映画「her/世界でひとつの彼女」を観て思うこと
2013年公開のスパイク・ジョーンズ監督・脚本によるアメリカSF恋愛映画「her/世界でひとつの彼女」を観た。コンピュータの人工知能型OSに恋いをした男をホアキン・フェニックスが好演していたが、さまざまな意味で考えさせられる映画だった。
映像も音楽も美しく、下手をすれば三流映画になってしまうようなテーマを正面から、そして繊細に描いた点は素晴らしい。以下多少のネタバレをしないと話しにもならないのでお許し願いたいが、アカデミー賞脚本賞を受賞したことでもうかがえるが質は高い作品になっている。

※「her/世界でひとつの彼女」オフィシャルホームページより
ストーリーは近未来が舞台だが 、iOSのSiri を本格的な最新AI にしたようなサービス (声だけの彼女) に出会い恋いに落ちてしまう中年の男性...。ちょうど離婚話が進んでいる時期でもあり、悩み多い男の前に現れたサマンサというバーチャル女性に惹かれ、そして翻弄されていく。「あなたが…知りたいの…」などと言われればやはり動揺するに違いにない(笑)。
私にとっても人型ロボットより実態がなくても人と相対しているかのような会話ができるシステムは是非生きてるうちに体験してみたいと思いながら主人公に感情移入していった...。
すでにSiriにしても思わずニヤリとするような受け答えをするときがあるし、例えば自閉症の子供によい影響を与えているといった情報もある。
無論Siriはまだまだ本格的なAIとは言いがたいが、そもそも私たち人間はけっこう曖昧な会話で納得させられ感情移入してしまう生き物なのだ。事実人間同士でも会話だけ聞けば至極曖昧だが当人達は分かっているつもりになっている(笑)。
この手の話になるとよく引き合いにだされるのがELIZA(イライザ)だ…。
ELIZAはDOCTORという精神療法医のセラピストシミュレーションとして知られているが、MITのジョセフ・ワイゼンバウムが1964年から1966年にかけて書き上げたコンピュータプログラムである。ただしELIZAの基本は言語分析ルーチンとパターンマッチング技法によるものでAIといった高度なシステムではなく “人工無能” の起源といわれる。またスクリプト(テキスト)によるコンピュータとの会話だったが作者のワイゼンバウムが驚くほど話者(患者)はELIZAに感情移入し、相手がコンピュータであることを信じないケースが多かったという。
なおELAIZAとその類似ソフトウェアは現在様々な機種で走るものがあり無論Mac版もある。またMacの黎明期に登場した「RACTER」もそうした類のプログラムといえる。なおRACTERにはスピーチ機能が加わっていた。


※1984年Macintosh用として登場した「RACTER」のマニュアル(上)とその機動画面例(下)
さて、面白いといっては語弊があるが、ELIZAへの反響の大きさはワイゼンバウムを悩ました。皮肉な事に「コンピュータ・パワー 人工知能と人間の理性」(Computer Power and Human Reason: From Judgment to Calculation)という自著でワイゼンバウムはコンピュータの限界を論じ、コンピュータを万能であるかのように見ている人々に人間や生命の重要性を説き「イライザとのコミュニケーションは底が浅く、人間社会にとって有害だ」と批判した。

