パット・シップマン著「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」読了
久しぶりに犬に関する本を買った。それもリアル本屋で...。犬好きでかつネアンデルタール人うんぬんといった考古学的な人類学全般に興味を持つ1人としては読まずにいられないタイトルだ。なにしろ本書の主張はネアンデルタール人は現生人類が家畜化に成功したイヌの存在で絶滅が加速化したというのだから…。
私たち現生人類の祖先は生物史上最も侵入的な生物だったという主張から本書は始まる。最初から刺激的ではあるがそれは間違いないだろう...。現生人類は約20万年程前に進化の一歩を踏み出して以来、地理的領域を次々と侵略し、新たな土地に定着しては生息地を開拓し世界中に広がった。
その過程で多くの種を絶滅に追い込んだことは議論の余地はないが、では現生人類とネアンデルタール人の関係はどうなのだろうか...という論が本書で学術的に紹介されていく。
ただしネアンデルタール人と現生人類とが重なって存在した時間枠もはっきりしていないようだし、ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を駆逐したという明確な証拠もなく、これまでは気候変動がネアンデルタール人を絶滅させた直接の要因と考えられてきたようだ。
しかし気候変動ならそれ以前にもあったわけでそれだけがネアンデルタール人絶滅の直接原因と考えるのは矛盾があると筆者はいう…。

※パット・シップマン著、河合信和[監訳]/柴田讓治[訳]「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」原書房刊
本書の論点はヨーロッパに進出した現生人類が、すでに衰退しつつあったネアンデルタール人を意図せざる結果として滅ぼしたとし、それにはこの頃にいち早く家畜化されるようになったイヌ(オオカミイヌ)の存在があったというのだ。
とはいえ個人的な興味はといえばネアンデルタール人と現生人類の考古学的検証ではなくあくまでヒトとイヌとの共生化・共進化にあり、かつそれがネアンデルタール人絶滅に関与したのかどうかに興味があったわけだが本書は決して読みやすい本ではなかった...。
本書の筆者パット・シップマンは、古人類学の専門家との立場からこれまで認められてきた考証と新しい学術証拠を駆使しながら現生人類とオオカミイヌとの接点やその時代考証を論じ、それらがネアンデルタール人の息の根を止めた事実を証明しようとしている。
ただし学者ゆえか、全15章でなりたつ本書の11章までがいわゆる状況証拠のパズル解きに費やしており12章になってやっと「イヌを相棒にする」が出てくるその構成は正直苦痛だった。
無論パット・シップマンの説は現在のところ仮設の域を出ていない。しかし狩りの手法や生活手法に違いがあったにせよネアンデルタール人と現生人類は似たもの同士だった。それなのに一方が気象変動で絶命し一方が生き残ったというのはやはりしっくりしない。そこにはなにか決定的な要因があるはずで、それが現生人類が家畜化したイヌが大きな役割を果たしたという展開は面白い。
現生人類もネアンデルタール人も他の生き物とは比較にならない知能があったにせよ文字通りの弱肉強食の世界においてはあまりに無力な生き物だったはずだ。現生人類もネアンデルタール人も主に肉食だったが、周りにはマンモス、バイソン、ノウマ、アカシカ、トナカイなどといった獲物がいたが、これらを狙っていたのは人類だけではなかった。
オオカミ、ハイエナ、ホラアナグマ、ハイイログマ、ホラアナライオンなどなど人類にとって危険な動物と獲物を取り合っていたからだ。
そのうえ我々の祖先は走るのも遅く、道具や武器を持ったにせよ腕力も非力だったから狩りをするにしても犠牲が多かったに違いない。そしてせっかく得た獲物を住居に持ち帰る前に他の動物たちに横取りされる可能性も大だったはずだ。
しかしイヌが…オオカミに準じる社会的な動物である大型のイヌが現生人類と共に狩りに参加していたとすれば状況はまったく違ってくる。それも複数頭ならより強力な助っ人になる。現代の猟犬の活躍を例にするまでもなく獲物を探し出す確率も大幅に向上するだろうし攻撃力も増し、現生人類のリスクも低くなると共に他の猛獣たちが近づけば警告を発したり守ってくれたりもしただろう。そして獲物を引きずって住居まで持ち運んでくれる労働力にもなるに違いないし残飯整理もしてくれる。さらに一緒に寝れば暖房効果も抜群だ...。
と...面白そうだと飛びついた本書だったが、前記したように大半は年代測定や発掘結果の詳細な検証あるいは再検証といった専門的な話しが続き正直飽きてしまう(笑)。無論こうしたことは自説を押し進めるための大切な理論武装なのはわかるが、本書は一般向けの出版なのだから今少し構成や表現方法に工夫が必要だと思う。
