アップルビジネス昔話し〜プロが再び自信を持てる時代は来るか?
グラフィックデザインしかり、ページレイアウトあるいはデジタルビデオや音楽しかり...。機材とソフトウェアがあれば誰でもがデザイナーあるいはクリエータになれるといった錯覚はいまだ存在するようだ。そしてその悪い影響でプロフェッショナルの仕事がやりにくい場合も多々生じる。今回は大昔…1991年に体験したコンペチターとの戦いと、わが国有数の大企業の立派な選択のお話しである..。
ビジネスには契約ならびに契約書は大変重要なものだ。そしてそれに至る見積あるいは見積書というのも神経の疲れるアイテムである。なぜならいうまでもなく、その見積額や条件によりそのビジネスが受注できるかどうかの一端が決まるからだ。そして当然ながら、あらゆる受注に際して通常は必ずといってよいほど競争相手がいる。しかしそれが正当な競争なら良いが、なにやら訳の分からないコンペチターとやり合うこともあり、時にはドラマチックな展開を見せる事もある。
時は1991年の5月、わが国有数の大メーカーから電話をいただいた。別に機密事項ではないが、話題が話題なので企業名やプロダクト名は伏せさせていただくのでご勘弁願いたい...。
大きな応接室に迎えられた私は、なかなか興味あるお話しを伺うことになった。その企業では新たな製品を発売するにあたり、米国のMacWorldExpo出展などをターゲットにしたプロモーション映像をデジタルで作りたいとのことだった。
勿論我々に話が来たということは、いわゆるMacintosh版を指向したものである。と同時に私自身が当時のMac雑誌にグラフィックツールやアニメーションの話題を頻繁に連載していたことでもあり、そうした事情に詳しいからとのお声がけであった。そして私の会社の本職はMac用のソフトウェア開発だったが、こうした依頼もときに舞い込んだのである。

※写真はイメージです
条件は英語版、長さは最長でも5分間ということで事実上、当時のデジタルアニメーションを意図したMacroMind Directorを使うという指示のもとで相談があり、見積依頼となった。とにかく米国市場向けということでもあり、いうまでもなく子供だましみたいな作品では役に立たないばかりか、それでは制作側の我々が笑われる。いかに新製品の特徴と魅力をアピールするか、そしてそのためにはどのような表現を考えるべきかが腕の見せ所となった。
クライアント側の求める基本的な絵コンテが出来上がるにつれて、単なるスライドショーでは面白くないことは明白で、大きなインパクトを与える"何か"が欲しいと思った。
私が考えた企画のひとつは、優秀なデザイナーを製作スタッフに加えること、ふたつ目はデジタルビデオ…動画を採用することだった。デザイナーはお付き合いいただいていた方がすぐに頭に浮かんだが、問題は動画である。
いまではテクノロジーの発展やQuickTimeのおかげで、ビデオ撮影した映像は苦もなくさまざまなメディアに活用されている。しかし、この話は1991年5月であることを忘れてもらっては困る(笑)。なぜなら我々の前にはまだQuickTimeは存在しなかったのだ。したがっていわゆる手描きのアニメーションは可能ではあったがビデオ撮影したリアルな画像をビデオのように扱うことは容易にできない時代であった。
ただ我々には自社開発のVideoMagician IIというデジタルビデオツールがすでに存在していた。少々手間はかかるが、これを利用すればビデオで撮影した映像をMacroMind Director上に実写アニメーションとして採用できることを確信した…。

※QuickTime登場以前に自社開発したデジタルビデオシステム のVideoMagician II
さて、そうした内容の見積をクライアントに提出したが、私の見積額は400万円を超えたものになった...。その半額はデザイン料という試算だった。
一週間ほど経った頃だろうか。担当者から呼び出しを受けて再び私はその大きなビルのエントランスをくぐった。開口一番、担当者は「松田さん、困ったことがありまして、一般論としてご意見を伺いたいとお呼びだてしました」と頭をかいた。
大企業であるからして、事は公平に運ばなければならない一大前提があるという。腐れ縁や担当者の私情で特定の企業に対して発注したと受け取られてはまずいということらしいが、他のビジネス同様に今回の話しも別の所へ相見積を依頼したという。それはもっともな話だ...。
しかし、対等な競争であれば、その企画や提案の優劣から明らかに我々に分があるという結論だったそうだが、問題はその競争相手の見積額は我々の提示した金額より○がひとつ少ないというのだ...(笑)。安すぎるのだ。…というか、反対側から見れば我々が高すぎるのだ(^_^;)。
