脇英世著「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」を読了
巷にスティーブ・ジョブズに関する本は多々あるが、先月10月に新刊本が刊行された。すでにジョブズ本なら何でも読むということを封じた私だが、本書はこれまでの関連本とは一線を画するものだけによき資料となるように思う。
本書の筆者、脇英世氏はジャーナリストではなく現職は東京電機大学工学部情報通信工学科教授であり工学博士である。またこれまで幾冊もの著作があるが私は「シリコンバレー / スティーブ・ジョブズの揺りかご」のみ読んだ経緯がある。
本書への個人的な興味は情報通信ネットワークを始めとするコンピュータ世界に精通している技術者、専門家によるスティーブ・ジョブズ本という点だが、内容はそのサブタイトルのようにスティーブ・ジョブズの出目からApple Computer社の株式上場に至るまで、いわゆるジョブズが25歳くらいまでの時代を緻密に追ったものである。

※脇英世著「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」
ところでいまさらではあるが多くのジョブズ本ではスティーブ・ジョブズが "いつ" "どこで" "なにをした" といった点についての記述はあっても、彼は "なぜ" そうしたのか...については突きつめていないものが多い。
本書は幾多の資料や関連書籍を紹介・参考としながらそうしたジョブズの心情を理解しようとしている点がユニークだと思うし、ために時代背景の解説に多くのページを割き、ジョブズが興味を持ったボブ・ディランとかジョン・バエズの音楽やサイケデリックの導師といわれるティモシー・リアリーやヒッピー文化あるいはLSDにいたるまでが筆者なりの緻密で詳しい考察が続く...。
一言で本書の印象を言うならTwitterのフォローのお一人でもあるトブさん曰く「濃いです。濃すぎます」とのご指摘のとおり、ジョブズの伝記だろうと気楽にページをめくるだけでは480ページほどもある本書は途中で挫折するのでは...と思うほど内容が濃い本である(笑)。
濃いという意味は一読されればお分かりだと思う。例えば筆者がエレクトロニクスに詳しいことから、他の書籍には見られないApple 1やApple II の設計思想の話しから使用したチップの詳細、あるいは動作原理といった解説が随所に見られるのは嬉しい。
例えば、ウォズニアックが設計したApple 1の電源周りは教科書通りの設計だとしながらも使われているレギュレータやコンデンサの説明だけでなく「これでは少し力不足の電源である」という...。そこまで突っ込んだジョブズ本はほとんどなかったに違いない。

※当研究所所有のApple 1 (レプリカ)
また1976年4月1日、Apple 1を販売するためApple Computer Companyを設立したときスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアックそしてロン・ウエインの3人がどのような取り決めをしたのか...といったことなど他の翻訳本などではほとんど望めない内容も興味深く書かれている。
ただしそもそも本書によるスティーブ・ジョブズ像やジョブズの行動などは史実なのか...という点については他の書籍と同様にそのまま鵜呑みにすることは性急であろう。
いや、本書は著者が文字通り膨大な資料を参照した上で書かれたものであり、時に筆者自身「これについては○○の方が信憑性があるだろう」といった明解な比較の上での解説もあり、説得力もある。とはいえジョブズに確認を取ったとされるアイザックソンの伝記でさえ多くの事実と異なる点があるとされるからして結論づけるのは難しい。
例えばMITS社がAltair8800のプロトタイプをポピュラー・エレクトロニクス誌の表紙用にと編集部に送ったものの輸送途中で行方不明になり、撮影は適当な金属の箱にそれらしいスイッチとLEDをはめ込んだダミーを載せるしかなかった...というエピソードがある。

