CD「美空ひばり・トリビュート」を久々に聴く
先日、久しぶりにCDの整理をした。本来なら昨年末に大掃除の一環としてやろうと考えていたものの諸々の事情から延び延びになっていた。忘れかけているアルバムも多々あったが一枚のCDジャケットを手にして購入した当時を思い出した。そのCDのタイトルは「美空ひばり・トリビュート」。2000年にリリースしたアルバムである。早速聴き始めたが、何故か涙が止まらなくなってしまった。
■美空ひばりと私
「美空ひばり」という人物は私などがあらためて解説する必要はまったくない昭和を代表する国民的歌手である。総理大臣の名を知らなくても彼女の名を知らない人はまずいないに違いない。
さて彼女のファンにはお叱りを受けることになるが、私は美空ひばりという歌手を好きではなかった。なぜそういう感情を持ったかについては自分でもよくわからない。しかしCD付属のライナーノートの中で宇崎竜童がいみじくも書いていることに一脈通じるのかも知れない。
彼は自分の小さい頃を振り返り「...ラジオから聞こえてくる『波止場だよ、お父つぁん』や『港町十三番地』などを鼻で笑うアメリカかぶれのロックンロール・マセガキなのであった」と書いているが私もその気持ちはよく分かる。プレスリーやビートルズの時代をリアルタイムで過ごしてきた一人として.....。

※CD「美空ひばり・トリビュート」。2000年7月リリース、日本コロムビア(株)
とはいえ私自身の少年時代は決してクラシックやロックの中で育ったのではなく大正琴とか三味線の音色で感性を磨いたという事実が宇崎竜童とは違うところだ。
小学校低学年から母の趣味で三味線を習わされ、性が合ったのか高校一年生くらいまで習い続けたものだ。近所の崖下に住んでいた"お師匠さん"は子供の私には単なるオバサンであったが芸者あがりで若い時分にはたいそうな美人であったという。そして「若旦那、お稽古だよ!」などと声をかけてくれてそれは可愛がってくれた。
そういうわけで艶っぽい唄の意味も分からないころより小唄・長唄・端唄・清元・新内などなどを習っていたのだから、例えばコブシの美意識は理解していたというより好きな方であった。ただし高校生ともなると興味の対象は俄然異性であり「三味線よりギターの方が女の子に持てるだろう」という意識が強かったのか、クラシックギターをやりながらもフォークソング同好会を作ったりエレキギターを振り回すようになった。
さて話を美空ひばりに戻せば、なぜ美空ひばりが嫌いだったのか。あえてその原因を突き詰めれば宇崎竜童と同じある種の西洋かぶれがその原因のひとつだったろう。しかしそれよりも彼女が子供の頃、シルクハットに燕尾服を着て歌う小生意気な姿に違和感を感じたし、後年の彼女の歌は "コブシ" ではなく"ドス" が利いている気がして正直不快を感じていた。
したがって私は美空ひばりという一人の歌手については特別な思いはないつもりだったが、何故か「美空ひばり・トリビュート」が目につき、気がついたときにはお店のレジに並んでいたのだから不思議である。
あらためてCDを一曲目から聞き出したが、お恥ずかしい話...涙があふれ出てきて止まらないのだ。CDに合わせて詩を口ずさみながらも涙が後からあとから出てくる。自分でもこれは何なんだろう?といぶかしく思ったほどだ。
■「美空ひばり・トリビュート」とは
あらためて説明することもないだろうがこのCDタイトルの "Tribute" とは「捧げる」とか「賛辞」といった意味。もう少し柔らかくいえば「贈り物」といった意味だろうか。
「美空ひばり・トリビュート」(発売元:日本コロムビア)のCDは美空ひばり自身が歌うタイトルではないのだ。このCDは彼女を偲び、彼女の残した功績を振り返りながら、現在多方面で活躍しているアーティストたちに美空ひばりのヒット曲を新しいアレンジで歌わせようという企画である。
参加しているアーティストたちを列記すれば、谷村新司、ANRI、Kahimi Karie with Arthur H、南こうせつ、泉谷しげる、PIZZICATO FIVE、篠原ともえ、さだまさし、森山良子、Dribble Water Feat.HIBARI、中西圭三、五島良子、宇崎竜童そして杏子であり、まさしく大変個性的でバラエティに富んだ人たちだ。