「そんな額で、まともな作品が作れるものでしょうか」と聞かれた私は「それは私共が聞きたい台詞ですよ」と苦笑いした。確かにビジネスはその場だけの利益を考えてはいけないという側面も持っている。したがって実績を作りたいがため、損得を度外視して契約を取るといったこともあり得ることだ。そしてどうやら相手は個人のクリエーターらしくこれまでクライアントとの実績はなかったらしい。
ともかく私は精一杯のことをやった自負があった。他社ではでき得ない技術を導入したコンテンツ作りといい、プロフェッショナルのデザインワークを含むそのコンセプトには自信があった。しかし相手が内容でなく、価格だけで攻め、そして万一クライアントもその気になるなら打つ手はない...。問題はクライアントの判断力というか、どちらがなぜに優れているか、それが対価に値するするものであるかを判断する選択眼がなければ仕事をさせていただく我々は安心して良い仕事ができない。
私は平静を装いながら、当社のコンセプトからは先日提示した見積は妥当なものであり、価格の競争で質を落としたくはないこと、そして後は御社ご自身でお決めになることだとお話しして帰路についた。
それから二十数年も経つのに、その時の喜びは忘れられない...。やはり、日本有数の大企業の選択は単なる価格だけで決まることはなかった。クライアントの担当者から「上司ならびに米国担当者とも十分相談した結果、御社にお願いすることになった」との話しを受けたときは当該金額の何倍もの大きな契約を取ったときより嬉しかった。僭越ながらさすがに○○○○社だと思った。そして二ヶ月後に無事作品を納入し、関係者からはお褒めの言葉をいただいた。
しかし、いま同じような企画が持ち上がり、同じような状況下にあるとすれば多くの企業の選択は「安い価格で同じようなものが作れるなら」とその決定は目に見えていると思う。本来高度な仕事が安価でできるわけもないのだが、世相は安易にそちらの方向に流れている。
それも機材を整え、ソフトウェアを揃えてそれらを何とか使えるオペレータを雇えば、誰でも同じようなものが作れるという錯覚が満ちあふれているのもひとつの原因だ。そして大変残念なことに、プロフェッショナルたちご自身がこうした傾向に押し流されて自身の能力を安売りせざるを得ないハメになっているケースも多いと聞く。
時代が違うといわれれば、確かにそうだ。しかし作り手が自信を失い、良い仕事に十分な対価・報酬を支払うことを忘れた企業ばかりになってしまったとすれば…わが国に未来はない...。
ビジネスには契約ならびに契約書は大変重要なものだ。そしてそれに至る見積あるいは見積書というのも神経の疲れるアイテムである。なぜならいうまでもなく、その見積額や条件によりそのビジネスが受注できるかどうかの一端が決まるからだ。そして当然ながら、あらゆる受注に際して通常は必ずといってよいほど競争相手がいる。しかしそれが正当な競争なら良いが、なにやら訳の分からないコンペチターとやり合うこともあり、時にはドラマチックな展開を見せる事もある。
時は1991年の5月、わが国有数の大メーカーから電話をいただいた。別に機密事項ではないが、話題が話題なので企業名やプロダクト名は伏せさせていただくのでご勘弁願いたい...。
大きな応接室に迎えられた私は、なかなか興味あるお話しを伺うことになった。その企業では新たな製品を発売するにあたり、米国のMacWorldExpo出展などをターゲットにしたプロモーション映像をデジタルで作りたいとのことだった。
勿論我々に話が来たということは、いわゆるMacintosh版を指向したものである。と同時に私自身が当時のMac雑誌にグラフィックツールやアニメーションの話題を頻繁に連載していたことでもあり、そうした事情に詳しいからとのお声がけであった。そして私の会社の本職はMac用のソフトウェア開発だったが、こうした依頼もときに舞い込んだのである。

※写真はイメージです
条件は英語版、長さは最長でも5分間ということで事実上、当時のデジタルアニメーションを意図したMacroMind Directorを使うという指示のもとで相談があり、見積依頼となった。とにかく米国市場向けということでもあり、いうまでもなく子供だましみたいな作品では役に立たないばかりか、それでは制作側の我々が笑われる。いかに新製品の特徴と魅力をアピールするか、そしてそのためにはどのような表現を考えるべきかが腕の見せ所となった。
クライアント側の求める基本的な絵コンテが出来上がるにつれて、単なるスライドショーでは面白くないことは明白で、大きなインパクトを与える"何か"が欲しいと思った。