※ジョセフ・ワイゼンバウム著「コンピュータ・パワー 人工知能と人間の理性」サイマル出版会刊表紙
ましてや映画の中のサマンサは近未来における最新の人工知能型OSである。最初にサマンサと会話した際、極々一般的な仕様や能力を垣間見せるシーンがあったもののアルゴリズムだとかスペックといった興ざめなあれこれには触れていないから知り得ないことが多いが最後に Siriと同じく女性か男性かを選ぶことになる。
肉体はないが声も魅力的だし知的(コンピュータだから当たり前)で人間の恋人以上に相手を思いやりウィットもある。なにしろ調べ物を手伝ったりパソコンのデータ整理までやってくれるだけでなくバーチャルSEXの相手もしてくれるのだから...。
しかしストーリーとしては不満というか気になる点もある。
まずはサマンサと話すデバイスが小型の見開き型手帳とでもいった形状であり、別途無線で接続するインイヤー型ピースとで成り立っているが、その手帳型のデバイスがかっこよくないのだ(笑)。もう少し未来型のデザインであって欲しい…。
それはともかく私が一番気になったのはセオドアが夢中になっていくその人工知能型OSは (見落としていなければ) 果たして有料サービスなのか、あるいは無料サービスなのかというシビアな点に触れていない点だ。なぜならネタバレになるが、もし有料サービスであれば人工知能型OS側、すなわちサマンサから別れ話しを演出するなどということはいくら人間並みの知能と分別を持ったAIだとしてもビジネスの根幹にかかわることだからして不自然に思える...。
人工知能型OSのサービスがビジネスであり、現在のIT系サービス同様1人でも多くの参加登録者を得る努力をするのであれば他の展開があったのではないだろうか。それともSiri 同様サーバーにAIが置かれているわけで膨大な知識ベースとユーザーと交わしていく情報が蓄積しマッチングしていくはずだから、そうした個人情報の取得がビジネスの目的なのだろうか。
“1人とひとつの恋” の行へはロマンチックだが、その舞台裏を少し覗かせることでリアル感が増すと思うし、夢と現実とのコントラストが描けるはずなのでよりインパクトが強くなるように思うのだが…。
またサーバーといえば…セオドアも仕事でコンピュータを使っていることでもあり、コンピュータの基本が…サマンサのような対話システムが…どのようなものであるかは認識していると考えて普通だろう。サマンサがコンピュータシステム、コンピュータプログラムとして完全にスタンドアローンであるはずもなくサーバーに接続することでサービスを受けられるのだから “自分専用” と思う方がおかしいのではないか…。
結局、新しい恋を予感させて物語はフェードアウトする。やはりバーチャルよりリアルということなのか…。ともあれ人工知能が進化し人間並みに話しができるようになればそれは錯覚や思い込みとばかりと言っていられない時代がくるだろう。人型ロボットに対してもそうだが、利用者にとって人生における大切なパートナーとなっていくわけで、新しい価値観が生まれると同時に適切な法的整備も必要になってくるに違いない。
「her/世界でひとつの彼女」はそんな近未来に自分を置いてみるシミュレーションとして観ていただくのも面白いかと思う。
■「her/世界でひとつの彼女」オフィシャルホームページ
映像も音楽も美しく、下手をすれば三流映画になってしまうようなテーマを正面から、そして繊細に描いた点は素晴らしい。以下多少のネタバレをしないと話しにもならないのでお許し願いたいが、アカデミー賞脚本賞を受賞したことでもうかがえるが質は高い作品になっている。

※「her/世界でひとつの彼女」オフィシャルホームページより
ストーリーは近未来が舞台だが 、iOSのSiri を本格的な最新AI にしたようなサービス (声だけの彼女) に出会い恋いに落ちてしまう中年の男性...。ちょうど離婚話が進んでいる時期でもあり、悩み多い男の前に現れたサマンサというバーチャル女性に惹かれ、そして翻弄されていく。「あなたが…知りたいの…」などと言われればやはり動揺するに違いにない(笑)。
私にとっても人型ロボットより実態がなくても人と相対しているかのような会話ができるシステムは是非生きてるうちに体験してみたいと思いながら主人公に感情移入していった...。
すでにSiriにしても思わずニヤリとするような受け答えをするときがあるし、例えば自閉症の子供によい影響を与えているといった情報もある。
無論Siriはまだまだ本格的なAIとは言いがたいが、そもそも私たち人間はけっこう曖昧な会話で納得させられ感情移入してしまう生き物なのだ。事実人間同士でも会話だけ聞けば至極曖昧だが当人達は分かっているつもりになっている(笑)。
この手の話になるとよく引き合いにだされるのがELIZA(イライザ)だ…。
ELIZAはDOCTORという精神療法医のセラピストシミュレーションとして知られているが、MITのジョセフ・ワイゼンバウムが1964年から1966年にかけて書き上げたコンピュータプログラムである。ただしELIZAの基本は言語分析ルーチンとパターンマッチング技法によるものでAIといった高度なシステムではなく “人工無能” の起源といわれる。またスクリプト(テキスト)によるコンピュータとの会話だったが作者のワイゼンバウムが驚くほど話者(患者)はELIZAに感情移入し、相手がコンピュータであることを信じないケースが多かったという。
なおELAIZAとその類似ソフトウェアは現在様々な機種で走るものがあり無論Mac版もある。またMacの黎明期に登場した「RACTER」もそうした類のプログラムといえる。なおRACTERにはスピーチ機能が加わっていた。


