Kindleとコミックで楽しんだ漫画「スティーブス」は一級のエンターテインメント!

ビッグコミックスペリオール発の漫画だという「スティーブス」が面白い!最初はKindle版を購入して読み始めたがそれはそれとしてコミック版も買ってしまった。作者は「漫画:うめ(小沢高広・妹尾朝子)」、原作:松永肇一という方々だが、「スティーブス」という作品の存在は知っていたものの、申し訳ないが…近年漫画はほとんど読んでいないのでそれ以上の予備知識はまったくなかった。


そんな私でも「スティーブス」は面白い。二人のスティーブの物語は自分が関わった1980年代からリアルタイムで実体験し、また近年になってからはあらためてAppleという特異な企業の歴史を調べてきたのでいわば耳タコのはずなのだ。しかし生き生きと、そして丁寧に描かれたスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの物語は何度読んでもワクワクしてくる...。

現時点では4巻が出たばかりだが、アップル黎明期の混乱とジョブズたちの狂喜狂乱ぶり、そして僭越ながら人間関係の妙が実によく描けていると思う。

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※最初はKindle版を購入した...


例えば印象深かったシーンのひとつだが、「スティーブス#1」の中でウォズがジョブズとのパートナーを解消する気はないと父親に宣言するシーンがある。ウォズが実際この通りに考え述べたかはともかく、そのときの二人の緊張関係と信頼関係がとてもよく現れていると思うし泣かせる...。またこの時のスティーブ・ジョブズの気持ちも私には身にしみて分かるのだ…。

余談になるが…1989年、私は一人のプログラマーを誘ってMac専門のソフトウェア会社を起業した。起業のきっかけは1年数ヶ月の開発仕事で三千万円以上にもなるビジネスを得たことだった。その仕事を得たのは私自身だったし、その後アップルジャパンはもとよりキヤノンやソニーといった大企業と繋がりができたのもパソコン通信 NIFTY-Serveのシステムオペレーターとしてフォーラム運営していたこととMACLIFE誌などで積極的にMacとグラフィックに関する記事を書いてきた私の名前が知られていたからだ。何しろインターネットが利用できる時代ではなかったから、起業したばかりの会社名など誰も知りようがなかった...。

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※続いてコミック版も手に入れた(笑)


ともあれ私はソフトウェアの重要性と可能性を信じていたものの、自分ではBASICでプログラミングする程度の能力しか持ち合わせていなかった。Apple II のソフトウェアコンテストで入選したことはあったがPascalやC, C++などで高度なプログラミングを実践することはできなかった。いま思うとまさしく私の立場はハードウェアとソフトウェアの違いはあれど創業当時のスティーブ・ジョブズに似ていたのだ。

営業として動けるのは私しかいなかったが幸いその成果も上げてきた。そして社長として全リスクを負う立場にいながら起業当時はどうにも自信がなかった。「自分がいなくてもこの会社はやっていけるのではないか…」、「もしプログラマが離脱したら即会社はダメになる」と自分の居場所がない感じがして本気で悩んだ時期があった...。だから当時のスティーブ・ジョブズの孤独感と気持ちは痛いほどよくわかるのだ。「スティーブス」を読みながら思わず当時のあれこれを思い出していた...。

さらにポール・テレルのバイトショップにApple 1を納品した際のやりとりもまた泣かせる。コラムにも紹介されていたとおりこのバイトショップとの取引がスティーブスたちにとって趣味ではなくビジネスとして経験した最初の取引だったし、事実ポール・テレルの人柄もページをめくるにつれて伝わってくる。まさしく彼と出会わなかったらAppleという会社は短期間で消滅していたかもしれないのだ。

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※当研究所所有の Apple 1 (replica)


まあ「スティーブス」は漫画でありエンターテインメントだからしてそれぞれの登場人物は実在の人物であってもデフォルメは勿論だし、いわゆる史実とされている話しと些か違うあれこれもある。よく知られた二人のスティーブの物語だから「ここは違う」といった指摘もあるに違いないし正直私も気になる点がある。

