曲」というのが定番だ。


私はコンサート会場で若かりし頃の荘村清志の演奏を生で聴いたのをかわきりに多くのアーチストによる「アランフェス協奏曲」を見聞きした。ただし当時はまだまだクラシックギターというものに理解がなかった時代だったためか、良いオーケストラとの競演が難しかったらしく、荘村清志によるある時のコンサートはオーケストラの管楽器が下手で音を外し正直楽しんで聞いていられる状態ではなかった…。

ともあれ名曲中の名曲である「アランフェス協奏曲」だから内外のほとんどのギタリスト(アンドレス・セゴビア以外は...といってもいいかも知れない)がこの曲をレパートリーとしている。だからクラシックギターファンとしては正直「耳タコ」状態で…といっても良いかもしれない。
しかし先日久しぶりにデビュー直後の録音だったか、木村 大とスペイン王立セビリア交響楽団によるCDを聴き感動を新たにしたのでその木村 大による「アランフェス協奏曲」の話しを軸にして新譜ではないものの他のいくつかの名演をもご紹介したい。

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※すでに30年以上も前に手に入れた愛器と木村 大による「アランフェス協奏曲」CD


■アランフェス協奏曲とは
アランフェス協奏曲は特にギターに縁のない人達にもおなじみの曲であろう。それは第2楽章のアダージョのメロディが魅力的なため、ポピュラー音楽やジャズにアレンジされ多々知られているからだ。
さてこのアランフェス協奏曲とは20世紀のスペインを代表する作曲家、ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)により作曲されたギターとオーケストラのために書かれた曲である。そして作曲に際し技術面でサポートしたスペインの名ギタリスト、レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ(マドリード国立音楽院ギター科主任教授)により1936年初演され絶賛を博した。

ホアキン・ロドリーゴはスペインの地中海岸の町であるサグントで生まれ、スペイン楽壇の最長老として敬愛されていた。
彼は三歳半のとき悪性のジフテリアにかかり視力を失った。ただし幼少から音楽の才能を示しバレンシア音楽院を経てパリのエコール・ノルマルに留学し近代フランス音楽の大家、ポール・デュカスに師事している。

曲名となっているアランフェスとはよく知られている通り、スペインの首都マドリードから南へ47キロほど離れたタホ川左岸に位置する土地の名前である。乾燥地帯が多い中央スペイン高原にあってこのアランフェス一帯には緑がありオアシスを形作っている理由で古くから王侯たちの避暑地となった。

アランフェス協奏曲はロドリーゴがここに16世紀に建てられ世界遺産にも登録されたという美しい花壇と噴水のある庭園を持つアランフェス宮殿からインスピレーションを得て作曲されたと言われている。そしてアランフェス協奏曲は現代におけるギター協奏曲というジャンルに先鞭をつけたものとなったが、ピアノやヴァイオリンと比較して音量が小さなギターを考慮し小編成のオーケストラを用いるのが一般的である。またギターを効果的に聞かせるためにラスゲアード奏法や単音のパッセージを多用したことも成功の鍵だったといわれる。
曲は3楽章で成り立ち次のように指定されている。

第一楽章 Allegro con spirito 二長調 8分の6拍子
第二楽章 Adagio ロ短調 4分の4拍子
第三楽章 Allegro gentile 二長調 2/4と3/4の複合拍子

■木村 大のアランフェス協奏曲は素晴らしい !
私は彼のファーストアルバム「ザ・カデンツァ17」をリリースと同時に手に入れ、そのみずみずしく若さがほとばしるような演奏、そして素晴らしい音楽性に興味をもったファンのひとりだ。なおそのCDはクラシックとしては5万枚を売り上げる大ヒットとなった。

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※木村 大が17歳の時のデビューCD。彼が好きだというヴィラ・ロボスが収録されている他、最も注目されるのはアメリカのクラシックギタリスト兼作曲家であるアンドリュー・ヨーク(1958-  )が木村のために書いた「ムーンタン」を録音していること


