アップルはシンプルさを失ったのか?

過日のスペシャルイベントで iPad Airが発表され、また待望のRetina 5K iMacも登場した。結局アップルのiPadのラインナップはモデル数で5種類となり、ネットワーク機能やストレージ容量の違いあるいはカラーバリエーションまで考慮に入れると…目眩がするほど多種多様になったと指摘する向きも出てきた。アップルは果たしてシンプルさを失ったのだろうか…。


この場合のシンプルさ…とは1996年末にアップルに復帰したスティーブ・ジョブズが多くのプロダクトを抱えていた当時のアップル製品群に大なたを振るい、極端にプロダクト数を押さえたことを意味する。
スティーブ・ジョブズが亡くなってから丸3年が経ったが、今般のiPadに見る製品の多様さはアップルらしさを象徴する点でもあったプロダクトのシンプルさを忘れ、あるいは捨て去ったのではないか…アップルはまたあの混沌とした時代に逆戻りするするつもりなのかと危惧する声が出てきた。

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※iPadのラインナップだけでもモデル数は5種類となった


果たして現在のアップルがリリースしているプロダクト類はそうした危惧するほど多いものなのだろうか…。私はあくまで現時点で考えれば、その製品群は混乱するほど、あるいは心配するほどのプロダクト数ではないと思っている。
話しをよりよく理解するためには前記したようにスティーブ・ジョブズが復帰した直後のアップルがどのような製品群を出していたかを知る必要がある…。それなくしてジョブズが大なたを振るった時と比較しても意味がないではないか。

私の手元にMACWORLD Expo '96でAppleが配布した「Product Guide」および別途1996年5月付で用意された「Spec Chart」という資料がある。これらを見ると当時のアップルが扱っていたハードウェアおよびソフトウェアの全容が正確に把握できる…。

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※1996年1月MACWORLD Expo '96で配布された当時のアップル「Product Guide」


これらを一望すると文字通り頭がクラクラするほど数が多く複雑だったことがわかる。すべてを記述するわけにもいかないが、どのような製品があったのか、取り急ぎ「Spec Chart」からその1996年初頭におけるアップルのプロダクト概略をご紹介してみよう。

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※1996年5月発行のアップル「Spec Chart」(折りたたんである)


△ Power Macintosh
  1番スペックが低いPowerMacintosh 5200/75 LCから最高のスペックを持つPowerMacintosh 9500までのラインナップは13種あり、クロックスピードの違いを含めると26種にもなる。その上にプロセッサのアップグレードキットとメモリやキャッシュカードやNuBusアダプタカードといったアクセサリー群も別途扱っていた。その上に翌年にはあの20th Anniversary Macintoshまで登場する。

△ Macintosh Performa
  これまた8種あり、別途プロセッサアップグレードおよびメモリ等のアクセサリーを扱っていた。

△ Macintosh PowerBook
  本体12種類の他、Duo Dock、ロジックボードやプロセッサーアップグレード、メモリ拡張キット、外部フロッピーディスクドライブ、バッテリーチャージャーなどなど数多い。

△ Network Servers
  2種。

△ Workgroup Servers
  6種およびロジック・アップグレードキットおよびメモリ拡張キットがある。

△ Apple Printers
  Image Writer II からポストスクリプトのColor LaserWriterまで14種類あった。さらにプリンタのメモリ拡張キットやポストスクリプトカード、内蔵ハードディスク、インクやトナーカートリッジなどのアクセサリー群が15種類。

△ Apple Displays
  7種類。

△ Digital Camera
  QuickTake 150

△ Newton
  MessagePad 120

△ その他
  QuickDraw 3D Accelerator Card、GeoPort Telecom adapter Kit、QuickTime Conferencing Kit 等々。

これらはすべて "Current Products" すなわち当時の現行製品リストである。その上にインターネットで配布という時代ではなかったから、システムソフトウェアや各種のソフトウェアもパッケージで販売されていた。それらはMacintosh System 7.5、At EaseやPhotoFlash、Apple Media Tool、PowerShare、Macintosh PC Exchange、HyperCard、AppleScriptなど全部で10数種種がリストアップされている。

まさしく目眩がするほどの複雑さだ…。アップルがシンプルでなくなったと心配する方々、そしてスティーブ・ジョブズが大なたをふった成果を壊すのか…と危惧する方々は再度ジョブズが大なたを振るわなければならなかったこの複雑なプロダクト群の時代を再認識していただかなければならない。複雑さのレベルが違うのだ(笑)。

それに重要なのは時代背景の違いであろう。ジョブズがアップルに復帰した1996年末はアップルにとってその経営状態は最悪だった。そのままでは後3ヶ月ほどで倒産の憂き目に遭う状態だったし、いつ売却の報道がなされても不思議でなかった時代だった。そうした余力のない時代にこれだけ複雑で多様な製品群を製造販売し、かつサポートすることがいかに無理であるかをジョブズは指摘したかったのだ。

そうした最悪の時代と違い現在のアップルは相変わらず膨大な現金保有高を誇っているし無論経営状態もよい。今やアップルはMicrosoft、HP、そしてGoogle全部を合わせたより大きな存在となっただけでなく昨年はこれら全部の会社を合わせたより大きな利益を稼ぎだしている…。状況はまったく違うのだ。
そしてそれらに伴いターゲットとする顧客の増加、シェアの増大を考慮する必要があるに違いない。
ジョブズ不在の時代はMacintoshのシェアは常に数パーセントでしかなかった。一時期Newtonといった新時代を夢見させる新製品も登場したが主力製品はMacintoshでしかなかった。そのシェアが数パーセントだった…。

反して現在はその当時では考えられない状況となった。Macのシェアも他のパソコンが売れない時代に販売台数は驚くほど伸びているし、そもそもスティーブ・ジョブズ復帰後に登場したiPod、iPhoneそしてiPadといった製品のシェアは世界的ヒットとなった。

要は市場の期待や多様性は桁違いに大きく広がっている。iPadにしても小型のサイズを望むユーザーもいればもっと大型のサイズが欲しいと声を大きくするユーザーもいる。そうした市場に的確に寄り添い、顧客のニーズを満足させ業績をさらなる高みに向かわせるためにはある種の多様性は必要になってくると思う。
したがって、現在の製品ラインナップの種類はそうした現在のあり方を考慮すれば、そんなに憂慮すべき多様さではないと思うのだが…。
その上、ティム・クックの働きで在庫の管理は万全となり、極力不良在庫を抱えることはなくなっているという。というわけで、Appleも時代と共に変わっていかなければならない…。
皆さんはどうお考えになるだろうか?



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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員