安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」を読み解く
キーボードの歴史やエピソードを調べようといろいろな資料や書籍を集めたが、それらの中で一番面白く有益だったのは安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」(NTT出版刊)という本だった。タイプライターからコンピュータのキーボードに至る140年の謎を解き明かしてくれる1冊だった...。
ここのところの興味はキーボードだ。といっても楽器の鍵盤ではなく通信機器やタイプライターに始まるあのキーボードのことである。特に現在標準として使われているQWERTY(クワティー)配列とはなぜそうなったのか、あるいはなぜこうも普及したのか...といった疑問を解明したいと考えてのことだ。
昔からキーボードの歴史といったことに感心があったものの、見聞きする情報は妖しげなものが多く納得出来るような資料とはなかなか行き会わなかった。しかし最近になってよい本に出会った。それが今回お話しのベースとなる安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTYの謎」NTT出版刊である。

※安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」NTT出版刊
ちなみに念のためだがQWERTY配列とはキーボードの英文字の並び方のことで、現在のキーボードでいうなら数字キー下の配列が左から Q W E R T Y ...と列んでいることを称してこの並び方を “QWERTY(クワティー)配列” と呼んでいるわけだ。

※典型的なQWERTY配列のキーを持つ手動タイプライター
そもそもキーボード、特にそのQWERTY配列には幾多の伝説がまとわりついている。というかはっきりしないことが多く、キーボードの配列はなぜQWERTY配列になったのか、それが約140年もの間にどのような理由で標準といわれるようになったのか?
そしてQWERTY配列という話になると必ずといってよいほど「この意味の無い配列は打鍵スピードをわざと遅くするために作られたんだ」という都市伝説みたいなエピソードがついて回る。
その理由はといえば、活字が先端に付いているタイプライターのタイプバーは打鍵すると1箇所の印字位置に集まるよう設計されており、タイピングのスピードが上がると直前のタイプバーが戻りきる前に次のタイプバーが上がって絡み合い詰まって(ジャムって)打鍵ができなくなるから...という話しだ。

※タイプライターがジャムるとは、こんな感じで複数のタイプバーが印字位置に重なり固まってしまうこと
実際にタイプライターを使ったことのある人ほど、いわゆるジャムった経験は多々あるはずでどこか真実味があるものの、「わざと遅く打鍵させるための配列」といったような画策を作り手がやるのか...といった疑問も湧いてくる。
そうした関連図書や情報を手にするとき、後述のように著名な大学教授たちまでがこのエピソードを紹介している様を見れば事実なのだろう...とも思い、もやもやしたものを抱えていた...。しかし果たしてこんな説を言い出したのは一体誰なんだろうか?
またアルファベットの出現頻度に基づいて考案され、QWERTYよりも優れているとされたDVORAK配列が普及しなかったのは何故なのか? そうした疑問に答えてくれるのが本書「キーボード配列 QWERTYの謎」のようだと知りむさぼるように読んだ...。
タイプライターといった機器も他の発明同様、ひとりの天才がなにもないところからいきなり発明したというものではない。手書きではなく何らかのキー、鍵盤を押すことで特定の文字が紙に印字されるという文字印刷機は18世紀あたりから様々な人々が試行錯誤してきたが実用品となるまでには至らなかった。
そうした中でクリストファー・レイサム・ショールズ(1819年2月14日~1890年2月17日)という人物が頭角を現した。タイプライターの父ともいわれるショールズ(ら)の考案した仕様を制作すべく1872年6月にミルウォーキー運河沿いに店を開き拠点とした。そして8月にはサイエンティフィック・アメリカン誌にそのタイプ・ライターの記事がでかでかと載った。
そのキーボードはQWERTYに近いものだったがキー配列はショールズたち自身もまだ確定できず、試作品によって微妙に違っていたという。

