果たしてジョナサン・アイブの仕事とは?

Appleのデザイン部門を率いるジョナサン・アイブはスティーブ・ジョブズ亡き後、CEOのティム・クック以上にAppleの顔になりつつある。そして先般日経BP社から発刊された「ジョナサン・アイブ ~ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」を契機にして彼の仕事は益々高い評価を受けているようだ...。


そんなアイブの仕事や立場に私は「私がジョナサン・アイブへ不信感を持っている理由(笑)」や「日経BP社刊『ジョナサン・アイブ』読了と危惧すること」で "いちゃもん" を付けた(笑)。

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※リーアンダー・ケイニー著「ジョナサン・アイブ  偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」日経BP社刊表紙


無論それには私なりに理由があるわけだが、アイブ本人が承知している物言いではないだろうにしても「偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」といった謳い文句に神経を逆撫でするものがあるからだ…。それではまるでアイブ1人で iPodやiPhoneを作ったみたいな言いぐさではないか...と。

ただし多くのメディアやジャーナリストたちはジョナサン・アイブの仕事およびその仕事への姿勢に疑いもなく大きな賞賛を送っている。彼は類いまれな天才でありAppleに無くてはならない人物だと…。

確かに毎日ネットにあがる膨大な情報の一部ではあるものの、Appleに関連する多くの情報をそれなりに精査している中で、ジョナサン・アイブの仕事や業績についてネガティブな評価や意見はまず見ない...。私が感じてきたアイブへのささやかな不審感など個人的な言いがかりだと反省したくなるほど厳しい意見は見当たらなかった...。

…と思っていたらごく最近になってひとつ「我が意を得たり」と思う大変面白い視点からジョナサン・アイブの仕事を精査している意見があった。それはAppleで iPhoneの日本語予測変換開発などに携わった工学博士でユーザインターフェース研究の専門家、増井俊之氏(以後敬称を略させていただく)によるものだった。

内容はといえば、前記した書籍「ジョナサン・アイブ ~ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」を読まれた感想として述べられたものだが、「アイブ氏はどういう凄い功績があったのか知りたくて読んでみたのだが、 アイブ氏が何を『していないか』がわかるという結果になった。」というコメントから始まるユニークで些か辛辣なご意見であった。

増井俊之の詳しい主張は是非直接当該ウェブページでご一読いただきたいが、要は「一番偉いのは iPhoneを作ったとか/ OSXの各種ソフトウェアを開発したとか/ 新しいサービスを立ちあげたとか/ といった人物であるはずなのに、ガワを作った人間が一番評価が高いというのはオカシイのではないか。」ということなのだ…。

もっともな話しではないか…。しかし私などが同じ事を述べれば石でも投げられるかもしれない(笑)。しかし増井俊之はAppleに請われ、iPhone開発時に力を貸した人物であり、いわば関係者であっただけに説得力が違う。
これまでジョナサン・アイブの評価に関して漠然としたモヤモヤ感が払拭できずにいたのはこうしたことを言いたかったのだと目から鱗の思いで繰り返しその指摘を読んだ…。

どういうことか…。これまでAppleは…スティーブ・ジョブズやジョナサン・アイブは「デザインとは見栄えだけではない」と繰り返し主張してきた。「ジョナサン・アイブ ~ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー」の日本語版序文を書かれた林信行氏は冒頭で「…デザインとは、ただ電子基板に皮を被せて化粧を施すことではない」とし、機能、形状、使い心地を実現する手段と手順、そして流通、宣伝への配慮まですることであり、製品企画から開発、販売そしてアフターケアに至るまで、すべてにデザインすべき要素があると述べている。

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※ジョナサン・アイブ (Senior Vice President)


まさしくAppleが主張したいことはそういう意味なのだろう。しかしAppleで、ジョブズに請われて働いた増井俊之はアイブの仕事をして「iPodの企画をしたわけではない」「iPhoneの企画をしたわけではない」「ネットサービスの企画をしたわけではない」「MacやiPhoneのインタフェースを設計したわけではない」「OSには全くかかわっていない」「アプリケーションには全くかかわっていない」そして「回路にも全くかかわっていない」と切り捨てている。

さらに返した刀で「ヒンジを工夫したとかアルミ筐体にこだわったとか、 見栄えにしかかかわっていないようである」といわれる…。これでは自身たちの主張に反してアイブは結局材質を含む “見栄えをデザインすること” しかやっていないことになるではないか…。

