松岡圭祐著「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」は素晴らしい!
日本シャーロック・ホームズ協会の会報を眺めていて本書の存在を知った。しかしホームズ物語のパスティーシュは数あれど本書「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」は新鮮な驚きだった。タイトルだけでAmazonへオーダーした。ともあれ際物であるかも知れないが、シャーロキアンを自負する一人として放っておけないタイトルだった。
日本はもとより日本の著名人をホームズにからめた作品がこれまでなかったわけではない。コナン・ドイルの正典ではモリアーティを格闘の末ライヘンバッハの滝壺に落としたシャーロック・ホームズは自分も一緒に死んだと偽装し消息を断つ。
帰還した後、失踪時期の所在についてホームズはダライラマに会ったことなどをワトソンに話してはいるがあくまで概略だし、第一それが本当のことなのかどうかも分からない。したがってその間、ホームズが来日していたというテーマの作品も生まれている。
ともあれ本書「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」の魅力の第一は無論もう1人の主人公、伊藤博文との出会いだ。そして当時の日本の国力や国内情勢を知り得ると共に史実の大津事件にホームズがからむことだ。
大津事件は教科書にも載っていたと思うが、来日していたロシアのニコライ皇太子が滋賀の大津町で警備中の警察官だった津田三蔵に斬りつけられ負傷した事件だ。あわや日露の戦争になる可能性もあった大事件である。

※松岡圭祐著「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」講談社文庫刊
小国の日本が列強ロシアの皇太子を負傷させたため報復としてロシアが攻めてくると日本国中に大激震が走り、学校は謹慎の意を表して休校、神社や寺院や教会では、皇太子平癒の祈祷が行われたという。ニコライの元に届けられた見舞い電報は1万通を超え、山形県最上郡金山村(現金山町)では犯人の「津田」姓及び「三蔵」の命名を禁じる条例を決議するといった混乱に見舞われたほどの大事件だった。
ここに本国イギリスで死亡したはずのシャーロック・ホームズが日本に密航し伊藤博文邸にかくまわれ事件解決、いや日露の戦争回避に活躍するというのが本書のストーリーである。ただしホームズの日本における活躍はホームズ自身の立場、そして国家の機密を背負った伊藤博文の願いにより友人のワトスンにさえ秘密にされる。
本書のさらなる魅力は正典で十分に説明されていない矛盾や不明なあれこれが語られている点であろう。
シャーロック・ホームズは世界で最も有名な探偵だし、その物語は聖書の次ぎに多く読まれているという話もあるほど世界中で愛されてきた。プロットの巧みさや登場人物の魅力、エキセントリックなホームズの言動や推理の妙、そしてワトスンとの友情に読者は夢中になる。
しかし正典と呼ばれる原作には矛盾はもとより、緻密な意味でいうなら綻びというか説明不足な部分も多い。
本書「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」は悪の帝王モリアーティ教授とシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝の上で一対一で争うお馴染みのシーンから始まるが、このシーンにしても突っ込み所は満載だ。
なぜモリアーティとホームズは一対一で、それも素手で戦おうとしたのか。悪の帝王なら手段を選ばず飛び道具でもなんでも使えば良いではないか。
さらにこの危険な場所にホームズはともかく、モリーアーティ本人が出向くのはあまりにも無謀だし、ホームズを葬り去るためなら腹心の部下でも良いのではないか。
それが律儀にもモリーアーティ本人が素手で格闘しもみ合った結果、ホームズがバリツと称する武術でモリアーティと姿勢を入れ替え、モリアーティは滝壺に落ちていく。それに大悪人とてこれは殺人ではないか。まあ正当防衛は主張できるだろうが目撃者はモリアーティの腹心の部下一人だけだったが、ホームズは復帰後なぜ罪を問われなかったのか。
あるいはモリアーティにしてもホームズと組み合って勝てると考えていたのなら情報収集能力に問題があると思われても仕方がないだろう。
なにしろホームズはバリツを別にしてもボクシングの名手だし火かき棒を素手で曲げてしまうほど腕力もあるのだから...。
そもそもライヘンバッハの滝でホームズとモリアーティを戦わせたのは作者コナン・ドイルがシリーズを書くのが嫌になったからだという。だからどこか無理矢理二人を滝壺に落としシリーズを終わらせたという印象も拭えない。
掲載していたストランドマガジンでホームズの死が知らされるとロンドンは喪章を着けたひとが目立ったというしホームズの新しい物語、復活を望む声が大きくなっていく。
ドイルの母もホームズを死なせたことを批難したという...。
ドイルは仕方なく?ホームズを復活させた。実はライヘンバッハの滝に落ちたのはモリアーティだけだったのだということにして...。したがってホームズとモリアーティの一対一の戦いはどこか不自然なのだ。
また本書でホームズが死んだとされる以前の彼と帰還してからの彼は些か言動が違っていることの原因が日本にたどり着き、伊藤博文と出会ったことを示唆しているのも面白い。帰還してからのホームズは相変わらずエキセントリックではあるものの時に暖かみを見せるようになったり、あれほどワトスンに言われても止めなかったコカインの使用もぴたりとそのシーンは登場しなくなっている。
そんなあれこれの疑問が本作品には理論然と説明されているのもシャーロキアンとしては頬が緩んでくる。
ともあれ本書の虚と実を巧みにブレンドしストーリーが展開していく様は実に見事というしかない。そして思いもしなかった二重三重のどんでんがえしが待っている...。
