CASIO QV-10物語
手元に1995年に発売されたカシオ計算機のデジタルカメラ QV-10と数十枚の撮影データが残っている。そういえば忘れていたが昨年2015年はQV-10誕生から20年たったことになる…。今回はその一世を風靡し一般ユーザーにデジタルカメラというテクノロジーを知らしめたこの製品を振り返ってみたい。
デジタルカメラが一般市場に投入されたのは1990年のDycam社、1993年の富士写真フイルムそして1994年にAppleが発売したQuickTake100だった(製造はコダック)が、この新しい市場を活性化し我々にデジタルカメラの可能性と面白さを示唆してくれたのは1995年に発売されたカシオ計算機のQV-10だった。画素数は25万画素で定価6万5,000円だった。


※CASIO デジタルカメラQV-10。当研究所所有
当時のMacintoshユーザーにとって前年に本家からリリースされたQuickTake100は多大な興味と期待を持って迎えられたが、35万画素で高画質設定だと内蔵メモリに8枚しか記録できなかったし液晶ディスプレイもなかった。なによりもアップルの販売戦略が現実的な性能に追いついてなかったことから広い支持を得られずにいた。
その辺の雰囲気は別項「Apple QuickTake100 リリース前秘話」を参照いただきたいが、使い勝手と入手しやすい価格を武器に市場に登場したQV-10は話題を独占した。結果としてQV-10はその後のデジタルカメラ市場が急速に発展する起爆剤となったのである。
コンパクトで軽いQV-10は携帯しやすくポケットやバッグに忍ばせて持ち歩くのに最適だった。時代は現在のように携帯電話にカメラ機能が搭載される遙か以前のことだから、小型で軽量そして扱いやすさは重要なことだった。しかしQV-10の特長は別途二つあった。
ひとつは液晶ディスプレイを搭載していたことだ。光学ファインダはなかったが、液晶面に映った範囲が撮影されるというわかりやすさは抜群だった。

※所有のQV-10は電池を入れれば完動品だ
もうひとつが今で言う自撮りが可能な仕様で、レンズ部位がくるりと180° 回転できるのが魅力だった。無論デジタルカメラだからしてフィルムは必要なく単3乾電池4本を使い、320×240ピクセルのデータが96枚内蔵メモリに納めることが可能だけでなくパソコンと付属のケーブルで接続することで撮影データを転送することが可能だった。
以外と見落とされているかも知れないが、この家庭にも普及が進んできたパソコンとの連携もQV-10の可能性を広げたのではないだろうか。

※レンズ部位がくるりと180° 回転し自撮りもできた
さて記憶と記録を整理してみると私はこのQV-10を当初買わなかった。QuickTake100があるという以前にキヤノン製のアナログ記録(専用フロッピーディスクに)を行う「電子スチルビデオカメラ」という製品群を仕事で使っていたしQuickTake100も同様だったがその画質は実用的レベルに達していないと考えていたからだ。ただし翌年の1996年1月にMacworld Expoサンフランシスコに出かけた際に気持ちが大きくなったのか(笑)オモチャとしてもどれだけ活用できるか試してみようと展示販売ブースがあったのでそこで購入した記憶がある。

※1994年発売のApple QuickTake 100。当研究所所有
カメラとしてはその画質は印刷するにはまったく適さなかったが、撮影後に即液晶ディスプレイ上に再生して周りの人たちと話題を共有するといった使い方は従来の銀塩カメラには出来得ない世界を作り出した。いわゆるコミュニケーションツールとしては抜群の魅力を持っていた。
Expo会場で購入した当日から早速同行した会社のスタッフに持たせて撮影を任せてみたが、会場内で数度「それはなんだ?」と呼び止められ、新製品のデジタルカメラであることを告げると「見せて欲しい」と言われたという。事実その一例を付近で8mmビデオカメラを回していた私が撮影した記録が残っている。