木村 大は1982年に茨城県に生まれたそうだが父や兄弟もギタリストという環境に育ったという。小学一年生のときに第13回全国学生ギターコンクール・小学低学年の部で一位を得たのをかわきりに多くのコンクールで優勝した。そしてついに第40回東京国際ギターコンクールにおいて第一位に輝いた。

若いときから才能がきらめくギタリストは勿論他にもいる。山下和仁や村治佳織らが頭にうかぶ。ただ私の個人的な印象だが木村はギタリスト...アーティスト然といったところがなく例えば「プログラマー」といっても納得するほどどこにでもいそうなナチュラルな風貌である(笑)。

以前、北野 武らが司会を務めるテレビ番組「誰でもピカソ」などに出演したときもその自然さはゲストというより番組を見に来た高校生といった感じにも見えるほどだった。しかしひとたびギターを手にするとそこからは天才としか言いようのない音楽を紡ぎ出す…。ロックやヘビメタなども好んでいるという彼はこれからどのような成長を見せてくれるのだろうか。

さてその木村 大は10代の区切りに本場スペインのスペイン王立セビリア交響楽団とアランフェス協奏曲を録音した。それがいま手元にあるCD、「Aranjuez~concierto de aranjuez」(SONY RECORDS INTERNATIONAL・SICC 20)で聴くことができる。

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※「Aranjuez~concierto de aranjuez」はアランフェス協奏曲のみが収録されている


重ねて記すがアランフェス協奏曲を録音したギタリストは多い。私が実際にコンサートやCDで聴いただけでもナルシソ・イエペス、ジョン・ウィリアムス、荘村清志、山下和仁、村治佳織らがすぐに思い浮かぶ。
しかし特に日本人の若手が本場スペインのオーケストラと競演するとき、いくらソリストだといっても思ったように自己主張ができずその演奏はオケに引っ張られ、無難に終わってしまうケースがほとんどだと思う。それはある意味仕方のないことで例えば本場スペインの、それも老練で経験豊富な指揮者と競演するなら彼らの音楽志向が強く主張反映されるのが普通なのではないだろうか。

しかしこの「Aranjuez~concierto de aranjuez」ではそのライナーノートに濱田滋郎氏による批評があるとおり、珍しく小気味がよいほど木村の思うとおりの演奏になっていると感じた。彼の意志が如実に現れている演奏だと思えるのだ。
全体的にスピーディなそれでいて完璧といえるテクニックに裏打ちされた第一楽章も印象的だが第二楽章の中盤から終盤にかけての間の取り方などは無難な演奏を心がけるだけの演奏者には出来得ない演奏ではないかと思う。といって決してその演奏は場違いなものではなくその結果としてある意味では聞き古したこのアランフェス協奏曲に新たな感動を生むキーポイントとなっているといえよう。

■その他のアーティストによるアランフェス協奏曲について
では新譜ではないものの、私のお薦めのアランフェス協奏曲を4種類ご紹介したい。

1)Rodrigo CONCERTO DE ARANJUEZ [R32E-1056]
  山下和仁(ギター)
  ジャン=フランソワ・パイヤール指揮 パイヤール室内管弦楽団

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※アランフェス協奏曲の他にはL.バークリーの「ギター協奏曲 作品88」、ロドリーゴの「ある貴紳のための幻想曲」がアランフェス協奏曲と同じくジャン=フランソワ・パイヤール指揮 パイヤール室内管弦楽団の競演で収録されている


クラシック・ギターを愛し、つたない演奏だとはいえいくつかのレパートリーを持っていた時期もある私はギターの難しさを身にしみて分かっているつもりだ。だからよく知っている曲、それも途中で挫折はしたものの楽譜を手にして苦労したことのある曲などをコンサート会場で聴いていると心配で心配で、演奏を楽しんでいるどころではない場合がある(^_^;)。

