日経BP社刊「ジョナサン・アイブ」読了と危惧すること
昨年末に届いたリーアンダー・ケイニー著「ジョナサン・アイブ」(日経BP社刊)をまずは速読してみた。ただし個人的にはジョナサン・アイブのデザインに一抹の不安要素を感じている1人だし、彼の人生を知りたいとは思わない(笑)。ただただ本書への期待はアップルのIDg(工業デザイングループ)の様子とジョブズとの接点を知りたいと考えたからだ…。
スティーブ・ジョブズが1997年にアップルに復帰してからの活躍はあらためて申し上げることもないと思うが、その原動力となったのはデザインチームにいたジョナサン・アイブだった。しかしどうにも自分の実体験からしてジョナサン・アイブには全面的な信頼を持てないでいる…。
それらの実例としては過去に「私がジョナサン・アイブへ不信感を持っている理由(笑)」で述べた通りだが、それはそれとしてもジョブズ亡き後、アップルをアップルたらしめる人物はCEOのティム・クックを別にすればジョニーしかいないこともまた事実だし、これまで鉄のカーテンと揶揄されるほど情報が入ってこないIDgのありようが少しは覗けるのではないかと期待して本書のページを開いた…。
本書はタイトルそのままにジョナサン・アイブ(ジョニー)の生い立ちからアップルへの入社、そしてスティーブ・ジョブズに認められ絶対の信頼を勝ち得ていく過程が描かれ、かつ彼のデザインに対する考え方も紹介されている。すでにアップルの顔となったジョニーを考察する本書はたぶん多くの方達に共感を与え、ジョニーはますます賞賛の的となるに違いない。
だからこそ、ここでは少し視点を変えた見方をしてみたいと思う...。

※リーアンダー・ケイニー著「ジョナサン・アイブ」(日経BP社刊)
ところでアップルの最初期からのユーザーとしてApple II は勿論これまでリリースされたほとんどの製品を実際に手にし、机上に置き、あるいはバッグに入れて使ってきた。そうした中で確信できることは世論の評価をも含めてアップルのデザインは常に時代の先端を走っていた。
いや、正確には中だるみの時代が確かにあった。性能はもとよりだが、デザインになんの工夫も感じられず、ただただこれまでのバリーションとして製品化されたように見えるものもあった。しかし初代Macintoshをはじめ、Macintosh SE、Apple IIc、Macintosh Portable、PowerBook100などは現在の視点から見れば時代を感じるものの、当時はアップルでしかなし得ないデザインだと高い評価を受けたものばかりだ。
ジョニーが優れたデザイナーであることは間違いないが、アップルのデザイン戦略は創業以来面々と続いてきた事を忘れてはいけない。ジョニー自身、アップルの製品にそれまでにない魅力を感じたからこそアップルに入社するのだから…。
したがって決してジョニーがアップルのDNAを作ったわけではないしジョニーだけが最高の製品を作ったわけでもない。それは過去製品や多くのモックアップの貴重な写真が載っている「アップル デザイン〜アップルインダストリアルデザインの軌跡」という豪華本を開けば納得していただけるに違いない。


※ポール・クンケル著/大谷和利訳「アップル デザイン〜アップルインダストリアルデザインの軌跡」アクシスパブリッシング刊より
さて本書だが普段はなかなか情報が少ないアップルのIDgだが、その成り立ちやスタッフらの確執が見えて正直面白い。なぜNeXT時代からジョブズの信頼した部下でありジョニーの上司だったジョン・ルビンシュタインが退社するに至ったのか、またiOSの責任者として一部では次世代のCEOかも…と言われたことがあるスコット・フォーストールが辞めたのか…などについての話題もあり、噂どおりジョニーとの確執が原因だったのかとそれなりに納得…。そしてデザインがエンジニアリングを支配する過程が描かれている…。
さらにジョニーとジョブズの絆も出会ってから急速に深まっていく様がよくわかる。例えば194ページには…どこかのApple Store内だろうか…ジョニーとジョブズが寄り添い、笑顔で同じ方向へ視線を向けている写真が載っている。いみじくもその後ろにNeXT時代からずっと右腕だったルビンシュタインが険しい表情で写っている。