そういえば、本書の出版よりさかのぼること3年前の2012年、ヒトとイヌとの共進化を分かりやすく解説した1冊「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」ジェフリー・M・マッソン著(飛鳥新社刊)が出版されている。こちらも最新の考古学の成果を土台にヒトとイヌの共進化という大胆な仮説を提唱しているが、動物行動学や著者の愛犬の実話などを交えての内容は読みやすくわかりやすい。
「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」の帯には「世界のメディアが驚きと共に紹介!」と記されているが、ヒトとイヌが共進化し協力し合うことで現生人類に生存のための力を与え進化を促したことは先に「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」で詳しく論じられているし、現生人類が頂点捕食者である限り、時代をオーバーラップして共存していたとするネアンデルタール人にも大いなる脅威になったことは至極当然のことで帯のコピーは些か大げさだ(笑)。
それに頂点捕食者としての現生人類...というとらえ方にしてもパット・シップマンが最初に唱えたわけではない。すでにジェフリー・M・マッソンも同書のなかで我々の祖先の立場を頂点捕食者と明言している。無論こちらはネアンデルタール人との関係ではなくあくまでヒトとイヌとの関係に主軸を置いた考察だが、人類にとってイヌがどれほど特別な存在なのかについてあらためて目覚めさせてくれる。
したがって本書の役割は古人類学者の専門家の立場から、いかにイヌとヒトが近づき、人から見ればイヌ(オオカミイヌ)を家畜化する機会があったのか、その信憑性ある考古学的根拠を示す点にあるためどうしても詳しいデータの提示と詳細な解説にならざるを得なかったに違いない。
さらに何故ホモ・サピエンスとイヌがタッグを組んだようにネアンデルタール人にもそのチャンスがなかったのか...について知りたいものだが、読み飛ばしがなければ...この重要な点についての論評はなかった...。
ということで読みやすい1冊ではなかったが、本書「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」は確かにタイトルが刺激的でそそられるし、繰り返すがネアンデルタール人の絶滅とイヌの家畜化を絡ませた点は確かに面白い。
現生人類はオオカミイヌの家畜化に成功しこれまでにない新しい技術的進歩を遂げ、それが大きな武器となったもののネアンデルタール人はそうではなかった。そして気候変動も相俟って同じ獲物を取り合うなかで現生人類とオオカミイヌとのタッグが功を奏したというわけだ。それにしても犬は凄い、素晴らしい!
私たち現生人類の祖先は生物史上最も侵入的な生物だったという主張から本書は始まる。最初から刺激的ではあるがそれは間違いないだろう...。現生人類は約20万年程前に進化の一歩を踏み出して以来、地理的領域を次々と侵略し、新たな土地に定着しては生息地を開拓し世界中に広がった。
その過程で多くの種を絶滅に追い込んだことは議論の余地はないが、では現生人類とネアンデルタール人の関係はどうなのだろうか...という論が本書で学術的に紹介されていく。
ただしネアンデルタール人と現生人類とが重なって存在した時間枠もはっきりしていないようだし、ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を駆逐したという明確な証拠もなく、これまでは気候変動がネアンデルタール人を絶滅させた直接の要因と考えられてきたようだ。
しかし気候変動ならそれ以前にもあったわけでそれだけがネアンデルタール人絶滅の直接原因と考えるのは矛盾があると筆者はいう…。

※パット・シップマン著、河合信和[監訳]/柴田讓治[訳]「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」原書房刊
本書の論点はヨーロッパに進出した現生人類が、すでに衰退しつつあったネアンデルタール人を意図せざる結果として滅ぼしたとし、それにはこの頃にいち早く家畜化されるようになったイヌ(オオカミイヌ)の存在があったというのだ。
とはいえ個人的な興味はといえばネアンデルタール人と現生人類の考古学的検証ではなくあくまでヒトとイヌとの共生化・共進化にあり、かつそれがネアンデルタール人絶滅に関与したのかどうかに興味があったわけだが本書は決して読みやすい本ではなかった...。
本書の筆者パット・シップマンは、古人類学の専門家との立場からこれまで認められてきた考証と新しい学術証拠を駆使しながら現生人類とオオカミイヌとの接点やその時代考証を論じ、それらがネアンデルタール人の息の根を止めた事実を証明しようとしている。
ただし学者ゆえか、全15章でなりたつ本書の11章までがいわゆる状況証拠のパズル解きに費やしており12章になってやっと「イヌを相棒にする」が出てくるその構成は正直苦痛だった。