※1975年1月号のポピュラー・エレクトロニクス誌(当研究所所有)。表紙にはダミーのAltai8800が載っている
その際にMITS社は航空便で送ったとする書籍と鉄道の速達運送便で送ったとする書籍があり、決定的な判別が難しい。
個人的には1974年の年末であった事を考慮すると鉄道のストライキに巻き込まれたという話しを聞いたこともあるので鉄道便が正しいのではないかという気がする。そして代わりのダミーを急遽編集部に送ったわけだがこちらは特に急を要するので航空便にしたのではないか...と思っているが無論確証はない。
ひとつひとつは些細なエピソードだが、この手の本を読むときの一番の楽しみはこれまで知らなかったことがいかに多く記述されているかにある。無論それが間違いだったり作り話では論外だが、そうした点において本書は近年にないエキサイティングな1冊だといえよう。少なくとも私にとって...。
1977年9月にApple II の金型が壊れ、Appleは3ヶ月ほどApple IIの出荷ができず資金が底を突いて苦境に陥った話し。前記したが1976年の起業時の契約内容。ロン・ウエインがAppleを抜けてもしばらくは仕事を手伝ったこと。ジョブズの禅の師匠であった知野好文は2002年に事故で死去するが、晩年はスティーブ・ジョブズのセカンドハウスで生活していたこと。ジョブズがリード大学をドロップアウトしたのは両親への経済的負担をかけたくないという理由だとスタンフォード大学の卒業式で述べたが、どうも本心ではなかった...などなど、これから別途調べて見ようと思わせる初耳の話が多々あって大変貴重な1冊である。
したがって本書の内容は濃いが読みにくい本か?と問われれば、そんなことはないとお答えする。最近の訳本もそうだが近年は英文の固有名詞もすべてカタカナで表記する例が多くなり、読みやすいといえば読みやすい。ただし訳者や著者によりカナ表記が微妙に違う場合もあり、複数の資料や書籍を読んでいると最初は分かりにくい場合もあると思う。
本書も例えば、アルテアとオルテア、クロメンコとクロメムコ、スティーブ・ドンビアをスティーブ・ドンビエーなどなどの違いが目立つ。無論どちらが正しいか、発音に近い表記はどちらか...という問題になると事が深くて面倒になるのでここでは問わないし精通すれば何ということはないが最初はとまどうかも知れない...。さらに本書の267ページには "スティーブ" のはずが "ティーブ" となっていたり、291ページでは "ホームブリュー・コンピュータ・クラブ" の項に1箇所 "ホームブルー・コンピュータ・クラブ" とあったりする。まあ書籍の第一版第一刷はこうしたこともありがちなことだ...。
とはいえ少々不思議な記述も目に付いた。例えば "サードパーティー" という言葉はご承知のように第三者団体(企業、機関等)のことを意味する。とはいえコンピュータ関係者や業界では普通 "サードパーティー" のままで通用しているし、「ソフトウェアはサードパーティー各社に依存していた...」といった風にほとんどの場合にわざわざ "第三者団体" という日本語は使わない。
しかし本書は397ページの「拡張スロット」の項で文脈からして "第三者団体" の事なのだろうが "第3パーティ" と記してある箇所があり、通読中には一瞬「?」と思ってしまった。これまた変換ミスなのだろうか...。
とにかく少し読み始めれば分かると思うが、ひとつひとつ一次資料や関連資料にあたりながらの執筆は僭越ながら大変な労力と集中力を必要としたに違いないし、月並みではあるが労作である。しかし間違っているかも知れないが筆者の脇英世氏ご自身がかなり楽しまれながらの執筆だったことが伝わってくるような気もするのだが...。
ということで正直、本書は万人へ気楽にお勧めできる本ではないが、他に類を見ない活きたスティーブ・ジョブズや創業当時のAppleの姿が浮かび上がってくる...私には久方ぶりで読み応えのある1冊だった。そしていつものことだが気に入った本は後に良き資料にもなるので再読し、勉強させていただきながら検証を続けたいと思っている。
本書の筆者、脇英世氏はジャーナリストではなく現職は東京電機大学工学部情報通信工学科教授であり工学博士である。またこれまで幾冊もの著作があるが私は「シリコンバレー / スティーブ・ジョブズの揺りかご」のみ読んだ経緯がある。
本書への個人的な興味は情報通信ネットワークを始めとするコンピュータ世界に精通している技術者、専門家によるスティーブ・ジョブズ本という点だが、内容はそのサブタイトルのようにスティーブ・ジョブズの出目からApple Computer社の株式上場に至るまで、いわゆるジョブズが25歳くらいまでの時代を緻密に追ったものである。

※脇英世著「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」
ところでいまさらではあるが多くのジョブズ本ではスティーブ・ジョブズが "いつ" "どこで" "なにをした" といった点についての記述はあっても、彼は "なぜ" そうしたのか...については突きつめていないものが多い。
本書は幾多の資料や関連書籍を紹介・参考としながらそうしたジョブズの心情を理解しようとしている点がユニークだと思うし、ために時代背景の解説に多くのページを割き、ジョブズが興味を持ったボブ・ディランとかジョン・バエズの音楽やサイケデリックの導師といわれるティモシー・リアリーやヒッピー文化あるいはLSDにいたるまでが筆者なりの緻密で詳しい考察が続く...。
一言で本書の印象を言うならTwitterのフォローのお一人でもあるトブさん曰く「濃いです。濃すぎます」とのご指摘のとおり、ジョブズの伝記だろうと気楽にページをめくるだけでは480ページほどもある本書は途中で挫折するのでは...と思うほど内容が濃い本である(笑)。
濃いという意味は一読されればお分かりだと思う。例えば筆者がエレクトロニクスに詳しいことから、他の書籍には見られないApple 1やApple II の設計思想の話しから使用したチップの詳細、あるいは動作原理といった解説が随所に見られるのは嬉しい。
例えば、ウォズニアックが設計したApple 1の電源周りは教科書通りの設計だとしながらも使われているレギュレータやコンデンサの説明だけでなく「これでは少し力不足の電源である」という...。そこまで突っ込んだジョブズ本はほとんどなかったに違いない。

