ファッション・ライフスタイル雑誌 "VOGUE" へのApple Watch広告考察

米国時間の3月9日午前10時からサンフランシスコのYerba Buena Center for the Arts TheaterにてAppleがスペシャルイベントを開催するという。相変わらず様々な憶測が飛び交っているが、その主たるテーマはApple Watchだともっぱらの噂だ。


Apple Watchはスティーブ・ジョブズ亡き後、ティム・クックCEO率いる新生Apple初の新製品である。またその製品コンセプトはiPhoneユーザーをターゲットにしたものだからガジェットであるといえるが "Watch" という名の通り、それはユニークな機能以前に様々な顔を持った腕時計であることを主張している。そしてAppleは IT市場というおきまりのターゲットではなくApple Watchをファッション市場参入の足がかりにするらしいといわれてきたが、そのベールに包まれていた情報が徐々に明かされつつある。

Appleはファッション雑誌のモデルの腕にApple Watchを巻いてアピールを始めただけでなく、なんとファッション・ライフスタイル雑誌として最も知名度の高い "VOGUE" 誌3月号(米国版)に12ページ連続の全面広告を掲載した...。
"VOGUE" は米国を中心として世界18カ国とラテンアメリカで出版されているが、日本でもVOGUE JAPAN(ヴォーグ・ジャパン)と称して発刊されている。

変わり目の激しいファッション界にあって常にハイファッションの先鋒を走る "VOGUE" だからしてAppleの広告がどのようなものなのかを確認するため、早速当該 "VOGUE" 米国版3月号を手に入れた。

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※ "VOGUE" 米国版 2015年3月号


これまでまったく手にしたことがなかったわけではないが、まずはその雑誌の厚さに驚いた。背表紙の厚さを測ってみたが19ミリほどもあり、その内容は有名メーカーのファッションアイテム・カタログといった感じだ。
表紙を開けば、折り込みを含めてまずルイ・ヴィトンが、そしてシャネル、グッチ、ディオール、セリーヌ、プラダなどなど、この種のブランドに興味もない私でもよく知っているブランド広告が数ページずつ続く...。

余談ながら、かつてのMac雑誌もこれに負けない厚さと広告の多さを誇っていた時代もあったことを思い出してしばらく "VOGUE" 誌の重さと厚みを両手に感じていた...。

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※Mac月刊誌の雄だったMACLIFE誌はこんなに厚い時代もあった(1997年3月号)


さて、まずはAppleの広告がどこにあるのか探そうとしたが、これも戦略の1つなのだろう…雑誌のほぼ中間に12ページの全面広告を打っていた…。それも前後の雑誌ページの紙質とは違い、カタログ誌を折り込みにしたような厚口仕様と小口が数ミリ短くなっているため、雑誌全体をパラパラとめくったとすれば必ず当該ページが開くであろうことになる(笑)。そしてどこかこの広告部分だけ本誌から外されることを望んでいるようにも思える。

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※Apple Watch広告ページの1ページ目。ページの横幅(小口)が数ミリ短い


広告デザインは大胆、あるいはシンプルというべきなのか、Apple Watch全体のビジュアルはページ中央に小さめに、そしてベルトのアップを別のページに載せるという贅沢きわまりないものだ。
またこの種のアイテムの広告の常として製品の詳しい説明などはなく、例えば "42mm Stainless Steel Case Milanese Loop" といった小さなテキストが配置されているだけだ。無論価格表記もないし各ページにそれがAppleの商品だという事を知らしめる記述もない。ただ最初のページに " WATCH" とあるのが唯一、これがiPhoneやiPadのメーカーであるAppleの広告なのだと知る...。

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※Apple Watchの広告ページ例


Appleとしてはこれだけまとまった広告を "VOGUE" 誌に載せるとなれば、予算はもとより、かなり余裕を持ったスケジュールで広告ページを押さえる必要があったはずだから思いつきというはずもなく周到な計画に基づいた結果だろう。そして間違いなくファッションアイテムとしてのApple Watchの存在を知らしめアピールすることに関しては成功したに違いないが、個人的にこの広告デザインは "VOGUE" に馴染んでいないと感じた(笑)。

確かに他のページにもプロダクトだけを大きく載せた広告もあるが、私見ながらAppleのそれは同社のウェブに載せているApple Watchのビジュアルの延長線上でしかなく、斬新であってもファッションアイテムというより、これまでどおりガジェット広告の範疇から抜け出ていないように思える。

それに...面白いといっては変だが、当該 "VOGUE" 誌の全ページをざっと確認した範囲では掲載広告は衣服、バッグ、化粧品、美容器具、宝飾品、靴、クレジットカード、デパート、車などがあるものの腕時計の広告はWatch以外はひとつもない...。

それから広告手法にも関係することだろうが、Apple Watchへの不安材料もある...。Apple Watchはスマートウォッチであり iPhoneと同期して新しいことが多々可能になる。一方ジョナサン・アイブ氏もこれは腕時計だという。腕時計だからこそファッションアイテムとなり得るのだ。しかしガジェットとしての機能に不安はないが、Appleが「腕時計」というこれまた独特なアイテムに十分な理解があるのか...については一抹の不安がついてまわる。

理屈になるが、腕時計好きの多くは機械式を好む。しかしそれは機能の多さで選ぶのではないし1秒も狂いのない時刻を知るためでもない。そしてケースやベルトがプラチナだから...ゴールドだからと単にファッションアイテムということだけでもない。それは脈々と続く人類の叡智をあの小さなケースに閉じ込めたミクロコスモスだからだ。

さらにジョナサン・アイブ氏はスマートウォッチとしてのデザインは四角の方がよいという。とはいえそれはユーザー側の好み以前にApple自身が...アイブ氏たちが機能や認識性をそこに表現しやすいからだろう。Apple Watchが真の腕時計としてファッションアイテムになるのだとすればやはり丸形デザインを無視しては通れないと思うのだが...。
そして現行のデザインはガジェットとしての利便性を考慮しなければならず全体的にのっぺりしたデザインであり、古参のアップルフリークで腕時計好きの私から見てもそのデザインの魅力は...例えばPATEK PHILIPPEやIWCといった高級腕時計メーカーには到底及ばない...。

実際Apple Watchに危機感を持つスイスの時計メーカーも黙ってはいない。すでにいくつかの高級時計メーカーがスマートウォッチを発表し始めた。これらのほとんどはベゼルや文字盤もアナログ時計そのものなデザインでありバッテリーも2年ほど持つものが多いという。
iPhoneなどのデバイスと一緒に新しいことへの可能性をさぐるには限界もあるだろうが、腕時計としては文句なくApple Watchよりこれらのデザインの方が秀逸である。Appleもうかうかとはしていられまい...。

果たしてガジェットはフッションアイテムになり得るのか? この "VOGUE" への広告掲載はAppleの心意気を示すことは出来たとしてもファッション側の視点からApple Watchがいかに評価されるかという試金石となるに違いない。

ということで、Apple Watchがファッションアイテムとして、そしてまたiPhoneユーザーが求める新しいガジェットとして成功するかどうかはわからない。事実早くも「私は買わない」と公言されている人たちも多いようだが、思えば iPodもiPhoneも発表された当初はそうした発言が目を引いたものだ…。

さて実際のApple Watchのあれこれはスペシャルイベントで明かされるだろう。それはそれとして当該 "VOGUE" 誌への広告はAppleの新しい試みの歴史に刻まれるべきことには違いなく、史料としても保存しておこうと考えている。



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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員