本書によれは、ジョニーは直属の上司だったルビンシュタインとしょっちゅう怒鳴り合っていたという。結局ジョニーは「自分か彼か」とジョブズに選択を迫る。無論ジョブズはジョニーをとる…。ジョニーはデザインしか頭にないただただ温厚な人物かと思ったら「戦うときには戦う男」でもあった(笑)。
しかし大変僭越ながら超マイクロ企業とはいえ足かけ14年間組織を率いてきた多少の経験からいわせて貰えば、ジョニーの役割が大きくなったのは良しとしてもその権限が巨大になっていく様はひとつの企業として舵取りの難しさを抱え込んだと感じてしまう。個人的にはCEOのティム・クックに同情を禁じ得ない。そうしたのは間違いなくスティーブ・ジョブズだったが…。
「アップルでジョニー以上に業務運営の権限を持つのは私だけだ。彼に指示を与えたり、口を挟んだりできる人間はいない。私がそうしたからだ。」とはジョブズの弁だという。なにしろCEOのティム・クックでさえジョニーに口だしできないというしオペレーション担当のある重役は「アップルを支配しているのはIDgだ」といっているそうだ…。
これではジョニーという存在はアップルを次のレベルに引き上げる起爆剤と同時に一歩間違えば誤爆する可能性も否めない。どのような組織でも社長やらCEOはともかく、1人に権限が集中することはトラブルの元とは幾多の歴史が証明していることではないか。これはジョニーがいかに謙虚で賢い人物だったとしてもだ…。
アップルのファンとしてはジョニーがアップルの地雷源にならないよう願うばかりだ。
ともあれ本書はジョナサン・アイブという希有な人物に焦点を当てつつ、彼を取り巻く人びとは勿論、スティーブ・ジョブズの姿、アップルの様子、特にIDgの活動や内部の様子が生き生きと窺える点が面白い。アップルのデザインに対する考え方を知り、そのプロダクトやデザインに興味のあるすべての方に目を通していただきたい1冊だ。
ちなみに巻頭の日本語序文を書いているのはあのITジャーナリスト兼コンサルタントとして知られている林信行さんだ。
林さんは巻頭でいみじくも「アイブこそ、世界一特殊な(あるいは未来的)企業、アップル社の、特殊さの源泉...」と解説されている。
ただし、だからこそ危惧も生まれる。何故なら生身の人間が集まっている企業(企業だけではないが)は利益を出すことや社会的使命など目標や指針というものがある。それらの実現に向けて日々の活動を続けていくわけだが、"特殊性" こそそれを維持する難しさは言葉では言い表せない...。繰り返すがひとつ間違えばその "特殊性" は亀裂の原因となりうることもこれまた事実である。
いくらアップルにとってデザイン重視だといっても、製品はジョニーだけで生まれるはずもない。優秀な多くの人たちが力を合わせるからこそ良い製品が出来上がり我々の手元に届くのだ。したがってジョニーの思惑で製品のあれこれに予定外の影響が出るとすれば決して望ましいことではないはずだ...。
なによりもすべての企業活動や経営・運営の責任は当然のことながらCEOにある。責任のある者に権限がなければならないのが組織の基本中の基本に違いない。もしジョニーにもの申せる人物がいないとすればアップルは特殊な組織というより危険な間違った組織体系になってしまったということになる。
ということでこの後のアップルの命運はCEOのティム・クックとジョナサン・アイブがいかにお互いを認め合い、よい関係を築いていけるかにかかっているように思える。
少なくともクックがジョニーとの確執に疲れて退任するなどということのないように祈りたい…。アップルという企業の舵取りは決してジョニーにできることではなくクックでなければなし得ないのだから…。
最後に本書を読み終わり気づいたことがある。それは今後、さすがにスティーブ・ジョブズに関する書籍は一時のようには発刊されないと思うが、その代わりとしてジョナサン・アイブをテーマにした本や論評は益々多くなっていくのではないか...ということだ。
ジャーナリズムはネタがなければ前に進めない(笑)。その一挙一動を見守られているアップルの要となったジョニーは好むと好まざるとを問わず、アップルを語る良材として取り沙汰されるようになるのかも知れない。
