「スティーブ・ジョブズ 無謀な男が新のリーダーになるまで」(上巻)読了の感想
待ちに待ったブレント・シュナイダーおよびリック・テッツェリ著「Becoming Steve Job」の訳本が出版された。日本語訳はお馴染みの井口耕二さんである。待ちきれずに英語の原著も開いていたが、やはり気軽に読めるのは翻訳者のおかげであり実にありがたい!感謝。
ということで本書は上下巻2冊で出版されているが、2冊はかなりのボリュームなので今回は上巻のみの感想をお届けしてみたい。
さて「Becoming Steve Job」の原著はウォルター・アイザックソンの公式伝記と同じサイズの1冊だが、日本語版は前記のとおり上下巻で出版されたものの訳本のタイトルが長すぎる(笑)。
繰り返すが原題は「Becoming Steve Job」といたってシンプルだが、日本語版は「スティーブ・ジョブズ 無謀な男が新のリーダーになるまで」と長い。本書だけではないが近年の翻訳本はタイトル/サブタイトルが長すぎる...。
この日本語版も例えば「真のスティーブ・ジョブズになるまで」程度で良いのではないか。事実下巻の帯には「こうして、彼は『スティーブ・ジョブズ』になった。」とあるではないか。

※ブレント・シュナイダーおよびリック・テッツェリ著/井口耕二訳「Becoming Steve Job」日本経済新聞出版社刊の上下巻
さて、スティーブ・ジョブズという人間をより知りたいと思う場合にはご存じだと思うが公式伝記という存在がある。前記したウォルター・アイザックソン著だがジョブズが願った通りに描かれたかはともかく、とかく批判も多い1冊で、特にジョブズを知る人たちからは真のスティーブ・ジョブズが描けていないという声も多いという。
そうした背景もあるのか、本書にはジョブズの真の姿を描いてほしいということからジョブズ夫人のローリーンやティム・クック、ジョニー・アイブといったスティーブ・ジョブズに最も身近だった人たちのインタビューも含まれ、公式伝記にはない話し、これまでのスティーブ・ジョブズの印象とは少し違った面をも浮き彫りにしている点が評価されているようだ。
本書の中で語られるスティーブ・ジョブズは、これまで我々がイメージしてきた...イメージを植え付けられた感もあるが、感情にまかせて相手を罵倒することが多いというイメージとはかなり違ったジョブズがいる。
例えばジョブズの生涯のメンターの1人、レジス・マッケンナの証言によれば、マッケンナの社員が1度電話でスティーブ・ジョブズに口汚く罵られたことがあった。それを知ったマッケンナは「2度とやるな」とジョブズに注意したそうだが、次に来訪時にその部下のところまで行き、誤ったという。このようなジョブズは我々のイメージとはかなり違う...。
NeXTとピクサー時代にそれまで閃きの変人だったジョブズがビジョナリーおよびCEOに相応しい人間に変貌していったというのが本書のテーマのようだが、我々はなぜApple復帰後にあのような満塁ホームランを打てたのかに興味があるわけだが、本書のページをめくっていくと、ジョブズもジョブズなりに苦悩し、学ぼうと努力している様が伺える。
最高の製品を作りたい。そのためにはAクラスの人材だけを採用したい。そう考える中で妥協とか限界を簡単に口にする相手を許せなかったジョブズの姿が浮かんでくる。
というわけで期待を裏切らない著作だが、重箱の隅を突くつもりはないし、粗探しのつもりでもないもののやはりいくつかの点で気になる部分がある。ここでは上巻の2箇所についてご紹介しておくが、実際の記録という面ではいずれも蔑ろにしてはならない点だと思う。
まず最初は82ページにある「1,295ドルのアップルIIは、1977年4月に発売されるとすぐ大ヒット商品となる」という記述だ。
しかしApple II が "発売" されたのは4月ではなく6月だ。いちおう原書を確認してみると「the $1,295 Apple II was an immediate hit upon its April 1977 introduction.」とある。"introduction" は一般的に考えてもこの場合は「紹介」とか「発表」の意であり販売ではない。
事実Apple II は1977年4月16日〜17日に開催された第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェア(WCCF)でお披露目されたのでありここは「1,295ドルのアップルIIは、1977年4月に発表されるとすぐ大ヒット商品となる」とすべきだろう。
さらにいうなら原著にもこの時の販売価格は1,295ドルと書かれているが、当時Apple自身がBYTE誌に掲載した広告によれば4K RAM仕様の価格は1,298ドルとなっている。
2つ目だが、ここの訳も誤解を生みやすいかも知れない。内容だが、同じく上巻の79ページに以下の文がある。
「法人となったアップルは (中略) スコッティとマークラが人を雇い、会社としての体裁を整えていく。最初の数ヶ月、スティーブは、自分が一番得意とすることに専念した。少人数を集めて、なにかすばらしいものを作るのだ。このとき作ったのはアップルII 〜パーソナルコンピュータというものを世に知らしめたマシンである。」