またそれぞれのアーティストたちにはなかなかピッタリな選曲がなされているが様々な立場からのアプローチであるにせよ、皆喜んでこの企画に参画しているのがよく分かる。
私の一番のお気に入りといえば宇崎竜童の「悲しき口笛」である。ベースの利いた小気味の良いリズムとヴァイオリンに乗ってあの渋い声がからんでくる。編曲は宇崎自身である。
「丘のホテルの 赤い灯も...」と歌い始めるところから宇崎節そのものだが、泥臭い歌い方の太い声がなぜかとても優しく聞こえてくる。
また谷村新司の「悲しい酒」もなかなか聴かせるし、さだまさしの「港町十三番地」も少々軽いが素敵である。それからワルの印象で知られている(笑)あの泉谷しげるが歌う「私は街の子」も街中で歌っているような録音と共にその歌もシブくて大変良い。
こう列記してみると私が気に入った歌は皆男性歌手のものばかりなのに気がついた。女性歌手のレパートリーもANRIの「愛燦燦」、篠原ともえの「お祭りマンボ」、森山良子の「リンゴ追分」など聴くに値する曲もあるのだがどうも一人の男として宇崎とか泉谷の歌声に自分の人生をオーバーラップしてしまうようだ。それに女性歌手だと無意識にも美空ひばり本人と比べてしまうのではじめから些か興ざめなのだ…。
なお「美空ひばり・トリビュート」のフィナーレの企画が面白い。曲は「川の流れのように」であるが、ひらばりを含め参加者11人で歌うという、ちょうどあの”We are the world” 風な企画になっている。勿論同時録音ではあるまい。これだけのアーテイストたちのスケジュールを一同に会することはできない相談だろう。しかしその結果はなかなかよくできていてフィナーレに相応しい楽しみ方ができる。
■演歌の血は歳と共に濃くなる?
この「美空ひばり・トリビュート」だが、実は同時に「美空ひばり・トリビュート/オリジナル・セレクション」というタイトルのCDがリリースされている。タイトルが紛らわしいがこちらは "オリジナル" と付いているだけに「美空ひばり・トリビュート」と同じ選曲、同じ曲順で美空ひばり本人が歌っている。ここは是非とも「美空ひばり・トリビュート」で歌っている原曲のイメージを知りたいと考えて一緒に購入してある。しかしこの企画はなかなかに旨い...。どうしても二枚両方を聴いてみたくなる...。
早速聴いてみると半分くらいは古い音源を使用しているためにパリパリと針の音が聞こえる曲目もあるがそれが妙に懐かしい。繰り返すが彼女のレコードやCDなどはこれまでただの一枚も買ったことがないのだがさすがは国民的歌手、私の脳細胞のどこかにも美空ひばりの歌声が記録されているようでホントに懐かしく、何というか呆然と聞き入ってしまっている自分に苦笑する。ただし当然といえば当然だが、「美空ひばり・トリビュート」のそれと比較すれば宇崎竜童の「悲しき口笛」他数曲以外の大半はさすが本家の美空ひばりの方が良い...というか上手い。
「美空ひばり・トリビュート」に魅せられ涙する自分を分析すれば、普段バッハだのモーツァルトなどといっても歳を重ねるほどいわゆる地唄というか演歌の血が表に出てきているのかも知れないとあらためて気がついた。そして彼女が嫌いだった私の心理をもう少し深く分析すれば、結局同質な気質を持つ自分自身に向けられた嫌悪の裏返しだったのかも知れない。
【美空ひばりメモ】
1937年5月29日横浜で生まれる。本名は加藤和枝。幼い頃から芸能好きの父の影響で大人のものまねを始め1946年に生地の横浜でデビューしたという。その後コロムビアに入社し第一作は「河童ブギ」。その後「悲しき口笛」(1949)、「リンゴ追分」(1952)が大ヒットし天才少女歌手として大きな話題となった。以来多くのヒットを生み、歌謡界の女王といわれるに至る。また映画にも数多く出演し映画「悲しき口笛」、「東京キッド」などは主題歌ともども大ヒットした。
1965年「柔」で日本レコード大賞受賞。総レコードの売上枚数は4,000万枚以上ともいわれいまだにナンバーワン。晩年に吹き込んだ「川の流れのように」はまだ記憶に新しい。