そして「いかにしたらスティーブ・ジョブズのようになれるのか」と多々論じられたように、「いかにしたらジョニーのようにデザインと向き合い良い結果が出せるデザイナーとなれるのか、あるいはアップルのような企業になれるのか」といった話題が氾濫するような気がする(笑)。
スティーブ・ジョブズが1997年にアップルに復帰してからの活躍はあらためて申し上げることもないと思うが、その原動力となったのはデザインチームにいたジョナサン・アイブだった。しかしどうにも自分の実体験からしてジョナサン・アイブには全面的な信頼を持てないでいる…。
それらの実例としては過去に「私がジョナサン・アイブへ不信感を持っている理由(笑)」で述べた通りだが、それはそれとしてもジョブズ亡き後、アップルをアップルたらしめる人物はCEOのティム・クックを別にすればジョニーしかいないこともまた事実だし、これまで鉄のカーテンと揶揄されるほど情報が入ってこないIDgのありようが少しは覗けるのではないかと期待して本書のページを開いた…。
本書はタイトルそのままにジョナサン・アイブ(ジョニー)の生い立ちからアップルへの入社、そしてスティーブ・ジョブズに認められ絶対の信頼を勝ち得ていく過程が描かれ、かつ彼のデザインに対する考え方も紹介されている。すでにアップルの顔となったジョニーを考察する本書はたぶん多くの方達に共感を与え、ジョニーはますます賞賛の的となるに違いない。
だからこそ、ここでは少し視点を変えた見方をしてみたいと思う...。

※リーアンダー・ケイニー著「ジョナサン・アイブ」(日経BP社刊)
ところでアップルの最初期からのユーザーとしてApple II は勿論これまでリリースされたほとんどの製品を実際に手にし、机上に置き、あるいはバッグに入れて使ってきた。そうした中で確信できることは世論の評価をも含めてアップルのデザインは常に時代の先端を走っていた。
いや、正確には中だるみの時代が確かにあった。性能はもとよりだが、デザインになんの工夫も感じられず、ただただこれまでのバリーションとして製品化されたように見えるものもあった。しかし初代Macintoshをはじめ、Macintosh SE、Apple IIc、Macintosh Portable、PowerBook100などは現在の視点から見れば時代を感じるものの、当時はアップルでしかなし得ないデザインだと高い評価を受けたものばかりだ。
ジョニーが優れたデザイナーであることは間違いないが、アップルのデザイン戦略は創業以来面々と続いてきた事を忘れてはいけない。ジョニー自身、アップルの製品にそれまでにない魅力を感じたからこそアップルに入社するのだから…。
したがって決してジョニーがアップルのDNAを作ったわけではないしジョニーだけが最高の製品を作ったわけでもない。それは過去製品や多くのモックアップの貴重な写真が載っている「アップル デザイン〜アップルインダストリアルデザインの軌跡」という豪華本を開けば納得していただけるに違いない。


※ポール・クンケル著/大谷和利訳「アップル デザイン〜アップルインダストリアルデザインの軌跡」アクシスパブリッシング刊より
さて本書だが普段はなかなか情報が少ないアップルのIDgだが、その成り立ちやスタッフらの確執が見えて正直面白い。なぜNeXT時代からジョブズの信頼した部下でありジョニーの上司だったジョン・ルビンシュタインが退社するに至ったのか、またiOSの責任者として一部では次世代のCEOかも…と言われたことがあるスコット・フォーストールが辞めたのか…などについての話題もあり、噂どおりジョニーとの確執が原因だったのかとそれなりに納得…。そしてデザインがエンジニアリングを支配する過程が描かれている…。
さらにジョニーとジョブズの絆も出会ってから急速に深まっていく様がよくわかる。例えば194ページには…どこかのApple Store内だろうか…ジョニーとジョブズが寄り添い、笑顔で同じ方向へ視線を向けている写真が載っている。いみじくもその後ろにNeXT時代からずっと右腕だったルビンシュタインが険しい表情で写っている。
本書によれは、ジョニーは直属の上司だったルビンシュタインとしょっちゅう怒鳴り合っていたという。結局ジョニーは「自分か彼か」とジョブズに選択を迫る。無論ジョブズはジョニーをとる…。ジョニーはデザインしか頭にないただただ温厚な人物かと思ったら「戦うときには戦う男」でもあった(笑)。