ただしその史実、事実というのがこれまた1つだと思うとトンデモないことになる。例えば当ブログで「スティーブ・ジョブズとパロアルト研究所物語」を書きだし幾多の資料と付き合わせて事実関係を調べた際に思い知ったが、同じ場所、同じ時間にいた数人の人間だとしてもひとつの事象に関し本人たちに聞き取りしたところでそれぞれの立場によって記憶していることが違うという事実は如何ともしがたい。

それは単に記憶間違いとか記憶が曖昧といったことではなく我々の考えている事実とはそもそもそんなものだという認識が重要だということに気がついたものだ。

「スティーブス」にしても、原作者および漫画家たちの創作力と感性の賜物だし、厳密な意味で史実と比較するのは野暮というものだろう。また現実問題として創作に関して一篇一冊のページの制約もあるだろうし絵にならない...絵にしにくいストーリーというものもあり得る。作者たちは十分な下調べと考察をされていようから何が事実かはご存じの上の演出もあるだろう。
とはいえ漫画一篇にしても後々我々の記憶に強く残り、思想や判断にまで影響力を持つ可能性もあるだけに、史実への拘りには配慮していただきたいと願っている。

というわけで史実との比較は野暮だと言ったがこのまま本編を終わるのではAppleの史実を追いかけてきたMacテクノロジー研究所らしくない(笑)。ここは野暮を承知でいくつか重要だと思うシーンの “史実” とやらをご紹介し、私の役目を終えたいと思うのでお許し願いたい。

1)「2か月も経つと初代アップルは飛ぶように、売れ出した」#1- P112
  この初代アップルとはApple 1のことだが、ウォズニアック自身の弁によれば製造は175台で販売はせいぜい150台程度であり、アメリカ中で販売されたわりには「売れなかった」という感覚だったらしい。

2)ビル・ゲイツが「僕たちが開発しているBASIC」という発言 #2 - P16
  一部に誤解があるようだから念のため...。BASIC自体はビル・ゲイツらが文字通り "開発" したものではない。BASICは1964年、米国ダートマス大学の数学者ジョン・ケメニーとトーマス・カーツにより、コンピュータ教育用の言語として開発されたものである。ゲイツらはそれをAltair 8800用で走るようスケールダウンし移植したということだ。

3)ポール・アレンとMITS社 #2 - P36
  漫画ではジョブズとウォズに対比させるためか、あるいはゲイツの性格を強調するためか、ポール・アレンが少々道化役になっている。しかし彼の技量・能力があったればこそマイクロソフトの成功の要ができた。
Altair8800を開発したアルバカーキのMITS社に初めて乗り込んだのはビル・ゲイツとポール・アレンの2人ではなくポール・アレン1人だった。ポール・アレンは飛行機に乗ってからビル・ゲイツがAltair8800用に移植したBASICをマシンにロードするブートローダープログラムを作ることを忘れていたことに気づいた。仕方なくポール・アレンは手元に実機もないのに飛行機の中で用紙を取り出し、マシン語でブートローダーをプログラミングするという暴挙に出たがMITS社で無事動作した。ポール・アレンにはそれだけの実力があったのだ。

4)パロアルト研究所訪問 #4 -P166
  PARCで「PARCのすべてを、見せろ」というジョブズたちの展開は紙面の都合だと思うが、史実では一度ですべてのデモを見たわけではないという。少なくとも二度スタッフらを連れて出向いている。

最後に一言...。「スティーブス」のこれからの予定、進行は知る由もないが、それはそれとしてひとつのエピソードを掘り下げた「特別編」をいくつか描いていただきたいと思う。例えば「ジョブズとウォズの出会い」といったシーンも「スティーブス」の中で見てみたい...。

私は残念ながら「スティーブス」の作者の方々にお目にかかったことはないからこれは世辞でもなんでもないが、「スティーブス」は一連のスティーブ・ジョブズを題材にした映画よりずっと面白い!一級のエンターテインメントだ。まだ読んでいらっしゃらない方には是非お勧めしたい。そして今後の続編も楽しみだ!

スティーブス公式サイト




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Author:mactechlab
主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。また直近では「木挽町お鶴捕物控え」を発表している。
2018年春から3Dプリンターを複数台活用中であり2021年からはレーザー加工機にも目を向けている。ゆうMUG会員