いいかえるなら「間違いどころ」を知っているからなのだ。演奏者によってはその演奏を聴きつつも「ほら、やっぱり音を外した!」などと粗がめだって仕方がない。
しかしそうした心配はこと山下和仁においては一度も感じたことはなかった。驚異的なテクニックと完璧な演奏を常に聴かせてくれる希有な一人であり、やはり天才というしかないであろう。
その山下がパイヤール室内管弦楽団とアランフェス協奏曲を奏したのがこの一枚であり日本の演奏家における最高の一例ではないだろうか。

2)パコ・デ・ルシアのアランフェス協奏曲 [PHCA-110]
  パコ・デ・ルシア(ギター)
  カダケス・オーケストラ

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※アランフェス協奏曲の他にはイサーク・アルベニスの組曲「イベリア」より「トリアーナ」、「アルバイシン」そして「プエルト」をホセ・マリア・バンデーラおよびファン・マヌエル・カニサーレスという二人のギタリストと共に好演している


あらためて説明するまでもなくフラメンコ・ギター界のスーパー・スターであり天才という名を欲しいままにしているパコ・デ・ルシアがクラシックの名曲をそれもオーケストラと共に原曲どおりに演奏するというのだから興味を持たないギター愛好家はいないだろう。「原曲どおり」というのは言うまでもなくフラメンコには基本的に楽譜などは存在せず、それを越えた世界にいる彼が何故にクラシックのアランフェス協奏曲を...と思う人も多いと思う。まあ難しいことはともかく、そうしたいわば相反する部分が興味をそそるわけだが、さらに興味といえば実はこのCDに収められたアランフェスはライブであり、かつ当時89歳で健在だった作曲者のロドリーゴが会場に招かれていたというのだからパコであっても相当なプレッシャーではなかったか。勿論ロドリーゴはパコの演奏に心からの賛辞を送ったという。

それはともかく彼の演奏はやはりラスゲアードやピカードといった奏法時にフラメンコ・ギタリストとしての感性が如実に現れている。ひとことでいえば鋭さが一般のクラシックギター奏者のそれとは違う。それから第二楽章のソロ部分における演奏、特に6弦の使い方などはフラメンコ・ギター奏者のそれであり、かなり駒に近い箇所で弾いていると思われる硬質な音色が新鮮だ。
そのパコ・デ・ルシアも今年(2014年)2月、鬼籍に入ってしまった…。

3)JIM HALL CONCIERTO [K32Y 6009]
  ジム・ホール(ギター)、ローランド・ハナ(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、ステ  ィーヴ・ガッド(ドラムス)、チェット・ベイカー(トランペット)、ポール・デスモン  ド(アルト・サックス)、ドン・セベスキー(アレンジ)

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※アランフェス協奏曲の他にはジム・ホール自身のオリジナルを含む「YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO」、「TWO'S BLUES」そして「THE ANSWER IS YES」の3曲が収録されている


ジム・ホールは1930年にニューヨークで生まれ、ジャス・ギターの世界だけでなくジャズ界においても巨匠であり長老的な存在の一人である。
最初にジム・ホールの演奏に触れたとき「地味な演奏だな」と思った。トリッキーな演奏をするでもなくシングルトーンなどと呼ばれる単旋律なその演奏は面白味に欠けると感じたのだ。だが正直このアランフェス協奏曲はいい...。
知り尽くしたアランフェス協奏曲が見違えるように新鮮にそしてゾクゾクするほどのミステリアスな面を見せる。そしてチェット・ベイカーのトランペットやポール・デスモンドのサックスらとの掛け合いは絶妙というしかない。

特に演奏開始後、3分40秒当たりからベースにリードされてジム・ホールのギターがからんでくる以降は注目である。また6分40秒からのサックスのリードがこれまた素敵でありひとつの山場となる。その後もトランペットからピアノに主導権が移り14分22秒あたりからまたジム・ホールのギターがリードをとり16分26秒あたりから再びアランフェス協奏曲の主題が明確になって終盤を迎える。
そういえばジム・ホールも昨年(2013年)12月に亡くなった。