私が考えた企画のひとつは、優秀なデザイナーを製作スタッフに加えること、ふたつ目はデジタルビデオ…動画を採用することだった。デザイナーはお付き合いいただいていた方がすぐに頭に浮かんだが、問題は動画である。
いまではテクノロジーの発展やQuickTimeのおかげで、ビデオ撮影した映像は苦もなくさまざまなメディアに活用されている。しかし、この話は1991年5月であることを忘れてもらっては困る(笑)。なぜなら我々の前にはまだQuickTimeは存在しなかったのだ。したがっていわゆる手描きのアニメーションは可能ではあったがビデオ撮影したリアルな画像をビデオのように扱うことは容易にできない時代であった。
ただ我々には自社開発のVideoMagician IIというデジタルビデオツールがすでに存在していた。少々手間はかかるが、これを利用すればビデオで撮影した映像をMacroMind Director上に実写アニメーションとして採用できることを確信した…。

※QuickTime登場以前に自社開発したデジタルビデオシステム のVideoMagician II
さて、そうした内容の見積をクライアントに提出したが、私の見積額は400万円を超えたものになった...。その半額はデザイン料という試算だった。
一週間ほど経った頃だろうか。担当者から呼び出しを受けて再び私はその大きなビルのエントランスをくぐった。開口一番、担当者は「松田さん、困ったことがありまして、一般論としてご意見を伺いたいとお呼びだてしました」と頭をかいた。
大企業であるからして、事は公平に運ばなければならない一大前提があるという。腐れ縁や担当者の私情で特定の企業に対して発注したと受け取られてはまずいということらしいが、他のビジネス同様に今回の話しも別の所へ相見積を依頼したという。それはもっともな話だ...。
しかし、対等な競争であれば、その企画や提案の優劣から明らかに我々に分があるという結論だったそうだが、問題はその競争相手の見積額は我々の提示した金額より○がひとつ少ないというのだ...(笑)。安すぎるのだ。…というか、反対側から見れば我々が高すぎるのだ(^_^;)。
「そんな額で、まともな作品が作れるものでしょうか」と聞かれた私は「それは私共が聞きたい台詞ですよ」と苦笑いした。確かにビジネスはその場だけの利益を考えてはいけないという側面も持っている。したがって実績を作りたいがため、損得を度外視して契約を取るといったこともあり得ることだ。そしてどうやら相手は個人のクリエーターらしくこれまでクライアントとの実績はなかったらしい。
ともかく私は精一杯のことをやった自負があった。他社ではでき得ない技術を導入したコンテンツ作りといい、プロフェッショナルのデザインワークを含むそのコンセプトには自信があった。しかし相手が内容でなく、価格だけで攻め、そして万一クライアントもその気になるなら打つ手はない...。問題はクライアントの判断力というか、どちらがなぜに優れているか、それが対価に値するするものであるかを判断する選択眼がなければ仕事をさせていただく我々は安心して良い仕事ができない。
私は平静を装いながら、当社のコンセプトからは先日提示した見積は妥当なものであり、価格の競争で質を落としたくはないこと、そして後は御社ご自身でお決めになることだとお話しして帰路についた。
それから二十数年も経つのに、その時の喜びは忘れられない...。やはり、日本有数の大企業の選択は単なる価格だけで決まることはなかった。クライアントの担当者から「上司ならびに米国担当者とも十分相談した結果、御社にお願いすることになった」との話しを受けたときは当該金額の何倍もの大きな契約を取ったときより嬉しかった。僭越ながらさすがに○○○○社だと思った。そして二ヶ月後に無事作品を納入し、関係者からはお褒めの言葉をいただいた。
しかし、いま同じような企画が持ち上がり、同じような状況下にあるとすれば多くの企業の選択は「安い価格で同じようなものが作れるなら」とその決定は目に見えていると思う。本来高度な仕事が安価でできるわけもないのだが、世相は安易にそちらの方向に流れている。
それも機材を整え、ソフトウェアを揃えてそれらを何とか使えるオペレータを雇えば、誰でも同じようなものが作れるという錯覚が満ちあふれているのもひとつの原因だ。そして大変残念なことに、プロフェッショナルたちご自身がこうした傾向に押し流されて自身の能力を安売りせざるを得ないハメになっているケースも多いと聞く。
時代が違うといわれれば、確かにそうだ。しかし作り手が自信を失い、良い仕事に十分な対価・報酬を支払うことを忘れた企業ばかりになってしまったとすれば…わが国に未来はない...。
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