日本語版を素直に読めば、まずスティーブたちはマイク・マークラらの支援を受けて会社を法人化する(1977年1月3日)。2月に入りCEOとしてマイケル・スコットを迎えるが、体勢が整ったところでスティーブ・ジョブズは「なにか素晴らしいものを作りたい、作るんだと決心し」Apple II の開発を始めた...と受け取れよう。少なくとも私にはそう読めた。だとすればそのニュアンスはまったくの間違いだ。
そもそもマイク・マークラはガレージ時代のAppleに出向きウォズニアクの作ったApple 1やより素晴らしい機能を盛り込んだApple II のプロトタイプ(1976年8月頃には存在していたようだ)に感動してアップルに参画することになった。第一法人となった1月から「なにを作ろうか」と考えたのではその3ヶ月後のWCCFにApple II をお披露目するなど出来ようもない。
念のため原文を参照すると該当部分は " For the first few months, Steve kept doing what he knew how to do best: rally a small crew to produce something wonderful. " となっている。したがって和訳の「少人数を集めて、なにかすばらしいものを作るのだ。」と言い切った表現が分かりにくいのではないか。
ここは「最初の数ヶ月の間、スティーブは、自分が一番得意とすることに専念する。そして素晴らしい "ある物" を開発するために、少人数の仲間を集結した。このとき完成させたのがアップルII 〜パーソナルコンピュータというものを世に知らしめたマシンだった。」でいかがだろうか...。
結果のみに興味があるという方ならこんな些細なことはどうでも良いに違いない。しかしこうしたポイントを蔑ろにすればスティーブ・ジョブズというヒッピー同然の男がいかに苦悩しつつ、ウォズニアクを代表する周りの人間を鼓舞し、ときにおだて、ときに怒鳴り、ときに感動させながら前へと進んでいったのかという姿...過程が見えてこなくなる。
あまり内容に深入りしすぎるとネタバレだらけになるので遠慮するが、本書上巻はスティーブ・ジョブズの出生やAppleを起業した時代から始まり、Appleを去った後にNeXTを立ち上げ、ピクサーを買収、そして古巣で瀕死のAppleに復帰したところまでが描かれている。
その一通りを俯瞰するならApple時代はもとよりNeXT時代もスティーブ・ジョブズは世間知らずの自惚れ野郎でありクソ野郎だった。しかしピクサーを支援する中でこれまでには気づかなかった大切な物を感じ取っていったように思う。ともあれこれまでスティーブ・ジョブズを好きだった人も、嫌いだった人も是非読んでいただきたい1冊である。
下巻もただいま楽しみながら読んでいるが、読み終わったらまた感想などをご紹介したい。
ということで本書は上下巻2冊で出版されているが、2冊はかなりのボリュームなので今回は上巻のみの感想をお届けしてみたい。
さて「Becoming Steve Job」の原著はウォルター・アイザックソンの公式伝記と同じサイズの1冊だが、日本語版は前記のとおり上下巻で出版されたものの訳本のタイトルが長すぎる(笑)。
繰り返すが原題は「Becoming Steve Job」といたってシンプルだが、日本語版は「スティーブ・ジョブズ 無謀な男が新のリーダーになるまで」と長い。本書だけではないが近年の翻訳本はタイトル/サブタイトルが長すぎる...。
この日本語版も例えば「真のスティーブ・ジョブズになるまで」程度で良いのではないか。事実下巻の帯には「こうして、彼は『スティーブ・ジョブズ』になった。」とあるではないか。

※ブレント・シュナイダーおよびリック・テッツェリ著/井口耕二訳「Becoming Steve Job」日本経済新聞出版社刊の上下巻
さて、スティーブ・ジョブズという人間をより知りたいと思う場合にはご存じだと思うが公式伝記という存在がある。前記したウォルター・アイザックソン著だがジョブズが願った通りに描かれたかはともかく、とかく批判も多い1冊で、特にジョブズを知る人たちからは真のスティーブ・ジョブズが描けていないという声も多いという。
そうした背景もあるのか、本書にはジョブズの真の姿を描いてほしいということからジョブズ夫人のローリーンやティム・クック、ジョニー・アイブといったスティーブ・ジョブズに最も身近だった人たちのインタビューも含まれ、公式伝記にはない話し、これまでのスティーブ・ジョブズの印象とは少し違った面をも浮き彫りにしている点が評価されているようだ。
本書の中で語られるスティーブ・ジョブズは、これまで我々がイメージしてきた...イメージを植え付けられた感もあるが、感情にまかせて相手を罵倒することが多いというイメージとはかなり違ったジョブズがいる。
例えばジョブズの生涯のメンターの1人、レジス・マッケンナの証言によれば、マッケンナの社員が1度電話でスティーブ・ジョブズに口汚く罵られたことがあった。それを知ったマッケンナは「2度とやるな」とジョブズに注意したそうだが、次に来訪時にその部下のところまで行き、誤ったという。このようなジョブズは我々のイメージとはかなり違う...。