※サンフランシスコのExpo会場内で私の会社の女性スタッフが使っていたQV-10を嬉々として手にしている男性。Expo期間中、同様に数回声をかけられた
QV-10は320×240ピクセルの撮影が基本だったが補間拡大した640×480ピクセルも可能だった。そして約2MBの内蔵メモリに96枚納めるために専用のアクセラレータチップで1/10の容量に圧縮しフラッシュメモリにCAMイメージとして保存された。
距離合わせは「標準」と「接写」を、絞りは「F2」と「F8」の2段階に切替スイッチで設定する。後は液晶モニターで被写体を確認してシャッターを押すだけだ。
ここであらためてQV-10の詳細な使い方やスペックは記さないが、いま思うとQV-10がヒットしたのは遊びの要素を忘れなかったこととオールデジタルの強みを活かしたプロモーションが成功したものと思われる。その点、繰り返すが従来からの銀塩カメラに及びもしないスペックなのにDTPやらを指向したQuickTake100は販売戦略の方向性を間違ったのだ。
QV-10の長所と短所を知り尽くし、従来のカメラとの比較がどうのこうのといった御託は横に置いて、QV-10を楽しんで使い回そうというコンセプトの本が1995年10月に早くも登場する。筆者はご存じの方も多いと思うがあの大谷和利さんだ。
フロッピー付きのこの1冊...「QV-10 FUN BOOK」(アスキー出版刊)を見れば文字通りQV-10の面白さとユニークさ、そしてデジタルカメラとはどのようなものなのかが自然に身につくように思える。

※大谷和利著「QV-10 FUN BOOK」(アスキー出版刊)
未完成な部分も否定せず、それを好奇心と熱意、そして工夫で補おうとする心意気に充ち満ちた1冊だった。そもそもQuickTake100にこうした取り組みがあればまた別の展開もあったような気がするが、アップルの戦略間違い、市場に対する認識不足はどうしようもないレベルだった。
アップルファンの1人としてはデジタルカメラとしてQV-10より先鞭をつけたQuickTakeにもう少し業界をリードして欲しいと思ったが、ユーザー視線を的確に捉えていたカシオ計算機の戦略には及ばなかったということだろう。
私はといえば繰り返すが、幸いなことに創業時からスチルカメラをはじめQuickTake100は勿論、リコー、キヤノン、富士写真フイルムといったデジタルカメラメーカーの開発陣の方々とお付き合いし、関連アプリケーションを開発していた関係上、最先端の情報を知り得ていたし当時はまだまだ銀塩カメラに遠くおよばないものの近未来は必ずや銀塩に近づき追い越す事を確信していた。
1996年か1997年だったか、札幌で開催した恒例のプライベートイベント「Macintoshの匠たち」で私は近い将来は使い捨てカメラの "写ルンです" ももしかしたらデジタルになるかも...と予言した。その予言は外れたが(笑)それだけデジタルカメラの勢いは増すだろうと考えた...。
ちなみにその "写ルンです" は今年2016年で発売から30周年となる。そしていま思えば、QV-10は一般ユーザーにとって肩肘を張らずに簡単に扱えるという意味において、オールデジタルカメラ界の "写ルンです" だったようにも思える。
取り急ぎQV-10で撮った640×480ピクセルの写真の中でまずまずの例をいくつかご紹介してみよう。ただし当時はパソコンモニターの解像度も現在とは違うのでユーザーの印象もかなり違うはずだ。また今回急ぎJPEGに変換する過程で縦横数ピクセルの誤差が出ているかも知れないがご容赦いただきたい。まあ、こんな解像度だったのか…が分かっていただければ幸いである。





※QV-10で撮影したデータを640×480ピクセルで保存し、JPEGに変換した例【クリックで実寸に拡大】
ということで、現在のデジタルカメラ隆盛の時代しかご存じない方から見れば当たり前に思えるだろうが、例えば iPhoneであれだけ美しい写真が撮れるのはQV-10が登場した時代には文字通りの夢物語だった。
銀塩カメラを生産してきた企業もこれからデジタルカメラの開発に力を入れるべきなのかを真剣に迷っていた。デジタルカメラ事業に力を入れ、それが成果を上げればあげるほどこれまで企業の基盤となってきたビジネスが崩壊するのは目に見えていたからだ。
またカメラの...写真のプロフェッショナルたちの間でもデジタルカメラの評価は二分されていた。これはオモチャであり到底こんなものは仕事に使えるはずもなく、進化したところで銀塩フィルムをしのぐことはできないだろうという専門家もいた。
反対に解像度はイマイチでも撮影した写真(データ)を即利用できるデジカメはニュースを追うカメラマン達に希望を抱かせた。世界のどこにいてもインターネットやパソコン通信を介して特ダネ写真をたちどころに送れるからだ。
QV-10の成功がひとつのきっかけとなりデジタルカメラ戦争は火ぶたが切られた。リコー、ソニー、キヤノン、ミノルタ、ニコン、セイコーエプソン、富士写真フイルム、京セラ、オリンパス、ペンタックス、松下電器産業などの世界有数のカメラメーカーや光学機器メーカーあるいは家電メーカーまでもが日々高性能なデジタルカメラの開発を進めていったのだった。
当のQV-10だが2012年9月4日、国立科学博物館より第5回重要科学技術史資料(通称=未来技術遺産)として登録された。
デジタルカメラが一般市場に投入されたのは1990年のDycam社、1993年の富士写真フイルムそして1994年にAppleが発売したQuickTake100だった(製造はコダック)が、この新しい市場を活性化し我々にデジタルカメラの可能性と面白さを示唆してくれたのは1995年に発売されたカシオ計算機のQV-10だった。画素数は25万画素で定価6万5,000円だった。