※1872年当時のキー配列はこんな感じだったようだ。空白は記号キーが入った
本書は最初ピアノ鍵盤のようなキーをABC順に並べていたものがどのような変遷をたどりQWERTY配列になっていったのか、そのQWERTYがなぜ標準とまでなったのかを主にタイプライターの歴史を追いながら検証していく。同時にタッチタイピングの登場、DVORAK配列とアンチQWERTY説や前記したような都市伝説みたいなことをそもそも誰が言い始めたのか...といったところまで深追いする。そしてコンピュータのキーボードがQWERTY配列となった背景もあぶり出す...。
繰り返すが「どうしてキーボードは、こんな不思議な順番に列んでいるのか」という質問には決まって「元々ABC順だったがタイピストのスピードが上がるにつれて性能が追いつかず、アーム同士が絡まるトラブルが増えたため、アームの衝突を防ぐためタイピストがなるべく打ちにくいようなキー配列をデザインしたんだ。それがQWERTY配列なんだ」という回答がセットになっている。これは本書でも詳しく解説しているがまったくのガセネタだという。そしてまたこうした都市伝説を流した "真犯人" は言われてみれば納得のいく話しである。
さらに本書によれば、海外の学者たちの論はもとよりだが日本でも東京大学の坂村健氏、一橋大学の今井兼一氏、そして東京大学の石田晴久氏らといった影響力の強い著名な人たちが海外の説をそのまま引用したことで日本中に定説として広まってしまったのだという。
ただし本書著者の説すべてが真実であるかどうかはこれまたわからないし反論もあるに違いない。しかし都市伝説に関しては開発者側の心理としてQWERTYが何の脈絡もなく配列されたとは思えないし、事実ショールズの配列は少しずつ試作を繰り返す段階で変わっていった結果でもあり、前記したように当初ピアノ鍵盤型のABC順キー配列がここまで来るには多くの試行錯誤の末だと考えるのが自然ではないだろうか…。

※最初の試作はピアノ鍵盤のような2段にABCを順に割り振ったものだった...
またどのような原因でジャムりやすいかはともかく、これまた開発者自らわざわざ "打ちづらくするため" に発明品のレスポンスを落とす…といったことは通常考えられないと思う。なにしろ当時のタイプライターは速記なども含め口述筆記や電信で受けた内容を素早く紙に写すことが求められており、ライバルも多くいかに使いやすくそして速く打てるかは重要なセールスポイントだったはずなのだから…。
ともあれ本書の124点余りの図版を駆使してキーボードの歴史全体を俯瞰する試みは私にとって大変興味深く納得のいくことが多かった。
ここのところの興味はキーボードだ。といっても楽器の鍵盤ではなく通信機器やタイプライターに始まるあのキーボードのことである。特に現在標準として使われているQWERTY(クワティー)配列とはなぜそうなったのか、あるいはなぜこうも普及したのか...といった疑問を解明したいと考えてのことだ。
昔からキーボードの歴史といったことに感心があったものの、見聞きする情報は妖しげなものが多く納得出来るような資料とはなかなか行き会わなかった。しかし最近になってよい本に出会った。それが今回お話しのベースとなる安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTYの謎」NTT出版刊である。

※安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」NTT出版刊
ちなみに念のためだがQWERTY配列とはキーボードの英文字の並び方のことで、現在のキーボードでいうなら数字キー下の配列が左から Q W E R T Y ...と列んでいることを称してこの並び方を “QWERTY(クワティー)配列” と呼んでいるわけだ。

※典型的なQWERTY配列のキーを持つ手動タイプライター
そもそもキーボード、特にそのQWERTY配列には幾多の伝説がまとわりついている。というかはっきりしないことが多く、キーボードの配列はなぜQWERTY配列になったのか、それが約140年もの間にどのような理由で標準といわれるようになったのか?
そしてQWERTY配列という話になると必ずといってよいほど「この意味の無い配列は打鍵スピードをわざと遅くするために作られたんだ」という都市伝説みたいなエピソードがついて回る。
その理由はといえば、活字が先端に付いているタイプライターのタイプバーは打鍵すると1箇所の印字位置に集まるよう設計されており、タイピングのスピードが上がると直前のタイプバーが戻りきる前に次のタイプバーが上がって絡み合い詰まって(ジャムって)打鍵ができなくなるから...という話しだ。