1989年6月24日没。死後に国民栄誉賞が追贈された。
※本稿は以前Mac Fan誌に連載した「松田純一の好物学」の原稿を再編集したものです。
■美空ひばりと私
「美空ひばり」という人物は私などがあらためて解説する必要はまったくない昭和を代表する国民的歌手である。総理大臣の名を知らなくても彼女の名を知らない人はまずいないに違いない。
さて彼女のファンにはお叱りを受けることになるが、私は美空ひばりという歌手を好きではなかった。なぜそういう感情を持ったかについては自分でもよくわからない。しかしCD付属のライナーノートの中で宇崎竜童がいみじくも書いていることに一脈通じるのかも知れない。
彼は自分の小さい頃を振り返り「...ラジオから聞こえてくる『波止場だよ、お父つぁん』や『港町十三番地』などを鼻で笑うアメリカかぶれのロックンロール・マセガキなのであった」と書いているが私もその気持ちはよく分かる。プレスリーやビートルズの時代をリアルタイムで過ごしてきた一人として.....。

※CD「美空ひばり・トリビュート」。2000年7月リリース、日本コロムビア(株)
とはいえ私自身の少年時代は決してクラシックやロックの中で育ったのではなく大正琴とか三味線の音色で感性を磨いたという事実が宇崎竜童とは違うところだ。
小学校低学年から母の趣味で三味線を習わされ、性が合ったのか高校一年生くらいまで習い続けたものだ。近所の崖下に住んでいた"お師匠さん"は子供の私には単なるオバサンであったが芸者あがりで若い時分にはたいそうな美人であったという。そして「若旦那、お稽古だよ!」などと声をかけてくれてそれは可愛がってくれた。
そういうわけで艶っぽい唄の意味も分からないころより小唄・長唄・端唄・清元・新内などなどを習っていたのだから、例えばコブシの美意識は理解していたというより好きな方であった。ただし高校生ともなると興味の対象は俄然異性であり「三味線よりギターの方が女の子に持てるだろう」という意識が強かったのか、クラシックギターをやりながらもフォークソング同好会を作ったりエレキギターを振り回すようになった。
さて話を美空ひばりに戻せば、なぜ美空ひばりが嫌いだったのか。あえてその原因を突き詰めれば宇崎竜童と同じある種の西洋かぶれがその原因のひとつだったろう。しかしそれよりも彼女が子供の頃、シルクハットに燕尾服を着て歌う小生意気な姿に違和感を感じたし、後年の彼女の歌は "コブシ" ではなく"ドス" が利いている気がして正直不快を感じていた。
したがって私は美空ひばりという一人の歌手については特別な思いはないつもりだったが、何故か「美空ひばり・トリビュート」が目につき、気がついたときにはお店のレジに並んでいたのだから不思議である。
あらためてCDを一曲目から聞き出したが、お恥ずかしい話...涙があふれ出てきて止まらないのだ。CDに合わせて詩を口ずさみながらも涙が後からあとから出てくる。自分でもこれは何なんだろう?といぶかしく思ったほどだ。
■「美空ひばり・トリビュート」とは
あらためて説明することもないだろうがこのCDタイトルの "Tribute" とは「捧げる」とか「賛辞」といった意味。もう少し柔らかくいえば「贈り物」といった意味だろうか。
「美空ひばり・トリビュート」(発売元:日本コロムビア)のCDは美空ひばり自身が歌うタイトルではないのだ。このCDは彼女を偲び、彼女の残した功績を振り返りながら、現在多方面で活躍しているアーティストたちに美空ひばりのヒット曲を新しいアレンジで歌わせようという企画である。
参加しているアーティストたちを列記すれば、谷村新司、ANRI、Kahimi Karie with Arthur H、南こうせつ、泉谷しげる、PIZZICATO FIVE、篠原ともえ、さだまさし、森山良子、Dribble Water Feat.HIBARI、中西圭三、五島良子、宇崎竜童そして杏子であり、まさしく大変個性的でバラエティに富んだ人たちだ。
またそれぞれのアーティストたちにはなかなかピッタリな選曲がなされているが様々な立場からのアプローチであるにせよ、皆喜んでこの企画に参画しているのがよく分かる。