無論パット・シップマンの説は現在のところ仮設の域を出ていない。しかし狩りの手法や生活手法に違いがあったにせよネアンデルタール人と現生人類は似たもの同士だった。それなのに一方が気象変動で絶命し一方が生き残ったというのはやはりしっくりしない。そこにはなにか決定的な要因があるはずで、それが現生人類が家畜化したイヌが大きな役割を果たしたという展開は面白い。
現生人類もネアンデルタール人も他の生き物とは比較にならない知能があったにせよ文字通りの弱肉強食の世界においてはあまりに無力な生き物だったはずだ。現生人類もネアンデルタール人も主に肉食だったが、周りにはマンモス、バイソン、ノウマ、アカシカ、トナカイなどといった獲物がいたが、これらを狙っていたのは人類だけではなかった。
オオカミ、ハイエナ、ホラアナグマ、ハイイログマ、ホラアナライオンなどなど人類にとって危険な動物と獲物を取り合っていたからだ。
そのうえ我々の祖先は走るのも遅く、道具や武器を持ったにせよ腕力も非力だったから狩りをするにしても犠牲が多かったに違いない。そしてせっかく得た獲物を住居に持ち帰る前に他の動物たちに横取りされる可能性も大だったはずだ。
しかしイヌが…オオカミに準じる社会的な動物である大型のイヌが現生人類と共に狩りに参加していたとすれば状況はまったく違ってくる。それも複数頭ならより強力な助っ人になる。現代の猟犬の活躍を例にするまでもなく獲物を探し出す確率も大幅に向上するだろうし攻撃力も増し、現生人類のリスクも低くなると共に他の猛獣たちが近づけば警告を発したり守ってくれたりもしただろう。そして獲物を引きずって住居まで持ち運んでくれる労働力にもなるに違いないし残飯整理もしてくれる。さらに一緒に寝れば暖房効果も抜群だ...。
と...面白そうだと飛びついた本書だったが、前記したように大半は年代測定や発掘結果の詳細な検証あるいは再検証といった専門的な話しが続き正直飽きてしまう(笑)。無論こうしたことは自説を押し進めるための大切な理論武装なのはわかるが、本書は一般向けの出版なのだから今少し構成や表現方法に工夫が必要だと思う。
そういえば、本書の出版よりさかのぼること3年前の2012年、ヒトとイヌとの共進化を分かりやすく解説した1冊「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」ジェフリー・M・マッソン著(飛鳥新社刊)が出版されている。こちらも最新の考古学の成果を土台にヒトとイヌの共進化という大胆な仮説を提唱しているが、動物行動学や著者の愛犬の実話などを交えての内容は読みやすくわかりやすい。
「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」の帯には「世界のメディアが驚きと共に紹介!」と記されているが、ヒトとイヌが共進化し協力し合うことで現生人類に生存のための力を与え進化を促したことは先に「ヒトはイヌのおかげで人間(ホモ・サピエンス)になった」で詳しく論じられているし、現生人類が頂点捕食者である限り、時代をオーバーラップして共存していたとするネアンデルタール人にも大いなる脅威になったことは至極当然のことで帯のコピーは些か大げさだ(笑)。
それに頂点捕食者としての現生人類...というとらえ方にしてもパット・シップマンが最初に唱えたわけではない。すでにジェフリー・M・マッソンも同書のなかで我々の祖先の立場を頂点捕食者と明言している。無論こちらはネアンデルタール人との関係ではなくあくまでヒトとイヌとの関係に主軸を置いた考察だが、人類にとってイヌがどれほど特別な存在なのかについてあらためて目覚めさせてくれる。
したがって本書の役割は古人類学者の専門家の立場から、いかにイヌとヒトが近づき、人から見ればイヌ(オオカミイヌ)を家畜化する機会があったのか、その信憑性ある考古学的根拠を示す点にあるためどうしても詳しいデータの提示と詳細な解説にならざるを得なかったに違いない。
さらに何故ホモ・サピエンスとイヌがタッグを組んだようにネアンデルタール人にもそのチャンスがなかったのか...について知りたいものだが、読み飛ばしがなければ...この重要な点についての論評はなかった...。
ということで読みやすい1冊ではなかったが、本書「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」は確かにタイトルが刺激的でそそられるし、繰り返すがネアンデルタール人の絶滅とイヌの家畜化を絡ませた点は確かに面白い。
現生人類はオオカミイヌの家畜化に成功しこれまでにない新しい技術的進歩を遂げ、それが大きな武器となったもののネアンデルタール人はそうではなかった。そして気候変動も相俟って同じ獲物を取り合うなかで現生人類とオオカミイヌとのタッグが功を奏したというわけだ。それにしても犬は凄い、素晴らしい!
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