彼は初代 iMacのデザインやボンダイブルーのトランスルーセント(スケルトン)、アルミを使ったユニボディやガラス素材に拘りをもって様々な製品をデザインしてきた。それらが優越なものであったことは間違いないが、そうした仕事を敢えていうなら自身らが否定した…機能美を備えているとはいえ…「見栄えのデザイン」ではないのか...。

そもそもAppleに限らず、工業製品などがリリースされるとき、それらの開発製造に関わった人たちが紹介される機会は希である。
かつてMacintoshがリリースされたとき、その開発リーダーはまぎれもなくスティーブ・ジョブズ氏だったが、ビル・アトキンソン、アンディ・ハーツフェルドら数人の顔と名が多々露出した。それだけでなく開発関係者たちのサインがMacintoshのケース内側に誇らしげに刻印されている。しかしそうしたことはどちらかといえば異例なことに違いない。

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※初代Macintosh開発に携わった主な人たち。左からアンディ・ハーツフェルド、クリス・エスピノザ、ジョアンナ・ホフマン、ジョージ・クロウ、ビル・アトキンソン、ビュレル・スミス、ジェリー・マノック


増井俊之の読書感想はご自身がエンジニアという立場からも、プロダクトの中枢となる部分に手を染めていないジョナサン・アイブへ過大な評価が集中することに違和感を感じられているのだろうし、同時に「エンジニアを冷遇しているのではないか…」という危惧から述べられたことに違いない。

いくらジョナサン・アイブが優秀だとしてもデジタル基板のデザインができるとは思えないし、ハードウェア的なロジックを熟知しているはずもない。当然OS XやiOSそのものの開発に携わった技術者ではない。アイコンなど一部の見栄えに関してを別にすれば基幹的なユーザーインタフェース開発に関わったはずもない。

Appleのプロダクトはより良いデザインでなければならないのは分かるしそうあって欲しいが、Appleの作るものは大量生産品であり、意図したように動かなければならないし故障があってはならない。それが最高最良のデザインであっても... iPhoneはまず iPhoneの役割を果たさなければ商品にならない。

勿論デザインは重要だ。とても大切だ。したがってアイブらの仕事は必要ないといいたいのではない...。しかしより良いプロダクトにとって大切なのはデザインだけではないということを我々はもっと認識しないとひとりのデザイナー、あるいはデザイン部門だけが働いている錯覚に陥る...。

実際のジョナサン・アイブがApple内部でどのように振る舞って評価されているかはともかく、CEOのティム・クックでさえ一目置かなければならないポジションにいるという。
先の3月9日(米国時間)に開催されたAppleスペシャルイベントで放映されたApple Watchや新しいMacBookの動画のナレーションまでジョナサン・アイブが担当している...。したがって嫌でも目立つ存在だ。その上、イベント終了直前に開発者らの労をねぎらおうとCEOのティム・クックは関係者をその場に立たせようと声をかけたが、その第一声はアイブの名を呼ぶことだった...。

繰り返すがひとつの、それも革命的なプロダクトを開発するためにはハードウェアおよびソフトウェアそれぞれの部門の多くの人たちの手が必要だし、間接部門の人たちでさえ大切な責務を担っているという自負があるからこそよい仕事ができるのだ。決してデザイン部門だけが新製品開発に関して高い評価に甘んじて良いはずはないのだ。

まあ、Appleやアイブに言われるまでもなくデザインは最初に目に付くものだ。それだけに注目されることは事実だしアイブ自身が「偉大な製品を生み出すのは IDg のデザイナーたちだ」と自惚れしているとは思えない。さらにアイブ自身、昨今の自身に対する報道の多くを迷惑と感じているかも知れない。
ともあれApple社内に不満分子が多々生まれないことを切に祈りたいし、一部ジャーナリズムやメディアが “ほめ殺し” を増長させているとすれば憂慮すべきことではないだろうか。

【追記 (3月12日)】
本アーティクルをお読み下さったFさんからご感想とご意見をいただいた。
それによれば「ガワのデザインが仕事だとしても、いうなればハードやソフトの制約から一番遠い存在でありながら、製品のトータルな仕上がりに責任を持つ人物がジョナサン・アイブであり、その彼がApple社内で大きな発言権を持つことができているということこそAppleの強さの源泉なのではないかと考えています。」とのこと...。
まさしく言い得て妙のご指摘だったのでここにご紹介しておきたい。


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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員