NeXTとピクサー時代にそれまで閃きの変人だったジョブズがビジョナリーおよびCEOに相応しい人間に変貌していったというのが本書のテーマのようだが、我々はなぜApple復帰後にあのような満塁ホームランを打てたのかに興味があるわけだが、本書のページをめくっていくと、ジョブズもジョブズなりに苦悩し、学ぼうと努力している様が伺える。
最高の製品を作りたい。そのためにはAクラスの人材だけを採用したい。そう考える中で妥協とか限界を簡単に口にする相手を許せなかったジョブズの姿が浮かんでくる。
というわけで期待を裏切らない著作だが、重箱の隅を突くつもりはないし、粗探しのつもりでもないもののやはりいくつかの点で気になる部分がある。ここでは上巻の2箇所についてご紹介しておくが、実際の記録という面ではいずれも蔑ろにしてはならない点だと思う。
まず最初は82ページにある「1,295ドルのアップルIIは、1977年4月に発売されるとすぐ大ヒット商品となる」という記述だ。
しかしApple II が "発売" されたのは4月ではなく6月だ。いちおう原書を確認してみると「the $1,295 Apple II was an immediate hit upon its April 1977 introduction.」とある。"introduction" は一般的に考えてもこの場合は「紹介」とか「発表」の意であり販売ではない。
事実Apple II は1977年4月16日〜17日に開催された第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェア(WCCF)でお披露目されたのでありここは「1,295ドルのアップルIIは、1977年4月に発表されるとすぐ大ヒット商品となる」とすべきだろう。
さらにいうなら原著にもこの時の販売価格は1,295ドルと書かれているが、当時Apple自身がBYTE誌に掲載した広告によれば4K RAM仕様の価格は1,298ドルとなっている。
2つ目だが、ここの訳も誤解を生みやすいかも知れない。内容だが、同じく上巻の79ページに以下の文がある。
「法人となったアップルは (中略) スコッティとマークラが人を雇い、会社としての体裁を整えていく。最初の数ヶ月、スティーブは、自分が一番得意とすることに専念した。少人数を集めて、なにかすばらしいものを作るのだ。このとき作ったのはアップルII 〜パーソナルコンピュータというものを世に知らしめたマシンである。」
日本語版を素直に読めば、まずスティーブたちはマイク・マークラらの支援を受けて会社を法人化する(1977年1月3日)。2月に入りCEOとしてマイケル・スコットを迎えるが、体勢が整ったところでスティーブ・ジョブズは「なにか素晴らしいものを作りたい、作るんだと決心し」Apple II の開発を始めた...と受け取れよう。少なくとも私にはそう読めた。だとすればそのニュアンスはまったくの間違いだ。
そもそもマイク・マークラはガレージ時代のAppleに出向きウォズニアクの作ったApple 1やより素晴らしい機能を盛り込んだApple II のプロトタイプ(1976年8月頃には存在していたようだ)に感動してアップルに参画することになった。第一法人となった1月から「なにを作ろうか」と考えたのではその3ヶ月後のWCCFにApple II をお披露目するなど出来ようもない。
念のため原文を参照すると該当部分は " For the first few months, Steve kept doing what he knew how to do best: rally a small crew to produce something wonderful. " となっている。したがって和訳の「少人数を集めて、なにかすばらしいものを作るのだ。」と言い切った表現が分かりにくいのではないか。
ここは「最初の数ヶ月の間、スティーブは、自分が一番得意とすることに専念する。そして素晴らしい "ある物" を開発するために、少人数の仲間を集結した。このとき完成させたのがアップルII 〜パーソナルコンピュータというものを世に知らしめたマシンだった。」でいかがだろうか...。
結果のみに興味があるという方ならこんな些細なことはどうでも良いに違いない。しかしこうしたポイントを蔑ろにすればスティーブ・ジョブズというヒッピー同然の男がいかに苦悩しつつ、ウォズニアクを代表する周りの人間を鼓舞し、ときにおだて、ときに怒鳴り、ときに感動させながら前へと進んでいったのかという姿...過程が見えてこなくなる。
あまり内容に深入りしすぎるとネタバレだらけになるので遠慮するが、本書上巻はスティーブ・ジョブズの出生やAppleを起業した時代から始まり、Appleを去った後にNeXTを立ち上げ、ピクサーを買収、そして古巣で瀕死のAppleに復帰したところまでが描かれている。
その一通りを俯瞰するならApple時代はもとよりNeXT時代もスティーブ・ジョブズは世間知らずの自惚れ野郎でありクソ野郎だった。しかしピクサーを支援する中でこれまでには気づかなかった大切な物を感じ取っていったように思う。ともあれこれまでスティーブ・ジョブズを好きだった人も、嫌いだった人も是非読んでいただきたい1冊である。
下巻もただいま楽しみながら読んでいるが、読み終わったらまた感想などをご紹介したい。
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