しかし大変僭越ながら超マイクロ企業とはいえ足かけ14年間組織を率いてきた多少の経験からいわせて貰えば、ジョニーの役割が大きくなったのは良しとしてもその権限が巨大になっていく様はひとつの企業として舵取りの難しさを抱え込んだと感じてしまう。個人的にはCEOのティム・クックに同情を禁じ得ない。そうしたのは間違いなくスティーブ・ジョブズだったが…。
「アップルでジョニー以上に業務運営の権限を持つのは私だけだ。彼に指示を与えたり、口を挟んだりできる人間はいない。私がそうしたからだ。」とはジョブズの弁だという。なにしろCEOのティム・クックでさえジョニーに口だしできないというしオペレーション担当のある重役は「アップルを支配しているのはIDgだ」といっているそうだ…。
これではジョニーという存在はアップルを次のレベルに引き上げる起爆剤と同時に一歩間違えば誤爆する可能性も否めない。どのような組織でも社長やらCEOはともかく、1人に権限が集中することはトラブルの元とは幾多の歴史が証明していることではないか。これはジョニーがいかに謙虚で賢い人物だったとしてもだ…。
アップルのファンとしてはジョニーがアップルの地雷源にならないよう願うばかりだ。
ともあれ本書はジョナサン・アイブという希有な人物に焦点を当てつつ、彼を取り巻く人びとは勿論、スティーブ・ジョブズの姿、アップルの様子、特にIDgの活動や内部の様子が生き生きと窺える点が面白い。アップルのデザインに対する考え方を知り、そのプロダクトやデザインに興味のあるすべての方に目を通していただきたい1冊だ。
ちなみに巻頭の日本語序文を書いているのはあのITジャーナリスト兼コンサルタントとして知られている林信行さんだ。
林さんは巻頭でいみじくも「アイブこそ、世界一特殊な(あるいは未来的)企業、アップル社の、特殊さの源泉...」と解説されている。
ただし、だからこそ危惧も生まれる。何故なら生身の人間が集まっている企業(企業だけではないが)は利益を出すことや社会的使命など目標や指針というものがある。それらの実現に向けて日々の活動を続けていくわけだが、"特殊性" こそそれを維持する難しさは言葉では言い表せない...。繰り返すがひとつ間違えばその "特殊性" は亀裂の原因となりうることもこれまた事実である。
いくらアップルにとってデザイン重視だといっても、製品はジョニーだけで生まれるはずもない。優秀な多くの人たちが力を合わせるからこそ良い製品が出来上がり我々の手元に届くのだ。したがってジョニーの思惑で製品のあれこれに予定外の影響が出るとすれば決して望ましいことではないはずだ...。
なによりもすべての企業活動や経営・運営の責任は当然のことながらCEOにある。責任のある者に権限がなければならないのが組織の基本中の基本に違いない。もしジョニーにもの申せる人物がいないとすればアップルは特殊な組織というより危険な間違った組織体系になってしまったということになる。
ということでこの後のアップルの命運はCEOのティム・クックとジョナサン・アイブがいかにお互いを認め合い、よい関係を築いていけるかにかかっているように思える。
少なくともクックがジョニーとの確執に疲れて退任するなどということのないように祈りたい…。アップルという企業の舵取りは決してジョニーにできることではなくクックでなければなし得ないのだから…。
最後に本書を読み終わり気づいたことがある。それは今後、さすがにスティーブ・ジョブズに関する書籍は一時のようには発刊されないと思うが、その代わりとしてジョナサン・アイブをテーマにした本や論評は益々多くなっていくのではないか...ということだ。
ジャーナリズムはネタがなければ前に進めない(笑)。その一挙一動を見守られているアップルの要となったジョニーは好むと好まざるとを問わず、アップルを語る良材として取り沙汰されるようになるのかも知れない。
そして「いかにしたらスティーブ・ジョブズのようになれるのか」と多々論じられたように、「いかにしたらジョニーのようにデザインと向き合い良い結果が出せるデザイナーとなれるのか、あるいはアップルのような企業になれるのか」といった話題が氾濫するような気がする(笑)。
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