※タイプライターがジャムるとは、こんな感じで複数のタイプバーが印字位置に重なり固まってしまうこと
実際にタイプライターを使ったことのある人ほど、いわゆるジャムった経験は多々あるはずでどこか真実味があるものの、「わざと遅く打鍵させるための配列」といったような画策を作り手がやるのか...といった疑問も湧いてくる。
そうした関連図書や情報を手にするとき、後述のように著名な大学教授たちまでがこのエピソードを紹介している様を見れば事実なのだろう...とも思い、もやもやしたものを抱えていた...。しかし果たしてこんな説を言い出したのは一体誰なんだろうか?
またアルファベットの出現頻度に基づいて考案され、QWERTYよりも優れているとされたDVORAK配列が普及しなかったのは何故なのか? そうした疑問に答えてくれるのが本書「キーボード配列 QWERTYの謎」のようだと知りむさぼるように読んだ...。
タイプライターといった機器も他の発明同様、ひとりの天才がなにもないところからいきなり発明したというものではない。手書きではなく何らかのキー、鍵盤を押すことで特定の文字が紙に印字されるという文字印刷機は18世紀あたりから様々な人々が試行錯誤してきたが実用品となるまでには至らなかった。
そうした中でクリストファー・レイサム・ショールズ(1819年2月14日~1890年2月17日)という人物が頭角を現した。タイプライターの父ともいわれるショールズ(ら)の考案した仕様を制作すべく1872年6月にミルウォーキー運河沿いに店を開き拠点とした。そして8月にはサイエンティフィック・アメリカン誌にそのタイプ・ライターの記事がでかでかと載った。
そのキーボードはQWERTYに近いものだったがキー配列はショールズたち自身もまだ確定できず、試作品によって微妙に違っていたという。

※1872年当時のキー配列はこんな感じだったようだ。空白は記号キーが入った
本書は最初ピアノ鍵盤のようなキーをABC順に並べていたものがどのような変遷をたどりQWERTY配列になっていったのか、そのQWERTYがなぜ標準とまでなったのかを主にタイプライターの歴史を追いながら検証していく。同時にタッチタイピングの登場、DVORAK配列とアンチQWERTY説や前記したような都市伝説みたいなことをそもそも誰が言い始めたのか...といったところまで深追いする。そしてコンピュータのキーボードがQWERTY配列となった背景もあぶり出す...。
繰り返すが「どうしてキーボードは、こんな不思議な順番に列んでいるのか」という質問には決まって「元々ABC順だったがタイピストのスピードが上がるにつれて性能が追いつかず、アーム同士が絡まるトラブルが増えたため、アームの衝突を防ぐためタイピストがなるべく打ちにくいようなキー配列をデザインしたんだ。それがQWERTY配列なんだ」という回答がセットになっている。これは本書でも詳しく解説しているがまったくのガセネタだという。そしてまたこうした都市伝説を流した "真犯人" は言われてみれば納得のいく話しである。
さらに本書によれば、海外の学者たちの論はもとよりだが日本でも東京大学の坂村健氏、一橋大学の今井兼一氏、そして東京大学の石田晴久氏らといった影響力の強い著名な人たちが海外の説をそのまま引用したことで日本中に定説として広まってしまったのだという。
ただし本書著者の説すべてが真実であるかどうかはこれまたわからないし反論もあるに違いない。しかし都市伝説に関しては開発者側の心理としてQWERTYが何の脈絡もなく配列されたとは思えないし、事実ショールズの配列は少しずつ試作を繰り返す段階で変わっていった結果でもあり、前記したように当初ピアノ鍵盤型のABC順キー配列がここまで来るには多くの試行錯誤の末だと考えるのが自然ではないだろうか…。

※最初の試作はピアノ鍵盤のような2段にABCを順に割り振ったものだった...
またどのような原因でジャムりやすいかはともかく、これまた開発者自らわざわざ "打ちづらくするため" に発明品のレスポンスを落とす…といったことは通常考えられないと思う。なにしろ当時のタイプライターは速記なども含め口述筆記や電信で受けた内容を素早く紙に写すことが求められており、ライバルも多くいかに使いやすくそして速く打てるかは重要なセールスポイントだったはずなのだから…。
ともあれ本書の124点余りの図版を駆使してキーボードの歴史全体を俯瞰する試みは私にとって大変興味深く納得のいくことが多かった。
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