※CASIO デジタルカメラQV-10。当研究所所有
当時のMacintoshユーザーにとって前年に本家からリリースされたQuickTake100は多大な興味と期待を持って迎えられたが、35万画素で高画質設定だと内蔵メモリに8枚しか記録できなかったし液晶ディスプレイもなかった。なによりもアップルの販売戦略が現実的な性能に追いついてなかったことから広い支持を得られずにいた。
その辺の雰囲気は別項「Apple QuickTake100 リリース前秘話」を参照いただきたいが、使い勝手と入手しやすい価格を武器に市場に登場したQV-10は話題を独占した。結果としてQV-10はその後のデジタルカメラ市場が急速に発展する起爆剤となったのである。
コンパクトで軽いQV-10は携帯しやすくポケットやバッグに忍ばせて持ち歩くのに最適だった。時代は現在のように携帯電話にカメラ機能が搭載される遙か以前のことだから、小型で軽量そして扱いやすさは重要なことだった。しかしQV-10の特長は別途二つあった。
ひとつは液晶ディスプレイを搭載していたことだ。光学ファインダはなかったが、液晶面に映った範囲が撮影されるというわかりやすさは抜群だった。

※所有のQV-10は電池を入れれば完動品だ
もうひとつが今で言う自撮りが可能な仕様で、レンズ部位がくるりと180° 回転できるのが魅力だった。無論デジタルカメラだからしてフィルムは必要なく単3乾電池4本を使い、320×240ピクセルのデータが96枚内蔵メモリに納めることが可能だけでなくパソコンと付属のケーブルで接続することで撮影データを転送することが可能だった。
以外と見落とされているかも知れないが、この家庭にも普及が進んできたパソコンとの連携もQV-10の可能性を広げたのではないだろうか。

※レンズ部位がくるりと180° 回転し自撮りもできた
さて記憶と記録を整理してみると私はこのQV-10を当初買わなかった。QuickTake100があるという以前にキヤノン製のアナログ記録(専用フロッピーディスクに)を行う「電子スチルビデオカメラ」という製品群を仕事で使っていたしQuickTake100も同様だったがその画質は実用的レベルに達していないと考えていたからだ。ただし翌年の1996年1月にMacworld Expoサンフランシスコに出かけた際に気持ちが大きくなったのか(笑)オモチャとしてもどれだけ活用できるか試してみようと展示販売ブースがあったのでそこで購入した記憶がある。

※1994年発売のApple QuickTake 100。当研究所所有
カメラとしてはその画質は印刷するにはまったく適さなかったが、撮影後に即液晶ディスプレイ上に再生して周りの人たちと話題を共有するといった使い方は従来の銀塩カメラには出来得ない世界を作り出した。いわゆるコミュニケーションツールとしては抜群の魅力を持っていた。
Expo会場で購入した当日から早速同行した会社のスタッフに持たせて撮影を任せてみたが、会場内で数度「それはなんだ?」と呼び止められ、新製品のデジタルカメラであることを告げると「見せて欲しい」と言われたという。事実その一例を付近で8mmビデオカメラを回していた私が撮影した記録が残っている。

※サンフランシスコのExpo会場内で私の会社の女性スタッフが使っていたQV-10を嬉々として手にしている男性。Expo期間中、同様に数回声をかけられた
QV-10は320×240ピクセルの撮影が基本だったが補間拡大した640×480ピクセルも可能だった。そして約2MBの内蔵メモリに96枚納めるために専用のアクセラレータチップで1/10の容量に圧縮しフラッシュメモリにCAMイメージとして保存された。
距離合わせは「標準」と「接写」を、絞りは「F2」と「F8」の2段階に切替スイッチで設定する。後は液晶モニターで被写体を確認してシャッターを押すだけだ。
ここであらためてQV-10の詳細な使い方やスペックは記さないが、いま思うとQV-10がヒットしたのは遊びの要素を忘れなかったこととオールデジタルの強みを活かしたプロモーションが成功したものと思われる。その点、繰り返すが従来からの銀塩カメラに及びもしないスペックなのにDTPやらを指向したQuickTake100は販売戦略の方向性を間違ったのだ。
QV-10の長所と短所を知り尽くし、従来のカメラとの比較がどうのこうのといった御託は横に置いて、QV-10を楽しんで使い回そうというコンセプトの本が1995年10月に早くも登場する。筆者はご存じの方も多いと思うがあの大谷和利さんだ。
フロッピー付きのこの1冊...「QV-10 FUN BOOK」(アスキー出版刊)を見れば文字通りQV-10の面白さとユニークさ、そしてデジタルカメラとはどのようなものなのかが自然に身につくように思える。