4)CONTRASTES [DVD:VIBC-6, VHS:VIVC-36]
  村治佳織(ギター)
  ホセ・ラモン・エンシナル指揮 マドリッド州立交響楽団

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※アランフェス協奏曲の他にはファリア「ドビュッシー讃歌」、ロドリーゴ「古風なティエント」、ロドリーゴ「祈りと踊り」、E.サインス・デ・ラ・マーサ「暁の鐘」、ロドリーゴ「小麦畑で」、トゥリーナ「ファンダンギーリョ」そしてファリア「粉屋の踊り」が収録場所や衣装も新たに収録されている


ロドリーゴ生誕100周年を記念して企画され、アランフェス宮殿内で収録されたアルバム。DVDとVHSによりリリースされている。私はDVDを手に入れたが滅多に実現できないであろうアランフェス宮殿内部と村治佳織の演奏映像を見ることができるのだからこれはほおってはおけない(^_^)。なぜなら収録したアランフェス宮殿はいわばスペインの国宝級の建物であり、特に今回収録された礼拝堂は普段立ち入ることさえ禁止されているエリアなのである。
ちなみにタイトルの「コントラステス」はスペイン語だが英語だと「コントラスト」。すなわち光りと影といった意味からつけられたのだろうか。

村治佳織は三歳からギタリストである父の手ほどきを受け、1992年には史上最年少で東京国際ギターコンクールに優勝した。一時と比較すれば女性ギタリストも多くはなったが村治佳織は「女性の...」というあらためての前置きを必要としない我が国が誇るクラシックギター界の若きスターである。しかし昨年7月に長期休養を発表したので心配していたが、現在は状況が安定したようで充電をしながら活動を続けていくようだし、この度(2014年7月)結婚を発表した…。光陰矢のごとしとはよく言ったものである。

ところで20年以上も前になるが、私が新宿に事務所をかまえていたころ、近くの商店街にあるレストランの女将から村治佳織の近況を知らされたことがあった。勿論クラシック・ギターを趣味としている私だから、その頃台頭してきた彼女の名前を知らなかったわけではないが、女将の子供さんが村治佳織の師匠である福田進一にギターを習いに行っているということを聞き、身近に感じたのがそもそもの発端だった。
その後デビューアルバムを買ったり彼女のコンサートに出かけたりしてその卓越した音楽性とテクニックに強い印象を受けたものだ。

このアルバムの特徴はくどいようだがアランフェス宮殿の中で収録された演奏だということである。そしてその美しい映像と共に村治佳織の他を圧倒する凛とした姿が"見られる"ことについ注目してしまうが、やはりその演奏自体に耳を傾けるべきだしその価値がある優れたアランフェス協奏曲のひとつとなっている。しかし、あの繊細なか細い指からは想像できないほど彼女の演奏はダイナミックである。
彼女は既に新日本フィルとの競演でアランフェス協奏曲を録音しCDをリリースしているが今回の演奏と聴き比べてみるのもまた楽しいのではないだろうか。

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※「アランフェス協奏曲/村治佳織(ギター)」[VICC 60192]。アランフェス協奏曲の他にはアーノルド「ギターと弦楽のためのセレナード」、カステルヌオーヴォ・テデスコ「ギター協奏曲 第1番ニ長調 作品99」、ディアンス「タンゴ・アン・スカイ(ギターと弦楽合奏版)」が収録されている


■エピローグ
私にとって音楽は人生において不可欠のアイテムであることは勿論だが、一番興味のある点は同じ曲を違うプレイヤーで(場合によっては録音年代が違う同一プレイヤーでもよい)その演奏が手軽に比較できることにある。
物事をはっきりとらえ、その秀でたところあるいは拙いところなどを明確にするには同種のものと比較することが一番なのは音楽だけではない。しかしありがたいことに音楽は世界的な名演を居ながらにして比較が可能なのだから贅沢この上ない楽しみである。
また木村 大のような若き天才が今後どのような進歩・変化をみせてくれるのかをファンの一人として見続けていけるのも大きな楽しみであり喜びでもある。



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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員