私の一番のお気に入りといえば宇崎竜童の「悲しき口笛」である。ベースの利いた小気味の良いリズムとヴァイオリンに乗ってあの渋い声がからんでくる。編曲は宇崎自身である。
「丘のホテルの 赤い灯も...」と歌い始めるところから宇崎節そのものだが、泥臭い歌い方の太い声がなぜかとても優しく聞こえてくる。
また谷村新司の「悲しい酒」もなかなか聴かせるし、さだまさしの「港町十三番地」も少々軽いが素敵である。それからワルの印象で知られている(笑)あの泉谷しげるが歌う「私は街の子」も街中で歌っているような録音と共にその歌もシブくて大変良い。
こう列記してみると私が気に入った歌は皆男性歌手のものばかりなのに気がついた。女性歌手のレパートリーもANRIの「愛燦燦」、篠原ともえの「お祭りマンボ」、森山良子の「リンゴ追分」など聴くに値する曲もあるのだがどうも一人の男として宇崎とか泉谷の歌声に自分の人生をオーバーラップしてしまうようだ。それに女性歌手だと無意識にも美空ひばり本人と比べてしまうのではじめから些か興ざめなのだ…。
なお「美空ひばり・トリビュート」のフィナーレの企画が面白い。曲は「川の流れのように」であるが、ひらばりを含め参加者11人で歌うという、ちょうどあの”We are the world” 風な企画になっている。勿論同時録音ではあるまい。これだけのアーテイストたちのスケジュールを一同に会することはできない相談だろう。しかしその結果はなかなかよくできていてフィナーレに相応しい楽しみ方ができる。
■演歌の血は歳と共に濃くなる?
この「美空ひばり・トリビュート」だが、実は同時に「美空ひばり・トリビュート/オリジナル・セレクション」というタイトルのCDがリリースされている。タイトルが紛らわしいがこちらは "オリジナル" と付いているだけに「美空ひばり・トリビュート」と同じ選曲、同じ曲順で美空ひばり本人が歌っている。ここは是非とも「美空ひばり・トリビュート」で歌っている原曲のイメージを知りたいと考えて一緒に購入してある。しかしこの企画はなかなかに旨い...。どうしても二枚両方を聴いてみたくなる...。
早速聴いてみると半分くらいは古い音源を使用しているためにパリパリと針の音が聞こえる曲目もあるがそれが妙に懐かしい。繰り返すが彼女のレコードやCDなどはこれまでただの一枚も買ったことがないのだがさすがは国民的歌手、私の脳細胞のどこかにも美空ひばりの歌声が記録されているようでホントに懐かしく、何というか呆然と聞き入ってしまっている自分に苦笑する。ただし当然といえば当然だが、「美空ひばり・トリビュート」のそれと比較すれば宇崎竜童の「悲しき口笛」他数曲以外の大半はさすが本家の美空ひばりの方が良い...というか上手い。
「美空ひばり・トリビュート」に魅せられ涙する自分を分析すれば、普段バッハだのモーツァルトなどといっても歳を重ねるほどいわゆる地唄というか演歌の血が表に出てきているのかも知れないとあらためて気がついた。そして彼女が嫌いだった私の心理をもう少し深く分析すれば、結局同質な気質を持つ自分自身に向けられた嫌悪の裏返しだったのかも知れない。
【美空ひばりメモ】
1937年5月29日横浜で生まれる。本名は加藤和枝。幼い頃から芸能好きの父の影響で大人のものまねを始め1946年に生地の横浜でデビューしたという。その後コロムビアに入社し第一作は「河童ブギ」。その後「悲しき口笛」(1949)、「リンゴ追分」(1952)が大ヒットし天才少女歌手として大きな話題となった。以来多くのヒットを生み、歌謡界の女王といわれるに至る。また映画にも数多く出演し映画「悲しき口笛」、「東京キッド」などは主題歌ともども大ヒットした。
1965年「柔」で日本レコード大賞受賞。総レコードの売上枚数は4,000万枚以上ともいわれいまだにナンバーワン。晩年に吹き込んだ「川の流れのように」はまだ記憶に新しい。
1989年6月24日没。死後に国民栄誉賞が追贈された。
※本稿は以前Mac Fan誌に連載した「松田純一の好物学」の原稿を再編集したものです。
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