※大谷和利著「QV-10 FUN BOOK」(アスキー出版刊)
未完成な部分も否定せず、それを好奇心と熱意、そして工夫で補おうとする心意気に充ち満ちた1冊だった。そもそもQuickTake100にこうした取り組みがあればまた別の展開もあったような気がするが、アップルの戦略間違い、市場に対する認識不足はどうしようもないレベルだった。
アップルファンの1人としてはデジタルカメラとしてQV-10より先鞭をつけたQuickTakeにもう少し業界をリードして欲しいと思ったが、ユーザー視線を的確に捉えていたカシオ計算機の戦略には及ばなかったということだろう。
私はといえば繰り返すが、幸いなことに創業時からスチルカメラをはじめQuickTake100は勿論、リコー、キヤノン、富士写真フイルムといったデジタルカメラメーカーの開発陣の方々とお付き合いし、関連アプリケーションを開発していた関係上、最先端の情報を知り得ていたし当時はまだまだ銀塩カメラに遠くおよばないものの近未来は必ずや銀塩に近づき追い越す事を確信していた。
1996年か1997年だったか、札幌で開催した恒例のプライベートイベント「Macintoshの匠たち」で私は近い将来は使い捨てカメラの "写ルンです" ももしかしたらデジタルになるかも...と予言した。その予言は外れたが(笑)それだけデジタルカメラの勢いは増すだろうと考えた...。
ちなみにその "写ルンです" は今年2016年で発売から30周年となる。そしていま思えば、QV-10は一般ユーザーにとって肩肘を張らずに簡単に扱えるという意味において、オールデジタルカメラ界の "写ルンです" だったようにも思える。
取り急ぎQV-10で撮った640×480ピクセルの写真の中でまずまずの例をいくつかご紹介してみよう。ただし当時はパソコンモニターの解像度も現在とは違うのでユーザーの印象もかなり違うはずだ。また今回急ぎJPEGに変換する過程で縦横数ピクセルの誤差が出ているかも知れないがご容赦いただきたい。まあ、こんな解像度だったのか…が分かっていただければ幸いである。





※QV-10で撮影したデータを640×480ピクセルで保存し、JPEGに変換した例【クリックで実寸に拡大】
ということで、現在のデジタルカメラ隆盛の時代しかご存じない方から見れば当たり前に思えるだろうが、例えば iPhoneであれだけ美しい写真が撮れるのはQV-10が登場した時代には文字通りの夢物語だった。
銀塩カメラを生産してきた企業もこれからデジタルカメラの開発に力を入れるべきなのかを真剣に迷っていた。デジタルカメラ事業に力を入れ、それが成果を上げればあげるほどこれまで企業の基盤となってきたビジネスが崩壊するのは目に見えていたからだ。
またカメラの...写真のプロフェッショナルたちの間でもデジタルカメラの評価は二分されていた。これはオモチャであり到底こんなものは仕事に使えるはずもなく、進化したところで銀塩フィルムをしのぐことはできないだろうという専門家もいた。
反対に解像度はイマイチでも撮影した写真(データ)を即利用できるデジカメはニュースを追うカメラマン達に希望を抱かせた。世界のどこにいてもインターネットやパソコン通信を介して特ダネ写真をたちどころに送れるからだ。
QV-10の成功がひとつのきっかけとなりデジタルカメラ戦争は火ぶたが切られた。リコー、ソニー、キヤノン、ミノルタ、ニコン、セイコーエプソン、富士写真フイルム、京セラ、オリンパス、ペンタックス、松下電器産業などの世界有数のカメラメーカーや光学機器メーカーあるいは家電メーカーまでもが日々高性能なデジタルカメラの開発を進めていったのだった。
当のQV-10だが2012年9月4日、国立科学博物館より第5回重要科学技術史資料(通称=未来技術遺産)として登録された。
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