一読者が「見事」と評しても意味は無いかも知れないが、本作品は多くのホームズ物語のパスティーシュを書いてきた、あるいは書こうと思っている作家達にも大きな衝撃と刺激を与えるのではないだろうか。
日本はもとより日本の著名人をホームズにからめた作品がこれまでなかったわけではない。コナン・ドイルの正典ではモリアーティを格闘の末ライヘンバッハの滝壺に落としたシャーロック・ホームズは自分も一緒に死んだと偽装し消息を断つ。
帰還した後、失踪時期の所在についてホームズはダライラマに会ったことなどをワトソンに話してはいるがあくまで概略だし、第一それが本当のことなのかどうかも分からない。したがってその間、ホームズが来日していたというテーマの作品も生まれている。
ともあれ本書「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」の魅力の第一は無論もう1人の主人公、伊藤博文との出会いだ。そして当時の日本の国力や国内情勢を知り得ると共に史実の大津事件にホームズがからむことだ。
大津事件は教科書にも載っていたと思うが、来日していたロシアのニコライ皇太子が滋賀の大津町で警備中の警察官だった津田三蔵に斬りつけられ負傷した事件だ。あわや日露の戦争になる可能性もあった大事件である。

※松岡圭祐著「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」講談社文庫刊
小国の日本が列強ロシアの皇太子を負傷させたため報復としてロシアが攻めてくると日本国中に大激震が走り、学校は謹慎の意を表して休校、神社や寺院や教会では、皇太子平癒の祈祷が行われたという。ニコライの元に届けられた見舞い電報は1万通を超え、山形県最上郡金山村(現金山町)では犯人の「津田」姓及び「三蔵」の命名を禁じる条例を決議するといった混乱に見舞われたほどの大事件だった。
ここに本国イギリスで死亡したはずのシャーロック・ホームズが日本に密航し伊藤博文邸にかくまわれ事件解決、いや日露の戦争回避に活躍するというのが本書のストーリーである。ただしホームズの日本における活躍はホームズ自身の立場、そして国家の機密を背負った伊藤博文の願いにより友人のワトスンにさえ秘密にされる。
本書のさらなる魅力は正典で十分に説明されていない矛盾や不明なあれこれが語られている点であろう。
シャーロック・ホームズは世界で最も有名な探偵だし、その物語は聖書の次ぎに多く読まれているという話もあるほど世界中で愛されてきた。プロットの巧みさや登場人物の魅力、エキセントリックなホームズの言動や推理の妙、そしてワトスンとの友情に読者は夢中になる。
しかし正典と呼ばれる原作には矛盾はもとより、緻密な意味でいうなら綻びというか説明不足な部分も多い。
本書「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」は悪の帝王モリアーティ教授とシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝の上で一対一で争うお馴染みのシーンから始まるが、このシーンにしても突っ込み所は満載だ。
なぜモリアーティとホームズは一対一で、それも素手で戦おうとしたのか。悪の帝王なら手段を選ばず飛び道具でもなんでも使えば良いではないか。
さらにこの危険な場所にホームズはともかく、モリーアーティ本人が出向くのはあまりにも無謀だし、ホームズを葬り去るためなら腹心の部下でも良いのではないか。
それが律儀にもモリーアーティ本人が素手で格闘しもみ合った結果、ホームズがバリツと称する武術でモリアーティと姿勢を入れ替え、モリアーティは滝壺に落ちていく。それに大悪人とてこれは殺人ではないか。まあ正当防衛は主張できるだろうが目撃者はモリアーティの腹心の部下一人だけだったが、ホームズは復帰後なぜ罪を問われなかったのか。
あるいはモリアーティにしてもホームズと組み合って勝てると考えていたのなら情報収集能力に問題があると思われても仕方がないだろう。
なにしろホームズはバリツを別にしてもボクシングの名手だし火かき棒を素手で曲げてしまうほど腕力もあるのだから...。
そもそもライヘンバッハの滝でホームズとモリアーティを戦わせたのは作者コナン・ドイルがシリーズを書くのが嫌になったからだという。だからどこか無理矢理二人を滝壺に落としシリーズを終わらせたという印象も拭えない。
掲載していたストランドマガジンでホームズの死が知らされるとロンドンは喪章を着けたひとが目立ったというしホームズの新しい物語、復活を望む声が大きくなっていく。
ドイルの母もホームズを死なせたことを批難したという...。
ドイルは仕方なく?ホームズを復活させた。実はライヘンバッハの滝に落ちたのはモリアーティだけだったのだということにして...。したがってホームズとモリアーティの一対一の戦いはどこか不自然なのだ。
また本書でホームズが死んだとされる以前の彼と帰還してからの彼は些か言動が違っていることの原因が日本にたどり着き、伊藤博文と出会ったことを示唆しているのも面白い。帰還してからのホームズは相変わらずエキセントリックではあるものの時に暖かみを見せるようになったり、あれほどワトスンに言われても止めなかったコカインの使用もぴたりとそのシーンは登場しなくなっている。
そんなあれこれの疑問が本作品には理論然と説明されているのもシャーロキアンとしては頬が緩んでくる。
ともあれ本書の虚と実を巧みにブレンドしストーリーが展開していく様は実に見事というしかない。そして思いもしなかった二重三重のどんでんがえしが待っている...。
一読者が「見事」と評しても意味は無いかも知れないが、本作品は多くのホームズ物語のパスティーシュを書いてきた、あるいは書こうと思っている作家達にも大きな衝撃と刺激を与えるのではないだろうか。
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