※1984年Macintosh用として登場した「RACTER」のマニュアル(上)とその機動画面例(下)
さて、面白いといっては語弊があるが、ELIZAへの反響の大きさはワイゼンバウムを悩ました。皮肉な事に「コンピュータ・パワー 人工知能と人間の理性」(Computer Power and Human Reason: From Judgment to Calculation)という自著でワイゼンバウムはコンピュータの限界を論じ、コンピュータを万能であるかのように見ている人々に人間や生命の重要性を説き「イライザとのコミュニケーションは底が浅く、人間社会にとって有害だ」と批判した。

※ジョセフ・ワイゼンバウム著「コンピュータ・パワー 人工知能と人間の理性」サイマル出版会刊表紙
ましてや映画の中のサマンサは近未来における最新の人工知能型OSである。最初にサマンサと会話した際、極々一般的な仕様や能力を垣間見せるシーンがあったもののアルゴリズムだとかスペックといった興ざめなあれこれには触れていないから知り得ないことが多いが最後に Siriと同じく女性か男性かを選ぶことになる。
肉体はないが声も魅力的だし知的(コンピュータだから当たり前)で人間の恋人以上に相手を思いやりウィットもある。なにしろ調べ物を手伝ったりパソコンのデータ整理までやってくれるだけでなくバーチャルSEXの相手もしてくれるのだから...。
しかしストーリーとしては不満というか気になる点もある。
まずはサマンサと話すデバイスが小型の見開き型手帳とでもいった形状であり、別途無線で接続するインイヤー型ピースとで成り立っているが、その手帳型のデバイスがかっこよくないのだ(笑)。もう少し未来型のデザインであって欲しい…。
それはともかく私が一番気になったのはセオドアが夢中になっていくその人工知能型OSは (見落としていなければ) 果たして有料サービスなのか、あるいは無料サービスなのかというシビアな点に触れていない点だ。なぜならネタバレになるが、もし有料サービスであれば人工知能型OS側、すなわちサマンサから別れ話しを演出するなどということはいくら人間並みの知能と分別を持ったAIだとしてもビジネスの根幹にかかわることだからして不自然に思える...。
人工知能型OSのサービスがビジネスであり、現在のIT系サービス同様1人でも多くの参加登録者を得る努力をするのであれば他の展開があったのではないだろうか。それともSiri 同様サーバーにAIが置かれているわけで膨大な知識ベースとユーザーと交わしていく情報が蓄積しマッチングしていくはずだから、そうした個人情報の取得がビジネスの目的なのだろうか。
“1人とひとつの恋” の行へはロマンチックだが、その舞台裏を少し覗かせることでリアル感が増すと思うし、夢と現実とのコントラストが描けるはずなのでよりインパクトが強くなるように思うのだが…。
またサーバーといえば…セオドアも仕事でコンピュータを使っていることでもあり、コンピュータの基本が…サマンサのような対話システムが…どのようなものであるかは認識していると考えて普通だろう。サマンサがコンピュータシステム、コンピュータプログラムとして完全にスタンドアローンであるはずもなくサーバーに接続することでサービスを受けられるのだから “自分専用” と思う方がおかしいのではないか…。
結局、新しい恋を予感させて物語はフェードアウトする。やはりバーチャルよりリアルということなのか…。ともあれ人工知能が進化し人間並みに話しができるようになればそれは錯覚や思い込みとばかりと言っていられない時代がくるだろう。人型ロボットに対してもそうだが、利用者にとって人生における大切なパートナーとなっていくわけで、新しい価値観が生まれると同時に適切な法的整備も必要になってくるに違いない。
「her/世界でひとつの彼女」はそんな近未来に自分を置いてみるシミュレーションとして観ていただくのも面白いかと思う。
■「her/世界でひとつの彼女」オフィシャルホームページ
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