※当研究所所有のApple 1 (レプリカ)
また1976年4月1日、Apple 1を販売するためApple Computer Companyを設立したときスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアックそしてロン・ウエインの3人がどのような取り決めをしたのか...といったことなど他の翻訳本などではほとんど望めない内容も興味深く書かれている。
ただしそもそも本書によるスティーブ・ジョブズ像やジョブズの行動などは史実なのか...という点については他の書籍と同様にそのまま鵜呑みにすることは性急であろう。
いや、本書は著者が文字通り膨大な資料を参照した上で書かれたものであり、時に筆者自身「これについては○○の方が信憑性があるだろう」といった明解な比較の上での解説もあり、説得力もある。とはいえジョブズに確認を取ったとされるアイザックソンの伝記でさえ多くの事実と異なる点があるとされるからして結論づけるのは難しい。
例えばMITS社がAltair8800のプロトタイプをポピュラー・エレクトロニクス誌の表紙用にと編集部に送ったものの輸送途中で行方不明になり、撮影は適当な金属の箱にそれらしいスイッチとLEDをはめ込んだダミーを載せるしかなかった...というエピソードがある。

※1975年1月号のポピュラー・エレクトロニクス誌(当研究所所有)。表紙にはダミーのAltai8800が載っている
その際にMITS社は航空便で送ったとする書籍と鉄道の速達運送便で送ったとする書籍があり、決定的な判別が難しい。
個人的には1974年の年末であった事を考慮すると鉄道のストライキに巻き込まれたという話しを聞いたこともあるので鉄道便が正しいのではないかという気がする。そして代わりのダミーを急遽編集部に送ったわけだがこちらは特に急を要するので航空便にしたのではないか...と思っているが無論確証はない。
ひとつひとつは些細なエピソードだが、この手の本を読むときの一番の楽しみはこれまで知らなかったことがいかに多く記述されているかにある。無論それが間違いだったり作り話では論外だが、そうした点において本書は近年にないエキサイティングな1冊だといえよう。少なくとも私にとって...。
1977年9月にApple II の金型が壊れ、Appleは3ヶ月ほどApple IIの出荷ができず資金が底を突いて苦境に陥った話し。前記したが1976年の起業時の契約内容。ロン・ウエインがAppleを抜けてもしばらくは仕事を手伝ったこと。ジョブズの禅の師匠であった知野好文は2002年に事故で死去するが、晩年はスティーブ・ジョブズのセカンドハウスで生活していたこと。ジョブズがリード大学をドロップアウトしたのは両親への経済的負担をかけたくないという理由だとスタンフォード大学の卒業式で述べたが、どうも本心ではなかった...などなど、これから別途調べて見ようと思わせる初耳の話が多々あって大変貴重な1冊である。
したがって本書の内容は濃いが読みにくい本か?と問われれば、そんなことはないとお答えする。最近の訳本もそうだが近年は英文の固有名詞もすべてカタカナで表記する例が多くなり、読みやすいといえば読みやすい。ただし訳者や著者によりカナ表記が微妙に違う場合もあり、複数の資料や書籍を読んでいると最初は分かりにくい場合もあると思う。
本書も例えば、アルテアとオルテア、クロメンコとクロメムコ、スティーブ・ドンビアをスティーブ・ドンビエーなどなどの違いが目立つ。無論どちらが正しいか、発音に近い表記はどちらか...という問題になると事が深くて面倒になるのでここでは問わないし精通すれば何ということはないが最初はとまどうかも知れない...。さらに本書の267ページには "スティーブ" のはずが "ティーブ" となっていたり、291ページでは "ホームブリュー・コンピュータ・クラブ" の項に1箇所 "ホームブルー・コンピュータ・クラブ" とあったりする。まあ書籍の第一版第一刷はこうしたこともありがちなことだ...。
とはいえ少々不思議な記述も目に付いた。例えば "サードパーティー" という言葉はご承知のように第三者団体(企業、機関等)のことを意味する。とはいえコンピュータ関係者や業界では普通 "サードパーティー" のままで通用しているし、「ソフトウェアはサードパーティー各社に依存していた...」といった風にほとんどの場合にわざわざ "第三者団体" という日本語は使わない。
しかし本書は397ページの「拡張スロット」の項で文脈からして "第三者団体" の事なのだろうが "第3パーティ" と記してある箇所があり、通読中には一瞬「?」と思ってしまった。これまた変換ミスなのだろうか...。
とにかく少し読み始めれば分かると思うが、ひとつひとつ一次資料や関連資料にあたりながらの執筆は僭越ながら大変な労力と集中力を必要としたに違いないし、月並みではあるが労作である。しかし間違っているかも知れないが筆者の脇英世氏ご自身がかなり楽しまれながらの執筆だったことが伝わってくるような気もするのだが...。
ということで正直、本書は万人へ気楽にお勧めできる本ではないが、他に類を見ない活きたスティーブ・ジョブズや創業当時のAppleの姿が浮かび上がってくる...私には久方ぶりで読み応えのある1冊だった。そしていつものことだが気に入った本は後に良き資料にもなるので再読し、勉強させていただきながら検証を続けたいと思っている。
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